第零話
燃えている。
木々が、家が、人が。命あるもの全てが漆黒の業火に飲み込まれていく。
己が身も例外ではないのだろう。灼熱が全身に回っているのか酷く熱い。いや、もはや焼ける痛みすら朧げになっている。
立っているのか座っているのか、はたまた横に倒れているのかも分からない。肉体の感覚はなく、手足は動かない。喉から声は上がらず、視界は歪む。
唯一最後まで機能していたのは耳のようで、ぱちぱちと弾ける炎の中で擦れるような音がすることで近くに何かが存在することが理解できた。
「すまない、すまない」
男か女か分からないが、謝る声がした。
思考することすら覚束なくなった頭にも不思議と滲み入る音だった。
「こんなことなら、ーーーーーーーーーーーーー」
聞こえないよ。
そう聞き返したいものの、すでに使い物にならない己が肉体は答えてくれない。ただこの声に耳を傾けるしかないのが酷くもどかしかった。
「ーーーーーーーー迎えにーー。ーーーーーーーーーーよ」
「ーーーーー! ーー、ーー!」
強風が耳元を過ぎ去る。炎も巻き込んだ熱風だったのか、聞こえくる音が一段と小さくなってしまった。
このままでは耳もすぐに使い物にならなくなるだろう。
肉体から聞こえていた命の鼓動が途切れ出し始める。
死は目前だ。
だからこそ終焉に聞こえる音に耳を澄ました。
(俺の最後に立ち会ってくれた、あなたはいったい誰……?)
「ーーー緋燿」
その言葉を最後に視界は白光に塗りつぶされ、意識がぷつりと途切れたのだった。
登場人物等、漢字の読み方が難しいものがあります。
なので最初の一単語ごとにルビをつける予定でございます。