一見落着
「芙美子! 助けを呼んできたよ!」
芳子が機械室に駆け込んできた。
後ろには、ふっくらした背広姿と厳めしい陸軍の軍服姿の二人の男が続いている。
芳子の父で東雲堂の社長である東雲陽一郞と、それから芙美子の父である宮森忠宏男爵だ。
「と、父様……」
「芙美子、七人ミサキはどうした?」
「なんとか、討伐に成功しましたが……これを」
芙美子は男爵に未だ燃える祭壇を示した。
男爵は小さくうなづくと、芙美子の方に手を置いた。
大きく厚い、戦う者の手だった。
「いまのお前ではこれでも上出来な部類だな。……よくやった」
「あの、父様……」
「どうした?」
「いいえ、てっきりお叱りを受けるものと」
芙美子はおそるおそるたずねた。
「父様の言いつけを破り、勝手に祓いの依頼を受けてしまいました……」
「ああ、そのことか」
男爵はふ、と笑った。
「実はな、陽一郞と相談して、お前たちが七人ミサキにたどり着けるか様子を見ることにしたのだ」
男爵の軍帽の上から、狐に似た小動物が芙美子の方を見ていた。
「母様のオサキ……」
それで、芙美子は事情を察した。
「私は試されていたのですか?」
「お前の手に負えなければ、俺がミサキを祓う算段だった。しかし、お前はよくやったよ」
それをきいて、芙美子はほっと安堵の息をついた。
「それじゃあ今度の騒ぎのこと、おじ様は最初から知ってたの?」
「ああ、男爵に相談している時にお前が芙美子嬢を連れてきたもので、ちょうどいいから成長を見ようと、そういうことになったのさ」
芳子に詰め寄られても、陽一郞はにこにこと笑っているだけだった。
一方で、男爵と芙美子はようやく火が収まりつつある祭壇、その中の御幣に目を向けた。
「七人ミサキは西国に現われるという魔物です。それがどうして……?」
「おそらく、競合する商売敵がどこの法師か術師にでも依頼したのだろうな」
わずかに燃え残った御幣を拾い上げると、男爵はそれを踏み砕いた。
「後々禍根になる。依代になるものは完全に破壊するべきだ」
「はい、父様」
芙美子は、魔物を使ってまで他人を陥れようとする、そんな人間の業を恐ろしく思った。
それに、祭壇は崩しても、まだすべての呪いを祓ったわけではない。
もう一つ、仕掛けがあったのだ。
「あの、父様。売り場の蝋人形の中に、籠目を刻んだものがいくつかありました。おそらくですが、あれも……」
「六芒星の結界だろうな。七人ミサキを店の中に封じ込める役割と、それから穢れを集めて店の雰囲気を悪くするような仕掛けなのだろうが、まあ稚拙なものだな」
男爵はこともなげに言うと、すっときびすを返した。
急なことに唖然としている一同に振り向き、ただ一言。
「ついて来たまえ」
男爵を先頭に地上へ上がると、六芒星の刻まれた蝋人形の一体のところへやってきた。
「こいつだな。まあ、こういうものはこうしてやればいい」
男爵は小刀で六芒星の上から線を一本、刻み込んだ。
それだけだった。
「こんなものでいいのか?」
「ああ、ほんの少しでも傷を付ければ、それだけで結界は結界の用を為さなくなる。他の結界も同様だ。さあ、手早く仕事を終わらせようではないか」
陽一郞に問いかけに答えると、男爵は次の蝋人形目指して歩き出した。
「はぁ、二十銭では不足でした……」
先に立って歩く父親たちについて歩きながら、芙美子はぽつりと呟いた。
それを聞いた芳子が口を尖らせる。
「なにさ、芙美子ったら」
「頼み人が芳子でなかったら、手を出さなかったということです」
「じゃあ、そういうことにしておこうかな」
芳子がころころと笑った。