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魔祓令嬢、駆ける ~駆け出しですが、がんばります~  作者: 野崎昭彦
第二夜 魔祓令嬢 対 百貨店の悪霊
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水面の影

 現われた人影は全部で七つ。

 男も女も、和服の者も洋服の者もいるが、皆足の先はぼやけて見えなくなっており、衣装の(あわせ)が左前になっていた。

 土気色(つちけいろ)の顔の中、ただ目ばかりがギラギラと輝いている。


「あれが、七人(シチニン)ミサキ……」


 芙美子(ふみこ)は全身の毛が逆立つのを感じた。

 自分には過ぎた荷だったろうか、という思いが胸をよぎる。


『こけっ!!』


 七人ミサキと対峙(たいじ)したふらり火が鳴き声を上げた。


『こけっ! こっ! こーっ!!』


 その声とともに炎がほとばしり、七人ミサキを包み込む。

 芙美子は一瞬、その炎がミサキたちを倒したのではないかと思った。

 だが、炎の消えたあとには、先ほどと変わらず(たたず)む七人ミサキ。

 どうやら、ふらり火の炎をなんらかの方法で受け止めたようだった。


『やれ、やかましや……』

『やれ、おそろしや……』


 ミサキたちは口々にそう言いながら、ふらり火にむかってじりじりと足を進めてくる。


『こけっ!』


 ふらり火は高く飛び上がり、先頭のミサキに鋭い蹴りを見舞う。

 しかし、それも水面を薙いだようにゆらりとかわされてしまう。

 いや、「ように」ではない。

 事実、ふらり火の爪は水面を薙いでいたのだ。

 それが証拠に、ミサキの姿に波紋が生じた。

 ひとしきり揺れてなにごともなかったかのように戻るその(さま)は水面に映る月のよう。


「そんな……一体どうして?」


 芙美子は自分の見たものを信じることができなかった。

 しかし、現実として七人ミサキはそこにおり、そしてふらり火はその七人ミサキになんの痛痒(つうよう)も与えることができずにいる。


『こけけっ!!』


 みたび、ふらり火がミサキに飛びかかった。

 (くちばし)でつつこうというつもりだったのだろうが、そのまま向こう側に突き抜けてしまう。

 七人ミサキは振り返ることもせず、そのままふらり火に向かって後ずさり始めた。

 芙美子はいても立ってもいられず、七人ミサキを回り込む形でふらり火の元ヘ走った。

 途中で拾った工具を手にしながらミサキの方に向き直る。

 ミサキと、目が合った。

 真っ赤に充血したミサキの両目が、芙美子とふらり火を見つめていた。


『やれ、はしたなや……』

『やれ、おとろしや……』


 七人ミサキは後ずさっていたわけではなかった。

 進行方向を変えただけなのだ。

 薄い紙を吊して、そこに活動写真を投影したとしたら、どうなるだろうか。

 薄紙の表にも、裏にも、左右が反転しているだけの同じ画面が現われるのではないだろうか。

 いま、目の前にいある七人ミサキもそれと似たようなものなのだろう。

 ただ違うのは、こちらから見ても同様に袷が左前になっている、つまり一人一人は左右反転が起きていないということだけだ。


『やれ、おそろしや……』

『やれ、おとろしや……』


 七人ミサキの声は、目の前のミサキから発されているわけではないようだった。

 芙美子は必死に、その声を探る。


『こけっ!』


 ふらり火が火の玉をいくつも続けて吐き出すが、それはすべてミサキの表面に触れるや蒸気となって消えてしまう。


「これでは(らち)があきませんね……」


 芙美子は工具を振り回してみるが、ふらり火の爪と同様、表面を薙ぐばかりでまるで手応えがない。


『やれ、おろかしや……』

『やれ、はしたなや……』


 ミサキが再び声を上げる。

 やはりその声はどこか違う場所から聞こえている気がして、芙美子はあたりを見回す。

 咄嗟に目に付いたのは例の祭壇だったが、そこにあるのは祭壇ばかりで祭る対象となるものが見当たらない。


「だとすれば、もしや……? ふらり火、この祭壇を焼いてください!」

『こけけ?』

「いいから、早く!」

『こけっ!』


 ふらり火は急な命令に首を傾げたが、すぐに息を吸い込み、祭壇に向けて火を吐こうとした。

 と、突然ふらり火の周囲に水の弾が殺到した。

 完全に注意が逸れていたふらり火はかわすことができずに弾き飛ばされてしまう。


「ふらり火っ!」


 芙美子は今度こそふらり火に駆け寄り、七人ミサキの前に立ち塞がるようにして工具を構えた。

 その構えは決して褒められたものではないし、工具を握る手はガタガタと震えている。

 それはそうだろう、芙美子はいままで武術を学んだことはないのだ。

 七人ミサキは、そんな芙美子など眼中にない様子でふらり火だけを見ている。


『こっ、こっ!』


 芙美子のうしろでふらり火が一声鳴いた。

 とたんに、炎を背負っているかのように背中側が熱くなる。


『やれ、おぞましや……』

『やれ、おとろしや……』


 七人ミサキの周囲に小さな水の弾が無数に生まれる。


「……同じ手は、効きませんよ」


 芙美子は構えていた工具を降ろした。

 もう、大丈夫だ。

 体勢を立て直したふらり火は芙美子の背中を駆け上がり、肩を踏み台にして大きく羽ばたいた。

 機関銃のように打ち出される水の弾も、滑空するふらり火を捉えることはできない。


『こけこっこーっ!!』


 ふらり火は鶏冠(とさか)と尾羽を真っ青に燃え上がらせながら祭壇に体当たりした。

 その衝撃で祭壇が崩れ、炎を上げて燃え始める。


『おお……』

『なんと……』

『うう……』


 それまで無表情だった七人ミサキの顔に苦悶(くもん)の表情が生じた。

 ミサキたちは衣服を燃え上がらせながらその場に崩れ落ち、膝を突く。

 そして、そのままゆっくりと消えていった。


「よくやりました、戻りなさい、ふらり火」


 芙美子はふらり火を小瓶(こびん)に戻すと、炎上する祭壇を一瞥した。

 どこに隠れていたか、七本の御幣(ごへい)が祭壇と一緒に燃えていた。

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