しびとが来る
来栖病院は近代的な外見の通り、西洋の最新設備を積極的に取り入れていることで知られる大病院だ。
それだけに、外来の待合室には多くの患者がいたし、清潔な格好できびきびと働く看護婦たちははつらつとしていて、実に誇らしげであった。
芙美子と芳子は受付で夜警の義三が入院している病室をきくと、階段で四階へ上がった。
「ここって、四階を井階って書くのね」
「字の画数で階数を表わしつつ、せいかいと読ませることで清、聖などを連想させる仕組みですね」
「なるほどね。まあ四だと死を連想しちゃって縁起が悪いしね。でも、こういう近代的なところはあまり縁起を担がないかと思ったからちょっと意外だな」
「病院側は気にしなくても、患者さんが気にするのかもしれませんね。それで夜警の方……義三さんの病室はどこですか?」
「えっとね、あそこの角を曲がったところみたい。はやく行こう」
角を曲がって手前が目指す病室だった。
木製のドアを軽くノックして開けると、病室は四人部屋で、そのうち入り口から一番遠いベッドに中年の男が横になっている。
ベッドの脇には医者と看護婦が立っていて、回診の結果だろうか、カルテに書き込んでいるところだった。
「あの、すみません」
芳子が声をかけると、医者が振り向いた。
「東雲のお嬢さん、こんにちは。義三さんのお見舞いですか?」
「はい、そうなんですけど……具合はどうですか?」
医者はベッドの方に目をやりながら、困ったように答えた。
「相変わらず熱は下がりませんし、時々うわごとを繰り返す以外は眠ったままです」
「あの、うわごとというのは?」
芙美子がたずねたのは、うわごとが気になってのことだった。
いぶかしげな顔をする医者に、芳子が紹介する。
「こっちは私の親友の宮森芙美子です」
「宮森……といいますと、宮森男爵の?」
「はい、宮森忠宏男爵は私の父です。父をご存じでしたか」
「閣下のご高名はかねがねうかがっています。この頃世を騒がせる数々の妖怪騒ぎの収拾に尽力されているとか」
芙美子は父の名がここまで知れ渡っているのかと驚くと同時に恥ずかしくもなった。
東雲堂の人影事件など、本来は芳子の父から自分の父に話が行くのが筋なのだ。
それが、芳子からの個人的な頼みを引き受けて自分が首を突っ込んでいる。
芙美子が従えている魔物たちはまだ弱く、芙美子自身も魔祓いに関してはまだまだ駆け出しの身で、実力は父の足元にも及ばない。
――やはり、父様に話すべきでしょうか?
芙美子は心の中で自問自答した。
「芙美子? もしもし、芙美子さん?」
芳子の声がして、ようやく芙美子は我に返った。
「すみません、ぼうっとしていました」
「もう、らしくないな」
「すみません。……それで、うわごとというのはどういったものでしょう?」
芙美子が改めてたずねると、看護婦が怯えたような様子で教えてくれた。
「それが、その……しびとが来る、呼んでいる、と……」
「しびと……ですか。呼んでいるというのは、仲間を呼んでいるということでしょうか」
芙美子はベッドに横になっている義三の顔を見た。
日に焼けた四十がらみの男だったが、目元は隈が浮かんで青黒くなっており、頬がこけていることからも相当憔悴していることが見て取れた。
いまは目を閉じて意識を失っているが、それでも不安げな表情をしているように見える。
「なにかわかりそう?」
「そうですね……見た感じ、特に悪い気配はありません」
芳子の質問に答えた時、義三の口がゆっくりと動いた。
「しびと……しびとが……」
「しびととはなんですか?」
芙美子は、おそらく答えはないだろうと思いながら義三に問いかけた。
しかし、意外なことに答えはすぐに返ってきた。
「しびとが……しちにん……おれを、よんでる……」
そこまで言うと力尽きたのか、義三は再び口を閉じてしまった。
しかし、芙美子はたったそれだけのやり取りでじゅうぶんだった。
芙美子の知る限り、七人で群れをなす死霊などそう多くはないのだから。
「ねえ……難しい顔してるけど、だいじょうぶ?」
芳子が不安そうにたずねる。
どうやら、知らず知らず顔が強張っていたらしい。
芙美子は芳子に笑いかけた。
「だいじょうぶ……だと思います。魔物の正体には見当が付きました」
とはいうものの、その正体の方が問題だった。
西国に多く出没するという死霊の群れであるそれは、必ず七人一組で行動し、人を死の世界へ誘う。
そういう魔物であるから当地では非常に恐れられているが、土地に強く縛られるようで、ごく限られた地域にしか出没しないようなのだ。
それが帝都に出没し、あまつさえ人々を次々に呪うというのは、たまたま呼び込まれたのではなく、何者かによって使役されていると考える他なかった。
「おそらく、そのカギになっているのが蝋人形の籠目なのでしょうね」
芙美子はそっと呟いた。




