海難法師
「わいら、お行きなさい」
芙美子の指示を受けたわいらは、砂浜を蹴るようにして駆け出し、船幽霊たちにぶつかっていった。
わいらの体当たりを受けた船幽霊は水面の像が割れるようにパシャンと音を立てて弾ける。
わいらは後ろ足で蹴り上げ、また棹立ちからの踏みつけで次々と船幽霊を打ち破っていく。
『もーっ』
その様子をメリーは黙って見ていたが、やがてにやり、と笑った。
「さて、いつまでもつかしら?」
そのメリーを乗せたまま、海難法師は真っ赤に充血した目を芙美子に向けていた。
『くぎの……おなごか……』
「そうよ。あれなら、あたしたちにとって申し分のない獲物になるはず。魔物はそのうちに船幽霊たちがどうにかするから、あんたの出番はそのあと」
わいらがいくら倒しても、船幽霊は海の中から次々と浮き上がってくる。
さすがに、体力に優れたわいらも次第に動きが鈍くなってきている。
「まずいですね……。船幽霊は海難法師が呼び出しているはず。海難法師をどうにかできれば船幽霊も逃げ去るのでしょうが……」
芙美子には、そのための方法が思いつかない。
芙美子が使っている魔物は三体。そのうちふらり火は春美が抱えて行ってしまい、槍毛長は槍の魔物であるだけに海水を苦手としている。
「あの伊達男だけでなく、メリーさんまで来ているのは想定していませんでした」
「ふふん、兎丸には会ったのね。あいつったらとんでもない軟派者だから、きっと気安く声をかけてきたんでしょ?」
「彼は、兎丸というのですか?」
「おっと、口を滑らせたわね。海難法師!」
メリーが扇子を芙美子に向けると、海難法師は大きく口を開いた。
『ふおおお――ふおぉぉおおぉおおぉおぉおぉぉぉっ!!』
海難法師が大きな声を上げると、あたりの海面が大きくざわめき始めた。
真っ黒な波が渦巻き、何本もの水柱が立ち上る。
「そろそろ、遊びはおしまいにしてあげる!」
螺旋状にぐるぐると回転し、水の槍となった水柱がわいらに向けて殺到してきた。
わいらはしっかりとした足取りで水柱の攻撃を次々と避けていくが、船幽霊に足を取られ、その場に倒れ込んでしまう。
『ふもーっ!』
水柱の攻撃を避けられなくなったわいらは、強い水圧にさらされて苦しみの声を上げた。
「もどってください、わいら!」
芙美子は慌ててわいらを小瓶に戻す。
しかし、それは他に味方がいない状況になることでもあった。
一人になった芙美子に、船幽霊たちが少しずつ近づいてくる。
「さて、どうするの、芙美子? 逃げてもいいけど、その時はこいつらが街へ向かうわ」
勝ち誇るメリーに、芙美子は唇をかみしめた。
「私を……どうしようと言うのです?」
「安心なさい、殺しはしないわ。あんたの体には大事なお役目があるの」
「役目?」
芙美子の質問に、メリーは黙って口角を吊り上げる。
その時、芙美子の背後から青い光が幾筋となく飛んできた。
光にさらされた船幽霊たちがとろけるように崩れていく。
「な、なんですって?」
振り返ると、南が拳銃の弾倉を取り換えながら歩いてくるところだった。
「さて、話を聞かせてもらおうか、外法衆」
「ふ、ふん、一人増えたところで、なにも変わらないのよ」
メリーの言う通り、すぐに海から新たな船幽霊が上がってきて、ゆらゆらと近づいてくる。
しかし、南は船幽霊など、すでに眼中になかった。
「海難法師とは大物だ。この特殊弾が通用するといいんだが」
しっかりと姿勢を正し、海難法師に狙いを定めている。
「少尉の邪魔はさせません。槍毛長!」
芙美子が青い蓋の小瓶を開くと、中から飛び出した槍毛長が南の背後に立って槍を構えた。
「槍毛長、南少尉に近づく船幽霊を倒すだけで構いません。お願いします」




