退魔憲兵、南克敏
幸いにも、ケイはすぐに息を吹き返した。しばし休んで体力が戻ったのを確かめると、芙美子はすぐに歩き出す。
その歩調は次第に速くなり、いくらもしないうちに駆け足となる。
芙美子は南と伊達男、その両方を探して雑踏の中を駆けまわった。
年若い乙女が鶏を抱いて走るという一風変わった光景に、すれ違う人々がなにごとかと振り返る。
「お、お嬢様!」
ケイが何度か呼びかけるが、芙美子は振り向かない。
人通りの多い通りを探し回っていると、向こうの角を軍服姿の二人連れが曲がっていくのが見えた。この街に多い海軍のものではなく、陸軍のものだ。
「南少尉!」
芙美子は二人が曲がっていった角へ急いだ。
曲がった先では、南が連れ立っている憲兵となにごとか相談しながら手帳に書きつけているところだった。
「あの、南少尉……」
芙美子に気付いて、南が顔を上げる。
「芙美子くん?」
「南少尉、少々よろしいでしょうか?」
「ああ、構わないが……どうかしたのか?」
「実は、先ほど旅館で、外法衆を名乗る男が接触してきたんです」
「外法衆だって!?」
南は最初こそ驚いた様子だったが、すぐに合点が行ったという風にうなづいた。
「やはり外法衆が関わっていたか。それなら、いくら周辺の海を探しても魔物の影が見当たらないのもうなづける」
「やはり、見つからないのですか?」
「ああ。海軍の水雷挺が出ているが、魔物の気配すらないらしい」
「そうですか……でしたら」
芙美子はそこで大きく息を吸い込んだ。
「でしたら、私が囮になります」
「なっ……」
「私が浜に出て囮になります。魔物が現れたら、操っている外法衆は近くにいるはずです。少尉は外法衆を探してください」
「しかし、それでは芙美子くんはどうするんだ? ふらり火では海の魔物には分が悪いだろう」
南がそう言うと、ふらり火が首を傾げた。
『こっこっ』
「ふらり火は、たしかに海に出るような魔物の相手は辛いかもしれません。ですが、私の魔物はこの子だけではありませんよ」
「だが、そうだとしても、芙美子くんを囮になどできるものか」
「それは、私が宮森男爵家の娘だからですか? 上官の娘だから、危険にさらすことはできないと?」
「そういうわけではない。芙美子くんといえ地方人だからだ」
「地方人であっても、私とて宮森家の娘です。他の人々が危害を受ける前に、堤となる覚悟はあります」
南と芙美子はしばしにらみあった。
その一触即発の空気に割り込むようにして、小さな影が飛び込んできた。
「好きにさせなさいよ!」
春美が二人の間に割り込んで、南の顔を下から見上げていた。もともと目つきが鋭いので、にらみつけているように見える。
「春美……?」
「急に宿を飛び出すから、何事かと思ったわ」
「たしか、芙美子くんの友達の……しかし、そうだとしても」
「まさか、芙美子の実力を知らないわけじゃないでしょ? 昼間だって、あの黒波が魔物だってすぐに見抜いたらしいじゃない」
春美の剣幕に、南は圧倒されているようだった。
「春美、もうやめてください」
「いいえ、やめない! 芙美子、あんただって覚悟があるからそんなことを言ってるんでしょ? だったら、簡単に引き下がっちゃだめよ!」
「で、ですが……」
「こっこ! あんただってそんな芙美子みたくないでしょ?」
『こっ?』
突然話を向けられたふらり火が首をかしげる。
「……浜に出れば、魔物が現れるという保証はあるのか?」
南がたずねると、芙美子はしっかりうなづいた。
「ええ、あの男は初めから私のことを知っていました。おそらくメリーさんから聞いたものと」
「そうか。……だが、このことはこちらでは一切関知しない。たまたま芙美子くんが浜で魔物に襲われているのを発見して助けに行っただけだ」
「……し、少尉?」
芙美子は驚いて南の顔を見た。
南はそれ以上はなにも言わず、ただうなづくだけだった。
「ありがとう、ございます! 行きましょう、春美!」
芙美子は春美を伴って、浜へと向かった。




