外法衆の伊達男
伊達男を見た瞬間、芙美子は自分の失策に気付いた。
彼が外法衆であるならば、芙美子に監視をつけている恐れも考慮すべきだったのだ。
「……あなたは、何者なんですか?」
「それはこちらの台詞だな。あなたは一体なんなんです? その腕に抱いているのはただの鶏ではないでしょう」
芙美子は思わず一歩、後ずさった。抱きかかえたふらり火が『こ?』と首をかしげる。
「私は……」
「お嬢様、なりません! このような輩に名を明かしてはダメです!」
ケイの声で芙美子は言葉を飲み込んだ。
「やれやれ、教えてはくれないか。……まあいい。さらば、名を知らぬ乙女よ」
伊達男は芝居がかった仕草で背広のポケットから細長いカードを取り出した。イジプシャンと呼ばれる、異郷を放浪する人々が使う占いのカードだ。
伊達男はそのカードを投げ放った。カードは風を切って飛び、石畳に突き刺さる。
「第零番、怪を知らざる愚者、怪を騙る愚者、愚者の怪・千々古」
カードの絵からしゅう、と一抱えはありそうな毬が飛び出してきた。
毬はそのまま壁にぶつかり、反射して芙美子の方に向かってくる。
『こけっ!』
芙美子の腕から飛び出したふらり火がその毬に向かって鋭い蹴りを放つ。蹴られ、反射した毬はそのままぽーんと音を立てて飛び、少女の手の中に納まった。
毬と同じ柄の着物を着た、幼い少女がカードの中から現れて毬を受け止めたのだ。
『きゃははっ。でばんなのね?』
毬を携えた魔物は少女の姿で無邪気に笑う。
「千々古、そこなるお嬢様のお相手をしてさしあげなさい」
『はぁーい』
伊達男の指示を受けた千々古はふっと形を崩して靄となり、ばっと拡散する。
「ど、どこに……?」
芙美子はあわてて千々古の姿を探すが、見つからない。
「お嬢様!」
ケイの声を受け、振り向いた芙美子の肩に毬が命中した。
子供のおもちゃとは思えない、重い衝撃に芙美子は思わず体勢を崩してしまう。
千々古は消えたり現れたりを繰り返しながら、四方八方から毬を投げてくる。その予測しがたい動きには芙美子もふらり火も対応できず、ただ身を守ることしかできない。
「お嬢様っ!」
駆け寄ろうとしたケイも足元を毬に払われて地面に転んでしまう。
「ケイ、逃げてください!」
芙美子はケイに呼びかけるが、ケイは倒れたままぴくりとも動かない。
「ケイ……っ!」
『きゃははっ。もうしんだ? もうしんだ?』
千々古は心の底から楽しそうに笑う。
「あっけないことだなぁ、宮森芙美子」
伊達男は芙美子の前に立ってにやり、と笑う。
「私の名を、知っていたのですか?」
「何も知らずに接触したとでも思ったのかい? だとしたら僕も相当軟派に見られたものだ」
芝居がかった仕草で両手を広げて見せると、指をぱちん、と鳴らした。
「さあて、今からでも僕に傅いて赦しを請うなら、逃がしてやらないでもないが、どうする?」
「そんなこと……」
「断れるような状況かな? ほら……」
伊達男がケイの方をまっすぐ指さした。芙美子がそちらに目をやると、両腕と下半身が猛禽になっている女の魔物がケイを踏みつけていた。
「第三番、亡き子の年を数える怪、亡き子を探し求める怪。女帝の怪・姑獲鳥」
『あい……』
姑獲鳥が踏みつける脚に力を込めたのか、ケイが苦し気にうめく。
「ケイ!」
「あなたが赦しを請えば姑獲鳥の脚を退けてやろう。そうでなければ、わかるね?」
伊達男の言葉に、しかし芙美子はうなづかなかった。
「あの魔物は千々古より先に出ていた? ということは、この結界の主は姑獲鳥なのでは?」
芙美子は素早く考えをまとめると、千々古の様子を窺った。千々古は伊達男の後ろで楽しそうに事態を見守っている。今ならやれる。
「ふらり火! 姑獲鳥を狙うのです!」
『こけっこ!』
芙美子の命令を受け、ふらり火は力強く飛びあがる。
「しまった! 千々古!」
『えっ? あ! えいっ!』
伊達男の方は、この状況で芙美子が反撃に転じるとは思わなかったのだろう。千々古も姑獲鳥も反応が遅れる。
ふらり火は鶏冠と尾羽のみならず、全身を赤く燃え上がらせ、火の鳥のようになって姑獲鳥に体当たりした。その炎が羽毛に燃え移り、姑獲鳥はじたばたと暴れ出す。
「まさか、そんな……。仕方ない、ここは退かせてもらうよ」
伊達男が魔物たちをカードに戻すと、結界が消え去る。
「待ちなさい……!」
芙美子はケイをかばいながら呼びかけたが、伊達男はすでに雑踏に紛れて姿を消していた。




