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魔祓令嬢、駆ける ~駆け出しですが、がんばります~  作者: 野崎昭彦
第四夜 魔祓令嬢 対 海兵団の亡霊
24/28

夕暮れの街

三栗谷荘(みくりやそう)』を飛び出した芙美子(ふみこ)は、(みなみ)の姿を探して街中を走り回った。

 夕暮れが近いとはいえ、街を行き交う人々の数は決して少なくない。

 食堂やパーラーなど、飲食のできる店はかなりの数に及び、それらを調べるだけでも手間がかかる。


「お嬢様、お待ちください!」


 ケイに呼び止められて、芙美子は一度足を止める。


「お嬢様、南少尉のいらっしゃる場所に心当たりはあるのですか?」

「いえ、ありません。ですからこうして探して回っているのです」

「でしたら、海軍に問い合わせたらよいのでは?」

「いえ、おそらくそれでは取り次いでもらえないでしょう。海軍からすれば、陸軍将校の娘でしかない私はあくまで地方人。間借りしているだけの陸軍士官、それも憲兵将校の動きなんて教えてくれるはずがありません」


 芙美子の話を聞いて、ケイも芙美子が街へ出てきた理由がわかったようだった。だとしても、絶えず行き交う人々の中からたった一人の人間を見つけるなど、簡単なことではない。

 芙美子は行き交う人々の間を縫うように歩きながら南を探す。

 いくつめの角を曲がった頃だろうか、突然人のいない通りへ出た。


「あれ? こんなにすぐ裏通りに出るものでしょうか?」


 ケイが首をかしげている。

 芙美子の方も、これがおかしな出来事であることはわかっていた。

 芙美子の目には、人通りがないのではなく、影法師のように(おぼろ)げなかたちになった通行人の姿がしっかり見えていた。街のざわめきも、芙美子の耳にはどこかくぐもったように聞こえている。


「ここは、おそらく結界のうちでしょうね。とすれば、結界の主たる魔物がいるはず」


 芙美子は魔物を封じた小瓶(こびん)を取り出そうとしたが、そもそも小瓶をしまっている小箱が見当たらない。


「しくじりました……」

「あの、お嬢様? これを。浜で着替えた時にお預かりしました」


 ケイが小箱を差し出してきた。芙美子は小箱を受け取ると、中から赤い小瓶を取り出す。


「一体なにが悪さをしているかわかりませんが……ふらり火、お願いします」


 芙美子が小瓶を開くと、中から小さな火花が飛び出し、瞬く間に炎の鶏冠(とさか)と尾羽を持つ(にわとり)の姿に変わる。


『こけっ』


 ふらり火は一声鳴くと、あたりをきょろきょろと見回し、それから困ったようにもう一度『こけっ』と鳴いた。


「ふらり火、近くに魔物がいるはずです。なんとか、見つかりませんか?」

『こけけっ?』


 ふらり火はあたりをくるくると見回すと、ひゅぽっ、と小さな火を吐いた。


「要するに、わからないのですね?」

『こけっこ』


 芙美子はふらり火を抱き上げると、あたりの街並みに目をやった。

 結界の主が何者かはわからないが、こうして閉じ込めている以上、芙美子に敵意を持っていることは明らかだった。芙美子を魔物使いと知って狙ったのか、あるいは単に迂闊(うかつ)な女学生を餌にするつもりだったのか。


「とにかく、こちらから主を探すしかないでしょうね。ケイ、行きましょう」

「はい……」


 ケイは明らかに怯えている様子だった。

 無理もない。幼いころから魔物を使役する秘術を修得し、訓練してきた芙美子と違い、ケイは七つで宮森(みやもり)家に奉公に出るまで魔物とは無縁の暮らしをしていたのだ。


「あ、あのう、お嬢様……」

「安心してください、ケイ。必ずや結界の主を見つけ出して、元の街へ戻ってみせます」


 芙美子は無人……いや、朧げな影の行き交う通りをずんずんと歩いていく。革の靴が瀟洒(しょうしゃ)な石畳を叩き、かつかつという規則的な足音を立てる。

 しばらく歩いていると、行く手に白い人影が現れた。

 その男だけは芙美子の目にもはっきりと見えるが、さりとて魔物というわけでもないようだった。


「また会いましたね、お嬢様」


 白い背広に白い帽子、色黒の肌に口ひげをほんの少しだけ生やした伊達男(だておとこ)は芙美子を見てにこり、と笑った。

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