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魔祓令嬢、駆ける ~駆け出しですが、がんばります~  作者: 野崎昭彦
第四夜 魔祓令嬢 対 海兵団の亡霊
22/28

芙美子の迷い

 まだ聞き込み捜査を続けるという(みなみ)と別れた後、芙美子(ふみこ)たちは事前に部屋を取っておいた宿へ向かった。

 その道中も、芙美子は押し黙ったまま、なにごとかを考えている。


「おーい、芙美子ー?」


 芳子(よしこ)が肩を叩いても、なんの反応も示さない。


「ちょっと、聞こえてる!?」


 あまりの無反応ぶりに業を煮やした春美(はるみ)が思い切り足を踏みつけようとした。しかし、歩幅の差があってなかなかうまくいかない。

 そもそも、小柄な春美では芙美子より歩幅が短く、足を踏もうとしても空振りどころか、蹴りつけられてしまうのだ。


「あーあ、ダメだね。魔物騒ぎのことなんかいったん忘れようよ」


 芳子はお手上げとばかりに肩をすくめて見せた。

 芳子が部屋を取った宿は鎌川市でも中心部からやや外れたあたりに建っている。そこまでは十五分ほど歩くか、あるいは人力車(くるま)をつかまえるしかなかった。

 とはいえ、そのためだけに駅前へ戻るのも(はばか)られ、また観光地であるがゆえに車代も高いだろう、との考えから五人はぞろぞろと通りを歩いているものであった。

 しかし、若い娘が五人もまとまって歩いているのはさすがに目立ち、すれ違う人々が好奇の目を向ける。


「うーん、これはさすがに恥ずかしいよ……」


 美代(みよ)が顔を真っ赤にして呟いた。

 その春美たちとは別に示し合わせていたわけではないが、いつまでも分かれる様子がない。


「あのさ、春美と美代って、どこに泊まるの?」

「この先にある三栗谷荘(みくりやそう)っていうところよ。……ひょっとして、芳子たちも?」


 芳子は無言でうなづいた。


「さすがに、宿まで同じだなんて思わなかった。でも、芙美子ちゃんがいてくれるなら、あの魔物が来ても安心かもね」


 美代がほっとため息をついた。


「と言いたいけど、この様子じゃあね」


 春美が芙美子の小脇を肘で突くと、芙美子は突然足を止めた。


「えっ、ちょ……ごめん、気に障った?」


 うろたえる春美を、芙美子は足の先から頭の上までじっと眺める。


「もしかすると、そういうことでしょうか?」

「芙美子、なにか思い当たることがあったの?」

「ええ。思い当たること……ではあるのですが、もしかするとこの騒ぎは単なる魔物騒ぎではないのかもしれません」

「それって、どういう……?」


 芙美子は納得したようにうなずくと、再び歩き始めた。

 歩きながら話を続ける。


「芳子、七人ミサキのことを覚えていますか?」

「覚えてるよ。たしか、海で死んだ人の亡霊で、自分が成仏するために他の人を引っ張り込もうっていう魔物だったよね?」

「ええ、そうです。今度の魔物もそれに近いものである、と思います」

「またミサキが出てるってこと?」

「ミサキではなく、船幽霊(ふなゆうれい)の類いだとは思いますが」

「ちょっと待ってよ。船幽霊って沖合に出るものじゃないの?」


 そうたずねたのは春美だった。


「あたしの父さん、海運会社を経営してるのよ。だから、海の魔物の話もよく聞くの。その父さんが船幽霊は岸の近くには絶対に出ないって、そう言ってたのよ」

「たしかに船幽霊は普通、海水浴場のような岸のすぐ側には出ません。ですが、何事にも例外はあるものです」

「例外だって言いたいわけ?」

「おそらくですが、船幽霊は何者かに操られているのだと思います。例えば、外法衆(げほうしゅう)のような術師たちに」

「外法衆……?」


 芙美子は、今回の騒ぎに外法衆が関わっているのは間違いないと思っていた。

 しかし、外法衆の術師がなにを狙ってどこから船幽霊を操っているのか、それがわからない。


「外法衆というのは、どうやら魔物を使役する術師たちの秘密結社のようです。ただ、詳しいことはなにもわからないのです」

「その連中がこの騒ぎに加担してると、芙美子はそう思うわけ?」

「なんとなく、直感ですが」


 春美はため息をついた。


「あのさ、直感なんかでどうしようってのよ。南少尉だって、あんたは関わるなって言ってたじゃない」

「それはそうなのですが、やはり気になるのです。外法衆の仕業であるなら、余人にはこの騒ぎは解決できないのではないだろうか、と」

「考えすぎ。それとも、自意識過剰って言うんだったかしら?」

「自意識過剰、ですか?」

「そうよ。だいたい、秘密結社だかなんだか知らないけど、一介の女学生を付け狙うほど暇なわけないじゃない。きっと、もっと大きな悪だくみをしてるに違いないわ」


 春美の言い分ももっともだろう。

 芙美子は自分が空回りしていたらしいことに気付いて、おかしくなった。


「そうですね、きっと軍にもわたしくらいの術師はいるでしょうし、いずれ解決するでしょう」


 芙美子は知らず俯いていた顔をぐっと上に向けた。

 すぐ目の前に『三栗谷荘』と看板のかかった、ひなびた旅館が建っていた。


「ここだよ、ここが今日の宿!」


 芳子が嬉しそうな、弾んだ声をあげた。

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