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魔祓令嬢、駆ける ~駆け出しですが、がんばります~  作者: 野崎昭彦
第四夜 魔祓令嬢 対 海兵団の亡霊
21/28

南少尉の仕事

 (みなみ)は、いつもの軍服姿で、腕章を巻いた部下を一人だけ伴っていた。

 一体なにをたずねているのか、しばらく熱心に話をきいたあと、ふっと顔を上げる。芙美子(ふみこ)が見ていたのに気付くと、実直そうな顔にだんだんと驚きが広がっていくのがわかった。


「芙美子くんじゃないか」

「奇遇ですね、南少尉(しょうい)。ああ、こちらは学友の橘内春美(きつないはるみ)さんと桜庭美代(さくらばみよ)さんです」

「南克敏(かつとし)少尉であります」


 春美たちを紹介すると、南も簡単に自己紹介をし、お辞儀をした。春美たちもあわててお辞儀を返す。

 そんな初対面の儀礼が終わった後、先に口を開いたのは南だった。


「芙美子くん、その……気持ちは落ち着いたかい?」

「ええ、おかげさまで。今日は気分転換にと芳子(よしこ)に連れられてきたのです」

「そうだったのか。もしや、海水浴へ?」


 南がそう言うのは、おそらく春美たちの髪がまだわずかに湿っていたからであろう。そうしたわずかな手がかりから状況を推理するのは憲兵という役目柄か。


「ええ、海水浴場へ行ったのですが、わたしが海に入る前に、黒い波が現れまして」

「では、芙美子くんは黒い波を見たのか」


 南はそう言うと、なにかを考える素振りを見せた。


「あの黒い波は、魔物なんですね?」


 芙美子の問いかけに答えたのは、南に従っている年かさの憲兵だった。


「いかに宮森(みやもり)閣下の御令嬢といえど、首を突っ込んで良いことと悪いことがあります。今度の件はなおさらですよ」

「そんなことは先刻承知です。でも、海水浴場での海軍の様子を見ると、気になってしまうんですよ」


 芙美子も顔なじみであるその憲兵に言い返した。


「いくら特殊弾といっても、当たらなければなんの意味もないじゃありませんか。それなのに水兵さんたちは闇雲に撃っているだけなんですよ?」

「それはそうですが、しかし……」


 憲兵の反論を手で封じて、南が口を開いた。


「たしかに、あの黒い波はなんらかの魔物が引き起こしていると考えられる。だが、その正体まではわかっていないようなんだ」

「でしたら、わたしにもお手伝いさせてください」

「残念だが、それはできない。歌劇場の件では宮森閣下の名代というきちんとした立場があったが、いまの芙美子くんは一人の地方人でしかない。今回の件は海軍の管轄ということもあるし……」

「そう、ですか。そうですよね……」


 南が申し訳なさそうに頭を下げたので、芙美子も釣られて頭を下げる。


「まあ、この件は我々職業軍人に任せてほしい。そう遠くないうちに解決すると約束しよう」

「少尉がそこまで仰るのであれば。わたしも無茶を言ってしまいました」


 芙美子はもう一度南に頭を下げた。


「ところで、少尉さんは一体なぜ、こんなお店に?」


 芳子がふとたずねると、南ははっとしたように芙美子たち一行を見回した。


「実は、黒い波を間近で見た人たちを探して聞き込みをしていたんだが……」

「だったら、あたしが見ました」


 春美が手を上げた。


「さっき、海水浴場で泳いでた時に、黒い波が出てきたんです」

「たしか、橘内くんと言ったか。その時のことを話してもらえないだろうか?」

「はい……泳いでいたら沖の方で突然黒い波が起きたんです。岸へ戻ろうとしたんですけど、波が沖へ沖へと流れていくようになっていて、逃げるに逃げられなくなったんです」


 春美の話を、南は真剣な顔できいていた。後ろでは憲兵が手帳にメモを取っている。


「黒い波の中から、なにか白いものが伸びてくるのが見えました。その白いものに手繰り寄せられるように流されていたんですけど、そこに短艇(たんてい)が追いついてきて、拾ってくれたんです」


 春美がそんなものを見ていたとは、芙美子は思いもしなかった。


「それで、その後は?」

「それで、(つつみ)の影に逃げ込むと、黒い波は堤の横を抜けて浜まで届いたの。波の中から伸びてたの、あれは手、だったみたい……」

「手?」

「そうよ、人の手」


 海から伸びる、真っ白な人の手。

 そうきいて、芙美子には思い当たる魔物があった。

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