案内してあげる
桜花になだめられて、メリーは不満げに頬を膨らませながら引き下がった。
「ねえ、メリー。さっきまでどこに行ってたの?」
「衣装部屋。あたしの衣装、今日の通し稽古で少ししわができちゃったから、火熨斗を当ててもらってたの」
答えてから、メリーは周囲を見回した。
「もしかして、また出たの?」
「はい、そうです。危うく桜花さんがどこかへ連れ去られるところでした」
芙美子が言うと、メリーは不安げに桜花を見た。
「大丈夫だよ、芙美子くんが助けてくれた」
「そうなんですか? 芙美子さんってそんなに強そうに見えませんけど……?」
「そんなことはないよ。芙美子くんは宮森男爵の御令嬢なんだ」
「宮森男爵の? ふうん……?」
メリーは芙美子のことを頭の先から足の先までじっくりと見回した。
芙美子には、その様子がまるで品定めをされているように感じて、ぞわり、と嫌悪感を感じた。
「やっぱり、華族のお嬢様であって、軍人の娘には見えないわ。本当にあなたが桜花さんを守ったの?」
メリーの不躾な問いかけに、芙美子は首を振った。
「メリーさん、と言いましたか? わたしは別に、人より腕力が優れているわけではありませんよ」
「じゃあどうして桜花さんを……」
「それはですね、わたしが魔物を使役できるからです。桜花さんは魔物に助けていただきました」
「そうなんだ。芙美子さんも魔物を使えるんですね」
メリーがそう言ったことに、七海が反応した。
「ねぇメリー、芙美子さんも、ってどういうこと?」
「私の田舎にもいたのよ、魔物を自由に使役できるって婆さんがさ。って言っても、今どき婆さんに頼み事をするような人なんていないからね」
「そうなのですか? たしかに、修験者や祈祷師などの中には魔物を使役する術を持っている人たちもいますからね。おそらく、そのお婆さんも魔物を使役できるというのは本当のことなのだと思います」
芙美子はうなづいて、手のひらほどの大きさの、寄せ木細工の箱を取り出した。
蓋を開くと、中には赤、青、黄色の小瓶が納められている。
「ここに、この小瓶の中にわたしの魔物たちが控えています。先ほどはこのうち、青い小瓶の魔物に出てきてもらいました」
「へぇ……そんな方法もあるんだ。田舎の婆さんは竹筒で魔物を飼ってたわ」
メリーはまるで怖がりもせず、芙美子の小瓶を眺めていた。
その様子に、芙美子は首を傾げる。
「魔物が怖くはないのですか?」
「え? 別に。田舎育ちなもので、小さい時から色々な話を聞かされてきたし、たまには視えちゃうこともあったのよ」
「そうなのですね。メリーさんは、どちらの出身なのですか?」
「あたし? あたしはね、遠いところ。って言っても、日本ではあるよ」
メリーはそう言ってイタズラ好きの妖精にも似た、人好きのする笑顔を浮かべた。
「メリー、またそうやって人をからかって。芙美子さんは男爵の代理で来てるんだから、もうちょっと敬意を払わないと」
七海が苦言を呈するのも聞かず、メリーはふわり、大きくターンした。
スカートが風を孕んでふわりと浮き上がる。
「でも男爵本人じゃないのよ。だったら変に肩肘張るよりも仲良しになった方がいいと思わない?」
「なるほど、それもいいかもしれないね」
助け船を出したのは、意外なことに桜花だった。
桜花はメリーの背中を押して芙美子の真正面に立たせる。
「実は、あの魔物が何者かに使役されている可能性があるとわかってね。それで、芙美子くんに調べてもらうことになったんだ。メリー、芙美子くんの案内を君に頼めるかな?」
「わかりました。他ならぬ桜花さんの頼みですから、あたし、がんばりますね!」
メリーは弾けんばかりの笑顔を作って桜花に頭を下げると、今度は芙美子に向き直ってにっこりと笑いかけた。
「さあ、行きましょうよ。まずはどこに行きますか? 屋上から奈落まで、どこへでも案内しますよ!」
「そうですね、舞台の上を見てみたかったのですが……七海はいいのですか?」
「私は平気です。お稽古だってまだまだ足りないし、やることはたくさんあるんですよ」
七海がそう言うので、芙美子はメリーに案内を頼むことにした。
「それでは芙美子さん、出発しますね!」
メリーは早足で歩き出した。
つられて、芙美子も自然に早足になる。
そのまま二人は舞台袖の梯子を登っていく。
スカートが脚の動きに合わせてゆらゆらと大きく揺らめいた。
「ああ、はしたない……」
舞台に残ったお付き女中のケイがため息をついた。




