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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第七十九話 すべき事より望む事を

 その夜、クルテルはクリムゾニア城の外で星空を見上げていた。

 傍らにはカペルやアルマも座っている。

 親子ではあるが、三人……いや三柱で並び星空を見上げるなど初めてのことだ。

 それ故、どこかぎこちなくもある。

 そんな中……ふと、クルテルが口を開いた。


「私はこの戦いの先に、在るべき姿へと戻ろうと思う」

「……」

「だから、こうやって思い出作りに付き合って貰えて嬉しいよ」


 クルテルの言葉に、カペルは目を細め息を吐く。

 昔は治癒の力を与えてくれなかった彼女を恨んだりもした。

 人間と違い、神が悪魔を生み出すときにはある程度自由な鋳造が出来る。

 それ故に、もっとこういう形だったなら……とは思ってしまうのだ。

 しかしそれも今や一万年以上前の話。

 流石に恨みも流れ、今は表向き義理の姉妹として接していたこともあり、互いに前とは少し違うが良好な関係を築いている。

 だからこそ……思うところがあるのだ。

 思うところがある……というのはアルマも同じらしい。

 彼女もまた人の世に愛着を持つ身、それ故に心配げにクルテルの顔を覗き込んだ。


「母上、よろしいのですか? 人間界に降り立てるようできている我々とは違い、神は零落(ダウンサイジング)して初めて人の世に降り立てる……愛着はあるのでしょう?」


 そう、神は自らをダウンサイジングしなければ現世に顕現できない。

 辰巳ユウコの遺体に宿り、肉体を変質させて怪獣形態になる……そんな面倒くさい手順を踏んだのもそういった理由あってのこと。

 では、そうして現世に降り立った神が怪獣形態すら通り越して在るべき姿に戻れば……どうなるかは火を見るより明らかだ。

 新しい肉体としてどこかで死体を探す手も有るが……。

 辰巳ユウコほどフィットする肉体など、探してもそうそう見つからないだろう。


「……この戦いの先……相まみえることになる存在が私の思ったとおりなら、そうしなくてはいけないと確信している、だから……悔いは無い」

「……待てよ!」


 静かに目を閉じるクルテル、そこに声がかけられる。

 ケラススだ、その声にクルテルは驚愕して目を見開いた。

 まさか話を聞いているとは思わなかったのだ。


「お前……勝手に納得して、勝手にいなくなろうとするなよ……俺ぁまだ何も知らないんだぞ! 何も理解しちゃいないんだぞ!」

「お、お姉様……」


 クルテルにしがみつき、その体を揺さぶるケラスス。

 必死の形相に汗が一筋垂れる……。

 まるで彼女の焦りを物語るかのようだ。


「教えてくれよ……全部、なあ……」

「でも、お姉様……これを話せば、お姉様は色々なことを思い出すと思う……それで止められたら、その時こそ私は……」


 その時こそ何も出来なくなるかもしれない。

 クルテルにはそれが一番怖いのだ。

 愛しい人のために生きることこそ全てと定めた存在として、それだけは。

 

「何も出来なくなれば、それこそ何のために生きているか分からない、私はあなたのために生きると決めたのだから、あなたのために全てを捨てられなければ何のためにここにいるというの……?」

「何のためって……そんなのな、どこにもないんだよ」

「ない……?」

「決められたすべきことなんてない、自由に生きれば良いんだよ、俺のために生きると決めたからって俺のために全部捨てなくて良い、捨てたくないものは持ってて良いんだ」


 決められたすべきことなんて無い、そう言われるとクルテルはどうしていいか分からなくなる。

 神とは自然の摂理・概念が長い時を経て形を成した存在、そして人がその摂理・概念に抱くイメージが固まった存在。

 それ故に、こういう摂理だからこう生きる、という大きな流れが彼らには存在する。

 個としての明確な意思に目覚めても、こんな生まれだからか「すべきことをする」という感覚は中々消えないのだ。

 だから……どうしても分からない。


「私が、私の子供達のように……自分でしたいことを考え、生きる……そうなったら、私はどうなるのかな……何も、分からない……」


 俯き、少し震えるクルテル。

 未知へ手を伸ばすというのはいつだって怖いものだ。

 少しだけ、かつての世界で人に全てを覆された時を思い出す。


『何故、あなたは滅びにあらがうの?』

『決まってる……! 誰だった滅びたくない! 大事な人と手を取り合いながら生きたいんだよ! 愛する者と、明日へ向かって飛んでいきたいんだ!』


 ほんの少しの興味、そこから漏れた純粋な問いかけ。

 それが一括を生み、生まれたほころびが奇跡を起こした。

 思えばアレが神としての長い生で初めて感じた恐怖だったのかもしれない。

 敗れ去り、理解できない状況に戸惑い、ユウコの姿でただ震えていたクルテル。

 今の状況は、あの瞬間を嫌でも思い出してしまう。


「……そんなの、決まってる」

「……どう、決まっているというの?」

「すべきことじゃなくて、したいことを自分で決めて生きるのは……人になるって事だよ」

「人になる……」

「そうだ、人間も獣人も龍人も……人ってつく奴は皆そうして生きている」


 そう言うと、ケラススは笑みを浮かべてクルテルに手を差し伸べた。

 まるで彼女の震えを抑えるように、大丈夫だよと言わんばかりに。

 その姿に、クルテルは在りし日の記憶を思い出す。


『お前は人を何も知らない、だからこれから知るべきだ、人がどう生きてどう死ぬのか』

『人を、知る……』


 あの日の思い出、その生き写し。

 クルテルは頬を赤くしながらその顔を見つめる。

 未練は地の底へ捨ててきたはずなのに……それでも、どうしてもあの頃を思い出してしまう。


(……私は彼らの生と死を見届けて、人がどう生きるか知ったつもりだった……でも、まだ足りないのか……)


 目を細め……クルテルはケラススの手を握る。

 そして……彼女の手に、ゆっくりと自分の額を合わせた。

 屈みながら、まるで祈るようにして……。


「……分かった、なんとか探してみるね……でも」

「でも……?」

「もし……私がしたいことを見つけて、その時にすべきって気持ちじゃなくてしたいっていう気持ちでいなくなることを選んだら……あなたはその時、受け入れてくれる?」

「……!」


 手を離し、立ち上がるクルテル。

 そんな彼女にケラススは目を見開いてしまう。

 正直、彼女を言いくるめようとしているのは若干の私欲が混じっている部分が有った。

 まだ彼女を知りきってはいない、もっと知りたい。

 自分から唐突にお姉様と呼んで懐いてきて、何も分からないままに自分から遠くへ行くなんて卑怯だ。

 そんな気持ちが半分くらいは存在した。

 だから……どうしても戸惑ってしまう。


(……俺はどうしたい?)


 ここで首を横に振れば、彼女の生き方を束縛してしまうだろう。

 それは望むことではない、だが……彼女にいなくなって欲しくない自分もいる。

 おかしな話だ、人にどうしたいか考えろと言いながら、自分はその答えを決めかねているのだから。


(偉そうなことは言えないな……)


 自嘲し、ケラススは目を伏せる。

 そして……クルテルを優しく抱きしめた。

 とても優しい、敵を傷つけるために鍛え上げられた傭兵の腕とは思えない抱擁だ。


「もう少し、考えさせて欲しい」

「……分かった、お互いに……いっぱい考えようね」


 二人で見つめ合い、頷き合うクルテルとケラスス。

 その様子を眺めながらカペルは「お熱いことで」と呆れる。

 そして踵を返すとゆっくり歩き出した。


「どこへ行くんだ?」

「マキャベルに会いにいってくる」


 手を軽く振り、そのまま去るカペル。

 どうやらイチャつきにあてられたらしい。

 そんな彼女のことを考えながら、アルマはじっとケラスス達を見た。

 そしてオレオルを思い浮かべる。

 自分とオレオルが抱きしめ合う姿……。

 それはあまりピンとこない。

 だが、オレオルと笑いながら話をするのは好きなので、そういうことをしたいとは思った。


(なるほど、これがあてられるということか……母上、私もお(いとま)させて頂きます……)


 そう考えながら、アルマもゆっくりその場を離れる。

 恋愛やら生殖やらに疎いアルマでも、今ここにいてはお邪魔ということくらいは分かるのだろう。

 クルテルが一番必要としていて、一番傍に居て欲しいのは娘の自分達ではなくケラススだ。

 それは少し寂しいことではあるが……しかし、少し嬉しくもあった。

 何故嬉しいのかは分からない、いつか分かる日が来るのかも曖昧だろう。

 しかし……アルマは嬉しいなら良いか、と一礼してその場を離れるのだった。



「こんばんは、マキャベル」

「……あっ、カペルさん、どうも」


 数分後……語り合うケラスス達からは離れた場所で、カペルはリオンに話しかけていた。

 どうやら、森でたそがれていたらしい。

 夜の森ではあるが、きらびやかな虫が飛んでいて不気味と言うよりは綺麗な風景だ。


「会食、あなたは行かないの?」

「ええ……ブラエドの方全てが悪いわけではないと理解していますし、お上では王子派と国王派に二分されているのも聞いたのですが……しかし、妹が死んだ国の方というのは……少し複雑な気持ちになるんです」

「……そっか」


 リオンの隣に、カペルは腰を下ろす。

 そして彼の顔を静かに覗き込んだ。

 穏やかで……しかし泣きそうな笑顔。

 この下にはどれだけの痛みを抱えているのだろう。

 そして……その痛みの原因は妹の死という消えない記憶なのだ。

 そう思うと……。


「……妹さんは幸せね」

「え……?」

「あなたにずっと思って貰えている、それって……あなたの中での永遠になってるってことでしょう?」


 永遠……かつて真壁が追い求めていたが、結局手にできなかったもの。

 墓に名を刻んで忘れないようにするかの如く、彼は自らの中に妹を刻んでいる。

 それは彼の思いの中で、妹が永久(とこしえ)の存在になるということなのだ。

 自分がどれだけの痛みを抱えても、そうして覚え続ける……。

 リオンのその姿が、カペルにはとても愛おしかった。


「……永遠……あの、良かったら妹の話……してもいいですか? 色んな人に記憶して貰って、妹の存在を少しでも長く……永遠に近くしたいんです」

「ええ、よろこんで!」


 少し戸惑いながらも、妹に永遠を与えたいと願うリオン。

 そんな彼にカペルは笑顔を返す。

 その脳裏に……真壁の顔が浮かんだ。


(……永遠、か……そうだよ、私はずっとあなたを待っていた、私の中の永遠と再会できる日を……)


 喜びを噛みしめ、微笑むカペル。

 その内心などいざ知らず……リオンはゆっくりと、妹との過去を話し始めるのだった……。

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