第七十八話 会食の夜にて
「と……いうわけで同盟を組むことになった、ブラエド王国王子及び王女のユウェルとノエルとアステルだ」
「なぁーにが……というわけででぇ、んな大事な話を禄に話さず進めやがって……」
「そ、それはすまなかった……反省している」
その夜、同盟記念に開かれた会食の席にて……。
ケラススは、ユウェル達を見ながら呆れ果て肩をすくめる。
難民のフリをやめ王族らしい装束に着替えた彼らは、まさしくかつて暮らした国の王族。
龍人になったノエルはまあ馴染みのない姿だが……。
それはさておき、彼らの姿を見ていると与り知らぬ場所での急展開に頭が痛くなってくる。
それもそうだろう、復興作業に従事している間にこんな話が進んでいるとは思わなかったのだ。
せめて自分にも少しは話を振って欲しかった、そう思わざるを得ない。
「ええと……ノエル様……まさか、社交界の花と言われていた方の本性がこんな……いや、予想外にも程がありますわ……」
「ちょ、ちょっと……そこまで傷つかないでよ……ちょーっとばかし生物学が好きなだけじゃない……」
「ちょっと……? これがちょっとですの……? ちょっとってなんですの……? もう何も信じれなくなりそうですわ……」
一方で、ラクエウスは自分の知るノエルと素になったノエルのギャップに頭を抱えている。
国民の前では優等生というのは、どうやら本当のことらしい。
付き合いの長いユウリィはその本性を既に知っているようで、ラクエウスの驚愕を察して苦笑しているようだ。
「お久しぶりです、ノエル様、アステル様」
「ユウリィ、君も息災でなによりだ、見知った顔が元気してるのが見れたなら兄貴の無茶に付き合わされたのも悪くはないか」
「はは……相変わらず苦労されているんですね……」
「まーね」
アステルが肩をすくめてウインクする。
皮肉屋で人付き合いが良い方とは言えないが、ユウリィとはそこそこ仲が良いらしい。
もしかすると、周りが濃すぎる分ごく普通の真面目な性格であるユウリィは安らぎなのだろうか。
何はともあれ、安らいでいる様子のアステルだが……そんな彼を押しのけてノエルが前に出る。
「ユウリィ、凄いでしょ? 私龍人になっちゃったのよ! 見てこの、意のままに動く美しい翼! ブレスだって出せるのよ!?」
「あはは……念願叶ったり、って感じですね」
「でしょ? まさか自らの体で生物学的興味を満たせる日が来るなんて思わなかったわ!」
興奮した面持ちで熱弁するノエル。
そんな彼女に「翼動かすなよ姉貴、料理に羽毛が入るだろ」と注意するアステル。
彼らの姿を見ながら、ラクエウスは少し目眩を感じていた。
本人と相まみえたのは幼少期に少しだけだが、それでも社交界の花と言われた彼女の逸話はとても憧れていたのだ。
だからこそ、ラクエウスは高貴な振る舞いを心がけるようになったわけで……。
しかし実際の所はこの本性である、当然ショックも受けよう。
「ラクエウスちゃん大丈夫? はい、ケーキ食べて元気出して」
「ああ、ありがたいですわプラケンタ……あなただけがわたくしの救い……よよよ……」
ケーキを差し出すプラケンタ、そんな彼女を号泣しながら抱きしめるラクエウス。
だが、そんな彼女達にノエルが寄っていく。
そして興奮した面持ちで、プラケンタにしがみついた。
「あ、あなたホルスタイン種のミノタウロスよね!? うっひょおおおお!!! 一日の母乳分泌量を教えて!!! ねえ、このケーキってもしかしてあなたのミルクで作ったの!?」
「ええ……初対面の人にそれはちょっと……あの……流石の私も引く……かな」
「う、うっひょー……憧れの、社交界の花がうっひょー……しかもそんな変態的な……」
心が広く穏やかなプラケンタも、流石に母乳の分泌量を教えて欲しいというセクハラでしかない申し出にはドン引きしてしまうらしい。
そんなプラケンタの隣で、ラクエウスは卒倒しそうになりソヌスに受け止められる。
その様子を見ながら、カントゥスは「ナーイスキャッチ」と呟いた。
「ったく……お前傷つきやすいよな、確か猫又之国の旅館でもショック受けて卒倒してたんだろ?」
「あれは……心霊現象のせいですわ……そんなわたくしがクソ雑魚弱小へっぽこメンタルみたいな物言いはやめてくれませんこと……わたくしはラクエウス・アワリティアですわよ……?」
「どうどう……そんなカッカしてもめんどいだけだよ……ソヌスみたいになっちゃう」
「こら、それはアタイに失礼だろうがよ」
失礼発言をするカントゥスをソヌスが小突く。
そんな彼女達を見ながら、ノエルは「今度は鳥人が……!」と興奮する。
しかし、そんな彼女の頭をアステルが勢い良くはたいた。
ちなみに現在はノエルが龍人となったことで結構な身長差が生まれているのだが……そこは魔法により浮遊してカバーしているようだ。
「この馬鹿姉貴! 王族の恥を晒すなって言うとろうがよ!?」
「ちょっと、はたくためにわざわざ浮遊魔法使うことなんてないじゃない!」
「僕だってこんな事で使いたくなかったわ! だいたい痛くなんてないんだからいいだろ!」
ギャアギャアと騒ぎ、喧嘩をするノエルとアステル。
その様子を見ながら、ユウェルは微笑ましげに目を細めた。
故国ではどうしても姉弟という以前に王族の勤めというものがある、それに国王派からの監視もあるためこう言ったやり取りは出来ないのだ。
国外に出て良かった……心からそう言える。
「この国は賑やかで、明るいな……弟妹が自然体でいられる国だ……我が国もそうありたい、その為にも……父に手を下さねば」
「ふむ……父に手を下す、か……」
クリムゾンフレア自身、もしもブラエド王が額を地面にこすりつけて罪を詫び、償いに生きると誓おうともそれを受け入れることはできないと理解している。
この戦争の果てにクリムゾニアが勝利するならば、ブラエド王に待つのは死の運命だけだ。
まず指導者が変わらなくては国が変わっていくということへの納得などいかないだろう。
口で「改心しました悔い改めます」と言ったところで、単純にどの国の民にも信用して貰えないのだ。
故に、わかりやすい変化の象徴として古き指導者とそれに付き従う者の死が必要になる。
これは勿論、旧体制の恩恵を受けていた者による回帰を行おうという考えを未然に防ぐため、見せしめが必要という面も有ってのこと。
ユウェル達はそれを承知の上で同盟を組んだのだ。
本当に良いのか、などと問うのは無粋だろう。
……無粋だとは思っているのだが。
それでも、クリムゾンフレアは聞かずに居られなかった。
父殺しの記憶を持つ者として、兄殺しの記憶を持つ者として……。
その痛みは誰よりも知っているのだ。
「……良いのか、家族を殺すことは……痛くて重いぞ、生涯……いや、生涯の先までずっと引きずることになる」
「……! そうか、貴女も……ご忠言痛み入る、しかし……しなくてはいけないと分かっているからな、覚悟の上だ」
そう言うと、ユウェルは腕を組み目を細める。
もしかすると、かつてはまともだったという父王を思い出しているのかもしれない。
きっと色々な思い出があったろうに……それでも父を殺める覚悟をしているのだ、その覚悟は気高く……そして少し儚くもある。
立派な王子であると同時に、どこか切ない存在だ。
そう感じると同時に……クリムゾンフレアの中にあるユウコの記憶が、かつて殺した兄のことを思い出させた。
その生まれ変わりである彼が今度は父を殺す、その運命には複雑な気持ちを抱かずいられない。
だが、ユウェルは気にするなと言わんばかりに首を左右に振った。
「クリムゾンフレア、王とは……国のため民のために尽くす存在だと思わないか?」
「民があるから国がある、そして国があるから民がある……どちらも互いになくてはならない存在か……」
「そうだ、互いが互いのためにあるからこそ国は成り立つ、それを忘れた父はもはや王に相応しくない、ならば民のため斬ってみせよう」
言い切るユウェル、その姿をウルスはじっと見つめている。
何か思うところがありそうな顔だ。
ユウリィはその様子が気になって、傍に寄っていく。
「父……子……?」
「ウルスちゃん、どうかした?」
「う……なんか、見覚えがある……? あの、人……村で、初めて会ったわけじゃ……ない、かも」
「うーん……そうなの? あ、もしかしたらボクの家に肖像画があったからかもしれないね」
ユウェルの肖像画……ブラエドでも屈指の画家が描いた一品で、本来なら王城に飾られていたものを友好の証しにと下附されたものだ。
それを家で見たからじゃないか、とユウリィは考えるが……ウルスは少しだけ納得がいかないらしい。
しかし答えは出ないまま、とりあえず牛乳をすする。
そんな彼らの隣に、オレオルが座った。
手には本を抱えており、どうやら先ほどまで読書をしていたが、呼ばれて食事に来たようだ。
「ねえねえ、お隣良い?」
「あ、オレオルくん、良いよ! アルマさんは一緒じゃないの?」
「お姉ちゃんはクルテルお姉ちゃんやカペルちゃんとお話だって、それで僕だけでも食べてきなさいって言われたんだ」
そう言うと、オレオルは王城の入り口側を指さした。
どうやら外で話をしているらしい。
勿論、正体が食事を必要としない……むしろ食事にトラウマを持つ粘体生物だということを悟られないためというのもあるのだろうが。
一応大事な話をしているのだ。
「そういえばオレオルくん、仕込み前に料理用ハーブを仕分けしたんだってね」
「うん、植生学の勉強で草のこといっぱい勉強したから、やらせて貰ったんだ!」
「凄いなあ……早速成果を出してるや」
本を片手に草の仕分けを行ったことを、オレオルは誇らしげに話す。
勿論まだまだ駆け出しなので、不備があった部分はプラケンタがこっそり仕分け直したのだが……そこはプラケンタだけの秘密だ。
わざわざ、子供の頑張りに水を差す必要が無いだろう。
まずは行う楽しさを覚えて、それから失敗を学べば良いのだ。
そう考えながらプラケンタが横目でオレオルを見ていると……彼にケラススが歩み寄った。
「ん……おう坊主、クルテルの奴ぁ外に居るのか?」
「うん、お姉ちゃん達とお話しするんだって」
「そっか、ありがとうな」
軽く礼を言い、歩き出すケラスス。
向かう先は城外だ。
クルテルと話をするのか、はたまた盗み聞きでもするのか……。
それはケラススにしか分からない。
何はともあれ……こうして彼らの夜は更けていくのだった。




