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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第七十七話 姫君は生まれ変わる

 第二王子達が待つ野営地……ユウェルに連れられてそこへ来たクリムゾンフレア達を待っていたのは、凄惨な光景だった。

 まあ別に死体が転がっていたとかその手の状況ではない。

 スプラッターでないことは確かだ。

 では何が凄惨なのかというと……。


「ひ、一筋の光明! 早天の慈雨! クリムゾンフレア様あああぁぁぁ!!! お助けええええぇぇぇぇ……!!!」

「ああん、待ってアラクネちゃん! もっと、もっと触らせて!」


 クリムゾンフレアの後ろに隠れるアラクネ。

 その衣服は乱れに乱れ、頬にはキスマークもつき……まるで“そういうこと”をした後のようだ。

 だがその焦り方は、幸せな事後というよりはとんでもない地雷を踏んで逃げてきた男のような雰囲気か……。

 そんな彼女を追いかけて走ってくるノエル……まるで猫とネズミの追いかけっこだ。

 実際は人間と人型蜘蛛なのだが……彼らの関係性は、捕食者と非捕食者のように見える。


「な、なんなんだあなたは……ユウェル王子の部下か?」

「む……何あなたは……って龍人!? はああああ、来て良かった……!!!」


 龍人という未知の存在を目にした興奮の余り、感涙しむせびだすノエル。

 そんな彼女の頭を軽く叩き、ユウェルは息を吐いた。

 そして彼女を羽交い締めにする。

 これまでは臣下は礼節上彼女に強くでられず、モヤシである弟は力負けするという理由で何も出来なかったが……しかし、ユウェルには敵わないようだ。


「お兄様……くう……強い!」

「すまない……これは妹だ」

「これ? お兄様今これって言った?」

「……なんというか、中々濃いわね」


 尻尾を手で弄りながら呆れ果てるピーヌス……。

 その尻尾を見て、ノエルは「それ毒腺!? 凄い!」と大はしゃぎしだした。

 アラクネはそんなノエルにただただ怯え……クリムゾンフレアに背中を撫でられている。


「ええと……こういう事があるんだ、擬態は使った方が良いだろう?」

「は、はい……分かりました……これからは擬態を行います……」


 諭されるがまま、人間に擬態するアラクネ。

 その姿が無論見た目だけだが……人間のようになっていく。

 蜘蛛の時は茶褐色の毛並みだがそれとはまた違う……元の姿と同じ赤毛の女性といった見た目だ。

 ただし、擬態魔法は飽くまで視覚を弄るだけ。

 獣人達の耳や尻尾が誤魔化せないように、この状態でも腕の本数はそのままなので色々と凄まじい見た目になっているが……。

 何かこれを隠すための装備でも考案してあげる必要があるかもしれない。


「すまないな、妹は人間に興味がない分生物学に非常に興味があって……つい暴走してしまうんだ」

「ついでこんな目に遭わされて良いなら、国家はいりませんよ……!」


 複数の腕をわしゃわしゃと動かし、アラクネが泣きそうな顔で激怒する。

 そんな彼女に、ユウェルはただただ謝るしかなかった。

 一方、ノエルは擬態が気に入らないのか腕を組んで不満げだ。


「あー、はいはいそこまでそこまで」

 

 このままでは収拾がつかないので、間にアステルが入る。

 この辺りが、胃痛次男とノエルの本性を知る者に言われる所以だろう。

 その自覚があるアステルは、胃に治癒魔法をかけながら静かに息を吐いた。


「ったく……それよりも本題に入ろうよ、兄貴はどう結論を出したの?」

「そうだな……私はクリムゾンフレア皇帝は信じられる人物だ、と感じた……彼女の気持ちに嘘偽りはない、世界を救うためという戦いの理由も本当なのだろう」

「ふうん……まあ、兄貴が洗脳されてれば流石に分かるし、本当って事か」


 顎をさすり、しげしげとクリムゾンフレア達を眺めるアステル。

 まだまだ彼は見定め中、といった様子だが……兄の言葉を否定するつもりはないようだ。

 どちらかと言えば、疑いというよりもどんな性質なのか興味がある……といった風か。

 そんな様子を確認し、ユウェルはクリムゾンフレアに向き直る。


「では改めて……ユウェル・トゥルボー・ブラエド及びその旗下のブラエド臣下は、貴女達に同盟を申し込む、同盟条件は簡単だ……市街地戦は我々に任せて、無辜の民衆に過度の被害が出ないようにするという権限を頂きたい」

「心得た、貴君の民を思う情に我々は信頼を以て応えよう、クリムゾニアは市街地戦の指揮を貴君らに一任し、民間人へ過度の被害が出ないよう戦うと誓う」


 固い握手を交わし、頷き合うクリムゾンフレアとユウェル。

 二人は互いに見つめ合いその本気を確かめ合う。

 しっかりとした見つめ合いだ……。

 こうして見つめ合いながら、彼らは互いに山賊退治の事を思い出しているのだろう。

 そしてユウェルは弟妹へと向き直った。


「二人も異論はないな?」

「はいはい、ご自由に……良いさ、こっちはこれから色々確かめるから」

「待って、私は条件追加!」


 ぴしりと音が出そうなくらい、勢い良く手を挙げるノエル。

 そんな彼女に嫌な予感を抱き、一瞬「そういえばぴしりって擬音はどこから来たんだろうな」と現実逃避しそうになってしまう。

 だがなんとか正気を取り戻すと、アラクネを後ろに庇った。

 そして変質者を見るような、頑とした態度でノエルを見つめる。


「臣下の貞操は渡せないぞ……私のもダメだ、そういうのは合意の上で行うものだから絶対ダメだぞ」

「いや、そうじゃなくて……! 何よ、私って協力して欲しければ分かってるよなあぐへへのへとか言いそうに思われてるの!?」

「言いそうだろうがよ……!」


 焦燥した顔で、普段吐かないような暴言を飛ばすアラクネ。

 そんな彼女にノエルは心外と言わんばかりに頬を膨らませて腕を組む。

 仕草だけなら可愛い、まさしく黙っていれば美人というやつだ。

 まあ、そういわれる類いは結局黙れないので台無しなのだが。


「そうじゃなくて……クリムゾンフレア皇帝、あなたって人を別種族に出来るのよね!」

「で、できるが……」

「私もなりたい!」

「何ぃ……!?」


 ノエルの申し出に、クリムゾンフレアは狼狽する。

 これまで多くの山賊を洗脳して人外化させてきたが……。

 洗脳してもいないのに、自分からなりたいと申し出たのは初めてだ。

 想像を絶する変態……そうだと言える。


「あー、もう……性癖で話をこじれさせるなよ、姉貴……」

「何よ、別に生物学趣味だけじゃないわよ? 今のブラエドは異種族に差別意識があるでしょ? それって結局人間以外が禄にいないからじゃない」

「……なるほど、トップが自ら異種族に融和姿勢を見せることで差別感情を緩和させる……か」

「そうよ、一応私も国民の前では優等生だしね」


 勿論、かといってそれがいきすぎて異種族を過度に優遇する姿勢になっていってはいけない。

 なので人外化することに抵抗がないノエルだけ変化するのだ。

 異種族と人間が協力して政を行う政治形態……。

 それを作ることにより、異種族と人間が手を取り合う国に変えていく。

 そうなれば異種族も流れ込んでくるので、国に在りながら生物学趣味を満たすことも出来てウハウハ、趣味と実益を兼ねた形というわけだ。


「ふむ……だがな……どう思うクリムゾンフレア、洗脳無しでもできるのか? 私は妹が望むならしょうがないと受け入れるが……」

「洗脳の力と変化の力は別の力だから、できることはできるが……しかしこの力でどんな姿になるかは精神性次第だぞ、凄い姿になれば国民がどう思うか……」

「姉貴のことだ、触手まみれの超変態生物になるんじゃないか? 服だけ溶かすような都合良い酸とか吐くようなさ……」

「それ凄い偏見入ってない? というかあなたそういう本持ってるの?」


 ノエルの問いに、アステルは「いや持ってないけど……しそうだろ姉貴」と偏見の目を向ける。

 肩を落とし「何よそれ……」と呟くノエルの姿は実に哀れ……。

 しかしそんな偏見が生まれるのも、ノエルが日頃行っている事のせいだ。

 そう考えるとあまり慰める気にはなれない。


「確かに……王族が好みの異種族へ触手を向けて乱痴気騒ぎとなれば信用問題になるな……」

「お兄様まで何を仰りますかねえ!? くっ……!」


 どうして分かってくれないんだ、異形化は私の夢なんだ!

 とでも言わんばかりに歯噛みするノエル。

 そんな彼女を見かねたのか、ピーヌスがしょうがないと手を挙げる。

 その表情は、凄まじい呆れ顔だ……。


「ええと……一応、私の能力で異種族になれば、多少は精神性に左右されるでしょうけど……そこまでぶっ飛んだ姿にはならないと思うわ、テルメ返報隊……ああ、私の部下の皆はバリエーションはあるけど皆毒性生物の怪人……って感じの姿になってたし」


 ピーヌスの言っていることは事実だ、彼女の毒の魔力を増強剤として受け入れた者は毒性生物の怪人となる。

 昆虫や哺乳類に両生類などバリエーションは幅広いが……今まで見てきた者達は、例えばサソリやハチやカモノハシといったごくごく常識的な毒性生物となっていた。

 なのでノエルも常識の範囲内の生物になると思われるが……。

 しかし、ノエルは納得がいかないようだ。


「ねえ……常識内の姿になる必要なんてあるの?」

「いや、そうしないと国民がだな……」

「でも……今は異種族への差別意識があるというブラエドの常識があって、それを壊すために異種族になるって言ってるのよ? なら常識的な範囲内なんてこだわる必要ないと思うの」


 ノエルの言うことは確かに正論だ。

 常識を壊すのに常識にこだわる、それは一種の矛盾をはらんでいる。

 ある種の二律背反のようなもの、と言えるだろう。

 それが彼女には気に入らないらしい。


「うーん……どうする?」

「ふむ……分かったノエル、お前のしたいことを信じてみよう」

「別に良いけどさ……姉貴、王族の恥だけは晒さないでよ?」


 ピーヌスの問いに、ユウェルとアステルはノエルの背中を押すことを選ぶ。

 兄と弟だからこそ、彼女の変態性に呆れてばかりだが……それでも一種の信頼があるのだろう。

 その言葉を受け取り、ノエルは「勿論!」と力強く頷いてクリムゾンフレアに向き直った。


「さ、ささ! 早く早く!」

「……この人、さっきの発言は建前じゃないんですか……?」


 ノリノリのノエル……そんな彼女にアラクネがドン引きする。

 その頭を「こらこら」と言いながら撫でると、クリムゾンフレアは静かに頷いた。

 ノエルの考えを一理あると受け入れたのだ。

 常識を壊して変えるべきを変える……ノエルは頭のネジが数本吹き飛んだ人物だが、私欲混じりとはいえその考え方は支持できる。

 そう考え、クリムゾンフレアは彼女に力を授けることに決めた。


魔炎(イーヴフラ)異形化(デフォーム)


 龍言語魔法が唱えられ、黒い炎が迸る。

 ノエルはそれを、手招きしながら受け入れた。

 そして……よだれをぶちまけながら、肉体がビクンと躍動する。

 まるで力を入れて引っ張っていたゴムを急に離したような激しい躍動だ。


「おお……! 来た、来たわ……!」


 全身へ迸る快感に興奮し、叫ぶノエル。

 その肉体が白い鱗に包まれながら肥大化していく。

 体は筋肉質に、胸は豊満に……そして顔貌は人のそれから鱗に包まれた長いものへ……尻尾が服を突き破り、羽毛の翼が生え……。

 鋭くなる手足の爪、歯は全て抜け落ちて代わりに牙が生える。

 体の前面には鱗とお揃いの白い蛇腹が生じ、ノエルはそこを手でさする。

 そして側頭部からは羊のような巻き角が伸び……目が人のそれから、瞳孔が縦に割れた獣の目になる。

 赤くなった目の色は、まるで彼女が人間で無くなったことを示しているかのようだ。


「純白の龍人……」


 ユウェルの呟きに呼応するように、胸にジェイドグリーンの龍玉が生じる。

 そしてノエルは満足げな笑みを浮かべた。

 翼や尻尾を動かし……手を何度も開け閉めして、自分の肉体を確かめているかのようだ。


「格好いいじゃん……」


 アステルの呟きに、ユウェルは「確かにな」と応えノエルは照れくさそうにする。

 人間が龍人になった後とは思えない、家族の微笑ましい光景……。

 だが……クリムゾンフレアはただただ困惑していた。


「む、どうしたクリムゾンフレア」

「いや……初めてなんだ」

「え?」

「この魔法で龍人族になった者は初めて見た」


 今まで、この魔法で肉体を変化させた者は何人も居る。

 だが龍になった者は見たことがない、完全な初めてだ……。

 そのような者は、前のクリムゾンフレアが有する記憶にも居はしない。


「そうなのか……?」

「あの、失礼ながら……ピーヌス様も元人間とお伺いしていますが」

「私は違うの、私は簡単に言えば……亡くなった龍人の龍玉を移植されて、その魔力を受け入れることで龍人になった感じ、だから龍玉ありきの変化なのよ」

「なるほど……対してノエルは、龍玉が今生じた……根本から違うわけだ」


 アラクネの質問とピーヌスの回答により、ノエルの希少性が明らかになった。

 確かにそれは戸惑ってもおかしくないだろうな、そう考えるアステル。

 ユウェルも「精神性に応じた変化ならば、クリムゾンフレア達とノエルは……いや、似ていないか」と戸惑う気持ちに合点がいった様子だ。

 そんな彼らの隣で、ノエルがふと思いついたように手を挙げた。

 割としっかりした考えがあるのか、表情は思いつきでありながらもしっかりしている。


「ねえ……私思ったんだけど、実は精神性に応じた変化というそれが間違いなんじゃない?」

「……間違いというのは?」

「生物学的には、子供に親の代には現れなかった先祖の形質が突如生じる先祖返りっていうのがあるの、もしかすると……あなたの力って、先祖返りを後天的に引き起こすことで、人間になる前の先祖……もしくは魂的な繋がりを持つ生き物の形質を出す力なんじゃないかしら」


 先祖返り……ノエルはそう言いながら、指を鳴らす。

 するとその体から青白い光が放たれ、地面を穿った。

 凄まじい威力のビーム魔法だ。

 そうして生じた穴にノエルは満足げに笑む。

 かつてのクリムゾンフレアが火龍、ピーヌスが毒龍、今のクリムゾンフレアが魔龍だというなら……さながら彼女は光龍か。


「だからこの力の使い方も一瞬で分かったし、こうも体に馴染む……光の力、よく理解できるわ」


 確かに……辰巳ユウコはレクチャーをされるまで、龍人としての力を使いこなせていなかった。

 そう考えると、ノエルにせよアラクネ達にせよ……力を平然と使用できるのは、肉体ないし魂に刻まれた何かと呼応していると考えるのが妥当かもしれない。

 別生物に変わってすぐその力を行使できる者にはピーヌスも居るが、彼女の場合は龍玉から情報を送られているからなのだ。

 そう考えると、やはりノエル達も何かと呼応して情報を得ているということになる。


「ブラエドの祖に龍人がいる可能性か……」

「考えたこともなかった話だね」

「でもお兄様、もしこれが事実なら……良いプロパガンダになると思わない、ブラエドの祖は異種族だったという歴史の捏造をして流せば……民も異種族に歩み寄るかも」


 ノエルの言葉に、二人は考え込む。

 確かにそういう歴史を作ってしまえば、大いに役立つだろう。

 しかし偽りの歴史を作るのは民に対する誠実さという面でどうなのだろうか。

 悩みは尽きず、答えは出ない……。

 そして……ユウェルは思考を中断するように首を左右に振った。


「まあそれは、今考えても仕方がないだろう……何はともあれクリムゾンフレア、妹の提示した条件を飲んでくれたこと、感謝する……改めて貴女と同盟を結ぶとしよう」

「ああ、改めてよろしくお願いする……ユウェル王子」


 改めて固い握手を交わし、二人は頷き合う。

 この日……クリムゾニア軍とブラエド国王子派は同盟を結んだ。

 記念すべき瞬間……それを祝うように、ノエルが虹色のブレスを噴く。

 美しく輝く……きらびやかな七色のブレスだ。

 その輝きに照らされながら、クリムゾンフレアとユウェルは互いの目をしっかりと見つめ合うのだった。

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