外伝 七島戦役 五幕 史上最大の爆発
「諸君、敵軍の本拠地……その座標が分かった」
「座標は東シナ海、沖縄トラフ……海底2000メートルの位置だ」
司令と副司令が状況を説明する。
どうやらGPS弾入りの死体はまんまとインスマルトへ運ばれたらしい。
ならば、後は攻め入るだけだ。
そう考え、誰もが息を呑む。
「作戦はこうだ……新型爆弾を搭載した潜水艇で海底へ向かう」
「新型爆弾……?」
「無有徒が友人から預かってきたという設計図によるものだ」
「……環境に優しい新型採掘爆弾、それを作っている最中に強すぎる爆弾も出来たと聞きまして……それを譲り受けました」
譲り受けた、そう言ったとき無有徒はどこか神妙な顔をしていたように見える。
しかし、それに気付いた者はいなかったのか、はたまた話題に出す余裕もなかったのか、誰も触れることはなかった。
そのまま会議は進んでいく……。
「作戦はこうだ、怪物が出たら七番機が海上で引きつける……その間に、潜水艦が海中へ潜って敵の本拠地を爆破する」
「この基地の人員は大きく減ってしまった……今や、ほぼ総動員で動かないといけないだろう、これより人員の割り振りを説明させて貰うよ」
淡々と行われていく人員配分。
それを皆、覚悟の面持ちで聞く……。
これにより運命が大きく変わるのだ。
生半な覚悟で挑めるものではない。それは司令も承知のようで……その現れか、潜水艦には司令と副司令も乗るようだ。
「司令……本気ですか?」
「しょうがないことだよ、管制を出来る者で動ける人間がもう少ないんだ、もし相手の本拠地が移動基地でGPSに気付いて逃げられでもしたら解決の機会を失う、今は危険などと言っていられないんだよ」
「……」
「これは副司令も同じ気持ちだ、大丈夫……いざ死んだ場合の後任者への通達は済んでいるよ」
司令の決意は固いようだ。
彼はきっとなんと言われても潜水艦に乗るのだろう。
止めることは出来ない……誰もがそれを確信していた。
「最後に……七番機には、森次及び樹里……両名に乗って貰う」
「私達ですか……!? でも、私はコックピット恐怖症で……」
「大丈夫、君達が休んでいる間にその不安を和らげるための改造も施したよ、一度見てごらん……そして頼む、君達しかパイロット免許を持ち、かつ今無事な者がいないんだ」
頭を下げる司令、ここまでされては「でも嫌です」とは言えない。
しょうがないのでまずはコックピットを見てみることにした。
「……不安だなあ……」
「……大丈夫か?」
呟きを漏らす樹里に、森次が問いかける。
しかし樹里は黙り込んで首を左右に振った。
大丈夫じゃないのは当たり前だろう、コックピットがもはやトラウマなのに、七番機に乗らなくてはいけないのだから。
そんな彼女に対して、せめてもの……と森次が手を握る。
不思議と、それだけで少し安堵できる気がした。
単純だが……気心の知れた相手の存在は、やはり大きいのだろう。
そのまま二人は格納庫へと向かっていく。
そして、コックピットを展開した。
「これは……!」
中を見て、森次は目を見開く。
どうやら大破したコパイ席の機能をメインパイロット席の辺りへ移植し、オーソドックスな前後型の複座から、隣り合わせで二人のパイロットが並ぶ珍しい形式にしたらしい。
この形式の何が樹里の抱えた傷に効くかは明確だ。
まず隣に気心の知れた相手が居ることの安心感、混乱しても手を握り励ませる強み。
そして、以前飛び散る死体がカメラにぶつかったとき、目を逸らしてもそこに無機質な内壁しかないというのがパニックを助長させた。
だが今回は隣に森次がいる。
その顔を見れば、少しは安堵できるはずだ。
確かにこれらは如何にも緊急的な急ごしらえの措置だが……。
しかし、それでも樹里は少し自分が落ち着くのを感じていた。
単純だとは自分でも想う、しかしシンプルさとはわかりやすさであり、わかりやすさは時にストレートな力になるのだ。
今はただ、このわかりやすさが自分に力を与えてくれる……そう感じていた。
「私……乗ってみます」
「いいのか……?」
「はい、大事な局面ですもんね……わがままは言ってられませんから」
震えながらも決心を固め、樹里は深呼吸する。
こういえば彼女は否定するかもしれないが……森次の目には、彼女がとても強く見えた。
トラウマを抱えながらも、それに立ち向かおうとする姿……それは素晴らしいものだ。
そんな気持ちが抑えきれなくなり……気付けば、森次は彼女の頭を撫でていた。
「ん……森次サン」
「一緒に頑張ろう、明日も生きるために、それで……昨日の夜の、その……ああいう辛さを誤魔化すためじゃなくて、もっと前向きな付き合いをしよう」
「はい……!」
珍しく頬を赤らめて笑う森次。
そんな彼女に、樹里はまばゆい笑顔を見せて頷く。
和やかな雰囲気の中、二人はもう誰も死なせまいと決意を固めるのだった。
そして……出撃の時が来た。
「兵装格納庫、オープン! 兵装格納庫、オープン!」
「リフトアップ開始!」
「射出機構展開、隔壁良し、耐衝撃・耐噴煙・耐熱良し!」
「テイクオフ準備完了!」
「「アイ・アイ・サー! 七番機……テイクオフ!」」
聞き慣れたアナウンスに二人で返事をし、機体を発進させる。
それと同時に基地下部より潜水艦も出発した。
本来ならデコイ用の潜水艦をもう数隻出したいが……なにぶん人手不足の現状では一席動かすので限界だ。
まさしく決死の作戦……そんな死地へ向かう者達を、格納庫に残った非戦闘員達は静かに見送る。
「これで……終わるのよね……もう誰も死なないのよね……?」
「そうだ……そうでないと……じゃなきゃ、何のために彼を……」
何を思いだしているのか、震えながら祈る無有徒。
その隣で目を細める辰巳……。
そんな彼らの期待を一身に背負い飛ぶ七番機……その前に怪物が現れた。
双頭の鳥のような怪物だ……。
「さあ……来い! ここから一歩も下がらないぞ!」
叫び、立ち向かう森次。
その下を潜水艦が通っていく。
七番機との取っ組み合いに夢中の怪物は潜水艦に気付かなかったようで、潜水艦はそのまま沖縄トラフの中へ入っていった。
深く深く……どんどん沈んでいく潜水艦。
やがて艦は一つの都市の前に辿り着いた。
如何にも海底都市……と言わんばかりに、水を遮るためであろうフィルターに覆われた都市だ。
「司令! 敵軍の都市を発見しました!」
「よし……ミサイル発射!」
新型爆弾を積んだミサイル、それが都市の防壁を傷つける。
数度の発射を経てヒビが入るが……そこでやられっぱなしの敵ではない。
向こうもまた、ミサイルで反撃してきた。
「うおっ……!?」
相殺されたミサイルが至近距離で爆発し、艦が大きく揺れる。
すぐに全員体勢を立て直し、再度発射をしようとするが……しかしそこで、大きく状況が変わった。
発射機構がエラーメッセージを出しているのだ。
「み、ミサイル発射できません!」
「何……!? ここまで来て……!」
ミサイル発射機構が破損しては、この艦に武器はない。
最早これまでか……そう皆が覚悟する、だが……。
「いや、最後の武器はまだある……武器がなくなったなら、体をぶつけることが出来るはずだ……」
「……! 桐山、だがそれは……」
「そうだ、死出の道に付き合って欲しい」
死ねという事ではないか、そう言えない白金。
対して桐山は死出の道に付き合えと言い切る。
艦内に緊張が走るが……しかし、拒否する者はいなかった。
敵地の目前でこの状況なのだ、艦を急浮上させても撤退は出来ないだろう。
つまり結局、特攻を拒否しても待つのは死だけなのだ。
クルーは皆、静かに頷く。
ある者は決意を胸に、ある者は涙を流し、ある者は家族の写真を握りしめ……。
そんな名もなき兵士達の前で、白金が代表して敬礼する。
「ありがとう、諸君……ではこれより、最終作戦を行う! 我らの死を未来につなげよう! 全速前進!」
「アイ・アイ・サー!!」
ブースターを最大で点火し、艦が都市へ突撃する。
海底都市側もミサイルを飛ばすが……もう遅い。
ヒビの入ったフィルターを砕き、都市部へと艦が激突する。
艦内に衝撃が走り、皆端から端へと飛ばされた。
ある者は骨が砕け、ある者は頭がひしゃげ……皆、命を落としていく。
そんな中、どうやら桐山は辛うじて生き残っていたらしい、彼は這々の体で歩くと艦長席のコンソールを動かした。
「艦長権限により、自爆シークエンス開始……」
「自爆シークエンス開始、船員は速やかに脱出を行ってください」
アナウンスが流れるが、もはや桐山に脱出する力はない。
床に大の字になり……血を流しながら天井を見つめる。
薄れゆく意識の中、思うのはこれからの人類のことだ。
「……我々の、勝利だ……世界は、人類のもの……人類がこれからどんな道行きを歩むのか……見られないのが、残念だが……」
そこまで呟き、桐山は自分が何故ここまでするのかをふと考えた。
宇宙飛行士として、遠い宇宙を見て……地球の青さを知り……。
そこから何故、軍人になろうとしたのか……それが思い出せない。
そこまで思ったところで、桐山はふと一つの思考に至った。
「これこそが、私を構成する摂理で……概念……そうだ、私は……発展を司る……」
自分が何者か、それを急速に思い出していく。
桐山治という男が、いや……その姿と記憶を借りてロケットの中で衰弱死した男に成り代わった存在が何なのか。
それを知るに到り、笑みを浮かべ……そして桐山は敵の都市部ごと爆発の中に消えていった。
「うわっ……!?」
同時に、水が勢い良く噴射し地面が大きく揺れる。
その衝撃を感じながら、森次は舌を噛まないように気を付けつつ体勢を整えた。
しかし同時に、怪物が力無く腕を下ろす。
「……? 何が起きた……?」
「やって、くれたな……」
力無い声が通信に割り込む。
インスマルトの声だ。
それと同時に、怪物が勢いを取り戻す。
「うわっ……!? 何を言っている!?」
「お前達の艦は! 我らの都市を自らも巻き込む爆発で吹き飛ばしたようだぞ!」
特攻からの自爆、艦が突っ込んできたという報告と爆発音、そして通信が繋がらなくなったことを示すノイズだけを聞いていたインスマルトはそれを察していた。
逆に森次達は、新型爆弾とはそこまで強いものだったのか……と戦慄する。
認識の齟齬が起きているが、そこを指摘する者は誰も居なかった。
そもそも齟齬が起きていることすら気づけていないのだから。
「よくも……よくも故郷を!」
「ぐっ……元はといえばお前達のせいだろう! 悪しき文明どうこう言い、こちらを見下して戦闘を仕掛けてきて! それで何故滅ぼさないという道を選べる!? お前達の招いた滅びじゃないか!」
七番機を押し倒そうとする怪物を、森次は何とか押し返す。
その隣で、樹里が自分の手を森次の手に重ねた。
そして……頑張って呼吸を整えて、なんとか声を出そうとする。
先ほどまでコックピットへの恐怖から逃げるように無心で操縦補助だけをしていた彼女だが、なんとかその恐怖を断ち切ろうとしているようだ。
「あなた達が……あなた達が、最初から友好的な存在として……アンチボディ戦役なんて起こさずに語りかけていれば良かったのに……積み重ねでこうなったのに、被害者面しないで!」
「うっ、おおおおぉぉぉぉ!?」
押し返される怪物。
その体に向けて頭部細断刃が放たれる。
しかし怪物は身を翻してそれを回避……続けざまに放たれた前額部レーザー砲も回避した。
だが……前額部レーザー砲は、回避した先にあった頭部細断刃にぶつかり、反射して軌道を変える。
そして……怪物の体を貫いた。
「あ、ああ……! 後悔、するぞ……! 後悔、を……」
「それを聞くのも、三度目だな……!」
崩れ落ちる怪物、どうやらその中にはコックピット的な部分があったらしく、焼け焦げたインスマルトが覗く。
彼は悪態をつくと、そのまま血を吐いて目を見開いたまま動かなくなった。
その一部始終を通信越しに聞いていた無有徒達は、静かに息を吐く。
「勝利、か……だが……」
「死んじゃった、司令達が……みんな……」
愕然とする辰巳、そんな彼女を抱きかかえながら無有徒は目を伏せる。
罪業に手を汚してまで得た爆弾は、恐ろしいほどの戦果を生みだした。
無有徒はそれを実感し、静かに目を細める。
今はただ、自分の罪が無駄じゃなかったことを有りがたく思うのだった。
数日後……。
七島戦役にて命を落とした戦没者達の葬式が静かに行われた日。
基地の出口で、森次は缶コーヒーを静かに飲んでいた。
「お疲れ様です、森次サン」
「樹里……そっちもお疲れ様」
隣に座り、同じようにコーヒーを飲む樹里。
そんな彼女に森次は目を向ける。
「七番機は上層部との協議の結果、争いの元になったと凍結が決まりました……それで、私は新しい戦闘機を作って欲しいと」
「そうか……」
「森次サンは、今後何をするんですか?」
「……辞令としては、新しくできる流々宮基地に異動して欲しいという話だ」
「私と同じ基地なんですね……上層部的には、私達をセットで運用したいのかも」
辞令を告げ、うつむく森次。
彼女は静かに息を吐いた。
「だろうな……上層部は、私達を英雄と呼んでいるらしい」
「……実際はただ、運が良かっただけですよね私達……運良く海底ではなく七番機に配属されただけ……」
「だが、求心力に使いたいらしい」
震える森次。
その震えが怒りなのか悲しみなのか、重圧への恐怖なのかは分からない。
「……退役しようかな、風来坊にでもなって……どこかへ行きたい」
「……それは嫌です、私……沢山の仲間を喪って、その上で一人になんてなりたくないですよ」
「……樹里、そうだな……ここで逃げれば一人、か……」
目を細め……森次はゆっくりと、優しく樹里の手を握る。
そして樹里もまた、その手を握り返した。
「……ずっと二人で一緒に居よう、死ぬまでずっと」
「そうですね……そうしましょう、そうすれば……きっと寂しくない」
二人は笑い合い、頷き合う。
そうして二人は流々宮基地に異動し……そこで新しい生活を始めるのだった。
七島基地の事は、精神安定のために積極的に忘れ……。
十数年経つ頃には無有徒や辰巳の名前と顔も忘れて……。
静かに慎ましく、多くを喪った悲しみを癒やすように新生活を満喫したのだ。
「……? ワルトさん、どうかしました?」
「ん? ああ……すまない、海を見ていると不思議な気分になってな」
時は流れて現世……。
アイスをなめ、ワルトは笑う。
常夏のリゾートでの穏やかな一時は、彼女の心を癒やしていた。
「不思議な話だ、海には恐ろしいイメージが有ったのに、今はこうも安らいでいる」
「ワルトさん……実は私もそうなんです……ワルトさんと一緒だからかなあ……」
「……ふ、ならオレも……お前と一緒だから、か……」
手を重ね、二人は笑みを向け合う。
そして静かに互いの額を突きつけた。
「一緒なら、寂しくないですもんね」
「そうだな、一緒なら何も怖くない」
笑い合う二人……。
そんな二人の姿をガットネーロとルーヴは遠巻きに眺めている。
微笑ましいなあ……とでも言わんばかりだ。
その視線にワルトは気付いたが、ルーチェから離れたりはせずウインクだけする。
そして、お前達もこれくらいして見ろと言わんばかりにキスをするのだった。




