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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第一部 午刻の章 ―― 龍になった少女 ――
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第八話 不穏な宿屋

 純白の石造り、きらびやかな建物。

 清廉という言葉を形にしたかのような街。

 それがサーペンタインの首都、メルクリアだ。

 花のように美しい都、と称されるこの街は上空から見ると街の形が花のようになっており、更には北部に大規模な花鳥園を有している。

 その観光収入及び、カエデの樹液などから作られるシロップを交易材料としてニライカナイに出荷することを主な稼ぎとしているのだ。


「というわけで……サーペンタインはスイーツ産業が盛んなのよ」

「なるほど、甘さが強いが中々いけるな」

「んー、アタシはこのシロップ甘すぎて苦手ッスね、でもこの生地は程よい甘さで好きッスよ」


 サーペンタインの主産業を語りながら、カフェ二階のテラス席でパンケーキを頬張り、ガールズトークに花を咲かせる四人。

 微笑ましい光景だ。

 ……いや、正確にはガールズトークに花を咲かせていない者が一人いる。

 夢中になってパンケーキを食べているクリムだ。

 生まれてから死ぬまで栄養管理の連続だった彼女には、甘い物はあまりにも新鮮だった。


(凄い……本当に凄い! でも、生地はちょっと味が薄く感じちゃうかもなあ……けど、シロップが凄く美味しいや!)


 フォークで皿に残ったシロップを救い、堪能するクリム。

 その姿を見ながら、ピーヌスは思わず笑みを浮かべる。

 そして、ハンカチでクリムの口元を拭い始めた。


「ふふ、マズルの辺りがシロップまみれよ」

「あ、すいません……!」


 急に恥ずかしくなり、縮こまってしまうクリム。

 その姿が、ピーヌスにはよりいっそう微笑ましく感じる。

 一方、ルーヴは「ごちそうさま」と言わんばかりに口元を拭っていた。


「それにしても……ここはあまり偏見がないんだな、ニライカナイやブラエドではウェアウルフは歓迎されなかったから新鮮だ」

「んー、ここは指導者が獣人ッスからねえ」

「あと、特にクリムちゃんは龍人だからね、蛇獣人と龍人は近縁種なのよ」


 近縁種、一見鱗しか共通点が無いように見えるが実際はそうでもない。

 蛇獣人は長い寿命を持ち、特に白蛇(はくじや)の一族は龍と同じく永遠の寿命を持ち、外的要因以外では死ぬことがない。

 ある一定年齢を過ぎた時点で不老の存在となる、無限と富の象徴なのだ。

 そのため、サーペンタインの人間は龍人に対しても崇拝に近い感情を抱いている。


「しかし……なんで蛇獣人が人間の指導者を? 龍人やエルフと並んで三大隠者とか呼ばれてる、別世界に移住した一族だろう?」

「あー、そうッスね、クリムさんみたいにこの世界にいるのほんと珍しいッスもんね」

「さあ? そこはウロボロス様に直接聞くしかないわね」


 転移の理由……クリムゾンフレアは、争いにより国を追われた身だ。

 その記憶はしっかりと、クリムの中にある。

 果たしてウロボロスは同じ理由でこの世界にいるのか、はたまたもっと違う理由なのか……。

 興味が無いと言えば嘘になるだろう。


(指導者、かあ……)


 思えば、クリムゾンフレアは元の世界では指導者だった。

 そんなおぼろげな記憶がある。

 それだけではない、クリムゾンフレアは旅の果てにこの世界でも指導者になっていた。

 それ故の龍帝(カイゼリン)クリムゾンフレアだ。


(凄いよなあ、私にはまずできないや)


 自分にはできないことをクリムゾンフレアは為した。

 それだけで強い尊敬の意を抱いてしまう。

 もしかしたら、自分もクリムゾンフレアに精神を近づけていけばできるようになるのかもしれないが。

 結局それはクリムゾンフレアだからこそできるということになり、クリムにはできないということには変わらない。

 やはりクリムゾンフレアは憧れなのだ。


「あら……見てあそこ、ウロボロス様が来てるわ」


 憧れに想いを馳せるクリムの横で、ピーヌスが声を上げる。

 その視線の先を見ると、確かにそこには純白の蛇獣人がいた。

 沢山の民衆が周りにおり、彼らと挨拶を交わしている……。

 公務中の息抜きなのか、はたまた次の公務を行うための移動なのかは分からない。

 何はともあれ、二階に座ったおかげで彼女をじっくり見られるのは有り難いことだ。


「本当に、綺麗な鱗ですね……」


 純白の鱗は、身に纏うヴェールも相まって神秘的なきらびやかさを放っている。

 青いヴェールだ、まるで水のような色合いで美しい……。

 その姿に、人々はコキュートス大河に住まうとされる伝説の大蛇を思い浮かべるという。


「しかし、顔にヴェールをかけてよく歩けるな……いや、蛇だから這ってるのか、どちらにせよ前が見えないんじゃないか?」

「ああ、それはね……ウロボロス様は目が見えないのよ、アカシックリーダーの力は目に負担をかけるから」

「……ますますどうやって動いてるか分からないんだが」

「予言してるのよ、自分がどう動けば良いのか」


 どうやら、予言の力を使えば盲目でもその場その場で適切な動きができるらしい。

 彼女にとっては、予言は第二の視覚といった側面があるのだろう。

 なので、ヴェールで顔を覆っていても平気なのだ。


(リアルタイムで自分のすべき行動を予言して、その通りに動いているのか……)


 生物として、頭の構造がそもそも違う。

 ワンランク上の処理能力を持った脳……そう賞するしかない存在。

 それがサーペンタインの指導者、ウロボロス。

 クリムはその凄まじい存在に、ただただ敬服していた。


「さてと、そろそろ宿に戻りましょっか」

「だな、カフェも堪能したし、指導者も見られて文句なしだ」


 日が少し暮れてきたようで、伸びをしながら立ち上がるピーヌスとルーヴ。

 ルーヴに起こされて、少しうつらうつらとしていたガットネーロも立ち上がる。

 そんな中、クリムは少しの間だけ……じっとウロボロスを見ていた。


(凄いなあ……指導者、か……)


 憧れるが、きっと自分にはできやしないのだろう。

 そう思うとどうしても尊敬の意が尽きず目が離せないのだ。

 そんなクリムの視線に気付いたのか……ウロボロスがこちらを向く。

 そして、一礼するとそのまま這って進んでいった。


「クリムちゃん?」

「あ、すいません、今行きます!」


 ピーヌスに声をかけられて、クリムは走り出す。

 宿はカフェを出てすぐの場所だ、なので追いつくのは容易い。

 だが……。


「あれ、どうかしたんですか……?」


 カフェの入り口で、ピーヌス達は立ち往生しているようだ。

 何やら人が集まっていて、外に出ることができない。

 口論する声も聞こえてくる……。


「何かトラブルみたい、宿の方で何かあったのね」

「宿の警備態勢はどうなっているんだ!」


 どうやら、宿でのトラブルと集まった野次馬により人だかりができたらしい。

 何やら口論をする声が聞こえる。


「ですから! 当店ではお客様がお部屋を出られてから、お客様以外に二階へと上がられた方は確認していません!」

「だが実際に、俺の部屋は荒らされていただろう!」


 部屋が荒らされていた、話からして物取りが侵入したということなのだろう。

 何やら不安になる話だ。

 何せ、クリム達の部屋も宿の二階。

 それも彼の部屋の隣室なのだ。


「不安ね……私達も見に行きましょ、ほらほら、ちょっと通るわよ、野次馬は散った散った!」


 しびれを切らしたピーヌスが、野次馬を押しのけていく。

 まるで神話で海が割れるかのように、二つに裂ける人だかり。

 少し乱暴な方法だが、これで宿への道が開いた。


「……やるな……」

「そうッスね、流石の行動力というか」


 半ば呆れながら、それでいてもう半ばでは感心しながら宿へ進む三人。

 そのまま二階へ上り、奥にある自分達の部屋の鍵を開ける。

 中はどうやら、荒らされていないようだ。


「良かった、無事みたい……」

「そうだな、路銀が奪われていたら大変だった」

「ははっ、そうなってたら全員でお腹をすかせることになってたッスね」


 部屋を確認して安堵する三人。

 一方クリムは、荒らされた部屋をじっと見ていた。

 荒らされた、と言う言葉の通り部屋は見事なまでにグチャグチャで、切り傷のようなものも付いている。

 だが物取りではないようだ、部屋の中には金銭が雑に散乱していて、手を付けられた様子がない。


(いったい、何が目的で……?)


 得体の知れない不安を感じ、クリムは目を細める。

 しかし、そこまで良くない頭で、しかも検証材料も少ない状態で考えたところで答えは出ないだろう。

 そう考えながらクリムは部屋に戻っていった。


「お、口論収まったみたいね」

「だな」


 どうやら受付での口論は一段落したらしい。

 怒っていた客がようやく冷静になったようだ。

 これでぐっすりと寝られない……なんてことも無いだろう。

 そう安堵しながらクリムはベッドに座る。


(病院にもいたなあ……お医者さんに怒鳴り続ける人)


 病院では老人が夜中でも延々と怒鳴っているということがあり、夜にろくに眠れないといったことが結構な頻度であった。

 今となっても良い思い出になどなりはしない、ただただ嫌な思い出だ。

 そんなことを考えてぼんやりと目を細めていると……。

 突如、体中に痛みが走ってうずくまってしまう。

 龍になってからは感じたことのない、激しい痛みだ。

 それだけではない、龍玉が赤く輝き、全身が熱くなる。

 その感覚にクリムはうなり声を上げて、目を見開き……。

 そこで、痛みは治まった。


「ちょ、ちょっと大丈夫?」

「え、ええ、すいません……」


 立ち上がり、ピーヌスに一礼するクリム。

 だが、何か違和感がある。

 ピーヌスが小さいのだ。

 ピーヌスだけではない、ルーヴもガットネーロも、先ほどまでより小さい。


「あ、あれ……? 何か、小さくなりました……? みんな……」

「……いや、逆だ」

「そうッスね……逆ッス」


 逆、そういわれてクリムは首をかしげる。

 そんなクリムに……ピーヌスはゆっくり、両腕を、物を持ち上げるかのようなポーズで上に上げた。


「あなた、おっきくなってるわ……!」

「え、ええ……!?」


 大きくなっている、いわれてみればそうかもしれない。

 後ろを振り返ると、ドアの上の壁が鼻先に来るのだ。

 これは大きくなったと見て間違いないだろう。

 先ほどの痛みは、体が急成長した事による痛みだったのだ。


「な、なんで……」


 呟くが、当然答えは返ってこない。

 もしかすると、これが精神と肉体の最適化なのだろうか。

 龍に近付いたことで、肉体もより龍として完成していく。

 それにより、身長が大きくなって全身がより力強くなった。

 そういうことなのかもしれない。


(もし、もしもそういうことなら……私は最終的に、どうなってしまうんだろう)


 ドクン、ドクンと胸が高鳴る。

 このまま龍として完成したら、どうなるのか。

 それを想像すると……胸が高鳴る。

 これが不安なのか、興奮なのかは分からない。

 ただ、クリムの中には自分が変わり始めているという予感があった。



 そして、翌朝……。


(ベッドが狭いなあ……)


 まだ日も昇らない時間、クリムはベッドの上で身をよじることもできず、窮屈さに息を吐いていた。

 こうなってしまうなら……成長にも困ったものだ。

 いっそ床で寝ようか、そう考えたときだ。

 突如、隣の部屋から大きな物音がする。

 隣は昨日の夜に片付けが行われ、今は誰も宿泊していないはず。

 泊まっていた客も反対側の部屋に移動したはずだ。


(じゃあ、何が……?)

「ん……この時間に、何の音ッスか……?」


 猫らしく目を光らせながら起きてくるガットネーロ。

 それに少し遅れて、他の仲間も起き始める。

 その直後……。


「ぎゃあああああ!!!」


 昨日の旅人の悲鳴が聞こえた。

 思わず驚愕する一同。

 いったい、隣の部屋で何が起きているというのか……。

 そう疑問を呈しようとしたとき、階下から足音が聞こえてきて、ドアが開かれる音がする。

 恐らく店員が隣室に入ったらしい。

 そして……。


「きゃああああああ!!!」


 またも、悲鳴が聞こえてきた。

 何が起きたのかは分からない、だが……ここで何が起きたか確認しなければ、自分達にも危害が及ぶかもしれない。

 そう考えたクリムは、仲間達へと小さく頷き……手の上に炎を作って、それをたいまつ代わりにして部屋の外に出る。

 3人は武器を構えて臨戦態勢だ。


「お、お客様……!」


 どうやら、二度目の悲鳴の主はやはり店員だったらしい。

 彼女は震えながら、隣の部屋の中を指さしている。

 そこには……。


「……!?」


 首を裂かれて倒れている昨日の客がいた。

 部屋には赤い血が溢れ、悪臭が漂っている……。

 死臭、というやつだ。


「何故……?」


 ガットネーロがもらした問いかけに、答える者はいない。

 この場には、重たい沈黙と共に不穏な空気が流れていた。

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