第七十一話 西の王子、到着
ルーヴ達が猟奇的な朝を迎えていた頃……。
クリムゾニアには、珍客が訪れていた。
「亡命難民、ですか……」
「はい、私達はブラエドからクリムゾニアへ亡命に来ました、是非クリムゾンフレア様への謁見を行わせて頂きたいのですが」
「畏まりました、では手続きを行わせて頂きますので、麓にある旧テルメ村でお待ち頂けますか、復興途中ではございますが……宿は有りますので」
ブラエドからの亡命難民。
そう名乗った二人は、みすぼらしい服をまとった……いかにも平民といった様子の人々だ。
しかし肌つやや毛の色は良く、食には困っていないように見える。
生活に困窮していない様子の彼らが亡命をしてくるのだ、当然何かの事情があるのだろう。
そう察した兵は、思わず同情してしまう。
が……彼らの持つ事情というのは、兵士の予想を大きく超えるものだった。
「さて、手続きは済んだか……しばらくはテルメ村で待つとしようか」
「復興中というのが気になるところですね」
難民……そう名乗り接近してきた人物の正体、それはユウェルとリズベスだ。
あまり大人数で行動しては目立つため、現在は第2王子達とは別行動を取り、難民に扮して二人で行動しているのだ。
軽率とも取れるが、同時に実力に裏付けされた行動とも言える。
何せユウェルは聖剣と呼応することにより不死身、そしてその不屈の精神は決して折れることを知らず……クリムゾンフレアでは絶対洗脳できないのだ。
カペルの力などを借りても、まず無理だろう。
それだけ彼の意志は固く、鉄も鋼も飛び越えてダイアモンドよりも壊れない強固さと言える。
「あそこがテルメ村か……だいぶボロボロだが」
「国王派の命により、潜伏兵が焼き討ちを行ったのです」
「そのようなことが……! なるほど……」
道中、結構な数の兵士がブラエドへの恨みを口にしているのを聞いた。
恐らく彼らはテルメ村の生き残りなのだろう。
恨まれるのも已む無し、といったところか。
そう考えながら、ユウェル達は村へと向かう。
そこでは、何人もの兵士が復興作業を行っていた。
「ふむ……兵を動員しているのだな」
「この地はクリムゾニア皇妃ピーヌスの故郷だと聞きます、それも大きいのでしょう」
「なるほど、妻の故郷というやつか」
親しい存在の出生地ともなれば、そこに心を寄せる気持ちも分かる。
ユウェルも王子という立場や事実上の軟禁がなければ、リズベスの故郷である西大陸を見てみたいと思っているのだ。
そう考えていると……ユウェルの耳に、どこか耳慣れた声が聞こえてきた。
「すいません、こちらの資材はどちらに置けば?」
「ああ、それはこっちです」
資材を運んでいる小柄な影……。
その姿は、ユウェルにとってよく見慣れたものだ。
まるで少年のようだが、胸にわずかな膨らみが見て取れる人物。
ユウリィだ、どうやら現在は筋力を鍛える一環で復興を手伝っているらしい。
「……ユウリィ!」
「はい、どうしま……ユウェル王子!?」
駆け寄るユウェルに、ユウリィは目を見開く。
それは当然だろう、ブラエドにいるはずの第一王子が、みすぼらしい格好でこのような場所にいるのだから。
なんとか問いかける言葉を探そうとするが……それより早く、ユウェルが彼女の手を握った。
「無事で何よりだ……! ブラエドでは、クリムゾニアに誘拐されたということになっていたが……その様子では違うようだな」
「は、はい……私は自らの意思で、この国に……それより! 王子は何故ここに?」
「心配したのだから、それよりということはないだろう? 私はこの国に……見極めに来た」
見極め、その言葉にユウリィは口をぽかんと開く。
そうなるのも仕方有るまい。
目下敵対中の国家、その王子がこの国を見極めるというのだ。
「クリムゾンフレア皇帝、その目的は私直属の諜報員によって知った」
「どうも、私が優秀な諜報員です」
「え、ああ、どうも……」
ユウェルは激しい自己主張をするリズベスを「ややこしくなるから静かにしなさい」と手で制する。
その様子を見ながら、ユウリィはただただ困惑するばかりだ。
「えーと、もしかして王子と仲が良かった騎士のリズベスさんですか……? 見た目が大分違いますけど……」
「ああ、その辺りはまた今度話そう、それよりも私はクリムゾンフレア皇帝の目的……その真贋を突き止めに来たのだ」
目的の真贋、そう言われユウリィは考え込む。
ようは、クリムゾンフレアが掲げる目的……ブラエドを討つことで悪しき発展を防ぎ、世界を救う。
その目的が真かどうかを確かめたいのだろうが……。
しかし、どう確かめるというのか、そして確かめてどうするのかが分からない。
「あの……失礼ですが、確かめてどうされるのですか?」
「それは……そうだな、城では目が有り言えなかったが、ここでは言えるだろう、実はブラエドの城は国王派閥と我ら三兄妹の派閥に分かれている」
「派閥争いが……!? では、もしかすると……」
「そうだ、もし彼女にもし嘘がないと分かればその時は、共に戦おうと思う……国王派を排することこそが国のためであり、同時に共に戦えば市井への過度な被害を防げるからな」
ユウェルの固い決意に、ユウリィは心強さを覚える。
だが同時に……一つ、不安もあった。
それは勿論、彼が自分達と共に戦うと言うことは……。
「父を殺める手伝いをすれば、それは間接的な父殺しです……良いのですか?」
「……良い、かつて私は父を尊敬していた……だが父は変わってしまった、王族は民に国に尽くす者でなくてはならない……つまり、民のためになれない王ならば民にはもはや不要だ」
迷い無く言い切り、ユウェルは力強く頷く。
ノブレス・オブリージュの精神……。
それはユウェルの中に強く根付き、まるで刃の如く研ぎ澄まされている。
言うなれば聖剣の精神、国にとって邪なる存在であれば父であろうと切り裂いて見せよう、という高潔さだ。
ユウリィは彼の在り方に安堵すると同時に……少し切なさを感じてしまった。
家族である以上、ユウリィが知らないブラエド王の顔も彼は知っている。
王としての顔だけではない、私人としての顔もだ。
そんな人物を殺める覚悟というのはそうそうできないはず。
だが王子である以上、その覚悟に涙を流すことすら出来ないのだろう。
ユウリィは気付けば、彼の代わりと言わんばかりに涙を流していた。
「ユウリィ……資材、持ってきた……!? なんで、泣いてるの……!? その人の、せい!?」
「え、ああ……! 違うの、ウルスちゃん!」
涙を流すユウリィに、ウルスが駆け寄る。
どうやらユウェルに泣かされたのではと警戒しているようだ。
咄嗟に涙を拭い、ユウリィは笑顔を見せる。
一方……ユウェルはウルスを見ながらキョトンとしていた。
「その少女は……見たところ、キメラのようだが」
「この子はウルスちゃんって言います……クレフティス家の研究所から逃げ出してきた子で、私の家で保護してたんです」
「そ、そうか……」
ウルスを保護していたこと、奪還に来た職員が家に火を付けたこと、その罪を告発したら王は隠滅しようとしたこと……。
様々なことを、ユウェルに伝えていくユウリィ。
一方、ユウェルは目に見えて動揺しているようだ。
「あの……どうかしましたか?」
「いや、その……似ている……」
「え?」
似ている、そう言いながらユウェルはウルスを見つめる。
その脳裏には一人の女性が浮かんでいた。
「……病弱で表には出ていなかったから、ユウリィは知らなくても仕方がないな……彼女は、私の母……王妃グリーズに似ているんだ」
「王妃様、に……?」
王妃グリーズ、数年前に行方不明になったというその人物にウルスは瓜二つだという。
それがただの偶然なのか、もっと違う理由があるのかは分からない。
何にせよ……もし共に戦うのであれば、クレフティス家を絶対に調べなくては。
そうユウェルは決意した。
「……今は情報が少なすぎます、気にしても仕方がないかと」
「そうだな……分かっている、ではユウリィ……私達は落ち着くために宿で休むとするよ」
「あ、はい、分かりました……あの、共に戦いましょうね!」
願いを口にするユウリィに、ユウェルが微笑む。
そして背を向けると……リズベスと共に宿屋へ歩いて行った。
ユウリィはその背中をじっと……ただじっと見つめている。
その隣で、ウルスは話について行けず首をかしげていた。




