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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第一部 午刻の章 ―― 龍になった少女 ――
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第七話 飛翔

「気を付けていってくるんだぞ、ルーヴ」

「ああ、父も健康には気を付けてくれ」


 握手、そしてハグを交わし語り合う村長とルーヴ。

 美しい親子の風景だ。

 その姿に、ピーヌスは微笑ましげに目を細め……。

 そして、クリムは複雑そうな表情をしていた。


(私のお父さんは、あんな風に優しい顔をしてくれなかった……クリムゾンフレアのお父さんもそうだった……)


 娘の病気から目を逸らし、物を与えて放置したクリムの両親。

 娘の大きすぎる力を恐れ洞窟に幽閉したクリムゾンフレアの父、そしてそんな父を止めなかった母。

 どちらもいい親に恵まれたとは言えなかった。

 なので、ルーヴが羨ましくないと言えば嘘になる。


「これを持って行きなさい」

「これは……母の斧、墓に安置していたんじゃないのか?」

「それと対になる兄弟斧だ、私の使っていた斧だよ、きっとお前を守ってくれるだろう」


 果たして、この世界に生まれたなら父は自分と向き合ってくれたのだろうか。

 もしもこの世界に生まれて、病気の自分でも目を逸らさないでくれたら。

 兄や弟にだけ期待を向けたのでなかったのならば。

 それなら……あんなことは起きなかったのだろうか。


(兄さん……)


 目眩を感じて、クリムは目を細める。

 それと同時にあふれ出す記憶。

 目の前で振り上げられる腕、咄嗟に伸ばした手、赤い飛沫、嫌な臭い。

 これはどちらの記憶だったか……少し曖昧になってしまう。

 しかし、クリムは足に力を入れて立つと、この記憶がどちらの物なのかしっかりと思い出して自己を保った。


(……クリムゾンフレア……あなたは、どうして外に出たいと思ったの? 父を殺めて……どう思った?)


 狭い洞窟の中で誰とも触れあえず、遠見の力で外を見ていた龍。

 広い世界の流転をただ眺め、憎しみだけを育てた娘。

 外に出て、父を自らの手で殺めた父殺し。

 その気持ちが、クリムは今……ただただ知りたかった。



 その日、龍の王城は騒然としていた。

 龍の王妃が初めて産んだ卵……。

 決して多産とは言えない龍の貴重な卵だ。

 その卵を、王は何故か恐れだしたのだ。


「預言の時が来た」


 王はそう言った。

 赤き龍の帝、この世に生を受けし時……龍の国は転覆する。

 その預言に名を刻まれし呪われた子、それこそがこの卵だというのだ。

 何故王がそう確信したのかは分からない。

 だが、その時は周囲になだめられて落ち着きを取り戻し、我が子を受け入れた。

 だが……。


「やはり我が子は悪魔だった」


 王はそう言い、物心つく前の娘を洞窟に投げ入れる。

 狭く暗い洞窟に。

 特殊な魔法を施して出口を消した牢獄へと。

 娘の大きすぎる力を恐れたのだ。

 そうして……彼女の長い幽閉生活が始まった。

 しばらくして物心ついた彼女は、洞窟の中を歩き回っては何も見つけられず、新しさの何もない世界に飽きては寝るという日々を繰り返していた。

 だが、ある日洞窟の外から声がしたのだ。


「本当にここを見張る意味なんて有るのか?」

「らしい、中には怪物がいるそうだからな」


 それが初めて知った外という存在だった。

 外の声を聞き、名を与えられすらしなかった少女は外を見てみたいと願う。

 そうして、初めての力……世界を見渡す遠見の力に目覚めたのだ。

 世界を眺め、龍の営みを見つめ、彼らから言葉を学び、そして……。



「クリムちゃん?」

「あっ……! すいません、考え事をしてました」


 クリムゾンフレアの記憶の奔流。

 それに呑まれかけていた事に気付き、クリムは首を振る。

 知りたいと思ってしまったから……なのだろうか。

 急に頭の中でクリムゾンフレアの記憶があふれ出したのだ。


「大丈夫? 出発を遅らせる?」

「いえ……大丈夫です、物思いにふけっていただけですから」


 笑みを返し、クリムは歩き出す。

 その隣で、ガットネーロは勢いよくあくびをした。


「家族って良いもんなんスかね」

「え?」

「アタシ、あんまよく分かんないんスよねー、良いとも悪いとも思ったことがないっていうか」


 ガットネーロもまた、家族に何かしらの問題を抱えているのだろうか。

 聞いてみたいが……それを聞くにはまだ関係が足りない、そう感じる。

 もしもガットネーロの過去と気持ちを聞けるときが来たら……その時は、どんな答えが返ってくるのだろうか。

 クリムにはまだ、何も分からなかった。


「家族、かあ……父さんと母さんは元気かしら」

「父母とは仲が良いのか?」

「まあね、旅立つときもずっと見送っててくれたくらいには」


 村長に手を振るルーヴの隣で、ピーヌスは息を吐く。

 どうもルーヴと村長を見ていると故郷(さと)恋しさが芽生えてしまうのだ。

 となると、猫又之国に向かうという目的はちょうど良かったかもしれない。

 テルメ村は途中で通ることができる場所であり、温泉もあるので休憩地点にちょうど良いのだ。

 近くに辿り着いたら経由地として進言してみよう、そう考えながらピーヌスは先行している二人に追いついていくのだった。



 自由都市ニライカナイを越え、その先に出てしばらくするとコキュートス大河が見えてくる。

 その上にかかるキケロ大橋を越えた先、そこからは聖都とも呼ばれる国、サーペンタインの領地だ。

 テルメ村はこのサーペンタイン領の先に有るどこの領地にも属していない村で、猫又之国は更に先の領地となる。

 つまり、ここは確実に通らなければならない場所なのだが……。


「止まれ! 今、キケロ大橋は封鎖中だ!」

「は? 何かあったの?」


 サーペンタインの衛兵が橋を封鎖している。

 その姿を見ながら、ピーヌスは愕然とした。

 ここを通らないと大きく迂回することになるのだ。

 軽く見ても川を越えるだけで1週間はかかってしまうだろう。


「聖蛇ウロボロス様のお達しだ」

「ウロボロス様……?」

「ああ、ウロボロス様っていうのはサーペンタインの指導者よ、聖蛇って名前通り蛇の獣人で……凄く長生きな女性、鱗が凄く綺麗なのよ」


 端的に言うなら腕のある大蛇、とでも言ったような見た目の獣人。

 それが蛇獣人だ。

 人間に近い要素と言えば胸と腕が有ることくらいで、そこもまた鱗や蛇腹で覆われているので外見の人外度が一番高い獣人と言えるかもしれない。


「そのウロボロス様が……なんでここを封鎖したんスか?」

「ウロボロス様は、予言の魔法を行使される方だ」

「アカシックリーダー、って呼ばれる力ね」

「そのお力でこの橋が近く崩れると予言された、それ故に現在は補強工事をしているのだ」


 橋を通れない理由は思った以上に真っ当なものだった。

 これではダダをこねるわけにもいかない。


「しょうがない……確か北に別の橋があるんだろう?」

「そうね、そこに行くしかないか……北部は治安が悪いからあまり好きじゃないのだけど」

「思ったんスけど、川を船で渡っちゃだめなんスか?」

「それは無理よ、流れが急だからこそ大橋が必要なの」


 腕を組み、ため息をつくピーヌス。

 どうやら北部に行くほかないらしい。

 だが……その時、衛兵の視線がクリムに向いた。


「……道を塞いでおいて助言の一つも無しは気が引けるな、そこの龍の君、飛べば他の仲間を運べるんじゃないか?」

「え……!?」


 飛ぶ、まだしたことがない行為……。

 あれから何度も試したが、まだ成功はしていない。

 ピーヌスはそれを知っているので、ばつが悪そうに頬を掻いている。


「ええと、あー、クリムちゃんは……人を乗せるのって平気なの?」


 苦し紛れの助け船を出すピーヌス。

 一方クリムは、飛べない自分への不甲斐なさを感じていた。

 自分が飛べれば、川を越えていくことができるのに。

 そう思ったときだ。


『肉体は魂の入れ物、魂は肉体の中身、この二つはどちらかだけで存在できるものではありません、だから互いに干渉しあい最適化していくのです、ですからあなたは肉体の特訓よりも、最適化の為の瞑想を行うべきかもしれません』


 ふと、村長の言葉が脳裏をよぎる。

 そして……クリムは思った、最適化を進めて龍に近付けば飛べるのではないかと。


「……分かりました、試してみます、でもその前に瞑想をしたいので……少し待ってください」


 手で制止し、目を閉じるクリム。

 意識は少しずつ、クリムゾンフレアの記憶に沈み……。

 目の前に、村で見ていた記憶の続きが映し出された。

 


 名もなき龍は……名を与えられなかった子供は、世界を洞窟の中から見て嫉妬を覚えた。

 自分も外を駆け回りたい、飛び回りたい。

 こんな場所で閉じ込められて、ただ見てるだけなんて嫌だ。

 みんなのように名前を与えられて、外に出たい。

 なんでみんなはそれが許されているのに、自分はダメなんだ。

 怒りと憎悪は彼女の持つ力を先鋭化させていく。

 鋭く、凶悪な、刃の如き魔力を生みだしていくのだ。

 そして……。


「時は来た」


 ある日、その呟きと共に彼女は渾身の魔力を込めたブレスを壁にはなった。

 魔力のこもった壁すら壊す、強力無比なブレスを……。

 真紅の炎(クリムゾンフレア)は、彼女が世界へ向けて放った初めての自己表現だ。

 私は外の世界に出たい、そう示す真紅の自己表現(クリムゾンフレア)

 それにより壁を壊した彼女は、初めて感じる風に目を細めながら飛び立った。

 青く輝く、どこまでも続く、眩しい眩しい空へと……。



(ああ、これが初めて飛んだときの気持ち……)


 クリムゾンフレアの記憶を、クリムが思い出していく。

 この表現が正しいのかは分からない、しかしこの感覚は記憶を思い出す感覚と相違ないものだ。

 何はともあれ、今のクリムなら飛ぶことができる。

 彼女はそう確信していた。


「お待たせしました、私に捕まってください」


 クリムの言葉に従い、翼を邪魔しないように3人が捕まる。

 ピーヌスだけは少し不安げだ。

 だが、クリムを信じることに決めたようで、すぐ表情から不安が消える。


「じゃあ、行きますよ……!」


 地面を蹴り、飛び上がるクリム。

 その全身に魔力を纏って上昇気流を作ると、翼を広げて風に乗る。

 そう、龍の飛翔はただの跳躍ではない。

 魔力を行使して行う、れっきとした魔法だったのだ。

 それを理解していなかったから、クリムは飛ぶことができなかった。

 だが今は違う。


(ああ、風が気持ちいい……!)


 風を感じて笑みながら、対岸へと向かっていく。

 そうだ、この感覚がクリムゾンフレアは好きだった。

 風を感じ、何も遮る物がない場所を飛ぶ感覚が。


「よし……つきました」

「クリムちゃん、あなた……凄いじゃない!」


 対岸に辿り着いたところで、ピーヌスが誰よりも嬉しそうにクリムに抱きつく。

 そして、クリムの手を取ると勢いよくキスをした。


「!? ピーヌスちゃん!?」

「ふふふ……本当に、尊敬しちゃうわ!」


 できなかったことを、努力してできるようにする。

 言うは易く行うは難し……とでも言うべきこの行動。

 それを為したクリムが、ピーヌスは自分のことのように誇らしい。

 それが姉心なのか、友人としてなのか、はたまたもっと別の感覚なのかは分からないが……。

 何はともあれ、ハートマークでも飛んでいそうな勢いでくっつく二人を見て、ルーヴとガットネーロは顔を見合わせて肩をすくめるのだった。



 その頃、ルージュ村では……。

 馬に乗った騎士が村を訪れていた。

 金髪に色白の肌を持つ、女性の騎士だ。


「では……ここには山賊を退治した方は……」

「ええ、既に猫又之国への旅に出ておりますな」


 騎士の名はマルガリタ・セバス。

 大国ブラエドに属する騎士で、山賊退治を行った者に礼を伝えるという任を受けルージュ村に来たのだ。

 しかし時既に遅し、クリム達は旅に出ていた。


「ありがとうございます、では猫又之国の方まで向かうとしましょう」

「ほう、森をしらみつぶしに探してこの村を見つけたことといい……真面目なお方だ」

「真面目さだけが取り柄ですから」


 村長に褒められ、気恥ずかしいのかマルガリタは頬を掻く。

 そして……少し黙り込むと頬を赤らめた。


「…………それに、行く理由は少し私情も入っていますので」

「ほう、私情ですか」

「気にかけていた傭兵があちらの生まれなのですが……もう帰ってしまったらしく、会いに行くにはちょうどいいと思いましてね」


 そう言うと、マルガリタは一礼して馬に乗る。

 そして村長に背を向けるが……。


「少しお待ちください」

「……?」


 村長は、マルガリタを手で制した。

 何やら言いたいことがあるらしい。


「いや何、あなたは見たところ私の娘と同じくらいだ、それで少し助言をしたくなりましてね、老婆心というやつですよ」

「はあ……老婆心、ですか」


 老婆心、不適切なくらい世話を焼いてしまうことを自虐して使う言葉だ。

 だがマルガリタはあまり言葉を知らないので、どう反応すべきか分からない。

 なのでついついオウム返しになってしまう。


「あなたはとても真面目な方だ、それこそ騎士にそぐわぬ閑職でもこなしてしまうほどに」

「そ、そうですか……? 照れますね……」

「ですが、その真面目さはあなたを殺す可能性があります、そのことだけはくれぐれもお気を付けて……」


 真面目さに殺される。

 そう言われたのは今日が初めてではない。

 かつても、クビになった騎士に同情するあまり山賊長になった同僚……バンディーに言われたのだ。

 略奪などできない、閑職になっても騎士団に残る、そんな真面目さがいずれお前を殺す、私のように騎士道を捨ててでも、職務を投げてでも正義に生きるべきだと。

 バンディーはそう言い残し、大量の解雇者を連れて、自分は解雇されていないのに国を捨てた。

 しかし実際に死んだのは自分ではなくバンディーだ。

 真面目さが自分を殺すとして、真面目さを捨てた者もまた死ぬのならば、ならどうすればいいのか。

 生首になって国に帰ってきた彼を見ながら、マルガリタはそう思ったものだ。


「ご忠告、感謝します」


 頭を下げ、マルガリタは馬を走らせる。

 その心中には迷いが渦巻いていた。

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