第六十三話 一方その頃西の国
クリムゾンフレア達がひとときの安らぎを噛みしめている頃……。
西のブラエド王国では、宵闇に身を潜めて一人の女が動いていた。
エリザベス・ブラン・ノワール、通称昼行灯のリズベス。
ブラエド軍でも全く注目されていない、戦闘力も禄にない末端の騎士だ。
いなくなっても気にも留められず、最近頻繁に国外に出ていること……今もまた国外から帰宅したところという事すら知られていないだろう。
しかし彼女にはもう一つの顔があった。
「……コンコンッとね」
「木を隠すなら?」
「気のせいか、って思うような場所ですかねえ」
王城の一室にある壁へと、こっそりノックをするリズベス。
それに反応して中から来た問いかけに、彼女が合い言葉で返答すると……。
壁がぐるりと一回転し、彼女は中へ入っていった。
そして、気だるげな女騎士の姿から……色気有る体格を持ち、露出の高い服に身を包んだ狐獣人の姿に変わる。
恐らくはこれが真の姿なのだろう。
「ご苦労、定例報告を聞こう」
「はい、ユウェル王子殿下」
部屋の中には、ブラエド王国第一王子ユウェル……。
そして、彼の兄弟姉妹がいた。
何故彼らがこんな場所に潜んでいるのかは、国でも最上層の一部しか知らない。
実はブラエドという国は、内部の奥深くで二つの派閥に分かれているのだ。
現在の国政を全て取り仕切っている国王の派閥。
そして、その派閥により行動を大きく阻害されて政に一切参加できず、事実上の幽閉状態になっている王子達の派閥だ。
王子達は国の歪みを正したいがそれも出来ず、更には新たな戦争まで始まってしまった。
しかし……ただ裏で手をこまねいていたわけではないのだ。
「国王派を囮に潜入したところ……クリムゾニア軍は、悪しき発展を遂げていくブラエドを滅ぼすために戦争を仕掛けるつもりというのが明らかになりました」
「ふむ……」
「サーペンタインの指導者ウロボロス、彼女の予言により今後ブラエドが発展を続けた結果起きる災禍が分かったのです、過去に起きた同じ事を悪魔と呼ばれる長命者が一種の幻術により見せてもいました」
クリムゾニアで何があったのかを話すリズベス。
そう、彼女はユウェル直属の密偵だ。
隠密力ではガットネーロに少し劣るが……彼女は大きな力を持っている。
西大陸に伝説を残す、金毛白面九尾の一族。
その末裔である彼女は、変幻自在に肉体を作り替えることが出来る。
それを利用して疑われない人物に成りすますことで話を盗み聞きしていたのだ。
「災禍?」
「恐ろしい兵器により次々起きる爆発……そして、それを見た神による大津波での裁き」
「それが災禍……そんなもの、人類の滅びではないか」
ユウェルの言葉に、リズベスは静かに頷く。
ユウリィの無事を逐一確かめるという目的もあり、彼女を密偵として放ったが……。
まさかこうも大事になっていたとは。
戦争の時点で既に大事ではあるが、滅びなどという話になるのであれば更なる大事だ。
国と国、などという規模ではない……世界の問題。
何とかしたいとは思うが……国内で出来ることは何一つとしていないだろう。
それだけ国王派の影響力は高いのだ。
「お兄様、今なら……彼らが起こした爆発のおかげであちこち穴だらけですから、逃げるくらいは出来ますよ」
逃げる、妹にそう言われてユウェルは腕を組む。
ようは、滅び行く国に義理立てする理由はないと言いたいのだろう。
しかし民の中には無辜の存在も多い。
それを見捨てて逃げるのは違う……そんな気がする。
ならばクリムゾニアと戦うかと言われれば、彼らはこの国により起きるはずの滅びを避けるべく戦っているのだ。
それが真実だとすれば、彼らと戦うのもまた違うだろう。
「ねえ兄貴、リズベスが嘘をついてる可能性はないの? 兄貴はこの子に全幅の信頼を置いてるけど、聞いた話クリムゾニアの皇帝は洗脳を使うんでしょ?」
「確かにクリムゾニア皇帝は洗脳を使いますが……私は嘘なんてついてませんよ、ユウェル様は西大陸から流れてきた私を保護してくださった恩人、何故嘘をつく必要があるんですか」
「だから……嘘をついてない保証が出来ないんだってば、洗脳されてる人間はされてないって言うし、真偽を確かめる術がないんだよ」
第2王子とリズベスが、バチバチと睨み合う。
この二人はいつもこうだ、盲目的にユウェルを慕うリズベスと理論派の第2王子は相性が悪いらしい。
しかし……彼の言うことももっともだ。
勝機の保証が行えないというのは事実……。
「ならば、私達で確かめるか……」
「……兄貴、何か無茶を考えてない?」
「無茶かどうかは分からないが……」
前置きを行い、ユウェルが語り出す。
彼のしようと思っていることは簡単だ。
まず、リズベスを信じたいのは山々だが、疑う必要があるのも事実。
一方で、この国が怪しい研究を行っていることもまた事実なのだ。
その内容は知らないが、もしかすると件の滅びを起こすものかもしれない。
ならば研究所に焼き討ちを行うか?
それはできないだろう……国王派の勢力は大きい。
かといってクリムゾニアが正しいかも知れない状況でクリムゾニアと戦うのは間違っており、しかし民のために逃げることも出来ない……ならばだ。
「自分達の目で、クリムゾニアという国の真贋を確かめに行く、そして嘘があるようなら本国へ帰国して国王派に協力、逆に嘘が無いので有れば彼らと手を結ぼう」
「なるほど……そうすれば、無辜の民衆が巻き込まれないように誘導も出来ますね」
「確かめに行くねえ……兄貴、また突飛なことを……船も使えないのにどう行くのさ」
「行けますよ、まだブラエドには伝わってませんけど、北部が平定されて山賊はいなくなってますし……メテオール領跡の例の剣士、彼女も今は留守なんです」
北部を通れる、それはタイムリーな朗報と言えよう。
それを聞いてユウェルは腕を組み、頷く。
「私兵団を率い、北部を経由してクリムゾニアへ向かう! そして、彼の国の真贋を見極めるとしよう!」
ユウェルの宣言にリズベスは頷き、王女は目を細め、第二王子は息を吐く。
鬼が出るか蛇が出るか……はたまた、どちらよりも恐ろしい龍が出てくるか……。
何が出てくるのかはまだ分からない。
しかし、向かってみないことには何も分からないだろう。
そう考えながら、ユウェルは静かに腕を組むのだった。
「そういえば、ユウリィはブラエドの王子と許嫁だったか」
「あ、はい……合意の上で破棄待ち、という状態ではありますが」
一方クリムゾニア城では、クリムゾンフレアとユウリィが会話をしていた。
内容はユウェル王子ほか王族達に関してだ。
いずれ戦うかも知れないなら、知っておかなくてはいけない。
そういった理由が主となる。
「ユウェル王子はどんな人なんだ?」
「素敵な人ですよ、ボクの性自認も理解してくれて……少し頑固ですけどいい人です、あと剣の腕も凄いんです」
ユウェルは剣の達人であり、剣豪、剣聖に次ぐ第3の剣士……不屈の剣客と呼ばれている。
彼の何が凄いかと言えば、土壇場で発揮される不屈の踏ん張り。
そして手にする剣、断炎の聖剣アガートラームと呼応することによる肉体の超治癒だろう。
どれだけ斬られようと射られようと瞬時に回復し、どれだけ傷つこうが一歩も退かず。
勝てるまで不屈の精神で挑み続ける姿……。
それに相手側が折れるのだ。
ルールに則った戦いでは一番になれずとも、ルールがなく無限に挑める状況なら敵無しだろう。
また、体力面もかなり高くスタミナによる粘り勝ちも強い。
「なるほど、不屈の人物か……手を取り合えれば良いのだが」
「そうですね……ボクにとって、ユウェル王子は兄のような存在なので……ボクとしても、戦いたくはありません」
兄のような存在、そう言われてクリムゾンフレアは目を見開く。
兄……その言葉にクリムゾンフレアの中で辰巳ユウコの記憶が疼いたのだ。
彼女のトラウマであり、その分も生きようと誓った相手……。
たとえ生まれ変わろうとも忘れられない人物。
辰巳ユウイチ……。
(……兄か、そういえば彼の生まれ変わりもいるのだろうか)
「クリムゾンフレアさん……?」
「む……すまない、少し人を思い出していた」
センチメンタリズムを振り切り、クリムゾンフレアは首を振った。
自分はクリムゾンフレアと辰巳ユウコの弱い部分を切り捨てて強い部分を織り交ぜた存在。
ならば最強でいなくてはならない、センチメンタリズムに浸っている暇などないのだ。
そう心に言い聞かせ、クリムゾンフレアは目を細める。
そして、ユウリィが語る思い出話の続きを聞くのだった。




