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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第六十話 かくしてサキュバスと青年は出会った

「こうして親子3人、また集えるとは思いませんでした、母上」

「投影の悪魔……いや、今はアルマか、私も嬉しく思う」


 クリムゾニア城の一室、クルテルに宛がわれた私室にて……。

 粘体形態、怪獣形態とそれぞれにとっての真の姿に戻ったアルマとクルテルが、先端と触手で握手のようなものを交わす。

 その姿を見ていると、かつて在りし世界にいた頃を思い出してしまう……。

 そう感じながら、カペルはすっと目を細めた。

 かつて、希死念慮の神により与えられし人の姿をしていた頃……。

 その頃の記憶は忘れるという機能を持たないタイプの悪魔である彼女には、今も忘れられない。

 潜伏型の悪魔にも色々有り、彼女は多少の不自然があろうとも魅了により誤魔化せることから、不要な機能は極力排する形で鋳造されたのだ。

 だが……そんな誤魔化しが効かない奴もいた。

 本人の魂と再会したせいだろうか、どうしてもそのことを思い出してしまう。


「カペル、どうかした?」

「ん……ちょっとね」


 アルマの問いかけに、カペルは細めていた目を開く。

 せっかくまた家族全員で会えたのだ。

 人のような血のつながりはなくとも、鋳造者と被造物という繋がりを持つ確かな家族。

 ならば、少しばかりその胸を借りるような心地で、柄にもない思い出話でもしてみるのも良いかもしれない。

 そんなことを考えながら、カペルは静かに言葉を紡いだ。


「私ね……ようやく再会できたの、私の中の永遠に……」


 あの日から続く、永遠の物語を……。



 間諜の悪魔サキュバス。

 人に紛れ込み、人を魅了してその情報を探る事を役割とする者。

 彼女は魅了の力を持つが故、自らを愛する者に絆されぬよう“魅了の力に流される人間”を見下すように作られていた。

 その鋳造通り、仕様通りに彼女は個の意志など持たず、ただ与えられた侮蔑を抱きながら人を魅了し情報を引き出すだけ……。

 そんな虚無の日々を、繰り返すこと800年……。

 キリの良い年だが、そのようなことは一切気にせず、また春夏秋冬がどれだけ移り変わろうとも、進歩発展を迎えない人間を馬鹿にするだけの日々が始まるのだろう……。

 彼女はそう思っていた。

 だが……。

 その年、彼女の運命は大きく変わることとなる。

 きっかけは、母たる神……希死念慮の神による指令だった。


「我が子、間諜の悪魔よ……聞こえているか」

「はっ、問題なく、あなた様のお声は全てこの耳に届いております、主よ」


 神の住まう高座、そう呼ばれる世界にて休んでいたサキュバス。

 そんな彼女に、どこからか声が届く。

 神としての権能をフルに持っていた頃の希死念慮の神には、こういったことも出来たのだ。


「お前には、新たな使命として日本という国の調査を命じる」

「日本ですか」

「そうだ、その国の天子田市流々宮(あまこだしるるいえ)……そこで悪しき文明の芽が有るかもしれない、それを調べ報告するのだ」

「はっ、仰せのままに!」


 勢い良い返事をし、サキュバスは笑顔になる。

 希死念慮の神は、生まれて1000年という生まれたばかり(よちよちあるき)と揶揄されるレベルの若輩神ながら、その気になれば老いた神より多くの魂を回収できるほどの力を持つ神。

 そんな彼女をサキュバスは誰より尊敬しており、その命に喜びを感じないわけがない。

 もしも人間が悪を成していると分かれば、彼女が魂を吸収してより強大な神になる一助となれるのだ。

 若く伸びしろの有る希死念慮の神ならば、きっとより凄い存在になるだろう。

 娘として、サキュバスにはそれが何より嬉しかった。


「主のためにも、しっかり調べて挑まないと」


 神に身命を捧げる者として、サキュバスはまず真面目に下調べをしてから事に挑むことにした。

 ……のだが……。


「これが、今の人間社会……」


 数年見ないうちに、人間社会は非常に進歩したものとなっていた。

 電話、ネットワーク、そういった技術が非常に進歩して情報化社会とでも言うべき時代へと移行した人類……。

 しかし、彼らは技術だけを伸ばし、精神性は成長していなかった。

 終わらない争い、蔓延する差別、溢れる悲しみ……。

 技術は発展したというのに人類は共食いの癖をなくせず、今もなお互いに食い合っている。

 高座よりその有様を見ていたサキュバスは人間に対し、侮蔑、憐憫、愚弄……そういった感情を抱く。


「ああ、くだらない……」


 今は、先住民を名乗る海底人との戦いを行っている人類……。

 それを見ながら、サキュバスはため息をつく。

 何故このようなクズどものために、造物主より賜った神威を振るわねばならないのか。

 いっそ、希死念慮の神のように人を殺せる力があれば。

 そうすれば、このゴミ達を魂だけにして、母の燃料として再利用できるのに。

 そう考えながら、彼女は人間達を見下し続けた。


「そうかなあ、人間って……固形があるだけで凄いと思う」

「何言ってるの? 主に整備して頂いたら? エラーが出てるんじゃない?」


 その考えは、同じ希死念慮の神に鋳造された姉妹、投影の悪魔の言葉を聞いても揺るがなかった。

 まだ当時のサキュバスは個体としての意識を持っていなかったことも大きいかもしれない。

 個体名称が与えられていることからも分かるとおり、間諜の悪魔というのは一種の汎用型モデルだ。

 対して投影の悪魔は個体名称がないことからも分かるとおり、現状世界にただ一人のモデル。

 その違いも、彼らに精神性の差を生み出していたのかもしれない。

 結局、投影の悪魔との語らいも何一つ効果をもたらさないまま……サキュバスは任務のため人の世に降り立つこととなった。


「人間に似せて作られた姿……私が人型というのは、きっと人間は人しか愛せないという事実そのものを示しているのね、人間はなんて浅ましいのかしら」


 投影の悪魔は個体を持つ者が羨ましいと度々言ってきたが……サキュバスの考えは逆だ。

 人間とかけ離れた姿が羨ましい、神の鋳造物としての誇りは有れど、人間を欲情させるための肉体を美しいとは思えない。

 長い赤毛、褐色肌、赤い瞳、長身、豊乳……力をフルで出せば角と翼が生えるが、それでもほぼ人間……こんな姿はいらなかった。

 そんな風に考えながら、サキュバスはため息をつく。

 しかしいつまでもへこんでなどいられないので……そのまま彼女は、目的地へ向かうことにした。

 目的地は、真壁研究所と呼ばれる場所だ。

 そこでもしかすると、悪しき技術を研究しているかもしれない……。

 故に、研究を査察しろというのが主命だ。


「こんにちは、お兄さん……」

「ん……? おお……!」


 査察の方法は簡単、魅了の力で男も女も虜にして中に入る。

 そして研究内容を洗いざらい話して貰う……それだけだ。


「ねえお兄さん、私……中に入りたいの、良い? 入れてくれたら……お礼に入れさせてあげるから」

「あ、ああ……いいよ……分かった、今鍵を開けるね……」


 研究所の裏口、そこにいた警備員に鍵を開けさせる。

 低俗な人間は少し語りかけただけでこれだ。

 どうして見下さずにいられるだろうか。


「じゃ、じゃあ……お願いできるかな」

「ええ……夢の中で楽しんで」

「えっ? あ……」


 サキュバスが指を鳴らすと、男は夢の中へと堕ちていく。

 どんな夢を見ているかは言うまでもないだろう。

 幸せそうな寝顔を、サキュバスはじっと見つめる。

 そして息を吐くと首を左右に振った。


「私……高いのよ、あなたなんかに触らせないわ」


 吐き捨てるように言い、中へ入ろうとするサキュバス……。

 だが、その後ろで足音がする。


「……どうした!? 君、大丈夫か!」

「……チッ」


 どうやら一人の男が来たらしい。

 眼鏡をかけた線の細い男で、如何にも学者といった風体だ。

 胸に付いているネームプレートには、所長・真壁里桜と書かれている。


(この男が、研究の最奥……全てを知るにはコイツを籠絡すればいいか)


 サキュバスはそう考えながら、男へと歩み寄る。

 そして、ゆっくりと魅了の力を展開しながら話しかけた。


「ねえ、あなた……私あなたの研究が知りたいのだけれど……」

「……? あの、どなたかは存じ上げませんが……こちらの方を運ぶのを手伝って頂けませんか?」

「えっ?」


 声をかけられたのに、真壁が平然と返事をして……願いを聞くどころか指示を出す。

 魅了の力の展開ミスを一瞬疑うが、そうではない。

 この男には魅了が効いていないのだ。


「あ、あの、えっと……」

「ほら足持って、行きますよ!」


 何だかんだ中には入れたのだが……ショックのあまり、サキュバスはそれどころではない。

 魅了が効いていないというのは、魅了のために生まれた彼女にとっては存在否定にも近しい事なのだ。

 何故、どうしてが胸に溢れて……強い喪失感に到る。

 そんな状態で、真壁の言うがままにただ男を運ぶサキュバス。

 後の彼女は、この時の自分を「魅了が効けば見下すくせに、効かなければ呆然とする面倒な奴」と言ったという。

 だが、それだけの強いショックだったのだ。

 何せ800年生きてきて初めての経験なのだから。


「ご協力ありがとうございます」

「う、うん……あの……ところで、私……」


 研究所に興味がある、そう言おうと思ったのだが上手く言葉が紡げない。

 パニックで言いたいことが上手く言葉にならないのだ。

 そして……。


「きょ、興味があるの、あなたに!」

「……? ふふ、お嬢さん……あまりそうやって大人をからかっちゃいけませんよ」


 お礼のココアを手渡し、ポンポンと頭を撫でる真壁。

 本当はあなたの研究に興味があると言いたかったのだが……上手く言えない。

 魅了は効かず、言葉も紡げず……圧倒的な敗北だった。

 投影の悪魔がもし見ていれば「私には目がないけど、それでも目が当てられない」と言っていただろう。


「ココア、美味しいですか?」

「は、はい……」


 ココアを飲みながら、サキュバスは考える。

 こんなことは今までなかった、どうすればいいのだろうかと。

 答えは一切出ない……しかしこの任務は大事な主命、放棄するわけにはいかない。

 こうして……間諜の悪魔サキュバスの受難、人間には理解できない苦悩の日々が始まった。


(なんとかして、この男を籠絡して情報を引き出さないと……)


 情報を引き出すだけなら、奥に無理矢理押し入るなど手は有るかもしれないが、悪魔とは元来一つの目的だけに機能する存在。

 彼女には他者を籠絡する以外の手段など分からないのだ。

 だから安牌に走ることも出来ず……彼女は苦悩を深くする。

 この苦悩が、彼女の人生……いや、悪魔生か?

 それを大きく変えていく苦悩だということを、彼女はまだ知らなかった……。

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