第五十九話 再会と誤解
さて、エアフォルシェンと協力関係を結び、実に二日後……。
長くかかった北部平定は、ようやく終わりを迎えた。
大きな影響力を持つエアフォルシェンが協力を示したというのも大きいのだろうが……。
やはり一番は、山賊討伐に海賊の更生といった尽力を認められたという点。
そこが大を占めているのだろう。
何はともあれ、北部平定はこれにて完了。
クリムゾニア軍は城へ一時帰還となった。
のだが……。
「なんか……森の中が蜘蛛の巣だらけじゃない?」
「そうだな……何が起きたんだ?」
クリムゾニア城が有る山の上層……。
そこへ向かう途中の森が、妙に糸だらけなのだ。
蜘蛛の巣……いや、蜘蛛の巣と言っていいのだろうか。
それすら曖昧なぐっちゃぐちゃの糸……。
何なのやら、と見ていると……ふと、森の中に人影が見えた。
「む……ルーヴじゃないか」
「ん……? ああ、クリム、戻ったんだな……その様子じゃ、北部平定は上手くいったのか?」
「ああ、だから戻ってきたんだが……これは?」
糸を指さすクリムゾンフレア。
そんな彼女に向けて、糸を取るのに使っていた棒を見せながらルーヴは呆れた笑みを浮かべる。
そして……。
「夜明けのコーヒーを飲んでたんだよな、ガットネーロと」
「夜明けのコーヒー?」
夜明けのコーヒー、その言葉にクリムゾンフレアは「ああ、日の出でも見ていたのか」と解釈する。
一方、ピーヌスは「まあ……!」と口元を手で押さえ……。
ケラススは「お盛んってぇ奴か」と呆れ、ソヌスとカントゥスは「コーヒーって飲めるか?」「苦いの嫌い……」などと話している。
ワルトは腕を組みながら「若いな」と呟き、その隣でカルラも「な、若い」と腕を組む。
一方でルーチェは「コーヒーを夜明けに飲むと何故若いんですか……?」と困惑顔だ。
そんな中、リオンは「なるほど……」と笑みを浮かべ、アルマはオレオルと一緒に「なんで反応が分かれる?」とただただ困惑している。
十人十色の反応、といった奴だろう。
「で、まあ飲んでる最中にガットネーロが……その、色々疲れてるから寝息を立て始めて……ベッドに運ぶ最中にアラクネに会ったから、コーヒーの残りを処分しといてくれって言ったんだよ」
「はあ……それで?」
「……蜘蛛って酔うんだな、コーヒーで」
遠い目をしながら呟くルーヴ。
その言葉に、何があったかを察する。
恐らくは残ったコーヒーがもったいないと飲んでしまい、酔っ払ったアラクネが辺り一面糸だらけにしてしまったのだろう。
ただの蜘蛛ならまだしも、蜘蛛怪人……。
それが酔っ払えばどうなるかなど、考えるまでもない。
大方ルーヴは酔わせた責任で糸の処理をしていたところか。
「城は二日でなんとか綺麗にしたが、辺りに残った糸はまだあるから除去してたんだ、よし……けどお前達も戻ってきたし、休憩するかな……」
「そうだな、互いの状況も確認したい」
互いに何があったかを話し合いながら、一行はクリムゾニア城を目指す。
そんな中、ルーチェは息を吐いた。
東部の山にいるとどうしても山賊時代を思い出すのだ。
あの頃に戻りたい気持ちがあるのかと言われれば、今はワルトが居るのだから彼女に出会う前にはもう戻りたくない。
しかし、それでも父恋しさのようなものは有るのだ。
そんな風に寂しそうにしているのはルーチェだけではない。
同じ山賊団に属していた怪人達……天生隊の面々も同じだ。
だがルーチェは彼らと気持ちを分かち合うつもりなどない。
父と同じく、彼らも自分の愛した仲間達とは別物。
死んだ彼らの肉体を勝手に使用している怪物でしかない存在。
愛着などないし、いっそ戦死すれば良いと考えているくらいだ。
「……」
ふと、腰に下げた斧を握る。
今なら天生隊も皆殺しに出来るかもしれない。
しかし……そうすればワルトに迷惑がかかってしまう。
それだけは避けたいので、ルーチェは斧を振ることはなかった。
(やるなら闇討ちか……)
考えながら、ルーチェは周囲を見渡す。
自分の仕業とバレない闇討ち、天生隊を皆殺しにするならそれしかないだろう。
ようはワルトに迷惑がかからないなら良いのだ。
その為には地理をよく確認しておく必要があるだろう。
勿論、やるとしたら……の話だが。
「どうしたルーチェ、辺りを見回して」
「あ、いえ……蜘蛛の巣が多くて除去するなら大変だなって思ったんです」
笑顔を作って誤魔化すルーチェ。
その奥にある闇にワルトは気付いたようだが……。
しかし、一々指摘するのも過干渉かと静観を決め込む。
その気遣いを察したのか、ルーチェもまた笑みを深くするのだった。
ルーチェ・アウローラ。
光溢れる名前とは裏腹に、深い闇を持つ女。
だが……それでもワルトの愛を感じている時だけは、光に満ちた心地でいられる……そんな気がするのだった。
「では改めて紹介しよう、まずこちら……カルラ・イラ族長、北部最北の集落ヒルンドーの族長で、ソヌスの母だ」
「どうも、馬鹿娘が世話になってるね、とりあえず挨拶だけで帰るけど、娘をこれからも頼むよ、短気ですぐ喧嘩するが、コイツもガキの頃はよく……」
「あー! もう、恥ずかしいからやめろよババア!」
クリムゾニア城に入り、自己紹介が始まったのだが……。
いかんせん彼らは静けさとは縁遠いようで、初っぱなから喧噪と共に挨拶が行われるのだった。
「5歳の頃は、カントゥスのお嫁さんになるなんて言って、嘴を無理矢理」
「あー……あったあった……はじめて……持ってかれちゃったんだよね」
「ぎゃああああ!!!! ぎえええええ!!! うおおおおお!!!! ババアアアアアア!!! カントゥスも便乗すんなああああ!!!」
「賑やかですね……」
その様子を見ながら、リオンは苦笑する。
とても軍に協力すると決めた者の挨拶とは思えない。
まるで授業参観日だ。
故郷で母が営んでいる学校を思い出しながら、リオンは懐かしさを感じているらしい。
そんな彼の隣に……一人の女が駆け寄った。
「……ね、ねえ、あなた!」
「ん……? どうかされましたか?」
リオンが言葉を発する度に、駆け寄った山羊の悪魔……カペルはわなわなと震える。
カペルの視覚は、物理的に見えるものと同時に魂も視認できるのだ。
だから彼女の目には、リオンの持つ魂も見えている。
そして、その魂は……。
「な、名前は……?」
「名前ですか、私はリオン・マキャベルと申します、あなたは?」
「わ、私は……カペル・ルクスリア……今はそう名乗ってるの」
間違いない、彼の前世は自分が求め続けていた人だ。
そう確信し……カペルは「そのまんまの名前じゃない」と言いながらも目を輝かせる。
そんなカペルの肩を、後ろから誰かが叩いた。
とても柔らかい手だ。
肉的な柔らかさではない、もっとゲル的な……。
「……ん? この手……もしかして」
「久しぶり、サキュバス」
「投影の悪魔……!? 裁きの時以来だから……一万二千年くらいぶりかしら!」
アルマ・アスル、かつて投影の悪魔と呼ばれていた女。
見た目はカペルも知らない新形態、半固形形態で人の形になっているが……。
その魂、その気配は誰よりも分かるのだ。
「会えてうれしいわ! まさか今の世界で再会できるなんて!」
「私も……肉親に会えるなんて、思ってもいなかったよ」
突如現れた妹に、カペルは興奮しながら手を握る。
そんな彼女へと、アルマは静かに笑みを向けた。
「今はアルマという個体名を名乗っている」
「そうなのね……私は今、カペルと名乗っているわ……! 今ここにいないけど、お母様も居るの、後で会いに行きましょう!」
妹が半固形形態を得ていること、昔と大きく性格が異なること。
色々と聞きたいことはあるが……。
何せ一万二千年くらいぶりなのだ、互いに色々な経験をしてきたと言うことなのだろう。
聞きたいことは多いが、今根掘り葉掘り聞いていてはキリがないので、ぐっと飲み込むことにする。
「そういえば……さっき話していた青年は」
「ええ……私がかつての世界で出会った男、真壁里桜の生まれ変わりよ」
「カペルの言っていた、チャームの効かない変わった魂か……」
チャームの効かない男、ダイモンの一族……その一人。
人間などチャームをすれば一気に靡くと見下していたカペルに、ショックと意志を与えた存在。
カペルが執着するのも頷ける。
「ふふふ……そういえばアルマ、あなたには好きな男はいないの?」
「好きな男?」
好きな男、そう言われてもアルマにはあまり理解できない。
彼女は最初から性愛の概念を持って生まれてきたカペルと違い、性愛をまだ理解していないのだ。
だが……それでも、好きと言われるとなんとなく疼くものがある。
アルマはそう考えながら、年の近いユウリィ達と話しているオレオルをじっと見た。
彼の生涯を見届け、どう生きてどう死ぬのかを知りたい。
この気持ちは、間違いなく愛着のようなものなのだろう。
「私は……きっと彼を愛している」
「彼って……え!? 性愛の対象が……えっ!? 歳の差……いや、でも思えば私達1万歳以上なんだから、誰を好きになっても凄まじい年下趣味になるの……?」
実際は1万年前に命を落とし、1000年前の世界に蘇ったので年齢的には千数百歳といった感じなのだが……。
どちらにせよ、かなりの歳の差にはなるだろう。
そう考えれば少年を好きになろうと構わないのかもしれないが……。
しかし、世間の目というハードルはある。
「頑張ってね! アルマ!」
「ん……? ああ」
激励するカペルに、アルマは笑顔で頷く。
その様子を見届けると……カペルは笑顔で、再度リオンのもとへ駆け寄っていった。
正直、若干誤解があるのだが……アルマはそのことに気付いていない。
これも、最初に性愛を学んだサキュバスと、性愛を未だ知らない粘体生物の違いという奴なのだろう。
しかしアルマは互いにずれがあること自体に気付いていないので、そのまま気にせずオレオルを見つめ続けるのだった。




