外伝 教えてリス悪魔ラタトスク! 東部残留組編
大陸東部中央、かつて独立地区と呼ばれ、現在はクリムゾニアと呼ばれる地……。
そこに3人の影が降り立つ。
ラタトスク、フレースヴェルグ、ニーズヘッグ。
人間の世界を観測しに来た悪魔達……。
彼らの次の目的地はクリムゾニア城なのだ。
ちなみに、今回は先ほどまでと違いニーズヘッグの能力で姿を消している。
城という勝手に入れない場所である以上、致し方ないことだろう。
この状態では周囲に声も聞こえない、実に便利なことだ。
「で……ここがクリムゾニアの本拠地なのね」
「ええ、王墓となった千年前の城を修復魔法で改修して拠点にしたんです、今はここを起点に南部からの侵攻を阻止したり、北部へ向かったりしています」
最近は温泉旅行に行ったりもしていたが、概ねこの通り。
今ここにいるのは、東部に残留して南部からの侵攻に対処している者達だ。
その中には零落したとはいえ彼らが崇拝する神もいる。
正直、興奮を隠せないといった面持ちだ。
「おっ……さっそく人がいましたよ」
こっそりと中に入る三人の前に、人が見えてくる。
もちろんステルスをしている以上こそこそする必要などないのだが。
そこは気分という奴、悪魔にだってノリはあるのだ。
「お姉ちゃん、コーヒー持ってきたッスよ」
「んひ……!? ば、馬鹿、急に肩に顎を乗せるな!」
コーヒーの入った茶器を両手に抱え、ニヤニヤ笑いながら顎を肩に乗せるガットネーロ。
そんな彼女に驚愕するルーヴ。
その姿を見ながらラタトスクは思わず「出た……!」と呟いてしまった。
「まったく……コーヒーくらい落ち着いて飲ませてくれ」
「はいはい、じゃあ次はもっと静かに……夜明けのコーヒーでも飲むッスかね?」
「な、何言ってるんだお前は……」
猫獣人ガットネーロ・ヌッラ、17歳。
明るく朗らかなようでいて、明るさの仮面、虚無の仮面、情緒不安定な本性、そういった多面的精神を抱えた怖い女だ。
先天的な無痛症を患い、幼い頃から伏し目がちだった彼女……。
そんな彼女と同じく病身の母を父は捨てて逃げ、母もまた彼女を想うからこそ彼女を捨ててギャングに売った。
だが何も伝えられなかったことで彼女は虚無の仮面で心を閉ざし、一年の修行の後に冷徹非情な凄腕となる。
しかしギャングとして実戦に立つ前にギャングは摘発、故国の大臣に保護を受け、彼の元で王城給仕兼シークレットサービスとして生き始めた。
また、同時にギャングの下っ端を模倣した明るさの仮面を被るようになる。
「そんなシークレットサービスが何故国を離れているの?」
「女王に指摘されたんですよ、父を恨んではいないのかと……それで父を恨むのが普通と解釈して、普通の人間を模倣して傭兵として旅に出たんです」
帰ってきても王城に席はないという、遠回しな「目的を投げ出して帰るな」という檄を大臣から受けながら、彼女は国を後にした。
そしてブラエドにおいて十年戦争の傭兵を行い、本国へ戻ろう……という段階でクリムゾンフレア達に遭遇したのだ。
そんな経緯を経て、現在はクリムゾニアにて一軍の将として働いているのだが……。
正直ラタトスクは彼女を怖いと考えていた。
悪魔よりも悪魔的、生い立ちと環境が生んだ邪悪。
そう評されるような人格破綻者。
そう感じているのだ。
「ところで……なんで彼女は狼獣人を姉って?」
「ああ……それはですね、彼女が義姉だからですよ」
ルーヴ・ルージュ、ウェアウルフの村であるルージュ村で生まれ育った族長の娘、20歳。
クール気取りの人情家で、落ち着こうとしているものの根は熱血漢。
一方で敵対する者には容赦なくドライであるものの、敵対しなければ優しい両極端な女。
しかしそれはどんな生物だって持つ側面だ、例えば人間だって愛着のある動物には慈悲を注ぐが、家畜は平気で食す。
そういう意味では野性的でありながらも、どこまでも普通の人物であるとも言える。
「彼女はガットネーロの過去を知り、自分が姉になってやると世話を焼いているのです」
「なるほどね、それで義姉……そしてガットネーロも、ああやってくっついてるわけね」
「ガットネーロも、彼女になら情緒不安定な面を見せるくらいには信用してるみたいです」
裏切るなんてできまいという気持ちか、はたまた自分を想ってくれる者への愛か。
それは分からない。
何にせよ、二人の仲は良い……重要なのはそこだろう。
「ん……?」
「どうかしたか、ガットネーロ」
「いや……何か、気配を感じた気がしたんスけど……気のせいかな」
気のせいかな、そう言いながらガットネーロは試しにナイフを投げる。
ラタトスクの横をかすめたナイフは、彼女の毛先を少し切り落とした。
猫獣人は第六感に優れる種族なのだ。
彼らが空間をじっと見ていたら、そこには見えない何かがいると見て間違いないだろう。
「あ、あわわわわわわ……!」
這いずり回り、そそくさと逃げ出すラタトスク。
その方向を見ながら、ガットネーロはナイフを抜きつつ首をかしげるのだった。
「し、死ぬかと思った……また肉体の再組成待ちは嫌です……」
「ガットネーロ……侮れない女ね……」
「それにしても僕たち慌てて逃げたけど、どこに来たんだろう?」
一分くらい走っただろうか。
そうして辿り着いた先は、どうやら小さな訓練場のようだ。
「行くよ、ウルスちゃん!」
「う……ん!」
訓練用レイピアを持った中性的な少女と、熊のような耳と手足を持つ少女が模擬戦をしている。
格闘技で言うところのスパーリングというやつだろうか。
「この二人は……?」
「この二人は、元ブラエド貴族のユウリィとブラエドで作られたキメラのウルスですね、この二人も一応注目株……だと思いますね、将来性に期待というか」
ユウリィ・ドゥルキス、元ブラエド貴族の少女、12歳。
前世は辰巳ユウコの妹ユウリで、前世において男装をしていた経験が記憶に引き継がれたせいなのか、自らの性別に違和感を持ち、男として振る舞っている。
その性質からブラエドでは浮いた存在になっており、家の外では一部のファンと許嫁である王子以外に理解者がいなかった。
だがある日クレフティス家の研究施設から逃げてきたウルスと出会い、運命が大きく変わったのだ。
回収を拒否したことで家は焼かれ、偉大だった父は死に、二人は手に手を取って逃げ続けた。
その先で飢餓に陥り、もはや食人にはしるしか……と思ったところで、クリムゾンフレア達に保護されたのだ。
「研究所で産まれたキメラ……胎児を改造したの?」
「いえ、彼女は……」
そこまで言おうとしたところで、ガタッと音がする。
振り返ると、そこには蜘蛛の怪人がいた。
アラクネ・アルテューマ、辺境伯の女傑アルテューマ家の末娘で、ユウリィのファンだ。
元はブラエドの密偵としてここまで来たが、捕縛されてクリムゾンフレアにより洗脳、肉体も異形化し忠誠を誓ったのだ。
「すみません、遅れました!」
「あっ、どうも、先に体を温めていたので大丈夫ですよ!」
謝罪するアラクネに、問題ないと言いながら模擬戦を終えるユウリィ。
その姿をラタトスクは見ていたが……。
ニーズヘッグが隣で震えだした。
「ちょっと待って、クリムゾンフレアは成人済みの女性を生まれ変わらせたのかい……?」
「それほどの力……言うなれば、それは……」
「……そう、胎児から新生物を作るのとは違う、流石はかつての世界で新生物を作った者の娘と言うべきでしょうか」
かつて、辰巳夫妻は不老不死の新生物として蛇獣人を作り出した。
しかしそれだって加工した受精卵という“個を持たない”存在から産みだした者だ。
だが……クリムゾンフレアの行動は違う。
既に明確な個を持つ存在を作り替え、記憶などを保ったまま別の価値観を有する新たな生物にしたのだ。
それは言うなれば……。
「ふふん……これで、注目される理由がもう一つ分かりましたね」
「ええ……そりゃ目も離せなくなるわけだわ……」
ただ、アラクネを洗脳し改造したのは、クリムゾンフレアだけの力ではない。
クリムゾンフレアだけの力で洗脳改造できるのは、飽くまで目的もなく山賊をしているような大した個我のないものだけだ。
目的意識も個我もしっかりと存在するアラクネを洗脳し改造できたのは、皆の力もあってのこと……。
だとしても、やはりそれは悪魔達から見れば異常事態のようだ。
そんな目で見られているとも知らず、アラクネはユウリィ達への指導を始める。
その姿を見ながら、ラタトスク達は訓練場を後にするのだった。
「次はどこへ行く?」
「そうですね……あとは大罪の7姉妹を4人紹介するだけですけど……あっ、二人いた」
廊下に出て、ラタトスクが指さした先。
そこはどうやら食堂のようだ。
食堂では、ホルスタイン種のミノタウロスと金髪をシニヨンにした少女が食事をしている。
和気藹々と笑い合い、実に楽しそうな光景だ。
ガールズトークにでも花を咲かせているのかもしれない。
「あの二人は……」
「シニヨンの子が五女ラクエウス15歳、ミノタウロスの子が六女プラケンタ13歳ですね」
「え……そっちが年下なの?」
ミノタウロスは発育が良く、13歳で人間の20歳くらいまで成長する。
そのため勘違いされやすいが、姉はラクエウスで妹がプラケンタだ。
ラクエウスは元々、ブラエドの地方領主アワリティア家の息女だった。
プラケンタはその遊び相手にと南方の島国から拉致されてきた召し使い、だが特に遺恨もなく親友として生まれ育ったのだ。
「ん? アワリティア家の令嬢と召し使い? 聞いたような……」
「そう、この二人こそが大罪の7姉妹が生まれるきっかけの二人なんです!」
飢えに苦しむ二人を見て、ケラススは故国と縁を切った。
そして傭兵として稼ぎ始め、二人もまた罠師と料理人として第二の人生を歩み始めたのだ。
その腕前ときたら、戦時でなければラクエウスは密猟者や盗掘者対策に引っ張りだこ。
戦闘においてもそのトラップワークによって戦いを有利に運んでいる。
一番得意とする罠は、やはり魔力爆弾だろう。
陸に海に場所を問わず配置できて、また威力も申し分なく好きなタイミングで起爆できる。
人が通ったら……という風にも出来るので、まさに万能の罠だ。
また、プラケンタに至っては伝説の出張シェフの名を欲しいがままにしている。
その料理の腕ときたら、自らを人質に取ろうとした凶賊をケーキ一つで説き伏せて、仲間が駆けつけたときには一緒にお茶会をしていたという噂もあるくらいだ。
実際に、彼女の料理に触れたことで今は改心して、模範囚をしながら料理を勉強している者もいるらしい。
「伝説の改心するほど美味い料理……気になるわね」
「実は私も食べたことはないんですよね……せっかくですから、ちょっと頂いちゃいましょうか、私達透明になってますし」
「ええ……それいいの?」
ニーズヘッグの問いに「いいのいいの」と返し、ラタトスクは奥へこっそり入っていく。
そして鍋の蓋にこっそりと手を伸ばしたところで……。
その肩が後ろからがっちりと掴まれた。
「あ、どうかしましたかニーズヘッグさん、力尽くで止めるんですか?」
「い、いや……僕じゃない、ちゃんと振り向いて」
「ええ……じゃあフレースヴェルグ……さ……ん……」
振り向きながら、ラタトスクは思考を停止した。
闇が、影のような霧が見える。
その中に上下逆さの顔をした怪獣がいて、触手を自分に伸ばしているようだ。
その甲殻から飛び出した蛇頭の触手が肩を掴んでいる。
だからニーズヘッグと勘違いしたのだ。
だが……この気配は、この顔は……。
「署までご同行願おうか」
「ひ、ひいいいいぃぃっ!!! 希死念慮の神様、署ってどこですかああああ!?」
問いかけに答えず、深くなる霧。
そして霧が晴れると……そこは、カペルの部屋だった。
目の前に現れた四人に、カペルはうんざりした顔をしている。
「……何、人の不調がよくなりかけたところにこの仕打ち、何?」
手に持っていた皿の中の、サキュバスらしく白くてドロドロとしたもの……。
おかゆを飲み干して、カペルは息を吐く。
心底うんざりしている、と言わんばかりだ。
「しょうがないだろう、神としての会話などお前の部屋で暗いしか出来ないのだ、娘よ」
「都合の良いときだけ母親面して……好きにすれば、お姉様」
皮肉たっぷりに言いながら、カペルはベッドに横たわる。
そして掛け布団を被りながら三人に目をやった。
呆れつつも、その顔はどこか懐かしげだ。
「中継の悪魔に、嵐の悪魔に、血の悪魔か……懐かしい顔ね」
「サキュバスこそ、久しぶりですね……」
「え、サキュバス? なんで山羊の姿になってるの?」
「中々マニアックな路線を攻め始めたのね……」
「うるさいわね、そういうことを言うために来たの?」
動向が横に割れた目を細めて、うんざりした様子のカペル。
しかしラタトスクは首を左右に振って違うとアピールした。
「ええと……ここにはその、取材に……?」
「取材? 何を言っている」
「ハッ! 希死念慮の神様! 今貴女様方は、観測趣味を持つ悪魔達に注目されているのです! その為、ジャーナリストとしては情報を沢山調べたく、二人に協力を頼んでここまで来ました!」
敬礼をし、説明するラタトスク。
だが……希死念慮の神は人型に戻ると、ラタトスクの頭を軽くどついた。
小突くとかはたくとかではなく、どついたのだ。
「うげっ」
「ジャーナリストを名乗るなら、ちゃんと許可くらい取れ……忍び込んで得た情報で商売をするなど、ジャーナリストとして三流だぞ」
「はい……申し訳ございません……」
物理だけではなく、完全な正論でもどつかれてしまい、ぐうの音も出ないラタトスク。
そんな彼女から目を逸らし、クルテルはフレースヴェルグ達を向いた。
「大樹の神どのはお元気か?」
「はっ、ご健在です!」
「そうか、また会いに行くからよろしく言っておいてくれ」
クルテルはそう言うと、部屋を出て行く。
そして後には、震えるラタトスク達とカペルだけが遺された。
流石に説教は堪えたのだろうか……。
そう考え、カペルは心配そうにするが……。
「凄い! 希死念慮の神様に説教していただけた!」
「私なんて、質問されたわ!」
「僕、何も言えなかった……悔しいなあ……!」
いくら人間に絆されて、人間として生きることを選んだ神とはいえ神は神。
やはり三人にとっては憧れのようで、大興奮の面持ちだ。
かつての裁きにおいては、その影の霧で人間の魂を回収することを役割とし、今よりももっと巨大な姿で人間と戦った最前線の神。
ともなれば、人間で言うところのヒーローに近いのだ。
「あの肉体って、死んだ辰巳ユウコのものを顕現するために借りたんだよね!?」
「凄いなあ、本当に!」
「あー、うるさい!」
頭がガンガンするらしく、カペルは布団で耳を塞ぐ。
希死念慮の神が生みだした、愛される力を持つ間諜の悪魔、サキュバス……。
その魅了の力は相手を自分に惚れさせることで完全な力を発揮する。
一応、他者に惚れさせるという意図で使うことも可能なのだが……。
言うなれば足で食事をするとか、逆立ちでマラソンをするとか……そのぐらい無茶なことなので、数日は疲れが取れないのだ。
しかし3人はお構いなしに話を続け……。
最終的に、キレたカペルによって締め出されるまで会話は続いたのだった。
「あたたた……蹴ることないですよね」
「そうね、希死念慮の神様といつも一緒にいるから偉大さが分かっていないのよ」
締め出された三人は、クリムゾニア城の前でぼやいている。
何にせよ、これで注目株の人物を見て回るのはおしまいだ。
「何はともあれ……ありがとう、良い経験になったよ」
「そうね、大樹の神様の元へ戻ったら、ヴィゾフニル達に自慢しましょう」
満足げに、神の御許へ帰った後のことを考える二人。
だが……ラタトスクはキョトンとした様子だ。
「え……まだ帰しませんよ?」
「え?」
「人の記録をまとめるのはここまでですけど、ここからは彼らの旅を記録してまとめる番です! さあ行きましょう!」
ラタトスクの言葉に、フレースヴェルグ達は「勘弁してくれ」とイワンばかりの表情になる。
だが、ラタトスクは気にした様子も無く二人の腕を掴み、引っ張った。
強引だが……結局二人とも妹分には弱いと言うことなのだろうか。
邪険に扱うことは出来ず、渋々転移を発動させる。
……これが、ラタトスクの計画通りなのかは定かではない。
何にせよ、三人の突撃取材はまだ続くのだった。




