外伝 教えてリス悪魔ラタトスク! 北部行軍組編
「さむっ……!」
北部の宿場町、エアフォルシェン。
白雪降り積もるその地に着いた途端、ニーズヘッグは体を震わせ始めた。
蛇獣人型とはいえ、悪魔である以上変温動物ではないし冬眠もしないのだが……。
どうやら単純に寒さが苦手な性質らしい。
「フレースヴェルグ……羽毛わけて」
「ケツァルコアトル様にでもなるつもり……?」
「いや、漫才してないで厚い服を生成すれば良いじゃないですか」
珍しく突っ込む側に回ったラタトスクに諭されながら、ニーズヘッグはコートを纏う。
そして白い息を吐き出しながら街を見つめた。
街にはどうやら、合流地点に向かいやすいよう待機しているクリムゾニア軍がいるらしい。
中には、ある程度併合された山賊団などもいるようだ。
「この街にはどんな人達がいるのかしら?」
「えーと、ここには……まず、超大手傭兵団大罪の7姉妹の長女、三女、四女がいますね」
「大罪の7姉妹……?」
大罪の7姉妹、それはこの大陸でもトップの傭兵団だ。
剣士である長女、ナイフ・体術・霧使いの次女、音楽家の三女・四女、罠使いの五女、料理人の六女、間諜の七女。
この7人で構成される傭兵団であり、観測者達も注目する一団だ。
「この軍団は豪華ですよ、なんたってメンバーが旧世界で最後まで生きた者達の生まれ変わりと、零落した神と、個我に目覚めた悪魔ですから!」
「えっ、ええ……!? とんだレジェンドメンバーじゃない……!」
不思議な縁と神達の執着、それにより集結した七人姉妹。
その存在を知り、驚かない悪魔はいないだろう。
一目見たいとキョロキョロ周囲を見渡すニーズヘッグ。
その視界に、一人の女性が入り込む。
桜色に染めた髪と傭兵らしい軽鎧、そして幅広の剣……。
7姉妹の長女、ケラススだ。
「ケラスス・スペルビア24歳……元ブラエド貴族で本名はスペルビア・クレフティス、そして前世は……マドカ・ティア」
「おお……!」
マドカ・ティア、漢字表記は円泪……その名前に歓声が上がる。
それもそうだろう……。
米系日本人の彼女は、かつての世界においてエースパイロットの一人だった。
その実力からトライ・ダイナミック・ジーニアス計画という戦闘機開発計画でも、一号機を任された凄腕。
だが……彼女の最大の特徴はそこではない。
「希死念慮の神様を零落させた神殺し……!」
「そう、その生まれ変わりです!」
人の心を光と束ね、神を討ち性質を変えた女……。
その生まれ変わりとなれば、悪魔は反応せずいられない。
ある者は今度は何をしてくれるのかと、またある者は今度は何をやらかすのかと。
期待半分不安半分の戦々恐々だ。
「さて……じゃあ生い立ちをお話ししましょう」
ケラススことスペルビアは、ブラエドの名家クレフティスに生まれた娘だ。
だが、継承権は持たない末席の娘であり、家の研究機関に関わる権利も得られず、なら自分にしか出来ないことは何があるのだろうか、と常に模索していた。
そんな思いのまま我武者羅に剣を修行し、数年……。
十年戦争末期頃、彼女は街で二人の少女に出会う。
旧交のあるアワリティア家の令嬢と、その召し使い兼幼馴染みだ。
二人は十年戦争により家を失って痩せ細り、道ばたの死体を食べて食いつなぐような状態。
そんな二人を見て、また十年戦争の発端がアワリティア家のような地方領主から財を奪うために行われたものだと知り、ケラススは故国に失望。
二人を保護するも、親はきっと力を貸してくれないと分かっていたため、私財と剣を手に国外へ出奔し、貴族としての振る舞いも捨て、傭兵として二人を食わせていくと決める。
「それが7姉妹の始まり……というわけね」
「ええ、最初はこの3人から始まったんです」
やがて、二人も体調を取り戻したことで罠師、料理人として稼ぎを持つようになり……。
仲間もどんどん増えて、彼らは名を上げていった。
希死念慮の神が「滅びをもたらそうとした神たる私を倒して、生き残った者を救った」と堂々言っていたおかげで、世界を救った英雄などという噂も立ったぐらいだ。
前世どころか前々世の話を持ち出すことの是非はあるだろうが……。
何はともあれ、このおかげもあって知名度はうなぎ登り。
東の英雄と呼ばれ、企てがあったとはいえ……サーペンタインの国家元首直々に雇用されるほどとなったのである。
「企て?」
「うーん……その話はまた後でってことで」
さて、何はともあれ……その後契約がクリムゾンフレアへと譲渡されたこともあり、現在の彼女はクリムゾニア最高戦力の一人。
現在は北部平定部隊に組み込まれ、活躍中なのだ。
今後何をしてくれるのか……それには常に期待がかかっている。
「なるほどね……そういえば、他の姉妹もここにいるって聞いたけど」
「はい、いますよ! 三女ソヌスと四女カントゥスですね!」
そう言いながらラタトスクが指さした先、そこには鷹の鳥人とコマドリの鳥人がいた。
彼女達が三女ソヌス、四女カントゥスだ。
北部の同じ土地……ヒルンドー自治区で育った幼馴染みで、それぞれ19歳と17歳。
怒りっぽいソヌスとぼんやりしているカントゥス……互いに性格は真逆だが、故郷を捨てる程に音楽を愛する身という共通点を持つ。
共に前世はティアの同僚であった軍楽隊なので、そういった経緯がもしかしたら今も生きているのかもしれない。
とはいえスタンスは、常に練習を欠かさないソヌスと、本番で全力を出せば良いというスタンスのカントゥスで正反対なのだが。
「なるほど、努力家と天才肌っていうわけだ」
「そうそう、そんな感じです」
「でも……音楽家というのは、傭兵と噛み合っていないように思えるわね」
傭兵団といえど、常に戦いの仕事があるわけでもない。
むしろ戦争の時代でもない限り、戦いの仕事は減っていく可能性が高いのだ。
その際、戦闘以外の技術がなければおまんまの食い上げだろう。
それ故に、戦い以外の一芸を持つメンバーというのも重要視されている。
ひとえに、非戦闘メンバーはケラススの先見性の象徴とも言えるのかもしれない。
また、ソヌスとカントゥスに関しては、戦いに少し応用できる楽曲があると言えばある。
不協和音を意図的に起こすことで、頭痛により集中を途切れさせ魔術を一切詠唱できなくする楽曲などだ。
もっとも、音である関係上範囲は広く無差別になるため、戦場で使うには少し癖があるかもしれない。
「なるほど……兎にも角にも凄腕なのね」
「ええ、凄いんですよ!」
興奮気味に手振りをするラタトスク。
だが、その手が人に当たってしまう。
「あ、すいません!」
「おっと……いえ、こちらこそ」
静かに頭を下げる眼帯の青年、そして同行者の金髪の女と黒髪の女……。
その顔を見て、ラタトスクは「おおっ」と目を見開く。
彼らは気にした様子も無く歩いて行ったが、ラタトスクは興奮気味だ。
「あれ! あれも注目株達ですよ!」
「そうなの? 見たところ普通の……んんっ、でもあの眼帯……あれ?」
「神に近いような、でも人の気配……」
眼帯の青年を見ながら、二人は首をかしげる。
その姿を見ながら、ラタトスクは「そうでしょうそうでしょう」と頷いた。
「あの青年はマキャベル一族の裔……前の世界では、真壁と呼ばれていた一族です」
「真壁……ダイモンの一族……?」
「そう! そして彼の妹が置かれている状況、それもまた期待を高めるのです!」
リオン・マキャベル……かつての世界では真壁里桜と呼ばれていた者。
優れた技術者の一族に産まれ、妹と育ち……妹を見送り、そして妹を魔女狩りという最悪の形で失った男。
妹の分も笑って生きるべく、笑顔に気持ちを隠した青年。
人類の発展のため、戦い以外でその技術を最大限利用するという理念を持つ、まさしく技術者の鑑のような好青年だが……。
どうやら彼は何かしらの特別な状況に置かれ、それが期待されているようだ。
ダイモンの一族、という言葉もそこに関わっているのかもしれない。
「しかし、まだいたのね真壁一族……混沌の叡智……か」
「彼だけじゃないですよ、その隣の二人もです」
隣の二人、そう言われて紹介されたのはワルト、そしてルーチェだ。
ワルトの前世は森次麗、かつてマドカ・ティアの教官を務めた女。
しかしそう言われてもフレースヴェルグ達はピンと来ないようだ。
「七島戦役で多大な活躍をした英雄森次は、戦友の命と引き換えに名を上げました」
「七島戦役……なんだっけ」
「あれよ、ええと……先住民を名乗る海底人との戦いでしょう?」
戦いを見ながら「どちらも同じ人類なのだから仲良くすれば良いのに」と思っていたことを思い出すフレースヴェルグ。
神や悪魔にとっては、自分達以外の知的生命体はどんな種だろうと同じ人間にしか思えないのだ。
「そうそう、ちなみに隣のルーチェの前世は樹里杏……同じく七島戦役の生き残りですね、優秀な科学者でティアの乗機を作ったうちの一人です」
森次と樹里、共に生きて共に死に……未練は残さなかった二人。
それがこうして再び巡り会うのは不思議なことだ。
孤児から奴隷となり、そこから山賊となったルーチェ……。
それがクリムゾニア軍による山賊砦襲撃を生き残り、北上。
そして北部で人斬りをしていたズワールトに出会い、同じく親を喪った経験を持つ彼女と親近感を抱き合い……仲良くなる。
数奇な運命、といったところだろう。
「だから期待されているのかしら?」
「いえいえ、そうじゃなくて……だってマドカ・ティアに力を与えた二人が、来世でも彼女と出会ってるんですよ? そりゃ期待しますって」
もしかすると、マドカ・ティアの生まれ変わりであるケラススにまた何かしらの力を与えるのではないか。
彼女に再度奇跡を起こさせるのではないか。
観測者達はそう考え、期待を寄せているのだ。
「あと、ズワールト・メテオールは単純な戦闘能力の高さから期待されてる面も有りますね」
「戦闘能力って……どのくらい?」
「人類最強クラス、です」
親を喪った経験による強さの探究、そして激しい向上心……。
それはワルトを人型の怪物へと変えた。
動けば残像を出し、剣を振るえば一瞬で五発の剣閃を飛ばし、背に負った隠し刀を振るえばまさに敵無し。
悪魔ですら……いや、もしかすると神ですら負けるかもしれない、挙げ句その力を日々高めていく正真正銘の化け物。
それがワルトなのだ。
その戦闘力はとどまるところを知らず、それに影響を受けた周囲もまた向上していくかもしれない。
故に、観測者達は彼女の戦闘能力にも一目置いている。
逆にルーチェは、戦闘能力に関してはスルーされているようだ。
「なるほど、観測者達が楽しがるのもよく分かるわ」
「彼らは可能性の宝箱……というわけだね」
「そうそう、そういうことなんですよ!」
二人が理解してくれたことが嬉しいのだろう。
跳ねながら、ラタトスクは嬉しそうにする。
が……ふと、何かを受信した様子で動きを止める。
そして、南の方をじっと見た。
「今、頼れる情報筋から言伝が……クリムゾニア城から離れてた者達が戻っていったらしいです、これで注目株達を全員紹介できますね!」
「ああ、次で最後なんだ」
「長かったわね……でも、正直少し楽しみだわ」
最後、ということは自分達が最も気になっている例の神もいるということ。
そう解釈して、二人は胸躍らせる。
その様子にラタトスクはやはり嬉しそうだ。
「じゃあ、次の目的地……クリムゾニア城に行きましょう!」
「分かったわ、さあ集まって」
転移を発動し、移動する三人。
そのまま彼らは移動するが……それを見ている者がいた。
ワルトだ。
「……」
「あれ、どうかしましたかワルトさん」
「いや……なんでもない」
踵を返し「世の中不思議なこともあるものだ」と考えるワルト。
一応三人は見られていないかに関して細心の注意を払っていたのだが、少し詰めが甘かったと言える。
もしかすると……世の中の霊現象や、精霊妖怪の類いに関する噂は、彼らのような悪魔が詰めの甘い行動をすることによって生まれるものも多いのかもしれない。
そこの所の真相がどうなのか……それは結局、神のみぞ知るのであった。




