第五十四話 粘体と大人の一歩
約束の一週間が来るまで、アルマとオレオルはいっぱい話し合った。
外の世界にはどんなものがあるのか、今までどんな経験をしてきたか、そんな話がメインだ。
「で、東には猫の獣人が住んでいて……」
「猫……絵本でしか見たことない!」
アルマは元々擬態魔法を伝授して回っただけあり、教えることは嫌いじゃない。
擬態魔法伝授のため全国行脚をした経験もあって、話の種も尽きないようだ。
とても楽しい時間なのだが……。
同時に、こうして話していると……アルマはオレオルの歪さに嫌でも気付いてしまう。
(……この子は、外を全く知らない……親やその仲間がどうやって生計を得ているかも、外にどんな者がいるかも……意図的に教えられていない)
ようは海賊である両親により偏向教育を受けているのだ、オレオルは。
それにより外への想像力を持たない……。
正直、両親の教育方針に腹が立ってくる。
何故ちゃんとしたことを伝えないのか、何故この子に自分で考えさせないのか。
自ら思考停止した自分とは違う、思考する余地すら与えられていないのだ。
それがどうして許せようか。
その苛立ちは……アルマを勢いよく突き動かした。
「オレオル、病が治ったら……お姉さんと一緒に外に出ない?」
「え……?」
「……覚悟が出来るように先に言うと、お父さん達はもうあなたと暮らせないの」
あなたと暮らせない、そう言われてもオレオルは何も理解できていないらしい。
親の罪も教えられていないなら、しょうがないことだろう。
だから……アルマは、しっかりと全てを教えることにした。
これがオレオルに必要なことなのだと、そう信じて。
「まず……海賊って知ってる?」
「海賊……?」
「海を荒らして、時に陸の人にも襲いかかるならず者……略奪者ね」
アルマの言葉に、オレオルは山賊の出てくる物語は読ませて貰ったことがあるようで「山賊の海版かあ」と呟いている。
それが分かるなら話は早い。
「あなたの家族はその海賊なのよ」
「え……?」
「街では手配もされているならず者、だから……今回の病気に関して、今までの行いを反省して出頭すると誓うなら治すって言われているの」
オレオルは、ただただ戸惑っているようだ。
それもそうだろう、お前の親は犯罪者だと言われているのだから。
同時にこれは、お前の母親は罪を悔いなかったから死んだ、と明言されたにも等しい。
そんなの子供には受け入れがたいはずだ。
正直、悪魔であるアルマにはその辺の機微が理解できていないのだろう。
だからストレートな伝え方になってしまった。
「嘘だ、そんなの!」
「事実なのよ、あなたの家族は犯罪者で、あなたは何も知らされていないだけなの、だから……病気が治っても、治らなくてももう彼らと一緒にはいられない」
「嘘だ……」
「覚悟はしておきなさい、もうすぐ別れが来る、ねえ……だからその時は」
「嘘だ! お姉ちゃんの嘘つき!」
叫び、オレオルは走り出す。
アルマもその後を追うが……オレオルはそのまま、ピーヌスと話している父に駆け寄っていった。
そしてしがみつき、父を揺さぶる。
「ねえ、お父さん! お父さんが海賊だなんて嘘だよね!? お姉ちゃんが嘘をつくんだ!」
「……!」
オレオルの言葉に、海賊は目を見開く。
息子の純粋な……しかし鬼気迫る問いかけに、彼は答えることが出来ない。
ただ戸惑うだけだ。
「お母さん言ってたもん! お父さんとお母さんは、卑怯なことも酷いこともしないって! ねえ、そうなんだよね!」
「……」
「ねえ、人に迷惑をかけてるなんて嘘だよね……ねえ……」
海賊は何も言えず、顔をゆがめてうつむく。
一方……どれだけ聞いても返事がないことで、オレオルは全てを察した。
そして、静かにうつむいて父に縋り付くのをやめる。
「嘘つき……」
絞り出すような呟き。
先ほどと同じ言葉……だがその矛先は先ほどまでとは違う。
尊敬していたはずの父へと向けられたものだ。
拳を振るわせ、背を向けて……静かに震える。
そんなオレオルを、アルマは静かに抱きしめた。
「……子を悲しませる行いはもう終わりにしないか、お前達は貧困を理由に子のためと無法をしていたのかもしれない、でも子供はそんなの喜ばないんだ」
抱きしめ返すオレオルを撫でながら、アルマは海賊へ語りかける。
今話しておいて良かった、心からそう思う。
もし別れの時に言っていれば……それこそ、そのまま死なれていたかもしれない。
だが今なら……。
「すまないオレオル……俺達はずっとお前を騙していた」
「……」
「俺と妻は貧しく、いつも貧富の差に苦しんでいたんだ……それで、楽な道に走った」
こうして、言葉をぶつけることが出来る。
たとえ一方的なものだとしてもだ。
それはきっと、幸せで恵まれていることなのだろう。
海賊に親を奪われた者達には、最後の会話をすることすらできなかった者がごまんといるのだから。
「オレオルが産まれて、より後戻りが出来なくなった」
「……!」
「……それは、オレオルのせいだと言ってるようなものだ」
「あ、そ、そうじゃなくてだ……お前のためにももっと稼がなければと……」
しどろもどろになる海賊、だがオレオルは今にも泣きそうだ。
完全に墓穴を掘っている。
ピーヌスも「何してんだか」と呆れ顔だ。
「……お前はオレオルの為だと思っていたかもしれない、でも子供というのは大人が思っているよりよっぽどしっかりしているんだ、子供が生まれたならその子供を悲しませないためにも更生するべきだった」
「……ああ、今はそう思う……俺はオレオルの為だと言いながら、きっと自分がオレオルに辛い暮らしをさせて悔やみたくなかっただけなんだ……だから、海賊をやめなかった」
誰かのためと言いながら、それは結局自分のため。
奇しくもアルマが贖罪と言って引きこもり続けていたのと似た気持ちだ。
因縁の相手との不思議な共通項に、思わず顔を引きつらせてしまう。
だが……同時に、ここまで共通したのだ、ならばどこまでも共通させてやるという気持ちも有った。
「……自己満足に気付いたなら自己満足をやめれば良い、出頭し更生して、どう贖罪すべきか考えながら生きて……いつか胸を張って息子と向き合えるようになれ」
「ああ……そうだな」
「貧困による思考停止じゃない、お前はここから思考して学んで生きるんだ、応援するよ」
アルマの言葉を静かに反芻する海賊。
ここまで来ると、因縁を通り越して少しだけ親近感も抱けそうだ。
その姿をじっくり見た後……アルマは静かに、オレオルと見つめ合った。
「改めて……どうかな、今回の件が解決したら……私と一緒に暮らさない?」
「一緒に……」
「あなたはまだ幼くて、今まで何も考えずに生きてきた……それは私も実は同じ、だからこれから一緒にいっぱい考えて、悩みながら生きるの」
考えること、それは大人の第一歩。
今、オレオルは大人になっていこうとしている。
その先に何があるのかは分からない。
だが……海賊は改めて、自分と妻は間違っていたのだと実感するのだった。
後悔は尽きない、だがどれだけ後悔しても妻は戻ってこない。
一方通行にして不可逆……それこそが人生。
その気付きを得ると共に、自分は今までこの気持ちを人に与えてきたのだ……と海賊はより一層自覚した。
その姿を見ながら、ピーヌスは目を細める。
これならもう、病を治してやっても良いだろうと。
(……予定よりは早いけどね)
ちゃんと反省することが出来た海賊へのご褒美だ。
そう考えながらピーヌスは治癒術を唱え始める。
そして……ゆっくりと光が広がるのだった。
(しおらしいものだ)
すっかり反省し、素直に北大陸の役人に出頭する海賊達……。
それを見ながら、クリムは静かに息を吐く。
そしてアルマへと視線を移した。
(今回のことは、我らだけでは成し得なかっただろう……)
改めて、アルマの存在を航海日誌から知ったピーヌス、そして大いに貢献してくれたアルマへの感謝が湧き上がる。
そんな気持ちを胸に、クリムはオレオルと一緒に海賊を見送っているアルマへ手を伸ばした。
「改めてありがとう、お前の尽力のおかげだ」
「この街の者達は私にとっても縁深い者……その為に尽力しただけさ、褒められるほどのことじゃない」
照れを隠しながら、アルマは目を細める。
もし彼女が人型になった粘体ではなく、本当の人だったら……きっと頬を赤くしていたところだろう。
こればかりは粘体で良かった、と言わざるを得ない。
「ねえ、オレオル……あなたはどうする? 改めて言うけど、私と一緒に行かない?」
「……」
「どう生きるか、どう死ぬか、まだ決められてない者どうし……いっぱい考えるために、二人で……」
アルマの提案に、オレオルは少し黙り込む。
そして……静かに頷いた。
「うん……わかった、お姉ちゃん……僕のために動いてくれたもんね……子供だけど、それは分かるよ、だからお姉ちゃんを信じる」
「……! 嬉しい! ありがとう!」
思わずオレオルを抱きしめてしまうアルマ。
その腕の中で、オレオルが顔を赤くする。
微笑ましい光景だ、そう考えながらクリムゾンフレアは目を細めた。
そして二人に問いかける。
「どうだろう、どこで暮らすか決めていないのなら……よければ我が国に来ないか?」
「お前の国に?」
「ああ、我が国はこれから……複雑な事情により戦争をする、その事情は追い追い話すとして……その為にも優秀な人材を求めているのだ」
クリムゾンフレアの言葉に、アルマはしばらく考え込む。
本来なら人同士の争いなど知らぬ存ぜぬで済ませてしまうところだが……。
しかし、クリムゾンフレアには恩がある。
本来ならずっと牢屋にこもっていたところを外に出してくれた恩、そして良き出会いを与えてくれた恩だ。
「……条件がある、オレオルの安全は保証できるか?」
「ああ、勿論だとも」
「分かった、ならば私も力を貸そう」
頷き、手を伸ばして握手をするアルマ。
その隣で、オレオルは戦争という知らない言葉に首をかしげている。
説明は後でするとして、今はまずこの新たな一歩を喜ぶとしよう。
そう考えながら、クリムゾンフレアはアルマの柔らかい手をしっかり握るのだった。




