第五十一話 悔いなく終われたのならば
さて……クリムゾンフレアが海賊を懐柔しに行き、三日後。
合流予定の一週間にはまだ時間が有るが……その頃には、北部山賊の対処はほぼ終わっていた。
更生の意志がある者は各所へ突き出し、更生の余地がない者は討伐する。
北部山賊は強豪であるため本来なら中々難しいのだが、この大陸有数の剣士であるズワールトとケラススが揃い踏みしているのだ。
そうなれば物の数ではない。
「凄いなあ……」
隠密技術によりなんとか役に立っているものの、それ以外は比較的凡人であるルーチェはただ舌を巻くしかない。
自分も正面切って戦えれば……そう内心思ってしまう。
その心が若干無鉄砲な動きを生んだ。
「む……危険だぞ、ルーチェ!」
「うあっ……!」
流石に小柄なルーチェが山賊に正面きって挑むなどというのは無謀でしかない。
振った斧はリーチの関係で届かず、空を切る。
そこへ山賊が斧を向け……。
その手ごと斧が宙へ舞った。
「ルーチェ、何故そんな無謀な動きをした?」
「す、すいません……」
右手の剣で手を撥ね飛ばし、左手の隠し刀で山賊の首を斬るワルト。
どうやら、この砦にいる山賊はこれで最後だったらしく、血を払うと腰と背の鞘に剣をしまう。
「責めているわけじゃない、理由を言わないとオレも注意のしようがないんだ」
「そ、それはその……笑わないでくれますか?」
ルーチェの問いかけに、ワルトは静かに頷く。
そしてただでさえ血に濡れている頬を赤らめると……ばつがわるそうに人差し指同士を突き合わせた。
「なんか変なんです、こんな気持ちを持つようになったのは最近なのに、不思議と……他の人が前線に出ていると、自分も一緒に並びたい……って気持ちをずっと抱いてたような気分になっちゃって」
「なるほど……だから焦ったか」
「はい……つい」
うつむくルーチェ。
その頭をワルトはポンと叩く。
そして顔を覗き込むと、諭すように首を振った。
「気持ちはオレも分かる、あの日何も出来なかったオレに似た焦りだろうからな、だが戦いは役割の世界だ、一人が隊列を乱せば全体に損害が及ぶことがある……そうなれば、そのフラストレーションよりももっと辛いことになる、分かるな?」
「はい……肝に銘じておきます」
「なら良い、失敗は次に活かすとしよう」
ルーチェの胸を軽く小突き、ワルトは笑みを向ける。
そんなワルトの背中を、今度はケラススがポンと叩いた。
「へへ……教師みたいじゃあねぇか、存外向いてるかもな」
「む……教師か……不思議と悪くはない響きだな……勉学は元から好きだが……」
今まで誰かに教えるなどと考えたこともなかったはず。
なのに、教え導くことが最近妙にしっくりとくる。
その理由はよく分からないが……悪い気分ではない、不思議と。
心の奥にしまわれていた何かを思い出したような、そんな気分だ。
「やっぱり、ワルトさんは最高だなあ……教えに恥じないようにしないと……」
一方、ルーチェはいかにもうっとり……といった表情をしている。
その脳裏には、ワルトが人に何かを教えている姿が、どこか懐かしくてしっくりくる……そんな気持ちも満ちていた。
無論ルーチェは高等教育など受けられない環境で育った身。
なのでこの気持ちは理由がよく分からないのだが……。
だが、胸中のこの気持ちは確かな物に感じられた。
「ねえねえ、質問いい?」
「ん……? まあいいけど、体調も良くなったし……」
その頃、クリムゾニア城では療養中のカペルにプラケンタが質問をしていた。
余程気になっていたことなのか、承諾されたことで尻尾がぶんぶん振られている。
お目々なんて旧世界の少女漫画の如くキラッキラだ。
「あのねあのね、前の世界って言ってたよね……もしかしてそこには私の前世とかもいたの?」
「そりゃそうよ、全ての命は輪廻を経て再び転生する、あなたの前世も他の子の前世も居たわ、この世の者は例外なく誰もが転生者なのよ、輪から外れているのは死を持たない神や死せど不変の魂を持つ悪魔だけ」
カペルの説明に、プラケンタは「そうなんだぁ」と目を輝かせる。
やはり年頃の女の子、前世来世といったファンシーな話は好きなのだろう。
カペルからしてみれば前世、前々世において死に目を見てきたのだからファンシーもへったくれもないのだが……。
そういった認識の差はしょうがないだろう。
「私って、前の世界ではどんな私だったの?」
「プラケンタは……前世でも料理人だったわね、昔の世界には中国ってところが有って、そこから日本っていう国に来た料理人だった、若くして店持ちで……病院の近くに店があったのよ」
「店持ち!? 良いなあ……!」
料理人の憧れだよね、と笑うプラケンタ。
彼女を見ていると……避難民のために率先して炊き出しをしていた女を思い出す。
カペルだけが分かる思い出……。
それを振り返りながら、カペルはまた彼女の中華料理を食べたいな……などと考えていた。
「ねえねえ、そういえば思ったんだけどね、クリム様ってもしかして前世の記憶に目覚めたから急に立ち居振る舞いが変わったの?」
「うーん……私は陛下とそこまで話してないからなんとも言えないけど、もしかしたらそうかも」
「へえ……でもでも、どうして前世の記憶が目覚めるの? 私は前世の話を聞いてもピンと来ないのになあ……」
顎をさするプラケンタ。
その姿を見ながら、カペルはホットミルクを一口飲む。
そして長椅子の隣に置かれたエンドテーブルにマグを戻すと、再度横になった。
「転生者にも色々あって、転生すること自体は特別でも何でもないけど……エラーを起こした者だけが、前世を思い出す事があるのよね」
「エラー?」
「無念を残して死んだとか、前世と完全に符合する状況に遭遇して魂を揺さぶられたとか……そういう状況で、まずは引っかかりを覚えたり夢を見たりする、そして次なるきっかけを経て記憶が蘇る、きっかけは様々だから一概にこうとは言えないけれど」
きっかけ、そう言われてプラケンタは「きっかけかあ」と目を細める。
そして……にこやかな笑みを浮かべた。
「じゃあ、私って無念とか特になかったんだね」
「……そうね、あなた達はきっと幸せだったと思う」
生存者同士手を取り合い、静かに老衰で息を引き取った者達。
思い出せば思い出すほど、彼らは幸せだったと言い切れる。
だからこそ……来世でもこうして出会ったのだろう。
しかし1000年前には、幸せな終わりを迎えられなかった。
「私も……いつまでも体調不良じゃいられないか」
次こそはもう一度幸せに。
そう願いながら再度友の傍らに生まれるべく命を絶った日を思い出す。
その記憶ある限り、立ち上がらなくてはならない。
そう誓いを立て……今は体調を治すため、静かに目を閉じるのだった。
「ピーヌス、首尾は?」
「……まだダメね、心から反省しているとは言いがたい」
その頃北海海賊のアジトでは……。
クリムゾンフレアの問いかけに、ピーヌスが首を左右に振る。
どうやらまだ海賊は反省しきっていないらしい。
命の危機に陥れば自分達が命を奪ってきたことを反省するかと考えたが……そう上手くはいかないのだろうか。
「このままだと悔いを残して死ぬことになる……とは伝えたのだけどね」
「……悔いを残して死ぬ、か……その辛さを彼らは知らないからな」
彼らには想像も付かないのだろう、為したかったことを為せず、会いたい者に会えずに死んでいく悲しみ、痛み、苦しみが。
その苦しみを与えてきたのもまた彼らだというのに、痛みへの想像力がないというのはこういう事なのだろう。
「……もう一芝居うつ必要がありそうね」
「もう一芝居、か……」
一芝居、そう言われても何を行えば良いのか。
そう考えるクリムゾンフレアの隣で、ピーヌスは一つの日誌を見せる。
どうやら海賊船から拝借した航海日誌らしい。
「ここにはこう書かれているの……西の離島に遺跡がある、そこに恐ろしい怪物を見たと」
「怪物……?」
「ええ……七つの頭に十の角、牢に縛られている怪物……だそうよ」
ピーヌスの言いたいことが、クリムゾンフレアには分かってきた。
ようは彼女はその怪物を利用するつもりなのだ。
「怪物を解き放ち、海賊を襲わせる……そして窮地を救うんだな?」
「そういうこと……足りない危機感を更に煽るのよ」
「しかし……問題はその怪物を討てるか、だ」
更なるマッチポンプを行おうとして、その結果全滅……では結局、さっさと殺した方が良かったとなる。
もしやるならば、慎重に行わなくてはいけない。
「ええ……だから、遺跡に行ってまずどんな相手か確かめる……で、御せるならば利用し、御しきれないならば……」
「諦めて帰る、か……情けないが致し方ないな」
会議を終えて、クリムゾンフレアは海賊達を見る。
果たして、自分達が薬の材料を取りに行くといった名目でここを離れれば……彼らはどう思うのだろう。
不安に思い、少しでも反省してくれるか……それとも自分達を恨むのか。
できるなら、彼らには「自分達は貧困の被害者であり略奪も仕方がないこと、だから罪はない」という歪んだ被害者意識でなく、誠実な反省をして欲しい。
そんなことを望むのは、高望みなのかもしれないが……。
少しでも人に良心があるならば、それはきっと良いことなのだろう。
(お前達も、悔いを残して死ぬのは嫌だろう……だから理解してくれ、悔いを残して死んだ者達の痛みを)
染みついた被害者意識が勝つか、死への恐怖が勝つか……。
どちらが勝つかはまだ分からない。
せめて後悔のない結果になれば良い……そう考えながら、クリムゾンフレアは息を吐くのだった。




