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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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外伝 かつて在りし世界 森次編

「あの……ワルトさん、寝付けなくて……手を握ってて貰っていいですか?」

「ん……? ああ」


 その夜、北部の温泉宿にて……。

 ワルトは、眠る間手を握って欲しいとルーチェにせがまれていた。

 ルーチェの表情は、少し寂しげだ。


「こうか?」

「えへへ……ありがとうございます」


 ルーチェが胸の上で重ねた手を、優しく握るワルト。

 そんな彼女に、ルーチェは笑みを返す。


「なんか……寂しくなっちゃって、霊の話をしたからでしょうか、もう父さんは飛び交う魂すらないんだって嫌でも思っちゃったんですよね」

「……そうか」


 ルーチェの頬を撫で、ワルトも笑みを返す。

 そして、既に握っている手にもう片方の手を重ねてあげた。

 不思議と、ワルトもこうしていると落ち着く気がする。


「……なんだろう、こうしてると……本当に安心するなあ、たとえ今死ぬとしても、一人じゃないって感じが……して……」


 話しながら、うつらうつらと船をこぎ出すルーチェ。

 やがて彼女は、小さな寝息を立て始めた。

 そんな彼女を見ながら、ワルトもまた静かに目を細める……。

 そして、夢を見始めた。

 どこかであったかもしれない夢を……。



「森次サン!」

「……ん?」


 海沿いに作られた人工島、(あま)()()()()()(いえ)

 その一角にある軍基地の廊下で、一人の女が呼び止められていた。

 短く切りそろえられた黒髪、知的な眼鏡、そして鋭い瞳……。

 身に纏う黒いスーツも相まって、どこか清潔感がある雰囲気の女性だ。

 彼女の名は(もり)(つぐ)(うらら)、軍の特別教導役を行っている若きエース。

 かつては七島戦役と呼ばれる戦いで活躍したが、今は一線を引いた身だ。


「どうした樹里、そんなに慌てて」

「もう、杏って呼んでくださいってば……って、そうじゃなくて!」


 森次に声をかけた女性……()(さと)(あん)

 茶髪を首元でまとめた、若々しい女の子だ。

 戦闘機整備班に所属しており、トライ・ダイナミック・ジーニアス計画と呼ばれる天才三人による戦闘機開発においては、主任も務めた実力者。

 そんな彼女だが、今日は少し怒っているらしい。


「またパイロットをボコボコにしたでしょ? 剣道の特訓で足を使うなんて……って怒ってましたよ」

「甘いな、実戦では道義などない、ルールに縛られる特訓に何の意味がある、そんなものをするくらいならジープで追い回す方が実入りがあるぞ」

「ひいっ……想像するだけで恐ろしいなあ、森次サン本当にしそう……」


 杏は冗談と解釈しているが、森次は本気だ。

 剣道の特訓をするという軍上層部の方針は、兵を腐らせる。

 道義に縛られ、ルールに則った特訓……それで確かに基礎能力は上がるだろう。

 だが戦場に出ればルールも道義もへったくれもないのだ。

 そんな場所でルールに縛られて柔軟性のない考え方でいれば、兵はたちまち死ぬ。

 白兵戦において、蹴りはルール違反だなどと言っても通用しない。

 そうなれば完全に、宝の持ち腐れだ。

 もっと生きて勝つためには道義より効率を優先する、その考えを育てねばならない。

 森次はそう考え、スパルタ気味に部下を鍛え上げていた。


「樹里、そういえばお前はこの後暇か?」

「おっ、もしかしてお昼ですか?」

「ああ……せっかくだ、奢ってやろう」


 まだ若い樹里はそれなりに単純なもので、ご飯を奢ると言えば簡単に機嫌を直す。

 その様子が森次にはどこか面白く思えた。

 この流れは何度も繰り返された、いつもの風景なのだ。


「ケド……いつも奢って貰うのも悪いかも」

「安心しろ、奢るのは趣味なんだ」


 歩きながら頭をポンポンと叩き、笑う森次。

 そんな彼女に樹里は「また子供扱いして!」と飛び上がった。

 見るからに子供っぽい動きだが……実際のところ森次は35で、樹里は34。

 年齢はそう違わない。


「私達、一歳差ですよ?」

「そうだったか……小さいから忘れていたな」

「もうっ、七島の頃からの付き合いなのに忘れるわけないじゃないですか」


 じゃれ合いながら、森次は券売機でカレーの食券を買う。

 そして、樹里に何を買うか問いかけようとするが……。

 それより早く、ガバオライスのボタンを押した。


「好きだな、タイ料理」

「というより……お肉とお米の組み合わせが好きなんです、私」


 和気藹々と笑いながら、二人は席に着く。

 食事を待つ間は色々な話をするのが日課だ。

 見所のあるパイロットの話や、最近の趣味。

 変なトラブルから、愚痴まで……多岐にわたる。


「そういえば……最近のパイロットは不作気味だが、マドカ・ティアだったか……アイツは良いぞ」

「ああ、あの米系日本人の、あの子は凄いですよね、将来は森次サンと同じレベルになりますよ」


 見込み有る教え子の話をしながら、カレーを口へ運ぶ。

 対する樹里もガバオライスを食べながら、雑談に興じる。

 周囲からは実質上のデートと茶化されることもある、穏やかな時間だ。

 ……だが、実質上だけでは満足がいかないのも事実。

 せっかくの友人なのだ、たまにはパーッと遊びたい。


「そうだ、次の休みに町まで行かないか?」

「町へですか?」

「ああ、総合病院の辺りまで……あそこに良い店を見つけたんだ」

「良いですね、行きましょうか!」


 二人は笑い合い、休日の約束を取り付ける。

 ……幸せな時間……この時間が、永遠に続くと思っていた。

 永遠に続けばどれだけ良かっただろうか……。

 だが、永遠なんてない。

 無情なこの世の真理は、足音を立てて背後へ迫っていた。



「んー、この回鍋肉美味しい!」

「だろう? 味噌が利いていて……よく肉に染みている」

「ですね、ご飯に凄くあいます!」


 充実、満足、そんな顔で食事をする二人。

 天子田総合病院近くに最近出来た中華料理屋は大盛況だ。

 夏だというのに、みんな辛いものを食べに来ている。

 それだけ味が良いのだろう。


「はー、美味しかった」

「デザートもこれなら期待できるな」


 デザートに頼んだごまだんごを待ちながら、二人は歓談する。

 そんな中……樹里はふと病院を見つめた。


「そういえば……知ってますか?」

「ん? 何をだ」

「あの病院の都市伝説ですよ」


 都市伝説、そう言いながら樹里は病院の向こうに見えるクレーターを指さす。

 十数年前、謎の爆発が起きて以来放置されている場所だ。


「今の院長って、あの年に起きた病気の抗体を見つけて名を上げた人じゃないですか」

「ああ……真壁一族にも匹敵すると言われている、辰巳だったか」


 辰巳院長夫妻、顔も知らないので彼らがどんな人物かは知らない。

 だがきっと、医者らしく聡明で慈愛に満ちた人柄なのだろう。

 そう考えながら、森次は茶をすする。

 しかし、樹里は目を細めた。


「それが……黒い噂が有るんですよ」

「黒い噂……?」

「患者を実験動物にして不審死させたとか、そのデータで何か恐ろしいものを作っているとか……飽くまで証拠もない噂話ですけど」


 腕を組み、森次は顎をさする。

 証拠がないならば噂でしかないが……。

 火のない所に煙は立たない、とも言う。

 何はともあれこの病院にはあまり入院したくない、そんな気分になってきた。


「お客様、ごまだんごです」

「あ、どうも」


 届いたごまだんごを頬張り「熱々のあんこが甘くて美味しい!」と笑顔になる樹里。

 そんな彼女を見ながら、森次は「よく実験動物とかそういう話をした後に食べられるな……」と呆れるのだった。



 さて、夕食を終えれば当然軍基地まで戻らなくてはいけない。

 基地への最短ルートは駅から電車に乗り、軍基地前駅で降りることだ。

 なので駅へ向かっていたのだが……。

 そこで、ふと森次は足を止めた。

 視線の先には……献花がされている花壇があった。

 鉄のフェンスは撤去され、敷居がなくなっているが……飛び散った血の痕跡は消えていない。


「ここって……」

「ああ、一月前に酔っ払いに突き飛ばされた少女が死んだ場所だ」

「酷い話ですよね……まだ19だったんでしょう?」


 合掌し、黙祷する二人。

 しばらくそうした後、二人は帰ろうとするが……。

 だが次の瞬間、突如破裂音のような音が聞こえてきた。

 だが……軍人である二人にはこれが破裂音ではないとよく分かる。

 これは銃声だ。


「え……!? どこ!?」

「あの家からか……?」


 銃声が聞こえた場所、そこには人だかりが出来ている。

 老若男女……近所の人間が勢揃いだ。


「何があったんですか……?」

「わ、分かりません……口論する声が聞こえたと思ったら、中から……」


 樹里に問われた女性が、状況を説明する。

 その隣で、森次はドアをノックした。

 だが応答はない。


「無理矢理入るしかないか……下がっていろ」


 ドアの結合部を樹里が持ち歩いていた金具で無理矢理壊す。

 そして蹴りを入れると、ドアは手前に倒れた。

 それと同時に……再度数発、銃声がする。

 奥へ向かうと……そこには、3人の人間が倒れていた。

 うち一人……子供の手には拳銃が握られていて、自分の腹を撃ち抜いている。


「何があったんだ……!?」

「と、とりあえず救急車を……」


 阿鼻叫喚といった表情で死んでいる両親に対して、子供は穏やかな表情で倒れているようだ。

 呼吸により体が動いているので、まだ命はあるはず。

 だが腹からは依然血が流れ続けており、止血はしているが……間に合うかは怪しい。

 いや、これもう確実に……。


「頼む、死ぬんじゃない……!」


 声をかけながら、血に濡れるのも厭わず止血を続ける森次。

 その黒く清潔なスーツは、血がこびりついて汚れまみれになっていた。



 翌朝……。


「はあ、やっと解放された……」

「長かったな……」


 あれから、結局子供は死んでしまった。

 そして、あろうことか第一発見者である二人は容疑者として確保されてしまったのだ。

 結局、周辺住民の証言により解放されたのだが……。

 気付けば、もうすっかり朝だ。


「基地に戻ったらなんて言いましょうね……」

「そうだな、面倒な話だ……」


 あくびをしながら、二人は蝉の声に耳を傾ける。

 そして、いっそここで寝てしまおうかと目を細めたときだ。

 突如……太陽にもやがかかる。

 いや、もやというよりは……黒い、影のような霧だ。


「……これは……?」


 疑問符を浮かべる樹里。

 その視線の先で、霧を吸った通行人が倒れる。

 挙げ句……その体はゆっくりと霧散し、消えていった。


「……!? 何が……何が起きた!?」


 驚愕する二人。

 その前で同様の現象が何度も起きる。

 そして霧は二人にも近付いてきた。


「くそっ、逃げるぞ!」

「は、はい!」


 ハンカチで口を押さえ、二人は走る。

 そうしてどれだけ逃げただろうか。

 まるで追いすがるようについてくる霧……。

 しかし、霧は突如として二人を追わなくなった。

 逃げ切れたのか……と二人は安堵する。

 だが……。


「あ、あれ……?」


 急に、体が重くなり息苦しくなった。

 そして二人は察したのだ。

 逃げながらも、自分達は少しずつ霧を吸い……。

 追ってこなくなったのはこれ以上吸わせる必要がなくなったからなのだと。


「ゲホッ、ゲホッ……! これ、何なんでしょう……」

「分からない、新手の細菌兵器……にしては、動きが生物的で……気味が悪いな……」


 倒れ込む二人の上を霧が通っていき、陽光を遮る。

 仰向けになってそれを見ながら、樹里は涙を流した。


「軍に、入った時点で……死ぬときに親に会えないのは覚悟してましたけど……こんな……親を遺していくなんて、やだな……寂しい……」


 手を伸ばし、呟く樹里……本当は立ち上がりたい、しかし体を起こすことすら出来ないのだ。

 その手を、森次が優しく握る。

 自分も既に体を起こすことすら辛いだろうに。

 だが、体を起こして樹里を覗き込みながら微笑んでいる。


「大丈夫だ……私が傍に居るから、寂しい思いはさせない……」

「森次サン……」


 激痛に耐えながら微笑む森次。

 そんな彼女に、樹里の中の寂しさが和らいでいく。

 最期に両親を見られないのは寂しいが……。

 それでも、一人で全てを終えるわけではない。

 ただそれだけで、気持ちが楽になっていく。

 気付けば樹里は安らいだ顔で、伸ばしていた手を胸の上に置いていた。

 森次はその手を両手で優しく包み込む。


「今死ぬとしても……一人じゃなくて、良かった、親友と一緒で……」

「ああ、良かった……私も、そう思う……一緒で、寂しくない……な」


 笑顔を見せ、息を引き取る樹里。

 その上に森次も倒れ込み……息を引き取った。

 二人の死体もそのまま霧散し……。

 やがて、森次は自分が暖かいどこかにいると感じていた。

 まるで母の腕のような暖かさ。

 静かな安らぎ……。

 真っ暗で、いつまでも寝ていられそうな……。

 だが、その安らぎの中に突如声が響く。


「誰だった滅びたくない! 大事な人と手を取り合いながら生きたいんだよ! 愛する者と、明日へ向かって飛んでいきたいんだ!」


 どこかで聞いた声、弟子の一人の声……だったかもしれない。

 それを聞いていると「確かにその通りだ」という気持ちが芽生えてくる。

 いつまでも、ここで寝ている場合ではない。

 そう感じながら森次は目を開き……。

 その傍らにいる樹里と手を取り合ったのだ。

 ……そして彼らは光になった。



「……?」


 ふと、ワルトは目を覚ます。

 どうやら、ルーチェに覆い被さって寝ていたらしい。


「……ふ」


 ルーチェの頬を撫で、ワルトは笑う。

 そしてコートを脱ぎながら、ゆっくりと自分のベッドへ向かった。

 そして……じっとルーチェの横顔を見つめる。


「オレ達の出会いに……運命を感じると言ったら、笑うか? 何の根拠もない、何かの記憶があるわけでもない、だが運命を感じる……オレ達はもう一度手を取り合い、一緒に明日へ飛ぶために生まれたのだと……」


 問いかけは届かないだろう。

 実際誰の耳にも届けるつもりがない、ただの気まぐれな問いだ。

 そんなものをしたくなった自分を笑いながら、ワルトはゆっくり目を閉じる。

 その傍らで、ルーチェは小さく寝言を発した。

 消え入るようなか細い声で「信じます」と……。

 そんなことなど互いに知らないまま……ただ、夜は更けていくのだった。

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