外伝 湯煙慰安奇譚 ラクエウスは見た! 前編
大陸東部、クリムゾニア城……。
旧テルメ村近郊の山に存在する、遺跡を基にした城……。
そんな城へ手紙が届いたのは、初陣を終えて二日後のことだった。
「シライ様、シライ・ソラ様」
「はいはい、アタシッスよ、伝令どーもッス」
戦っていたときの冷徹な様子はなりを潜め、ほがらかに笑うガットネーロ。
どうやら伝令兵は、猫又之国から手紙を運んできたらしい。
顔を赤くする彼へと、ルーヴは「お前に乗りこなせる相手じゃないからやめておけ」と言いたかったが、それを堪えてガットネーロを見つめる。
「手紙の内容は?」
「えーと……おお、こりゃいい! 女王陛下から、戦功を祝う為に最新温泉宿の招待状が来てるッスよ!」
最新温泉宿への招待……そう書かれた手紙をガットネーロは皆に見えるよう広げた。
確かに、そこにはカシャ女王直々の署名と共に、温泉宿へ招待する旨が書かれている。
「ソラ、せっかくなのでご友人も連れてきなさい……ですって、先発部隊で行くッスかね、アタシらの戦功祝いッスし」
ガットネーロの言葉に沸き立つ城内。
しかし……そんな中、プラケンタはふと首をかしげた。
どうやら何か疑問があるようだ。
「ねえねえ、でも……全員で行くのは無理だよね、いつスクランブルがあるか分からないし」
「あっ」
あっ、と言ったのは誰だったのだろうか。
何はともあれ、その声と共に沈黙が訪れる。
その中でプラケンタは「あれ?」とキョロキョロしていた。
「まあ、ここはだ……ガットネーロはカシャ女王に呼ばれたんだから確定として、あと一人くらいにしよう……というわけでガットネーロの保護者であるあたしがだな……」
「お待ちになって! お待ちに! なって! わたくし今回の結構な功労者でしてよ!?」
「それを言うなら、私も霧を起こしたわ……神を優先せよ、人の子、ほら」
バチバチと火花を散らし合う三人。
それを見ながら、プラケンタは首をかしげる。
そして、長椅子に横たわっているカペルに問いかけた。
「私……余計なこと言ったかなあ」
「割と……」
呆れるカペル……その視線は、醜い争いを始めた三人に向いている。
自分の功績を主張し合う姿は、なんと言えばいいのか……。
とても、大人げがない。
特に現世が創世されるより前から生きている某神は、カペルに意外とみみっちいと言われるのもしょうがない姿だ。
「そこの神は……年長者なら年下に譲れば?」
「神だって温泉には入れたら嬉しいに決まってるじゃない……」
「嬉しいのかよ」
口の端を噛みしめながら力説するクルテルに、カペルは思わず汚いツッコミを入れてしまう。
だがクルテルは何も恥じることはないと言わんばかりに胸を張る。
むしろ誇らしげなのは、本来ならこういった感情を抱かない神がここまでの感情を持てた事への誇りが有るからなのかもしれない。
「それに年功序列って言葉が有るじゃない、いいでしょ」
「卑怯だろそれは……」
「そうですわ、誰もあなたの年齢に敵わないじゃありませんの!」
わあわあと騒ぎ合う一同。
それに戸惑いながら、伝令が何やらガットネーロに耳打ちをする。
その内容を聞き、ガットネーロは笑みを浮かべた。
「ん? どうした?」
「んー……言うかどうか迷うッスね、もう少しこの争いを見ていたい気も……」
「いや、言えよ!」
ルーヴにツッコまれ、しぶしぶといった具合に立ち上がるガットネーロ。
彼女は、伝令の背を軽く叩いた。
「猫又之国とサーペンタインから、応援部隊が来るらしいッス、だから皆で行けるらしいッスよ、早く言って欲しいッスよね」
「……それは本当に、とっとと言えよ……」
脱力する3人に対し、ガットネーロはクスクス笑う。
そして……唐突に、ユウリィとウルスの方を向いた。
それまでぼんやりと争いを眺めていたユウリィは、唐突に視線を向けられて萎縮してしまう。
「あ、あの、どうかしましたか……?」
「良かったら、ユウリィちゃん達も一緒に行くッスよ、頑張って特訓や勉強してるらしいッスけど、たまには息抜きも必要でしょう?」
「え、で、でも……」
「一理あるな、強くなりたいなら毎日根を詰めるんじゃなく、適度に休むことも大事だ、ようはメリハリって奴だよ」
ガットネーロとルーヴに促され、ユウリィは静かに頭を下げる。
そしてウルスの手を握った。
「今夜は温泉だよ!」
「う……! おん、せん……すき」
手を取り合い、きゃっきゃうふふとはしゃぐ二人。
その姿に、先ほどまで剣呑とした雰囲気だった三人も思わず頬を緩ませる。
「プラケンタ、カペル、あなた達はどうされますの?」
「んー……私はカペルちゃんの看病があるから、病人食はこだわりたいし」
「私もまだグロッキーだから、パスするわ……」
残念そうに笑うプラケンタの横で、カペルは横になったまま手をヒラヒラ振る。
その反応に、ラクエウスは少し残念そうだ。
「じゃあ私も残ろうかしら、あなたがいないとつまらないでしょうし」
「えー、でもさっきあんなに行きたがってたんだから行ってきなよ、戦いもせっかく頑張ったんだから」
「あなたも来ると思ってましたのよ、それに……今更ながら、幼馴染みと離れるのが不安ですの、あなたも家族みたいにいなくなるんじゃないかって」
「大丈夫大丈夫、私はここでちゃんと待ってるから、ね?」
抱きしめながら背中をポンポン叩くプラケンタに、ラクエウスは「うん」と頷く。
そして照れながら笑みを浮かべた。
「これじゃどっちが年上か分かりませんわね」
「あはは、そうかな?」
「……見せつけないで……もっと、もっと体調が……」
うめき声を上げるカペルは無視するとして、どうやら誰が行くかは決まったようだ。
顔ぶれを確認し、ガットネーロはうんうんと頷く。
そして手を挙げると、皆へ向けて音頭を取るのだった。
「じゃあ、最新温泉宿、行くッスよ!」
「応!」
ルーヴの勢い良い返事を合図に、一同猫又之国へと歩き出す。
その様子を見送りながら、カペルは「こいつら出撃より勢いが出てるんじゃないか?」と一人考えるのだった。
さて、最新温泉宿とはどんなものなのか、ここに記すとしよう。
猫又之国は温泉産業で有名な土地だが、複数の宿を有することによる一つの弊害というものも有った。
行脚しているうちに満足して、奥の方の土地にある宿まで観光客が来ないことが多いのだ。
そんな状況を打破すべく、奥まった土地に作られたのがこの宿……。
「多幸の湯、か……ここは他とどう違うんだ?」
「えーと、まず……技術面ッスね」
カシャから貰った手紙を読みながら、ガットネーロは目を細める。
この宿はどうやら、北の賢人マキャベル一族の協力を得て作られた、最新技術の結晶らしい。
水流を作り出す魔法装置で作られた流れる風呂、軽度の電気魔法が体を刺激する電気湯、腰当たりに刺激を与えるよう水流が流れている疑似指圧風呂など……。
今までの温泉にはなかったものが沢山あるらしい。
「言うなれば、温泉の歴史を覆す超温泉……」
「はあ、スーパー温泉……凄そうですわね」
感心するラクエウス。
その隣でクルテルは「歴史は繰り返すわね……」と遠い目をしている。
終わった世界に想いを馳せているのかもしれない。
「そういえば……他の宿泊客はいらっしゃるのでしょうか、ボクは良いのですけど、男湯に入ると恥ずかしがる方もいると思うので……」
「う?」
もじもじとするユウリィ……一方ウルスは情操教育を始めたとはいえ、まだ性自認までは教えて貰っていないので、ユウリィも当然一緒に入浴すると思っているようだ。
その辺りをあとで説明してあげようと考えながら、ガットネーロは手紙を確認する。
「大丈夫大丈夫、貸し切りらしいッスよ」
「そうですか、よかった……」
胸をなで下ろすユウリィ。
精神的に男である以上、女湯に入れるというのも酷な話。
テルメ村の混浴場でもクリムゾンフレアを見て逃げたというし、これで良かったのだろう。
「じゃ、ひとまず荷物を置きに行くとして……また後で会おうッス」
「……そうね、それじゃ」
手を振り、一同はそれぞれの部屋へと向かう。
部屋割りはルーヴとガットネーロ、ラクエウスとクルテル、ユウリィとウルスの組み合わせだ。
ゆったりと、それぞれの部屋に歩いて行く一行……。
その後ろで、何かが動いたが……それに気付いた者はスタッフ含め一人もいなかった。
その頃、北部では……。
「あー、さっぶ……! 北部の夕暮れはこれだから……!」
寒さに震えるケラスス。
その隣で、ワルトが息を吐く。
山賊退治がある程度終わり合流したのだ。
だがこう寒い寒いと騒がれては、合流を後悔しそうになる。
「口にすればますます寒くなるぞ」
「口にしなけりゃあ暖かいってんなら言わねえがなぁ……!」
北部へ来るのは初めてではないのだが、比較的温暖な西部出身のケラススにはやはり北部の気候は慣れない。
そんな中、せめて暖かいものを思い浮かべようと目を閉じる。
「ルーチェ、お前は大丈夫か」
「ええ、山は年がら年中結構寒いんですよ」
平然としている二人の存在が、寒気を助長させる……。
そう感じながら、ケラススは白い息を吐いた。
「あー……温泉入りてえ……ったくよお……」
「ん……? 温泉か、有るぞ」
「有るのか!?」
ワルトの言葉に、ケラススが詰め寄る。
その頭を押し返しながら、ワルトは進行方向の先を指さした。
「あの先の町に温泉宿がある、北部唯一の温泉だ、だが……」
「よし、行くかぁ!」
「おい……まだ話が」
手を伸ばすが、話を聞いていないケラススは走って行ってしまう。
そんな彼女に呆れながらもワルト達はついていくことにするが……。
その途中、ルーチェがふと首をかしげる。
何か気になることがあるのだろう。
「どうかしたか?」
「いえ……あの、さっき何を言おうとしたんですか?」
「ああ……あれか、まあ噂なのだが」
噂、そう前置きをしながらワルトは目を細める。
そして静かに腕を組むと……。
「あの宿は、出るらしい」
「出るって?」
「……霊だ」
霊、その言葉にルーチェはポカンと口を開く。
ルーチェが霊を信じているのかは分からないが……。
どういう噂かは察したらしい。
そして同じく腕を組むと、自分もそんな噂を聞いたなあ……と思い返す。
猫又之国から来た山賊仲間から聞いた、奥地の温泉街に出る霊の話を。
「ひ、ひぎゃあああああああ!!!!」
温泉宿の中に、突如大声が響く。
声の主はラクエウスだ。
「どうかした!?」
問いかけるクルテル。
そんな彼女に、ラクエウスは開いたばかりであろう窓を指さす。
そして、静かに声を震えさせた。
「い、いましたの……誰かの影がありましたの、でも……」
「……?」
「で、でも……開けたら誰もいませんわ……なんで……?」
ラクエウスの言葉に、クルテルは目を細める。
そしてくだらないとばかりに息を吐くと、ゆっくり横になった。
「馬鹿馬鹿しい……古い言葉には、幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉があるわ、見間違いでしょ」
「……そうかしら、それなら……いいんですわ」
窓を閉じ、首を振るラクエウス。
彼女もまた横になるが……その後ろで、何かが動いていたことには気付かないままだった……。




