第五十話 だるまさんがころんだ
「霧を展開する!」
クルテルの一声と共に、霧が深くなっていく。
それから少しして、まだ視認できない距離にある敵の臭いが少し遅い動きになる。
曰く、ブラエドの帆船は風魔法を推進力にすることで進んでいるという。
恐らくは霧を警戒して力を弱めたのだろう。
「OKOK……視覚よし、ああ……やはりわたくしは天っ才ですわ……」
自作の視覚補強魔法をかけ、ラクエウスは笑みを浮かべる。
これで獣人や神と異なり嗅覚や視覚が霧に適していない彼女でも辺りを確認できるのだ。
こうして、船の接近を待つ……。
周囲を覆う静かな緊迫感。
そんな中で一人一人が神経を研ぎ澄ます。
そして……。
霧の中に、船が接近するのが見えた。
「来たか……」
「魔術隊、トラップ発動!」
ラクエウスの号令に従い、魔術隊がトラップを起動させる。
ラクエウスの魔力をありったけ詰めた爆弾だ。
その威力はドラゴンブレス級、かつクリムゾンフレアが使う炎のブレスと違い、水で威力が減衰すると言うこともない。
当たり所が良ければ、船底に大穴を開ける事が出来るだろう。
ただ……それだけのものを複数個配置するというのは、流石の彼女でも数日かかる作業だった。
何せ、一個作っては魔力の回復を待つ必要があったのだ。
それだけした甲斐はあってくださいな、と祈りながらラクエウスも魔力を集中させる。
そして……海に大きな飛沫が上がった。
大小間断なく配置された爆弾は、連鎖的に多くの爆発を起こしていく。
「うわああああ!!!!」
耳に届く悲鳴、その方向へ向けてガットネーロ達弓術隊が弓を射る。
どうやら、偽情報に踊らされたブラエド軍はしっかりと罠にかかってくれたらしい。
血の臭いが鼻に届くのを感じながら、ルーヴは意識を集中させる。
そしてこちらへ飛んでくる別の臭いへ向けて斧を振るった。
「甘いな……」
返り血を浴びながら、斧を再度振るう。
縦一文字に寸断された魔物と人間が二組地面に落ちた。
弓を掻い潜ってきた者には、必死でくぐり抜けてきたが故の焦りが生まれる。
しかし、それは冷静に斧を振るう者に負けるということだ。
いつだって焦る者は冷静な者に勝てない。
かつての世界ではルーヴ自身が身を以て証明したことだが、今回は立場が逆だ。
「さあ、次のトラップを発動させますわ!」
再度起きる爆発、これは船だけではなく海に落とされた者も狙ったものだ。
矢が当たらなかった者も、これで四散していく。
一つの行動により、二つの狙いを果たす……。
これぞラクエウスの強欲スタイルだ。
(血の臭いが濃くなっていくな……)
鼻をひくつかせ、周囲に気を配るルーヴ。
その斧が再度振るわれる。
血の臭いが濃くなるということは、その中を通る別の臭いを更に強く感じるということだ。
海で爆散せずに済んだ者や、飛行兵が向かってくるのはよく分かる。
潮の香りを纏った肉体は特に分かりやすいのだ。
「そこか……!」
再度ルーヴは斧を振るう。
しかし、今回は斧が剣で止められてしまった。
「む……! 何!?」
「いた……ガットネーロ!」
斧を防いだのは、マルガリタだ。
彼女はどうやら件の伏兵隊としてやってきたらしい。
濡れてはいるが、焦っている様子はないようだ。
「うわ……マルガリタさんッスか」
「ガットネーロ! 私はあんなに優しくしたのに、お前は私の優しさを裏切ったんだ! 死ね、殺してやる!」
がなり立て、ルーヴを押しのけるマルガリタ。
その勢いにルーヴは隙を作ってしまう。
その横をマルガリタが駆け抜けていく。
「しまった……! ガットネーロ!」
叫びに応えるようにして、ガットネーロは身をよじる。
マルガリタの剣は肩を貫いたが……なんとか急所は外れたらしい。
「ガットネーロ! 私の痛みを感じるんだよ、ガットネーロ!」
「……うざっ」
舌打ちしながら、ガットネーロは剣が刺さったままナイフを振るう。
ガットネーロの痛覚が機能していないことを忘れていたのか、隙だらけのマルガリタはあっさりと腱を切り裂かれてしまった。
「あ、あああぁぁっ!!!」
「……ふう」
悶えるマルガリタのもう片方の腱を切り、二度と剣が握れないようにするガットネーロ。
その表情は冷たい、完全な無表情だ。
「大丈夫ですの!?」
回復魔法を肩にかけながらラクエウスが問いかけるが、返答はない。
完全にマルガリタへと意識が集中しているようだ。
「が、ガットネーロ……!」
「前々から思ってたんスよね……アンタは変人だって、どれだけ優しくされても、それ以上の感情を抱けなかった、その理由が分かったッスよ」
そう告げながら、ガットネーロはマルガリタの足を刺す。
そしてナイフでえぐりながら顔を近づけた。
「アンタは同じ痛みを持つ者に優しい自分……っていうのを演じて自己満足してるだけなんスよ、だから思い通りにいかなければキレる、わめく」
「あ、ぐ、ああぁ……!」
「はは、そういう意味じゃアタシらは同類だ、笑顔の自分も虚無の自分も全部演じているだけのアタシと同じ……とでも言うと思ったか?」
無表情から、ガットネーロは一転して笑顔になる。
そしてナイフを取り出すと傷口を勢いよく踏んだ。
「最後まで演じきる力もない、そしてエゴを相手にぶつける半端者が……ウザいんスよ」
「あ、ああぁ、あっ、あっ!!!」
「お前は誰も愛していない、そのくせにギャアギャアわめくな、ごっこ遊びに付き合わされる身にもなれ……ってやつッス」
囁くガットネーロ、そんな彼女をマルガリタが睨む。
そして彼女は叫んだ。
「ガットネーロ……! ガットネーロッ! お前は、お前は私の股ぐらの下で横になってれば良かったんだ!」
「……ふん」
冷たい一瞥と共に、再度ナイフが振るわれる。
すると、マルガリタの耳が片方飛んだ。
「あ、ぎゃ、あああぁぁっ!!!」
「人の話を聞けない耳ならいらないだろう? もう片方も処分してやるッスよ……」
笑いながら、ナイフを舐めるガットネーロ。
その姿に、マルガリタが後じさる。
そんな彼女へと追撃をかけようとしたときだ。
突如、間に一人の女が入り込んだ。
「……マキャベルか!?」
ルーヴの叫びに、マルガリタが目を見開く。
間に入ったのは確かにマキャベルだ。
だがマルガリタの表情は喜びでも何でもない。
「お前、船にはいなかったはず……私を港で見送って……ど、どうやってここに……」
「……や、やらせない……マルガリタくんはやらせない……!」
叫び、体から謎の気を発するマキャベル。
その圧に、斧が、ナイフが、剣が、この戦場のあらゆる武器が一瞬止まる。
そして次の瞬間には、二人の姿は消えていた。
「嘘だろ……あいつ、魔力は持ってないはずじゃ……?」
「……なんだったんだ、チッ……ウザい奴を消せたところを」
舌打ちをし、八つ当たりのようにブラエド兵を射貫くガットネーロ。
そんな彼女が興味をなくした場所。
先ほどまでマキャベルがいた場所を見ながら、クルテルは息を吐いた。
「あの気配……間違いない、そういうことか……彼の混沌、異様な発展もまた……」
何やら、意味深な言葉を残しながら……。
その頃、ルージュ村近郊の洞窟では、マルガリタが震えていた。
一瞬意識が飛んだと思ったら、次の瞬間にはこの場所だ。
何が起きたか理解できない。
「ああ、そうか……思い出してきた、私にはこんな力があったんだ、私は、こういうことができた……そうだ、そうだよ……! 混沌、狂気、無限の可能性! 私の力だ……!」
興奮気味に頭をかきむしるマキャベル。
やがて、彼女は笑顔でマルガリタへ近付いてくる。
そして手を伸ばすが……マルガリタは、その手を足で撥ねのけた。
「寄るな、化け物!」
「……! わ、私はあなたのために……」
「うるさい! うるさい! 私は家名のために功を上げなきゃいけなくて、敵前逃亡なんて許されなかったんだよ! 名誉の戦死者になった方が良かったとも! お前は余計なお世話をしたんだ、この化け物!」
マルガリタの言葉に、マキャベルは息を呑み……。
そして、彼女の中で何かが切れた。
気付けば彼女は石を持っていて、マルガリタの顔面を殴りつける。
歯が折れ、震えながら血を流しているが、躊躇わずにもう一度だ。
「ひ……! い、いだい……!」
「なんで……? そうだ、少し思い出した、私は人間が好きで人間のために今の私になったはず、なのにどうして人間は私を拒む……?」
「な、何を言ってるんだ……!」
ブツブツ呟きながら近寄ってくるマキャベル。
彼女は石を置くと、マルガリタの腕を握る。
そして、勢いよく引きちぎった。
「ぎ、ぎやあああぁぁぁl!!!」
「ねえ、私を見てよ、私だけを、ねえ……その為に、私という側面は混沌たる可能性の海より生まれ出でたんだよ……ねえ……私を見て……私の貌を……!」
囁きながら、もう片方の腕と両足も引きちぎっていく。
だがマルガリタが死ぬ様子は無い。
激しい痛みが続き、血は流れ続けている。
普通ならもう命が終わっているはずだ。
この状況で何故自分が死なないのか、マルガリタには理解が出来なかった。
「ああ、そうだ……これでもうどこへも行けなくなる、これで良いって声がする、これで私だけを見てくれるって……」
「ひ、ぎ、あ、や、助けて……ガットネーロ、たすけ……」
涙、鼻水、小便、様々なものを溢れさせながらマルガリタは震える。
だがその声は誰にも届かない。
マルガリタの無関心と拒絶がマキャベルの何かを呼び覚ました。
だがマルガリタは反省などしないのだろう。
両手足をもがれた彼女を、マキャベルは優しくベッドに乗せる。
だが……マルガリタは転び、うつ伏せとなったまま放置されてしまった。
口をもごもご動かすが、声がどこにも届かない。
うつ伏せになったことで音の伝わりが著しく悪くなってしまったのだ。
「助けて、助けて……」
洞窟の外に声は届かない。
こうして、狂気と混沌の時間が始まろうとしていた……。
狭い洞窟の中、笑い声と嘆きの声が響く。
そして……マキャベルは、頭をかきむしりすぎて眼帯が外れてしまった。
その中には……黒く暗い孔が有る。
目の痕でも機能しなくなった目でもない。
ただの孔が……。
だが、マキャベルは気にした様子も無く眼帯を締め直すのだった。
「……もう動く臭いはない、霧を消して良いぞ」
「了解……」
ルーヴの言葉に従い、霧が消える。
そうして見えてきたのは大量の死体と崩壊した船……。
まさしく地獄絵図だ。
その中心に立ち、ルーヴは斧を振り上げる。
「あたし達の勝利だ!!!」
響く声に、沸き上がる歓声。
味方の人的被害も有ったが……。
しかし今は、皆でこの勝利を喜んでいた。
生き延びられた、作戦成功に導けた。
その歓喜の中には、出陣前のような「人肉が食べれる」だのといった浮かれた様子は無い。
戦争を経験した……その事実は、戦争未経験だった者達に少し変化を生もうとしていた。
「大丈夫かな……」
数十分後、クリムゾニア城では……。
後詰め部隊の出撃を見守り、それからずっとユウリィは城の外で部隊の帰りを待っていた。
腕には一つの卵が抱かれている。
終わった世界にてクリムゾンフレア達が託された卵……留守中に時間が有るときは温めてあげて欲しいと渡されていたのだ。
今は座学も修行もしていないということで、ユウリィは卵を温めながらぼんやりとクリムゾニア軍を待っていた。
……そんな彼女の耳に、土を踏む音が聞こえてくる。
見ると……そこには、山道を歩くいくつもの影。
彼らが、後詰め部隊に後処理を任せて帰投した先発部隊だと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「お帰りなさい……!」
笑みを浮かべ、ユウリィは彼らを出迎える。
そんなユウリィにルーヴは手を振り……。
彼らは互いに、最初の戦いが終わったことを実感して安堵するのだった。




