第四十九話 プロフェッショナル達
「そういえば、思ったんですけど……」
「ん? どうかしましたか?」
あれから数時間、本日中に相手取れる範囲の山賊を討ち、いざ町に戻ろうという時だ。
ふとルーチェは疑問を抱き、リオンへと問いかけた。
このままだと気になって夜も眠れないかも知れない。
「いえ……リオンさんって凄い技術者なんですよね、魔法銃とか生みだした」
「ええ、私個人が……というよりも一族全体がですが」
「なのに、戦闘は剣と盾なんですね、なんか有している技術と比較するとずいぶん……」
ルーチェの指摘に、リオンは「ああ」と納得する。
ようは有する技術と行使する技術に差異があると言いたいのだ。
さながら、局地的アナクロニズムとでも言ったところだろうか。
「それは簡単ですよ、技術屋のエゴがあるんです、私達には」
「エゴ……?」
「我らマキャベルの血筋は人類の発展、可能性の拡張のため力を振るう……それこそが先祖代々受け継がれし流儀、故に命を奪うための力として使うのは“違う”のです」
静かに、そしてしっかりと語られるマキャベルの流儀。
その理念に、ルーチェは感心する。
自らの命が危険にさらされる戦の場でもそれができるというのは、中々のものだ。
「理念を貫徹するというのはいいことだ」
「ですね、リオンさん尊敬しちゃいますよ」
「ふふふ……少し照れてしまいますね」
頬を掻き、リオンは笑う。
しかし……少し目を伏せると、珍しくうつむきがちになった。
「ですが……我らの理念が届かない位置では、このエゴを突き通せないのが難点です」
「というと……?」
「我らの技術を盗んだ者、既に市場に出回った技術を解析し改変した者、そういった者が戦乱に使うこともある……ということです」
北大陸で研究されている魔術砲などその典型例だろう。
あの技術は、狩猟用器具として作られた魔法銃を解析して戦闘用に改造したもの。
マキャベル一族の望まない技術の使い方だ。
「……恐らくはブラエドが異常な発展を遂げ、後に災厄を引き起こすというのも……それなのでしょう」
「……魔女狩りの際に奪った技術で、ということか」
「ええ……研究結果がこうなるなどと、彼女も想像しなかったはず……ブラエドは我らの誇りに泥を塗った、内心はらわたが煮えくり返りそうですよ」
内心怒り心頭で、しかし笑顔を保ったまま腕を組むリオン。
そんな彼を見ながら、ルーチェは思わず息を呑む。
そして、この人だけは怒らせたくないな……と肝を冷やすのだった。
「なあ……そういえば」
「ん? どうかした?」
「いや……クリムはお前の料理を使って、敵兵を洗脳する一助にしていただろう? あれは嫌じゃないのか?」
その頃、クリムゾニア城では……。
出陣の準備を進める中、後詰め部隊の携行食を作るプラケンタにルーヴが問いかける。
割とデリケートな話題だが、プラケンタは特に気にした様子は無い。
むしろあっけらかんと笑っている。
「うん、大丈夫だよ?」
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ、だって私傭兵だもん、頼まれれば毒殺にだって使うよ? プロだからね」
まだ13歳ではあるが、プラケンタも大罪の7姉妹における最初の三人のうち一人。
傭兵歴は長いので、その辺りはしっかり割り切っているのだろう。
そうそうできることではないな、とルーヴは感心する。
「傭兵をしてれば、見知った顔を毒殺しなきゃいけないこともあるしね、時々民間の人にはそんなのおかしいって言われたりするけど……でもこれが傭兵だから」
「そういう割り切り……いいな、あたしも見習うとしよう」
年若いプラケンタに出来るのだ、ならば年上の自分に出来ない道理はない。
とはいえ、戦争で相対しかねない友人などまず思いつかないのだが。
便利な言葉、それはそれこれはこれ、というやつだ。
「お嬢、武器の手入れ完了いたしました!」
「ああ、分かった!」
ルージュ狩猟隊に声をかけられ、ルーヴは振り向きながら返事をする。
思えば狩猟隊やルーヴも、狩りで培った技術を戦争へ転用したプロフェッショナルと言えるのかもしれない。
もっとも、ルージュ村の者達からすればブラエド人には思い入れなどないので、内心は普段の狩猟と変わらないだろう
……いや、むしろ日頃の蔑視やブラエドから流れた山賊による人的被害、そして無人とは言え村を焼かれたのだ、恨みがあるくらいなのだが。
一応ウェアウルフとて、あまりに凶暴な相手なら野生動物に負けることもある。
なので恨み有る相手への狩猟行為というのは初めてのことではない、ブラエドとの戦争における心境はだいたいその時と似た感じだろう。
「さて、準備が出来たようだ……行ってくる」
「うん、ご武運を!」
今回、ルーヴは先発部隊だ。
ブラエドの作戦展開スケジュールが明日という曖昧な時間でしか分からない関係上、先発部隊は交代を繰り返して徹夜で相手を待つことになる。
「よろしく頼む、ラクエウス」
「ええ、望むところですわ!」
「はは、大声出しすぎちゃダメッスよ?」
「うるさ……」
賑やかに会話をするルーヴ、ラクエウス、ガットネーロ、そして辟易するクルテル。
この面子が先発部隊だ。
役割としては、まずはクルテルが船を霧で迷わせる。
そしてラクエウスはサーペンタインより派遣された魔術師部隊と共にトラップを起動、こうして船の轟沈を狙い、潰しきれなかったとしても動きを阻害。
そうして海に投げ出された者や飛行型の魔物に乗る者を、ガットネーロ及び猫又之国から派遣されたシライ弓術隊が狙撃して一人一人殺す。
余裕があれば、火矢で船を燃やすのも忘れない。
その間、ルーヴ達は攻撃を掻い潜って上陸する者や、件の伏兵を警戒して他の者が役割に集中できるようにする。
それが先発部隊の役目であり、後詰め部隊はその後に敵が残っていれば攻撃、残っていなければ事後処理を引き受ける形だ。
「人間を食えるのが楽しみだな!」
「ねー、凄く楽しみ!」
「お前ら、もっと気を引き締めろよ?」
浮かれる部下達を諫めるルーヴ。
そんな彼女へと部下は勢いよく敬礼する。
本当に分かっているのかね……と呟きつつ、ルーヴは息を吐いた。
「悪いなラクエウス、人間の隣で食人の話をして」
「問題ありませんわ、わたくし言ったでしょう? 道ばたの虫を食べて食いつないだと……あれは隠喩ですの、戦争の時代で道に転がっていた、沢山の……ね」
「ああ、なるほど……」
ラクエウスの言葉に、ルーヴは色々察して息を吐く。
確かに虫程度の栄養で生を繋ぐなど難しいだろう。
何はともあれ、数少ない人間であるラクエウスもその手の行為には抵抗がないらしい。
もしかしたら、傭兵としてのプロの割り切りも入っているのだろうか。
しかしこれで、どんな戦術を採ろうとも士気は下がらないと分かった。
ならばここからは戦場、どんな手でも使って勝利を掴むのみ。
そう考え、ルーヴは自らの両頬をパンと叩くのだった。
「お、お母さん……お母さぁん……!!」
「どう、クリムちゃん……?」
「ああ、既にこの者は事切れている……反省しきれなかったのだろうな、だが……しっかり反省すれば、お前達には抗体が効くだろう」
数分後、北の海では……。
海賊との接触を図ったクリムゾンフレアの腕の中に、首魁の妻である女海賊の死体が抱えられている。
一人くらい毒の進行を早めて、病が死病であると認識させる。
また、その際死ぬ者はトップに近く影響力を持つ者が良い……。
その判断から、この女海賊を殺したのだ。
「そ、そんな……俺達はどうすれば良い……」
「言ったろう、今までの行いを心から反省し、二度としない、出頭すると口だけではなくしっかり誓うのだ……そうすれば、抗体が作用する」
クリムゾンフレアの言葉を聞き、とぼとぼと自室へ戻っていく海賊。
毒は効いてきている、誰一人としてこれが仕組まれた病などとは気付いていないようだ。
ピーヌスは、顔つきこそ病原菌治癒のため真剣に尽力していると言った風だが……内心は毒使いのプロフェッショナルとして誇らしげでもある。
「この女性の死体を埋めたいのだけれど、場所はある?」
「ああ……基地の裏手に……」
「そう、しっかり毎日お参りしてあげてね、それで……今まで命を奪ってきたこと、その重さを噛みしめて、いいわね」
墓参りを促しながら、ピーヌスは女海賊の死体を運んでいく。
その背中を見守る海賊達は、彼女が笑みを浮かべていることなど決して気付かなかった。
毒魔法の使い手としてのプロ精神もあるが……同時に、毒龍となったことで毒に苦しむ者を見ると本能的に興奮して喜んでしまうのだ。
「ピーヌス、笑みが漏れているぞ」
「……あら、ごめんなさい」
指摘され、ピーヌスは表情を整える。
謀略に関してはプロではないが、やる以上完璧にこなさなければいけない。
そう考えて気を引き締めるピーヌスの隣で、クリムゾンフレアも気を引き締める。
毒で苦しめて反省を促す……力ずくの手段だが、とても時間がかかる手段……。
ここまでしたのだ、結局殺すなんていうことにはならないよう、しっかり反省して貰う必要がある。
だが、海賊もまた略奪と責任転嫁のプロと言える存在……。
それを反省させるのは、本当に一週間で出来るのだろうか。
若干不安はあるが……しかし、やると決めた以上やるしかあるまい。
(お前達の命は我らが握っている……だが、それを握り潰すか返すかは、お前達次第だ……しっかり反省しろよ)
祈りにも似た言葉と共に、クリムゾンフレアは穴を掘る。
そして……中に入れた女海賊の死体に、土を被せるのだった。
さて、北の海でそのような作戦が行われている頃……。
南の海では、ルーヴが座ったまま鼻をひくつかせていた。
まだ、自分達以外に感じるのは潮の香りだけだ。
だが……船が来れば木の香りや人の臭いが混じるのだろう。
魔物を使うと言っていたので、改造された動物の不自然な臭いもするかもしれない。
そして、戦いが始まれば血の臭いもそこに加わる。
この静かで穏やかな香りが害されるのはいただけないが……。
だが、いざ戦いになればそんなことは言っていられないだろう。
今はまだ始まっていないから……こんな事を考える余裕があると言える。
「交代ッスよ」
「ん……ああ」
ガットネーロに声をかけられ、ルーヴは考え事をやめる。
しかし、立ち上がるより早くガットネーロが隣に座ったので、なんとなく立ち上がらなかった。
「静かッスねえ……」
「そうだな……」
二人、目を細めながら海を眺める。
星光を反射する黒い海は、穏やかで美しい。
これより戦乱が始まるなど、信じられない静けさだ。
「……」
「……」
なんとなく、二人は見つめ合う。
本当になんとなくで、これといったきっかけもない。
だが……きっかけはなくとも、不思議なドキドキはあった。
(この時間が……)
(ずっと続けば、いいのにな……)
今は考えていることが同じだ、そう信じながら二人はなおも見つめ合う。
だが……ルーヴは鼻を動かすと、ハッとなって立ち上がった。
「敵襲!!!!」
響き渡る声、それを聞きクリムゾニア軍が集結する。
そんな中、ガットネーロは舌打ちをしながら海を見ていた。
今の時間を嬉しく思った矢先にこれでは……苛立つのも当然というもの。
一人も生かしてなるものか、そう考えながらガットネーロは弓を用意するのだった。
(さあ……狩りの時間だ)
今ここに……ブラエド軍とクリムゾニア軍、最初の交戦が始まろうとしている。
そのピリピリとした緊張を毛並みに感じながら、ルーヴはゆっくり深呼吸をした。
この戦いの成否は戦況に多くの影響を及ぼす。
責任重大の戦いだ……。
決して失敗するわけにはいかない。
だからこそ緊張をせず事を済ませるため……もう一度、ルーヴは深呼吸をし、心を落ち着かせるのだった。




