第四十八話 哀悼の笑顔
大陸北部の更に北、北大陸と呼ばれる地に伝わるおとぎ話。
海賊とドラゴン。
昔々……大陸北部と北大陸の間にある海、北海では海賊が暴れ回っていました。
手の付けられない暴れ者である彼らに人々は辟易していましたが、力が強い彼らを止める術を人は持ちません。
為す術もなく虐げられ、食い散らかされ、奪われ、苦しめられていました。
そんな人々を見かねた神々は、ある日彼らに天罰を下します。
いつものように航海をし、次はどこを襲おうかと考えていた彼らの上を、突如覆う黒雲……。
そこから降った雨は、彼らへの裁きでした。
雨を浴びた海賊は、体調を次々と崩したのです。
霧も出てきて気味が悪くなった彼らは、一路本拠地へ……。
ですが、そこでもまた病が流行。
彼らは一気に全滅の危機に瀕したのです。
死を間近に控え、船でどこかへ助けを求めに行くことも出来ない。
いえ、求めたところで誰も力を貸してなどくれないでしょう。
そんな状況で海賊は、命を失いたくないと願い……我が身かわいさに涙しました。
理由はどうあれ、その切なる祈りに哀れみを感じた神様は……やがて、二人の龍人を遣わせたといいます。
黒い龍と紫の龍、その二人は海賊にこう伝えました。
「私達は毒の抗体を提供できる」
「しかしそれは、貴君らが心から真摯に反省し、罪を償うと誓わなければ作用しないものだ」
こうして、龍に介抱される不思議な生活が始まったとされています。
ですが海賊達も伊達や酔狂で無法者をしているわけではありません。
長年の間に染みついた被害者面は彼らに、貧富差に苦しめられ搾取された自分達には、殴り返してこない相手や殴り返してきても大した怪我にならない相手を苦しめ、彼らから略奪する権利があるという錯覚を与えていたのです。
そう易々と非を認められない彼らに、抗体はあまり効きません。
そして彼らは驚くほどの早さで日に日に身を蝕まれ……死を寸前に迎えたその時です。
彼らはようやく、反省することが出来ました。
罪を悔やみ、苦しめてきた全てへと謝罪をすると誓い……。
それを期に抗体は全身を癒やし、彼らは救われました。
そして、龍に連れられて北大陸の役人に出頭したのです……。
この物語は、人の反省を促すために創作された寓話であるとされているのですが……。
同時に、この話と符合する出来事なども記録されており、後世では実際に起きた出来事であるともされています。
自分達のマッチポンプ作戦が、そんな逸話になるとはいざ知らず……作戦を進めるクリムゾンフレア達。
一方、北部の大地では大規模な山賊討伐が行われていた。
「斬り甲斐がないな」
「何……!?」
挑発的なワルトに、山賊長がいきり立つ。
今にも斧を振りかざさんといった様子だ。
しかし、ワルトは表情一つ変えずに眼鏡を整える。
「お前は決定的な負けに気付いていない……斧を振り下ろす事すらできないだろう」
「言ったな……! 後悔しやがれ!」
叫びながら、山賊長は斧を振り上げようとする。
しかし……腰に帯びていたはずの斧はどこにもない。
何故……そう思っていると、背後から自分の物であるはずの斧が振り下ろされた。
「ワルトさん、注意を惹いてくれてありがとうございます」
「ふ……極められた盗みの技はまさに芸術……気配を消して気付かれずに武器を取る様、見事だったぞ」
斧を引き抜いて返り血を浴びるルーチェに、ワルトは笑みを向ける。
しかし同時に一つ疑問もあった。
「しかし良いのか、山賊同士……共感をする事もあるだろう」
「いえ……レパードおじさん以外に北部で関わりのある山賊はいないですし、それに私はワルトさんの味方……ワルトさんのためなら誰だって殺しますよ」
あっけらかんと言い放ち、斧を他の山賊へ投げつけるルーチェ。
こういう割り切りは、流石の元山賊だろう。
そう思いながらワルトは背後の山賊に剣を振るった。
二人の姿はさながら光、戦場を駆け抜けて敵を切り裂く赤い光。
北部傭兵団すらクリムゾニア軍に預け、二人で良いと別行動を取るのも分かる強さだ。
とはいえ、ルーチェは気配を消すことと不意打ちに長けているだけで個人ではそこまで強くない。
飽くまで、ワルトとの噛み合わせの良さが彼女をここまで強くしているのだ。
そんな彼らを見ながら、一人の男が息を呑む。
部隊と別行動をとった後、エアフォルシェンで合流したリオンだ。
彼は、まだ正式な協力関係ではないものの、山賊退治なら他人事ではないため協力するとついてきたのだが……。
まあ、見事に彼らの動きについていけないようだ。
「流石……衰えがないですねズワールトさん」
「そういうお前は、スピードをもう少し鍛えるべきだな」
盾を地面に刺し、苦笑して頬を掻くリオン。
こうも二人が突出すると、守備役であるリオンにはする事がないのだ。
長盾で攻撃をいなし、隙を見つけて敵を斬る。
そのオーソドックスな攻防一体型の戦術こそがリオンの得意とするもの。
一方でズワールトは速さを信条とする疾風怒濤の剣豪、ルーチェもまた身軽さと気配を消しての行動を主とするシーフ。
基本的にヒットアンドアウェイではなく、敵陣に切り込んでとにかく引っかき回すのがメインとなる役割。
見事に噛み合わないのだ。
「しかし……印象は変わるものだな」
「そうですか?」
「へえ……私、リオンさんは初めてなんで、ちょっと気になります」
ルーチェにじっと見つめられ、リオンは思わず苦笑する。
すると……ワルトは「それだ」と頬を指さした。
「笑顔が増えたというより……殆ど笑顔しかなくなった、無理はしていないか? あんな事があったから仕方ないとは思うが……」
「ああ、なるほど……でも大丈夫です、無理はしていませんよ」
ワルトの言葉を受け止め、リオンはにっこりと笑みを浮かべる。
穏やかで朗らかな笑み、まさしく好青年といった見た目だ。
これで眼帯でなければもっと女性受けもいいのだろう。
「辛いことも多いですけど……それでも世界は素敵なことに満ちあふれていますから、それを見るとき泣き濡れてぼやけ、よく見えない……じゃ世界をもう見ることもできない人に失礼だと思ったんです」
「世界をもう見ることもできない人……」
「だからせめて、その分も笑顔でいようと」
喪った命への哀悼。
それが彼に笑顔を作る。
その思いはワルト達にも分かるものだろう。
父や民への哀悼から剣を極めたワルト。
父への哀悼から父だった者を殺めたルーチェ。
死者への哀悼は、ここにいる全員に共通するものだ。
そして、ここにいないクリムゾンフレアやピーヌスにも……。
しかしそれは、ここにいる誰も知らない。
「そういえば……クリムゾンフレアさんは、お二人から見てどのような方ですか?」
「甘えがある」
「偽善者」
即答で切って捨てる二人に、リオンは思わず苦笑してしまう。
そこまで付き合いがあるわけではない二人に聞いたのは間違いかも……と少し思った。
「極力殺めたくない……と言いながら、事実上の殺人である洗脳を行う偽善者ですよ」
「善悪の真贋は分からないが……殺めたくないという気持ちに甘えがあるのは確かだ、しかしそれは人間らしいとも言え……同時に青臭さでもある、若いな」
26歳のワルトが若いと言うのだ。
リオンは龍の年齢に詳しくなどないが、実際に若いのだろうなと感じた。
26歳のワルトがそう感じるのだから、28歳のリオンが深く触れたらより一層若さを覚えるのかも知れない。
その時、若さを煩わしく感じるのか……それとも力と感じるのかはまだ分からないこと。
リオンは少し、彼女の色々な面を見てみたいと思った。
「ただ……若く甘えはあるが、ブラエドを討ち滅びを防ぐという気持ちは本物だと感じたな、洗脳を使うというのも手段を選ばない覚悟の表れと言える」
「滅び……その話もどこまで本当か分かりませんけど、予言者で有名なサーペンタインのウロボロス様と組んでるといっても、示し合わせて嘘をついてる可能性もありますし」
青臭さ、若さ、甘え、本気、覚悟、滅び。
すっかり話し込む三人……。
その後ろで、山賊の一人がむくりと起き上がる。
どうやら死んだふりをしているだけの生き残りがいたようだ。
彼は剣を手に取ると無言で走り出すが……。
リオンはその攻撃をあっさりと盾でそらし、山賊の胸を一突きした。
「いずれにせよ……今後次第ということですね」
「そうだ……まあ、嘘があればオレが斬る」
「……そうなったら、少し嬉しいかも知れませんね」
山賊から引き抜いた剣を振り、血を払うリオン。
その隣でワルトは腕を組む。
クリムゾンフレアの行動には賛否あるが、今のところリオンは賛側だ。
今まで北部には戦力や連携が足りず、山賊に手をこまねいてきた。
ワルトも実力者でありながら、斬り甲斐のある獲物と故郷を荒らす者以外への興味が薄く、山賊は近寄らない限り放置していた……だが今はどうだろう。
そんなワルトが、自ら山賊を斬りに行っている。
しかも北部各地の連携を高めたり、ヒルンドーが引きこもる原因である海賊を対処しに行ったりと良いことずくめだ。
しかし、ルーチェが否定的な感情を抱くだけの面というのも当然あるのだろう。
これから自分がどちらへ傾くのかはまだ分からない。
だが……今は賛の感情を抱いている以上、このままでいさせて欲しいとリオンは考えた。
(だって……裏切られるのは嫌ですもんね、ねえ……リンダ)
信じた都会に裏切られた妹を思い浮かべ、リオンは目を細める。
そして……彼はゆっくりと、剣を鞘にしまうのだった。




