第四話 魂と肉体
ウェアウルフの村……ルージュ村に向かうクリムとピーヌス。
しかし、その途中で二人は思いも寄らぬ人影を目にした。
「あら……ルーちゃんじゃない」
「ん、ああ、早速来ていたのか、ちょうど良かった」
四足歩行で爆走していたルーヴは、二足歩行になるとゆっくり歩み寄る。
そして、軽く手や腕の毛並みを繕うと、南への道を指さした。
「ルージュ村への道を教えていなかったからな、二人に道を教えに来たんだ」
「そっか、そういえば森の奥深くだものね」
街路の先に見える森は、鬱蒼と生い茂っていてとてもではないが奥は見えない。
森の中は日中でも夜のように暗く、木々が日光を遮っているようだ。
「この森は常に木が日光を遮っているから、ウェアウルフにとって重要な存在である月の魔力が逃げないんだ、だが同時にそのせいで道に迷いやすい」
「土地勘がない限りは……ということね」
「ああ、あとは鼻が利くのも重要だな、匂いを辿れば目印の少ない森でも迷わずに済む」
確かに、鼻が利いて方向が分かるというのは森において大きな強みになるだろう。
森林においてウェアウルフほど頼れる種族も滅多にいまい。
「早速進もう……ん? いや、ちょっと待って欲しい」
「どうかしましたか?」
「……この臭いは雨が来るな、空気が湿っている」
そう言いながら、ルーヴは鼻をひくつかせる。
そして困った様子で顔をしかめた。
どうやら雨が降ると厄介らしい。
「雨が降ると嗅覚が阻害されてしまう、しょうがない……森の傍の洞窟で休もう、知人がいるんだ」
「洞窟暮らしの知人? それはまた変わった……ウェアウルフなの?」
「いや、人間だよ、ここで遺失技術の研究をしているんだ」
「……?」
遺失技術、耳慣れない言葉にクリムは首をかしげる。
クリムゾンフレアの旅路では聞かなかった言葉だ。
「遺失技術は簡単に言えば、魔法文明ができる前に存在してたっていう古代文明……その遺産の事ね、今は失われた技術ってこと」
「この洞窟にいる奴は、それを研究してるんだ」
「こだいぶんめい……」
なんともロマンのある響きに、クリムは内心で胸を躍らせる。
こういうところは14歳らしい面と言えるだろう。
「マキャベル! 入るぞ! 友人と一緒だ!」
「はーいよ、ルーヴくんおいでー」
ルーヴが洞窟に作られたドアをノックすると、中から少し間延びした声が聞こえてくる。
20代くらいの女性の声だ。
どんな人物なのか想像しながら、クリムは天井に気をつけて中に入る。
そんな彼女を出迎えたのは……結い上げた金髪に眼帯の女性だ。
「やーやーこんにちは、わたしはリンダ・マキャベル、24歳! ここを根城にしてる科学者だよー、君はなんて名前なのかな、ドラゴンくんと人間くん」
「あ、ええと、クリムゾンフレアです」
「ピーヌス・ウェネーヌムよ、よろしくお願いね」
挨拶がてら、三人にハグをしていくマキャベル。
中々にフレンドリーな女性だ。
白いローブも相まって、変わり者の学者といった雰囲気がある。
「でー、どうしてここに来たのかなー?」
「雨が来るんだ、この状況で森に入るのは避けたいからな」
「なるほどなるほどー、OK!」
サムズアップし、マキャベルは奥に向かっていく。
どうやら、奥に有る机には作業中の遺失技術品が載っているらしい。
しかし、クリムにはその見た目に覚えがあった。
(あれ、銃……?)
「相変わらず……その弾が出る筒を研究してるのか」
「そうそ、こういう古代技術を現代の技術で再現できたらいいなあってねー」
銃、ファンタジックな世界としては異質な存在。
明らかに劣化してガタガタになっているが……その見た目は間違いなく銃だ。
「へえ、初めて見たわ……こういうの魔法銃とはシステムが根本から違うのよね?」
「だよー、だから上手く解明できれば魔法を使えなくても弾が飛ばせるのさー上手くいけば狩猟の革命だねえ」
「その研究を進めたせいで異端扱いされたんだろう、なのによくやる」
和気藹々と話すマキャベル達。
しかし、一方でクリムはクリムゾンフレアの旅路で見たことがない、明らかに異質なものに息を呑んでいた。
(でも……そうだよね、元々シャングリラ・オンラインは把握しきれないくらいの自由度がある世界なんだから、私が知らないものが有っただけか)
銃を覗き込みながら、クリムはそう考えて落ち着きを取り戻す。
自分の見てきた世界だけを基準にしてものを考えるのは悪い癖だ。
病院の外に出て、自分の知る世界は狭いと改めて自覚したはずなのに。
クリムゾンフレアの旅路こそがこの世界の全てだと思い込んでしまった。
そんな自分を恥じながら、クリムは息を吐く。
(世界には未知のものが多いんだから、いっぱい知っていかないとね)
「マキャベルさんはどんなところの生まれなんですか?」
「わたしー? わたしは、山間の宿場町に生まれたんだー、でも学者の家系だからあそこは退屈でさー」
曰く、マキャベルの両親は静かに研究できる場所を求めて山間に移り住んだらしい。
しかし山間は好奇心旺盛なマキャベルには静かすぎた。
結果、独り立ちをした彼女は都会に出て研究を始めるも……都会では彼女の研究は異端扱いされ、どこ吹く風と研究を続けていたがとうとう魔女狩りに発展して逃げたという。
「魔女狩り、ですか……」
「愚かだよねー、魔法なんて使えないのにー」
ケタケタと笑いながら、マキャベルは銃の再現品と思しきものを手に取り、壁に向ける。
だが弾は出なかった。
「んー、ダメだなあ……何が足りないんだろ」
「お前も気が長いな、いつまでやるんだ?」
「成功するまで! まだまだ諦めないよー」
間延びした雰囲気の口調だが、その心中には不撓不屈の精神が宿っている。
そう感じさせる輝きを、マキャベルの瞳は持っているようだ。
(凄いなあ……私も見習おう)
この先もし失敗しても責められても、成功するまで諦めない気持ち。
それを持ち続けるのはきっと一筋縄ではいかないことなのだろうが。
人にできるのだ、なら自分もきっとできる。
そう信じながらクリムは拳を握りしめるのだった。
「ん……雨音がしなくなったな」
大きな耳を傾け、ルーヴが外の様子をうかがう。
ドアを開くと、外からは眩しい日の光が飛び込んできた。
「ん、行っちゃうのー?」
「ああ、また今度来る」
「はいよー、ばいばーい」
手を振るマキャベルに手を振り返し、3人は歩き出す。
暗い洞窟から外に出て、日の光の下を歩き、暗い森に入る……。
あまり目に優しくない流れだが、文句も言っていられない。
「よし、雨がやんで村の匂いがたどれるな……こっちだ」
先導し、先へ先へと進んでいくルーヴ。
足取りは速くとても順調だ。
「ねえ、村ってどんな感じなの?」
「どんな感じ、か……まず普段は狩猟を行う、手に入れた動物を解体して肉を食い、夜が来ればたき火を囲んで一日の喜びへの感謝と明日の豊穣の祈願を月に行う、それが日課かな」
狩猟で得た獲物は、その日に食べる分や保存食にする分などをとりわけ、皮は狩猟に出ない者がなめして狩猟者の鎧にする。
骨もまた、工芸品や装飾品を作るのに使い、擬態魔法が得意な者が人間に化けて交易品として取り引きを行う。
総じて言えるのは、狩猟と月への信仰が主となる文化ということだ。
「なんか、楽しそうな文化ですね」
「ああ、実際陽気な文化だよ、さて……着いたぞ」
それまで空を覆い尽くしていた森が、ぱっと開ける。
そして木造建築が並ぶ小さな村があらわれた。
どうやらここがルージュ村らしい。
「なるほどね、森で蓄えられた月の魔力がここに流れ込むようになってる……言うなればここは、地下に溜まった温泉が噴き出る場所のようなものってことか」
「その例えはよく分からないが、月の魔力は確かにここに流れ込むな」
仲良く話す二人の隣で、クリムは森の清浄な空気と初めて見る村に興奮している。
川沿いにある石造りの街を見るのと森にある木造建築の村を見るのでは、また違うのだ。
(凄い、確かにこれは良い匂いだなあ……)
息を吸い、肺の中に綺麗な空気をため込む。
そうしていると、ウェアウルフの子供達が寄ってきた。
みな一様に、ルーヴと同じく全身を毛で覆われた獣人だ。
当然なのだろうが、人に擬態している者はいない。
「わー、おっきい、だれだれー?」
「ルーヴお姉ちゃんのお友達?」
「ああ、そうだ、父がもう話してると思うが、お姉ちゃんの恩人だよ」
恩人、改めてそう言われると照れくさくなる。
そう感じながら、奥へ進むルーヴについていく二人。
すると……村の最奥にひときわ大きな木造建築が見えてきた。
「あれが村長邸、父とあたしの家だ」
「おっきい……」
縦の大きさで言えば宿以上、クリムが頭を下げずに入れる家。
そのインパクトにクリムは気圧される。
大きな体格を持つ龍人が大きな家に気圧されるというのは珍妙な絵面だが、仕方が無いだろう。
病院の窓から見ていたビルよりも、自分が過ごしていた病院よりも小さいが……それでも、実際に前に立って見つめるというのはインパクトが違った。
「父よ、改めて帰ったぞ!」
「おお、お帰りルーヴ、恩人の皆様も……よく来てくださいました」
三人を出迎えたのは、腰の曲がった老ウェアウルフだ。
好々爺、といった雰囲気が全体的に漂っている。
「ルーヴは妻の忘れ形見、命を落とせば悲しみに暮れたことでしょう……本当にありがとうございます」
「……忘れ形見……それは本当に良かった」
悲しみに暮れる……無かったことになった未来だが、クリムは実際にその光景を知っている。
回避できて良かった……今はそう思うばかりだ。
「こちらこそルーヴさんを救えて良かったです」
「それにこちらもルーちゃんのおかげで山賊の元に気付かれずに向かえましたから、助けただけじゃありません、助けられましたよ」
「そうでしたか、娘もお役に立てたなら何よりです」
満足げに笑い、娘の活躍を思い浮かべる村長。
とても穏やかな光景だ。
しかし、村長はふと顔つきが変わるとクリムをじっと見つめた。
「して……お二人のお名前は?」
「あ、はい、私はクリムゾンフレアです」
「私はピーヌス・ウェネーヌム、って言います」
ほう、と呟きながら頷く村長。
クリムに対して興味がある様子だが、それに二人は気付いていない。
「ご年齢はおいくつですかな?」
「え、えっと、人間で言うと14歳です」
「私は18です」
年齢を尋ね、何かを察したのか村長は深々と頷く。
だが何も言わず、元の様子へと戻った。
「では……酒宴にてお二人を歓迎いたしましょう」
「ありがとうございます、ところでこちらの報奨金なのですが、ルーちゃんも活躍されたのでルージュ村にも分配をしたく……」
当初の目的を果たすべく、報奨金を手渡すピーヌス。
その後ろで少し手持ち無沙汰にしていると、ふとルーヴがクリムを小突いた。
「……?」
「そういえば……二人はここを出たらどうするんだ?」
「え、特には決めてませんけど……」
特には決めていない、そう伝えるとルーヴは「分かった」と言って腕を組む。
何かを考えているようだが、その心中は推し量れない。
気にはなるが、こればかりは本人が言ってくれないと分からないだろう。
「おお、これは有り難い……ではこのお金で新鮮な食材を買って、明日酒宴を行うとしましょう」
「ありがとうございます、村長さん」
どうやらピーヌス達の話も終わったらしい。
明日は酒宴……酒は飲まないつもりだが、料理はとても楽しみだ。
そう考えながら、クリムは心を躍らせるのだった。
その夜……。
(よし、誰もいない……)
クリムは今夜も一人、夜の特訓をしていた。
見られたら恥ずかしい……などと考えてしまうのは、14歳ゆえの自尊心だろう。
しかし、それはさておいて特訓するというのは良いことだ。
そう考えているのは……クリムとピーヌスだけではないらしい。
「精が出ますな、とてもよろしい」
「!? 村長さん!」
いつの間にか後ろにいた村長に声をかけられ、クリムは驚いてしまう。
そんなクリムに、村長は軽く一礼すると隣に並んだ。
「あなたはとても変わったお方だ」
「……」
「龍の身でありながら生まれ持ったはずの力を使いこなせず、精神も龍らしくない、しかし体は確かに龍だ」
村長の瞳は、まるでクリムの中を見透かしているかのようで……思わず目を逸らしてしまう。
しかし、村長はその瞳をクリムへと向けたままだ。
「あなたは……実は、魂だけ人間なのではありませんかな?」
「……! 何故、それを……」
「年齢です、あなたは自身を人間換算で14歳と言いました、ですがそれならもっと幼い子供の龍のはずですからな」
龍における1000歳は人間でいう20歳ほど、クリムの見た目はそれくらいなのだと村長は言う。
クリムは自分が年齢を正直に言ってしまったことを、少し後悔した。
もちろんバレたからなんだという話ではあるのだが。
それでもだ、どこか後ろめたいことを隠していたような気分になってしまう。
「どうやら力が上手く扱えないとお悩みのようですが……それもそうでしょう、あなたはまだ魂と肉体が一致していない」
「魂と、肉体が……」
魂と肉体の不一致。
それは確かに有って当然だろう。
クリムはクリムで、クリムゾンフレアはクリムゾンフレアなのだから。
「しかし、案ずることはありません、あなたがどのような経緯で龍の肉体に入った……もしくは肉体が龍になったのかは知りませんが、魂と肉体の相互作用というものがあります」
「相互、作用……?」
「肉体は魂の入れ物、魂は肉体の中身、この二つはどちらかだけで存在できるものではありません、だから互いに干渉しあい最適化していくのです、ですからあなたは肉体の特訓よりも、最適化の為の瞑想を行うべきかもしれません」
魂と肉体の最適化。
そう言うと村長は腰を叩く。
「私もかつては勇敢な戦士でしたが、腰が曲がってからは丸くなりまして……そういった風に肉体に合わせて魂が変化するか、はたまた逆に肉体が魂に近くなるか……」
「それが、最適化……相互作用……」
自分自身の人格が、いずれクリムゾンフレアのようになるか……もしくは、クリムゾンフレアの肉体がより人型に近くなるか。
二つに一つのアンバランスな状態、それが今のクリム。
そう言われると不安になりそうだが……だが、不思議と恐れはない。
むしろそれが自然に思えるのは、やはり魂が村長の言うことを理解しているからだろうか。
「あなたの気の持ちようで、どちらに寄るかが変わることでしょう、ゆっくりお考えください……人を除き龍を取るか、龍を除き人を取るか……」
「はい、ありがとうございます……」
龍の肉体、人の魂魄、そんな不安定な状態はいずれ終わる。
その時が来たら、自分はどうなるのだろうか。
恐れはなかった、だが……考えれば考えるほど、答えは出ない。
自分がどちらを望むべきなのか、自分はどう生きていくべきなのか。
何も、まだ何も見いだせなかった。
「……では、私はお先に失礼いたします」
「あ、はい、おやすみなさい」
お辞儀をし、考え込むクリム。
そんな彼女を尻目に村長は歩いて行く。
そして……。
「紅き龍の帝……果たして、今が預言の時なのか……」
小さく呟きながら、ゆっくりと部屋へ戻っていった。




