第四十六話 拷問と温情
「では……ソラ、後は任せたぞ、私と陛下は国へ帰る」
「ええ、お任せッスよ」
前日話していたとおり、シライ大臣とカシャは本国へ帰ることとなった。
ガットネーロ達はそれを見送ることとなったのだが……。
しかし、ルーヴには一つ気になることがあった。
「あっ、シライ大臣」
「ん……? どうした」
ついシライを呼び止めてしまい、ルーヴは「あっ」と声を漏らす。
そして少し躊躇った後……彼を隅っこまで引っ張った。
「実は、個人的な質問が……」
「個人的な質問?」
そう、ルーヴはどうしても気になっていたのだ。
ガットネーロに聞いていた話とシライの態度の齟齬が。
だから今というチャンスを逃したくなかった。
「ガットネーロは、あなたに愛されていないと言っていた、家に部屋すら用意されていないと……だが実際のあなたは、むしろ過保護に見える」
「ふむ……」
「彼女の義姉をさせていただいている身として、これはハッキリ聞いておきたかった」
ルーヴの問いに、シライは話すべきかどうかと躊躇いを見せる。
しかし、意を決したかのように目を閉じると、小さく息を吐いた。
やむを得ない、とでもいった顔だ。
「私は……ソラを引き取った身、当然ソラは大事に思っている」
「なら何故……」
「だがソラは飽くまでトコロザワの子だ、彼女は身勝手だがソラを愛しているのも事実、私は彼女の愛をソラが受け入れた時に、いつでもあの家に帰れるようにしなくてはならないと……シライ家が帰る場所になってはならないと、宮城住みで働かせることにした」
断腸の思いだったのだろう、シライの表情は渋い。
そんな彼を見て……ルーヴは息を吐いた。
「あなたは不器用だな、トコロザワさんもだ、どいつもこいつも不器用で仕方がない」
「何、私はこれでも手芸が得意だぞ」
「そういう意味じゃない、ガットネーロも生き方が不器用だし……不器用揃いだな」
腕を組み、息を吐くルーヴ。
その様子にシライは何も言えないようだ。
そんなシライにルーヴは詰め寄る。
「だがな、あたしは不器用じゃない」
「む……言うじゃないか」
「実際不器用じゃないからな、だからルージュ村再建の暁にはガットネーロを貰っていくつもりだ」
貰っていく、その言葉にシライは大きく動揺する。
そして……口を半開きにした状態で目を数度瞬かせた。
「貰っていく……嫁にか!」
「え、いや、妹として」
「ええい、いやしかし私は飽くまで養父であり……と、とりあえずトコロザワにはしっかり挨拶をするのだぞ!」
うろたえながら、話を聞かずに去って行くシライ。
その背に手を伸ばし、呆然とするルーヴ。
そして彼女は「やっぱり不器用じゃないか」と呟くのだった。
そんなルーヴを、誰かが物陰から見ている。
……ガットネーロだ。
「……ばーか、ほんと……どいつもこいつもバカ」
呆れ気味に、しかし笑いながらガットネーロは呟く。
これはいつも通りの表面的な笑顔なのだろうか。
もしかすると、心の底からの笑顔かもしれない。
いずれにせよ、それが分かるのはガットネーロだけなのだろう……。
そんな笑顔はいざ知らず、内心焦りながら本国へ帰還するシライ。
それと入れ違いで、ラクエウスが帰ってきた。
「海へのトラップ作り、完了いたしましたわ!」
「わあ、お疲れ様ラクエウスちゃん、一緒にお昼ご飯にしよう!」
海から帰ってきたラクエウス。
トラップを設置したと言っているが、濡れた様子は全くない。
それもそのはず、彼女が設置したトラップは物理的なものではなく魔術によるもの。
それ故に、水中に入る必要がないのだ。
「ねえねえ、今回はどんなのを設置したの?」
「おーっほっほっほ!!! よくぞ聞いてくださいました! 今回は!」
ハイテンションで罠について語るラクエウス。
そんな彼女に対してプラケンタは菓子を用意しながら嬉々として話を聞いている。
なんとも微笑ましい光景だ。
「そういえば、二人は幼馴染みだったか?」
「そだよー、あ、ルーヴさんも食べる?」
「あたしは良い、今はお腹がいっぱいだ」
隅っこで呆然とするのをやめ、二人に歩み寄るルーヴ。
こうして3人で城の食堂へ向かう中……ラクエウスのトラップトークを聞いていた一人のサーペンタイン兵が、何やらブツブツと呟き出す。
どうやら「定例報告」などと言っているらしい。
アラクネ曰く、間諜チームとは別にブラエドには通信魔術師という存在がいるという。
彼らは念により指示の送受信ができるのだ。
潜伏部隊へテルメ村焼き討ちの指示を与えたのもそういった術士だそうな。
「しかし、間諜って恐らく海から来ていたんだろう? 防げれば一安心だな」
「そうでしょう! もっと褒めてくださいまし! で、わたくしの罠は2mごとに……」
ラクエウスの言葉を、一字一句逃さず伝えていく魔術師……。
彼はラクエウスの話が終わるまでそれを繰り返した。
そして、ようやく終わったかと息を吐き、術への集中を終える。
「はい、ご苦労さん」
だが次の瞬間、男は身動き一つ取れなくなった。
それどころか術への集中も出来ない、何一つ自由がないのだ。
何が起きたのか……と考えていると、そんな彼をガットネーロが見下ろした。
「すっげえ、ほんとに効くんスねえ、ラクエウス特製のジャマー」
「んぉーっほっほっほ!!! 当たり前ですわ! だって! わたくし! 大天才!」
大笑いしながら、男を見下すラクエウス。
一方、ガットネーロの手には何やら装置が握られている。
「これは麻痺魔法を応用して阻害魔法と組み合わせた、超絶邪魔魔法……だっけか、それを入れた魔法銃、略してジャマー銃ッスよ」
「放てば! 魔法を行使できる者なら誰でも! 相手が動くことも魔術を使うこともできなくしますのぉーっほっほっほ!!!!」
笑い顔の二人に、男は息を呑む。
そして青い顔で「まさか」と呟いた。
「そッスよ、他の間諜が全員殺された中、まさか本業間諜でもないやつが一人だけ生き残ってるなんて……そんな都合良い話ないでしょ」
「誤情報を流してくれて、感謝いたしますわ」
全ては手の平の上だった。
そう理解した男が震え上がる。
そして……その喉が変な音を上げた。
まるで、イルカの鳴き声のような高音だ。
「あーあー、怯えちゃって……」
「中々に無様ですわね」
「し、死にたくない……」
震え上がる男に対し、ガットネーロが優しく頬を撫でる。
そして顔を覗き込んだ。
「情報を話せるッスかね、今後の作戦とか……色々」
「そ、それは無理だ……故国を裏切るのだけは……」
「え、ごめんごめん、聞こえなかったッス」
「い、いぎゃああああああ!!!」
痛い、そう言葉にするより早くへし折られる親指。
だがガットネーロは顔色一つ変えず、次の指へ手を伸ばす。
そこへプラケンタがやってきた。
「どうしたの二人とも、今日は猫又之国の茶碗蒸しっていう料理とね、あまりの材料で作ったプリン……あれ?」
「ああ、ちょうど良いところに、スプーン借りて良いッスか?」
「え、うん」
スプーンを持ったままやってきたプラケンタに、ガットネーロが手を伸ばす。
その手にスプーンが握られると……男が「まさか」と思うよりも早く、その目にスプーンが向けられた。
「や、やめてくれ!!!」
「アタシ、痛みに疎いんスよねえ、自分は痛みを感じないから……だからやりすぎたらごめんッスよ」
段々と近づけられていくスプーン。
まるで嫌がらせのような、挑発するかのような動きだ。
その動きに男は涙を流す。
「ええ……それは使わないで欲しいなあ、フォークや茶器を洗うの大変だったんだよ?」
「えー、じゃあどうするんスか? よっと……! こうして指を折るのも本数の限度があるんスよ」
「ぎゃあああああ!!!! 痛い、痛い、痛い!!!」
指を折られた痛みに泣き叫ぶ男、しかし自由を奪われた体では悶えることも出来ない。
戦争である以上仕方がない話だが、むごい光景だろう。
「塩を持ってくるから、傷口や目に刷り込んで拷問するとかどうかな」
「おっ、それなんか楽しそうですわね! 遠い国では塩を体にすり込む健康法があるらしいですわよ?」
「いやいや、健康も何もないでしょ、コイツは死ぬんスから」
笑いながら恐ろしいことを話す三人。
そこへ、ルーヴが塩を持ってきた。
どうやらウェアウルフの聴力で話を把握していたらしい。
「ほら、持ってきたぞ」
「お、どもッスどもッス、じゃあ……とりあえず傷でもつけるッスよ」
「あ、あ、ああああっ!!!」
爪を差し込み、内側をえぐられる手。
そこに塩が練り込まれる。
男は何度も思った、もう嫌だ、誰か解放してくれと。
叫び、嘆き、涙を流し。
激痛に気絶しては、無理矢理起こされる。
どうやらラクエウスは治癒魔法も行使可能らしい。
「骨折や失明を即座に治すのは無理ですけど……切り傷を治したり、意識を強制的に回復させるくらいは出来ましてよ! やはり天才! わたくしは! 凄い!」
「んふふ、いやあ確かに有能ッスね、おかげで目覚めを待つ手間も省けるッスよ」
荒い息を吐き、汗と唾液を垂らす男。
その手に再度爪が刺さる。
しかしもう叫びを上げることも出来ないようだ。
「おや……慣れてきたッスかね?」
「なら腕でも食いちぎるか?」
牙をむき出しにして笑うルーヴ。
その鋭い輝きに、男は震え上がる。
あんなので食いちぎられれば、ショック死すらあり得るだろう。
「わ、分かった! 話す! 今後の行軍スケジュールも、全部聞いてることを話す! だからもうやめてくれ!」
懇願し、泣き叫ぶ男。
その顔を見ながらガットネーロは笑みを浮かべた。
「じょ、上陸作戦の予定は明後日だ、東部独立地区……現サーペンタインの南部から上陸する、か、間諜が乗り込んでいるのもそこからだ……」
「ほうほう、それだけッスか?」
「じょ、上陸作戦には船だけじゃなく、飛行型の魔物を使うと聞いた! 船は5隻、大型! あと、隠し球として数名の騎士が海を泳いで上陸し、横から攻める!」
「他に隠していることは?」
「な、ない! お願いだ、助けてくれ!」
泣き叫ぶ男。
そんな彼に、ガットネーロは優しく微笑む。
安堵、男は何よりもそれを感じていた。
だが……。
「ご苦労様ッス」
「が……! あ、う、い……!」
背中に刺されるナイフ。
貫通した刃は臓器を傷つけ、このままでは死ぬだろう。
だがそんなこと気にもとめないと言わんばかりにナイフが引き抜かれ、血があふれ出す。
その痛みを感じながら、男は涙を流した。
「う、嘘を……つい……」
「は? 言ったら生かすって誰が言ったんスか? 言いがかりを付ける奴はこうッス」
「が……! あ、が……たすけ、かあさ……」
容赦なく胸に振り下ろされるナイフ。
そう、実際情報を明かせば生かすなどとは一度たりとも言っていない。
単に死にたくないと言われた後に情報を聞いただけ、生かすなどと……そんなのは男の都合が良い思い込みだ。
クリムゾンフレアのように洗脳が使えるならまだしも、いつ裏切るか分からない相手を生かしておく理由など彼らにはない。
そのようなリスクを背負うくらいなら情報だけ引き出して殺す。
当然の話だ。
容赦のないルーヴは勿論、傭兵としての経験を積んでいるプラケンタやラクエウスも異存は一切ない。
「ま、覚悟が足りてなかったッスね、だから苦しむ」
ナイフを回転させて血を払い、ホルダーにしまいながらガットネーロが笑う。
その声は男には聞こえていない。
もう誰の声もこの男には届かないのだ。
しかしそのことを悲しむものも、気にかけるものもここにはいない。
考えるのは今すぐ作戦会議をせねばということと、死体の処理はどうするかということだけ。
そんな冷たい扱いを受けながら……男の死体も、急速に熱を失っていくのだった。
一方、北部では……。
「さあ……もう少し往きやすい道があるなら、我らを案内してもらおうか」
「はっ……! 陛下!」
クリムゾンフレアは、現地の山賊を案内役として洗脳していた。
今回は脇からの妨害もないので上手くいったようだ。
だが……当然、ルーチェは不機嫌そうにしている。
「まあ、落ち着けよ……生きれるだけまだマシだろ? どうせ山賊は殺すしかないんだ」
「洗脳されて生きるのを、生きるなんて言わないわ、そんなのは実質的な死でしょ、同じじゃない、ただ命を奪わなかったって自己満足がしたいだけだわ」
「ま……そこは個々人の見解ってえ奴か、俺はもう何も言わんよ」
仕えるべき主を見つけた、これからは真っ当に生きられる。
そう言って恍惚とする山賊達。
それに不気味さを感じるのは当然だろう。
しかし死とどちらがマシなのか……これはまだ議論を生みそうだ。
はたして、死んだとしても己の意志を保ち続ける方が良いのか、死ぬくらいなら洗脳されてでも生きた方がマシなのか……。
洗脳とは実質的な死なのか、それとも生の道なのか……譲れない一線は誰にでもある。
「ま、納得がいかなくとも今は耐えな、それが軍属になるってこった」
「……分かったわ」
ようは、縦社会において上の命令は絶対であり、下は黙って従うということだ。
念を押されなくとも、ルーチェ自身元は奴隷や山賊を経ているので分かっているつもりだが。
やはり子供扱いされているということなのだろうか。
「待たせたな、隊列を元に戻して進もうか」
クリムゾンフレアの一言で、隊列が元に戻っていく。
そしてワルトの隣に立つと、クリムゾンフレアの背中をじっと見つめた。
「ワルトさん……私、やっぱりアイツが気に入りません」
「……そうか」
「でも……それを耐えてでも頑張るのが、きっと生きるって事なんですよね……自分の意志で考えて、耐えることを選んで……」
「……そうかもな」
手を握り、二人は歩く。
こうして互いを愛しむことも、また自分の意志だ。
それに心からの誇りを抱くと同時に……やっぱり洗脳なんて嫌いだ、とルーチェは息を吐くのだった。




