第四十五話 愛情色々、女も色々
翌日の朝……宿を出たクリムゾンフレア達は、二人の女性と鉢合わせた。
いや……正確に言うなら待ち構えられていたのだろう。
女性二人のうち、背が高い方……ワルトは腕を組みながら平然と。
背が小さい方……ルーチェは憮然とした表情でクリムゾンフレアを見ている。
「おいおい……どうしたんでぇ、決着でもつける気か……?」
「いや、問いに来た」
問い、そう言うとワルトは剣を抜く。
しかし誰かに向けることはしないようだ。
「問おう、お前は本当にブラエドを滅ぼそうというのか?」
「……無論、その為に我は生まれ、生きている」
ブラエドを滅ぼす、そして世界の滅亡を防ぐ。
それこそが魔龍帝クリムゾンフレアが生まれた理由、生きる意味。
それを違えることは絶対に無い。
この先何があろうとも、それだけは言い切れるだろう。
「本当か? 嘘をつけば斬ると言っても……お前は目を逸らさず、言い切れるか」
問いかけながら、目に触れんばかりに切っ先が近づけられる。
だがクリムゾンフレアはまばたきすらせず、目を離さない。
「何度でも言おう、無論だ」
「……嘘はないか」
「ああ、こいつの本気は俺も証人になっていい、だから俺は傭兵としてじゃあなく、腐った故郷を潰せると信じて臣下になった」
「そうか……ふ、ならば信じてやろう」
ワルトはそう言い、剣を鞘にしまう。
そして静かに腕を組み直した。
「臣従に興味は無いが……傭兵としてならオレの剣も使え、ブラエドには恨みがある」
「む……良いのか、だがそちらの娘は……」
「そうだ、お前に恨みがある」
ルーチェはクリムゾンフレアを恨んでいる。
分かりきっていることだが、改めて言われると辛いものだ。
若干ばつが悪くなってしまう。
「だがルーチェは立派な娘だ、お前への恨みを噛み殺してでも、オレの目的に手を貸してくれる……お前が気にすることではない」
「……そうなのか?」
クリムゾンフレアが問いかけるが……ルーチェは「話しかけるな」と言わんばかりに舌打ちをする。
そして目を背けながら小声で呟き始めた。
「別に、私はワルトさんだけの味方だから、ワルトさんの行くところに行って、ワルトさんを助けるってだけ」
「……」
「それに、協力しなくても山賊として行ったことを償えって言うんでしょう、なら従軍して清算してやるわよ」
そう言うと、ルーチェはワルトのコートを掴み、寄りかかる。
その姿を見ながら、ケラススは顔を手で押さえた。
「お熱いこって……見てるこっちが恥ずかしいわ」
「ふ……妬くな、お前にはいないのか?」
「るせぇ、この場にいないだけだよ」
ワルトの指摘に、ケラススは顔を赤くしながら手をヒラヒラと振る。
その脳裏には、一人の女が浮かんでいた……。
そんな和やかな雰囲気の中、ワルトはふと剣に手をかける。
そして勢いよく抜くと、クリムゾンフレアの首の前で剣を止めた。
「今はお前を信じてやる……だが、信を裏切った際は覚えておけ、お前も臣下も全てまとめて、クリムゾニア城の門に首を晒してくれる」
「……心に留めておこう」
笑顔……だが目が笑いきっていない様子で、見つめ合うクリムゾンフレアとワルト。
その姿を見ながらピーヌスは緊迫し、ケラススはおいおいと呆れかえる。
(はあ……アイツの問題児ぶりは、まだマシな方だったんだな……)
心中で再度誰かさんを思い浮かべながら、ケラススは息を吐く。
そして、剣をしまったワルトに対して「物騒なことすんなってえの」と肘打ちをするのだった。
「ぶえくし……!」
「看病しながらウイルスを飛ばさないでよ……」
「ふん、神は風邪なんてひかない……これはお姉様が私の噂をしているのよ」
ふんと鼻を鳴らすクルテルに、カペルはため息をつく。
そんな彼女へとプラケンタが食事を持ってきた。
サキュバスに出すものらしく、白く濁ってどろっとした……おかゆだ。
「猫又之国の病人食教えて貰ったよー、はいどうぞ」
「あら……懐かしい、おかゆなんて前の世界ぶりね……最後の生き残りで肩を寄せ合って食べたな……」
口を「あーん」と開き、カペルは魚ダシと塩味の利いたおかゆを頬張る。
その表情はとても安らかだ。
もしかすると懐かしい思い出に浸っているのかも知れない。
「前の世界、かあ……1000年前のこと?」
「違うわ、それよりもっと前、クルテルお姉様や最初の私が生まれた頃、あの頃はまだ山羊の姿もしてなかった……何もかもが懐かしいわ」
最初の私、それは神による裁きに際して生み出されたカペルのことだろう。
間諜の悪魔サキュバス……。
人に好かれ、人に馴染むために魅了の力を与えられた存在。
それがカペルであり、その魂は死して肉体が再組成されようとも永久不滅。
それ故に、人間達における前世と彼女の言う前の私は大きく違うのだ。
「あの頃は、まさか後々自らを生みだした神の妹になるなんて思わなかったわね……命ぜられるままに人に潜入して、魅了して情報を得る……神に持たされた機能を行使するだけの間諜システムだった」
システム、それはまさしく悪魔を指すに相応しい言葉だ。
与えられた機能を行使し、余計な意志を持たない超自然のロボット。
そういう意図で生み出された被造物、それこそが悪魔……。
だが今のカペルは、とてもそうは見えない。
「でも、魅了が効かないくせに凄い優しい男に出会って……私は揺らいだ、奴はすぐ死んだのに……エラーは私を侵食して壊し、心を与えて……人間達に与させた」
「やがてそのエラーは人が神を征する奇跡になり、そしてエラーの伝播により私も壊れた……身を構成する概念以上の意志を持たないはずの神が意志を持った……懐かしい話ね」
過去に想いを馳せ、懐かしむ二人。
その姿を、プラケンタは「ほえー」と口を開けながら見つめる。
とりあえずよく分かっていない、といった様子だ。
「ねえねえ、でも……魅了が神様に与えられた力なら、なんでそんなに疲れてるの?」
「だって私の本来の力は自分に惚れさせる力だもの、他者に惚れさせるなんて無理……ではないけど、凄く疲れて……」
「うーん、そんなに疲れるの?」
「言うなれば……足で掴んで食事するような無茶をさせられたのよ」
カペルの説明にプラケンタはようやく理解できたらしく「ああ……」と呟く。
そんな彼女の隣で、カペルはむせかえった。
未だにグロッキー状態から立ち直れていないらしい。
「はあ……こういう時、ここにアイツがいたらな……」
「アイツ?」
「さっき話した魅了が効かないやつ、1000年前も結局見つけられなかったのよ」
「ああ、そっか……カペルちゃんが探してる愛すべき人って……」
遠い目をするカペルを見て、プラケンタは全てを察する。
きっと愛すべき人と再会できたら、その時そこが彼女にとっての愛すべき世界となるのだろう。
「見つけたらその時は、傭兵廃業?」
「さあね……その時次第じゃない?」
六姉妹になっちゃうのは寂しいなあ、と言うプラケンタ。
そんな彼女にカペルは肩をすくめる。
結局のところ、先のことなど誰もわかりはしないのだろう。
戦争の時代が来てアカシックレコードを読むことすらできない現状は、尚のことだ。
「……でもそれって結局、今生で会えるかも分からないってことなのよね……会いたいなあ、真壁……」
瞳孔が横割れした山羊の目を細め、カペルは呟く。
その脳裏には、かつて優しくしてくれた純朴な研究者が浮かんでいた。
「では、世話になった」
「いえいえ、こちらこそ……山賊も魔女も退治して頂きましたからな」
がっちりと握手を交わし、町長とクリムゾンフレアはうなずき合う。
ここからは一方的な恩人では無く、協力態勢の始まりだ。
言うなれば同胞……その一人と言っていいだろう。
「次の目的地ですが、ここの北には宿場町として使われている山間の町があります、そこと協力態勢を築くと便利でしょう」
「そうか、何から何まですまない」
「いえいえ……ではご武運を!」
礼をし、行軍を再開する一行。
だが前までとは少し軍の構成が違う。
殿に、ワルトとルーチェが率いる北部傭兵隊が追加されたのだ。
そんな一行の真ん中で……カントゥスは大きく伸びをした。
「北の宿場町って、エアフォルシェンのことだよね」
「だな……だいぶヒルンドーに近くなってきやがった、確かにあそこは拠点に良いし……なんなら、北の賢人に協力を仰げるかもしれないもんな」
北の賢人、東部の人間には耳慣れない名前に、ピーヌスは首をかしげる。
そして、もし凄い魔術師ならば話を聞いてみたいと、好奇心を抱く。
そういうところは龍になろうと一貫して、探求気質だと言えるだろう。
「北の賢人って、どんな人なの?」
「ああ……北の賢人は技術者の一族だよ、元は別のところに住んでたけど、静かに研究したいって比較的平和なエアフォルシェンに移住したんだ」
「魔術による遺失技術の再現に長けててね……狩猟用の魔法発射装置……魔法銃とか、魔術時計とか魔法暖房とかを開発したのもあの一族なんだよ」
魔法銃とは、実銃のようにトリガーを引くことで魔術弾を発射する武器だ。
ただし魔術の素養が元からある者にしか扱えず、またチャージの時間が長いため、基本戦いにおいては用いられない狩猟用器具として扱われている。
その生みの親に会える……というのは中々無いことだろう。
「一族っていうことだけど、名前は?」
「名前? あー、なんだっけか……賢人で通ってるからわざわざ名前なんざ気にしねえんだよな……」
「なんだっけ、マカだかベルだか……みたいな?」
ああでもなかった、こうでもなかったと名前を思い出そうとするソヌス達。
そんな彼らの後ろで、ピーヌスは「マカにベルねえ」と呟く。
昨日までからは考えられない、驚くほど穏やかな時間だ。
しかしこれも、ひとたび戦いが起きれば崩れ去ってしまうのだろう。
だからこそ……今この穏やかな時間を、彼らはしっかり噛みしめるのだった。
一方、ワルトは何かを思い出したのか、顔をしかめている。
「ワルトさん……?」
「ああ……すまないな、少し嫌なことを思い出した」
そう言い、ワルトは息を吐く。
その表情は険しい。
「住まう場所がブラエドに近いと、あっちの情報も少し入ってくるのだが」
「うん……」
「それで耳にした……あちらへ渡った賢人一族の末娘、それが酷い目にあったという話をな」
酷い目、そう言ってワルトは自分の腕を握る。
そして醜い話を聞いたと言わんばかりに息を吐き、表情を更に険しく変えていく。
そんな姿を見ていると、流石に何が起きたのかとルーチェも気になってしまう。
「……何があったんですか?」
「……魔女狩りだ、ブラエドで研究をしていた彼女は魔女狩りにあった、確か……名はリンダ・マキャベル、オレよりも年下の女だった」
話を聞いた日の嫌な気持ちを思いだし、ワルトは息を大きく吐く。
すると白い息が宙に舞い……そして消えていった。
「やっほー……マルガリタくん、ねえ……本当に出撃するの?」
「……」
ブラエド国内、マルガリタの自宅にて……マキャベルはフードを外し、問いかける。
かつて魔女狩りにあった彼女は、ブラエドにおいては屋内でもない限りフードをしないと歩けないのだ。
「ねー……もういいじゃん、あの子はあなたを見てないんだよ、執着してもむなしいだけだよ……」
半分自分に言い聞かせるように呟くマキャベル。
するとマルガリタはようやく反応し、彼女の胸ぐらを掴んだ。
「……! い、いたい、いたい……よ……!」
「……お前は黙ってろマキャベル、うるさいんだよ」
放り投げられ、床に倒れ込むマキャベル。
彼女は唇を噛みしめると……苛立ちをぶつけるように、緩んだ眼帯をキツく締めた。
魔女狩りをくらい、洞窟に隠れ住み……そして最初に出会った友達。
洞窟に来る回数は多くなくとも、一番長い付き合いの人。
その人が自分を見てくれない、そのショックはどれだけのものだろうか。
絶望し、かき乱され……。
そしてマキャベルは気付いた。
(あの女さえいなければ……そう思っていたけれど、でも……もっと簡単な方法があるじゃない……)
次の出撃でマルガリタが勝てばそれも良し、しかしもし負ければ……。
そう考えながら、マキャベルはフラフラと家を出て行く。
その顔には、おぞましい笑みが浮かんでいた。
その頃……クリムゾンフレア達は、北部最大の宿場町エアフォルシェンに辿り着いていた。
連絡が行き届いているとは言え、唐突な新興国軍の来訪……。
人々は当然ざわめく……。
そんな中、眼帯の青年が最後尾のワルトに気付いた。
「あなたは……ズワールトさん? お久しぶりです……あの事件の報告を頂いて以来、ですね」
「ああ、マキャベルか……確かに久しぶりだな」
ワルトがいるのを見て信頼できると判断したのだろう、マキャベルと呼ばれた青年は人々へ向け、親指を立てて大丈夫だと示した。
そしてクリムゾンフレア達へ向き直る。
「改めまして……私はリオン・マキャベル、今は町長代理を務めていますが、普段は研究者です」
「む……町長はどうかしたのか」
「腰痛でしばらく寝たきりなんです、それで代役を」
明るく笑いながら、リオンは口元をさする。
眼帯、そして金髪……その姿は名前も相まって、クリムゾンフレアやピーヌスに一人の人物を思い出させた。
「マキャベルというと……リンダ・マキャベルのご家族で?」
「……! はい、妹のリンダをご存じでしたか」
「ええ、彼女の暮らしている場所にお邪魔したことが」
リンダ、その名前が出た瞬間顔が曇ったのをピーヌスは見逃さない。
もしかすると仲が悪いのだろうか……と一瞬思うが、彼女を想うような声色からして不仲というわけではなさそうだ。
「……クリムゾンフレア、ピーヌス、知らないだろうから言っておく、リンダの話題は出すな」
「え? 何故……」
「何でもだ、それよりマキャベル、連絡は行き届いているのだろう、お前も嫌なら本題に入れ」
ワルトの気遣いに、リオンは静かに頭を下げる。
そして爽やかな笑みを浮かべると、一つの地図を取り出した。
「町長とお話しした結果、ただ協力するのではなく、本気を見極めてからと言うことになりまして……」
「うむ、心得た……では我らはどうすればいい?」
クリムの問いかけに、リオンは「良いお返事だ」と笑みを深くする。
そして、地図上極北のバツ印を指さした。
ヒルンドーと書かれた場所だ。
「こちらに、ヒルンドーという地区があるのですが……ちょうどそちらのお嬢様方のような、鳥人が住む場所ですね」
「ヒルンドー……それがどうかしたか?」
「ええ、この土地とこの街の友好関係を築いて頂きたい、ヒルンドーの者達は優秀な空戦戦士、仲間に出来ればあなた達にも得なはず」
リオンの申し出に、ソヌスとカントゥスがざわめく。
どうやら、余程の申し出らしい。
「いや……無理だろ、あそこはアタイらが音楽やりたいって言ったら反対するくらい閉鎖的なんだぜ?」
「そうだよ……外の文化が嫌いで、引きこもってるとこ……面倒くさいよ……?」
「ですが……その面倒をこなしてこそ本気も伝わる、でしょう?」
面倒をこなしてこその本気……そう言われてしまえば、ノーとは言えない。
ソヌスとカントゥスもそれは分かっているようで、黙り込む。
こうなったらもう、やるしかないだろう。
「分かった、では行くとしようか……目標地点は、ヒルンドー!」
「了解!」
響き渡る号令、そして了解の一声。
その姿を見ながら、リオンは「頼もしい方々だ」と笑みを浮かべるのだった。




