第四十三話 親孝行、そして雪原に咲く花
「チッ、しゃらくせぇ……!」
悪態をつきながら、ケラススは剣で攻撃を防ぐ。
一撃の威力に重きを置く者、そして速さに重きを置く者。
相性で言えば、ケラススの一方的不利だ。
だがかつては相討ちとなった身、突破口を探しながら今は防戦に徹する。
必ずや、この相性不利を覆す手は有るはずなのだ。
「うおおお! 援護する!」
「やかましい!」
ワルトを援護しようと、山賊の一人が飛び出す。
しかしその頭はケラススの剣で貫かれた、見向きすらせず……あっさりと。
そのまま剣を振り死体を投げつけるが、ワルトは死体を切り裂いて回避してみせる。
雪原がどれだけ赤く染まろうと、ケラススの目にはワルトしか映っていない。
クルテルがいれば、二人の世界を作るなと嫉妬したであろう光景だ。
「楽しいぞ東の! やはり貴様とオレはこうでなくては!」
「こっちは楽しくねえよ! バカが!」
つばぜり合いの状態になり、二人はにらみ合う。
だがその最中に、ワルトは一瞬よそ見をした。
それに気付かないケラススではない。
「ずいぶん余裕だな!」
「ぐっ……! ふっ、余裕のある女はモテるらしいぞ?」
腹を蹴られ、距離を取るワルト。
何もワルトは心の底から楽しんで声を上げているわけではない。
周囲の目を自分に引きつけることで、極力ルーチェへ視線が行かないようにしたいのだ。
それが、親殺し(おやこうこう)をする決意を固めたルーチェへしてやれること。
そう思っているだけに、もしルーチェがピンチになればケラススから距離を取るし、その為にもルーチェに気を配る必要があるのだ。
「お前も余裕を持ったらどうだ、東の!」
「やかましい、お前とはモテかたが違うんだっつうの!」
言うなれば、余裕の態度は真の狙いを悟られないためのある種のポーカーフェイス。
あとはそれがどこまで通じるか……だ。
悟られるまでは、そしてルーチェが危機に陥るまでは……。
せいぜい、力尽きない程度で趣味に興じるとしよう。
そう考えながらワルトは剣を振るう。
その剣を、ケラススは剣を横に構えて受け止める。
そして勢いよく押し返し、バランスを崩したところにタックルを入れた。
「くっ、力技か……!」
「よそ事を考えているだろう、お前……! 舐められたもんだ、何を目的としている?」
問いかけるケラスス、だがワルトは返事代わりに剣を振るう。
またもその剣は受け止められるが……しかし、これはフェイントだ。
ワルトは、背負っていた隠し剣をもう片方の手で抜く。
正面の相手からは見えない位置に、小刀の鞘を付けてあったのだ。
「うおっ!!」
咄嗟に回避するが、距離が開いてしまった。
またも、仕切り直しだ。
剛剣と柔剣のにらみ合いは続く……。
真意を測りかねるままに……。
「チッ……数が多いわ!」
一方、ピーヌスは軍楽隊の撤退を指揮しつつ、接近してきた山賊へ爪を振るう。
本来なら前、中、後列をきっちりと動かして行動できたはずだが……ワルトの乱入により勢いづいた賊達に列が乱され、前中が乱戦状態になってしまったのだ。
龍になったとはいえ、元々が術士であるピーヌスに接近戦は厳しい、尻尾もこの乱戦ではまともに振るえないだろう。
だが詠唱をしようにもブレスを溜めようにも、気付いた山賊が集中させまいとやってくる。
おかげで治癒術すら使えず、軍全体の傷が増える一方だ。
また、ブレスや毒魔法を撃てたところで、この状況ではフレンドリーファイアが怖い。
そこも想定しての乱戦だろう。
(危険地帯とされる北部だけある……山賊の練度が遙かに高いわ、最初のチャンスで配下に引き入れることが出来なかったのは大きい……!)
舌打ちしながら後ろへ跳躍するピーヌス。
その隙を突くべく山賊の一人が距離を詰めるが……その瞬間、クリムゾンフレアの爪が山賊を貫いた。
「大丈夫か、ピーヌス」
「ええ、なんとか、そっちも無事で何よりだわ」
短く言葉を交わし、目配せをし合うクリムゾンフレアとピーヌス。
治癒術を使うためにクリムゾンフレアが壁になる、そんな意図が伝わったのか、クリムゾンフレアはピーヌスの前で周囲に気を配る。
そして……。
「天生隊! 集合できる者はこちらへ集合するんだ!」
壁を作るべく、部隊へ号令を飛ばす。
それが大きな分岐点だった……。
合流のため、クリムゾンフレアのもとへ向かおうとするラドロ。
その後ろから、一人の女が走ってくる。
ルーチェだ。
彼女はまるで悪鬼のような憤怒の形相で飛び上がると、その剣をラドロの脇腹へ突き刺した。
「死ねええええぇぇぇぇぇ!!!!! ああああああぁぁぁぁ!!!!!! 消えろおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
響き渡る怒号に、戦場となっていた雪原が静まりかえる。
ラドロの腹に剣が突き刺さったのは同時だった。
「る、ルーチェ……」
「お前が、私の名前を呼ぶな! お前は父さんじゃない、父さんはもう死んで、お前はその体に宿った別の意志だ! 父さんの名を使い、父さんの肉体で動くな! この醜い怪物があああぁぁぁ!!!」
動揺するラドロを、何度も刺すルーチェ。
そのたびに大量の血が溢れるが、ラドロは娘の言葉に動揺したのか動けない。
他の者達も、呆気にとられてしまっている。
剣戟の音はやみ、響くのは肉を貫く嫌な音と吐血音、そしてルーチェの怨嗟の声だけだ。
「よ、よせ!」
叫び、止めに入ろうとするクリムゾンフレア。
だがそんな彼女の手がぱっくりと斬れ、血が溢れる。
目の前に割り込んだのはワルトだ。
彼女は「次は本気で斬る」と言わんばかりに剣を向けて首を振る。
その姿を見ながら、ケラススは顔をしかめた。
「このために、来たのかよ」
「そうだ、クリムゾンフレアよ……お前が親を奪った女の行く末……彼女の親殺しを果たさせるために来た……邪魔はさせない、誰にも」
睨み付け、道を譲るまいと立ち塞がるワルト。
二刀流により全方位を攻撃する態勢は、もし近付けば山賊側であろうと切り刻まれかねない。
その気迫……たとえ命を失おうともこの場は譲らないという覚悟にみな気圧される。
先ほどまでの飄々とした態度とは全く違う。
剣豪としての顔がそこにはあった。
「ルーチェ……すまなかった……俺が、救命をダシにされて洗脳に乗る弱い奴だったばかりに……」
「うるさい! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!!! 父さんみたいに喋るな薄汚いケダモノがあああああああ!!!!!」
一回一回の叫びと共に、繰り出される剣の一刺し。
やがてルーチェはラドロの声が耳障りに感じたのか、その喉に剣を突きつける。
そして……。
「父さん、父さん……! 今、あなたの体を使う怪物を殺すよ! あなたを楽にしてあげられるんだ! 私はあなたを救うよ、父さん!」
笑いながら、ルーチェはラドロの喉へ剣を突き刺す。
そして……ラドロは、断末魔すらあげられずに倒れ伏した。
雪原に、赤い花となった自らの体を残して……どこにもいなくなったのだ。
元のラドロも、洗脳された後のラドロも……もうどこにも。
「父さん……やったよ……」
血が滴る剣に頬ずりをし、泣きながら笑みを浮かべるルーチェ。
その姿を見ながら、クリムゾンフレアは震えた。
完全な龍になって以来、ここまでの恐怖を覚えたのは初めてだ。
ルーチェの仕草、狂乱ぶり……そこに怯えたわけではない。
自分の行動が、親を子が殺める結果を生んだ……そこに震えたのだ。
「違うんだ……」
つい、声が出てしまう。
声を出さないと、震えを止めることが出来なくなりそうだ。
そうなれば二度と歩けなくなりそうで、クリムゾンフレアは声を絞り出す。
「山賊が、山賊のままであり続ければいずれ死ぬ……国を治める以上いずれ殺さねばならない、だから……せめて生き長らえさせてやろうと、洗脳して強制的に改心させたんだ」
「……」
「行軍に参加し、ブラエドを討ち世界を救う事に協力する……そこまですれば、略奪を受けた民もきっと納得するだろうと……」
能力のテストという気持ちも確かにあった。
だがこれもまた本心だ。
強制的に改心させることで略奪行為をやめさせ、せめて生かす。
実際そうでもしなければ民は納得しないだろう、いや……そうまでしても納得するかは怪しい、その後戦場で活躍して英雄になり、ようやく納得がいくかも……といったぐらいだ。
なら、生き残る道は洗脳して従軍させるしかなかった。
「だが……それは本人達からすれば生きているつもりでも、子からすればそうは映らなかった、何故ルーチェを逃がした? オレから見てすら洗脳など実質的な死だ、精神が別物になって何故生きていると言える? 彼女がそう思わないとでも思ったのか? ならばお前の頭はとんだお花畑だな!」
矢継ぎ早にワルトが責め立てる。
今にもクリムゾンフレアに殴りかからんといった具合だ。
「それは……彼女を逃がしたのは、追うことのリターンが薄かったから……」
「その判断がルーチェの人生を狂わせた……! お前は甘い、相手のためを思っているならちゃんと徹底すべきだった」
そこまで言うと、ワルトは剣をしまってルーチェの肩に手を置く。
そして、見つめ合うと一緒に街へと歩き出した。
ルーチェはやりきって疲れ果てたのか、虚脱感に満ちた表情だ。
一方……ワルトは顔をしかめている。
「お、おいズワールト……」
「後はお前達で好きにしろ、……オレはルーチェのためにここに来ただけだ」
引き留めるレパードへ、若干不機嫌そうに「お前達が生きようと死のうと知らん」と言い放ち、ワルトは歩いて行く。
その背が見えなくなったとき、ケラススは息を吐いた。
「あー、なんだ……まだ戦うか? 俺は正直、むなしさというかモヤモヤがあって……今日はこれ以上血を見たくない、できるなら……だけどな」
頬を掻き、問いかけるケラスス。
そんな彼女に、レパードは不機嫌そうに目を向ける。
嫌な物を見た、という気持ちは互いに同じようだ。
「戦いをやめたら、お前らは俺達を見逃すか? 洗脳もせず放置するか?」
「……それは出来ない、平定に来た以上山賊を逃すことは……我々だけじゃなく、平穏に生きている真っ当な者達が納得しないだろう、選択肢は二つ……傅くか死ぬかだ」
「略奪などもうしない、と約束してもか?」
「略奪者の口約束にどれだけの価値がある? 約束は信用があって成り立つものだ、それでは人々は納得などしない」
クリムゾンフレアの言葉に、レパードは顔を押さえて笑う。
全く以てその通り、と言わんばかりだ。
ひとしきり笑い……彼は笑いすぎて溢れた涙を拭う。
そしてクリムゾンフレアへと、不意打ち気味に無言で斧を振り下ろした。
だが……。
「できるなら血を見たくない……って言ったろ、できないならこうするしかないんだぜ?」
ケラススの剣が、腕を鎧ごと切断する。
そして返す刃で首を斬ると、剣を振って血を払った。
そのままレパードは物言わぬ死体となる。
必死で目を見開いたまま倒れ伏す死体……。
それを見下ろし、ケラススは首を振った。
「お前らはどうする、死ぬも生きるもお前らの自由だ……」
「……ちくしょう、ボスを殺されて従えるかよ!」
「そうだ、従うくらいならボスの後を追ってやる!」
叫ぶ山賊達に、ケラススが舌打ちをする。
そしてクリムゾンフレアの顔をちらっと見た。
「何故、死を選ぶ……我のように未来のためでもない、これではただの無価値な死だ!」
「はあ……腹くくりな、陛下!」
怒鳴りながら、ケラススが山賊を切り伏せる。
一振り三人、剛剣の力強さここに有りと言わんばかりだ。
その姿に押されるように、クリムゾンフレアも爪を振るう。
納得はいかなかった。
だが、後追いをするという確固たる意志を以て戦っている以上、補助がない洗脳は効かない。
喪ったラドロの存在は……大きかった。
もはや、殺す以外の道はないのだ。
「……さらばだ」
歯を食いしばり、山賊達を切り刻む。
そして返り血を浴びながら……クリムゾンフレアは、雪原を踏みしめるのだった。
……そこからは一方的だ。
優秀な指揮をする頭がなくなってしまえば、結局略奪者など烏合の衆。
あれだけ苦労した乱戦も、あっさり片付いてしまった。
「終わったか……皆、ご苦労だった! 我らは山賊を打ち破り、近隣の平穏を守った、魔女の撃破も併せて、民に恩を売るには十二分の戦果だろう!」
戦闘後……四枚の翼を広げ、高らかに宣言するクリムゾンフレア。
まだ整理はついていないが、上に立つ者としてしっかりと勝利を宣言しなくてはならない。
たとえ納得のいかない戦いでもこの戦いには意味がある、だから決して無駄ではない……そう率先して示すことで、部下のメンタルをケアするのだ。
そんなクリムゾンフレアの横で言葉を聞いていたケラススは、彼女の脇腹を肘で小突いた。
「奴らの死に価値を見出してるじゃねえか、それでいいんだよそれで……」
「ケラスス……」
「死なんてな、結局は事象でしかない、価値を付けるのも無価値にするのも後に遺された奴の仕事なんだよ、そしてお前さんは奴ら山賊の死を交渉材料として価値あるものにしたんだ」
ケラススの言葉に、少しだけ気持ちが楽になる。
そう感じながら、クリムゾンフレアは雪原の赤い花となったラドロの死体に歩み寄った。
そして、手をしっかり握る。
「……我のせいで、娘に刺される結末になってすまない……お前の死も、絶対に無駄にしないと誓うよ」
龍玉を両手で押さえ一礼する、龍人の鎮魂の仕草だ。
それを行い冥福を祈ってから……クリムゾンフレアは、ラドロの傍らで泣いている天生隊の兵に声をかけた。
「少し良いか」
「!? は、なんでしょうか陛下!」
緊張した面持ちで返事をする兵士。
彼の種族は、ラドロと同じ熊の怪人だ。
もしかするとそれ故に、洗脳前の上司部下の繋がりを越えた気持ちでもあったのかもしれない。
「彼を故郷の山へ連れて帰り、埋めてやってくれ、その後は城で休んで良い、北部での合流は大変だからな」
「は、はい……! 分かりました……」
クリムゾンフレアの命を受け、兵士はラドロを故郷へと運んでいく。
そういえば、彼の故郷はクリムゾニアとなった独立地区の山なのだろうか、もしくはもっと違う場所なのだろうか……。
思えば、彼が何故山賊などという蛮行に走ったのかすら知らない。
勿論、事情が罪を赦すわけではないが……聞けば何か違ったかもしれない、だが結局彼の話を聞く機会はなかった。
死ねばもう何も聞くことは出来ない、人となりを知ることも不可能だ。
それを強く実感したからこそ……クリムゾンフレアは、今傍らにいる者達との時間を大事にしようと決意するのだった。
その頃、クリムゾニア城では……。
座学の勉強を重ねるユウリィ、その机に一杯のお茶が置かれる。
振り返ると……そこにはガットネーロがいた。
……のはいいのだが、何故かガットネーロはメイド服を着ている。
黒を基調にしたシックなメイド服……スカート部分やヘッドドレスに耳や尻尾を通す穴が開いている特注品だ。
「あ、どう……も……?」
これには、ユウリィも口をあんぐりと開き、思考が停止してしまう。
いったい何がどうしてこのような珍事に至ったのか、何も分からない。
「あ、あの、その服装……」
「いやあ……ほら、まだ敵が攻めてきてないし暇じゃないッスか、それを口にしたら暇なら働けってカシャ様が、まあ元給仕だから古巣に戻った感じッスよね」
「はあ、なるほど……ところでその……」
問いかけながら、ユウリィはガットネーロの後ろを見る。
そこには同じくメイド服のルーヴがいるのだが……。
まあ物の見事に、耳は垂れ尻尾はそわそわと動き……落ち着きがない。
ユウリィにはウェアウルフの表情を理解する力は無い、だがどう見てもこれは……。
「うるさい、見るな、馬鹿野郎」
ぶっきらぼうに言い、ガットネーロの後ろに隠れるルーヴ。
そんな彼女に、ガットネーロは「どっちが姉だか分かりゃしない」と肩をすくめる。
その時だ……二人が入ってきたドアが開き、シライとガルムが入ってきた。
だが……二人は娘の服装を見て、目を丸くする。
「ソラ……なんだその服装は」
「何って、サーペンタイン文化圏の給仕服、メイド服ってやつッスよ」
「そういった過度に男児の欲情を誘う服はいただけないな」
色眼鏡を調えながら、シライは眉をひそめる。
平静を装っているが、手の動きからして動揺しているようだ。
そんなシライに、ガットネーロは「それはサーペンタインに失礼じゃ?」とあきれ果てている。
ガットネーロは義父に愛されていないと言っていたが……。
この様子を見ると「そうでもないのでは?」と言いたくなってしまう。
「おお、ルーヴ……」
「見るな、父よ見るな、やめてマジで無理……」
一方……父に見られ、部屋の隅へと逃げ込むルーヴ。
だがガルムは首を振ると、優しく目を細めた。
「可愛らしいじゃないか、マーナにも見せてあげたかった」
「ぐ、うう……言うに事欠いて何を!」
「そうだ、マーナの墓をな……王城裏の共同墓地に作って貰ったんだ、どうだいこれから見せに……」
ガルムの提案に、ルーヴは絶対嫌だと言わんばかりに椅子を盾にする。
そして……不機嫌そうに顔をしかめた。
「絶対嫌だ、だいたい何が墓だ……母の墓は村に置き去りだろう、遺体だって土の下だ」
「そうだな……だが、魂はきっとここについてきてくれている、私はそう思うのだよ、大事なのは遺体の有無ではなく、死者を想い死者と想い合う気持ちではないかな?」
「むう……それは、一理ある……分かった、後で行こう」
はあ、とため息をつき墓前へ行くことを承諾するルーヴ。
確かに、父の言う魂はいつでも共に在るという言葉はもっともだと思ったのだ。
伝統の息づく故郷を捨てさせられたことだけではなく、母の墓に行けなくされたこともブラエドへの憎悪の原因……ルーヴのストレス源だった。
しかし父は、母の魂はここに在ると言ってそのストレスを拭ってみせる。
年老いた者が若者を導く、理想的な親子関係と言えるだろう。
……まあ、服装のせいで結構台無しなのだが。
「だいたい義父さん、アタシこれカシャ陛下に着せられたんスけど? 女王陛下の用意したものを卑猥だなんて忠臣シライが聞いて呆れるッスよね」
「ぐ……! ぐぬぬぬ……! だがな、お前は年頃で……ユウリィ殿もまだ幼く……」
一方、シライ義親子はまだ喧嘩をしているようだ。
確かに17歳の少女が異国の給仕装束を纏っていれば、父としては思うところがあって仕方ないだろう。
多生過保護だが、こちらもまた良い父をしていると言える。
そんな彼らを見ながら、ユウリィは少し寂しさを感じていた。
「お父様、か……」
「う……ユウ、リィ……」
「……うん、そうだね、ボクには君がいる……だから平気だよ、ありがとう!」
自分を慰めようとしてくれたウルスを抱きしめ、キスをするユウリィ。
一方、ウルスは座学の一環として情操教育を受け始めたので少し恥ずかしそうだ。
何はともあれ、この二人のあり方もまた微笑ましい家族のあり方だと言える。
そのことを噛みしめながら、ユウリィは父の魂に祈る。
魂がいつも傍に在るというガルムの考え方が正しいなら……きっと父も傍に居るのだろう。
だから、ユウリィは静かに祈り、伝えるのだ……。
自分は心配しなくても、大丈夫ですと……。
「……こういうわけだ、奴らは山賊等の無法者にしか洗脳を使ったり、刃を振るうつもりはないらしい」
「北部平定、か……」
「ああ、北部を平定しブラエドに対抗する……その為にここへ来たと言っていたな」
ベンティスカの町長に耳にしたことを説明するワルト。
その姿を見ながら、ルーチェは小さな座椅子に腰掛けていた。
その脳裏には、自分が父だった者を憎悪に任せて刺し殺した記憶がよぎっている。
最初は父を楽にせねばという使命感だった、だが実際に目にすると、父の体を勝手に使う怪物への怒りが勝ったのだ。
(父さん……私、やったよ……でも父さんは、もう褒めてくれない……)
精神がそれ即ち魂だというのなら……精神を改ざんされた時点で、父はもうどこにもいない。
彼の魂はこの宙を舞ってすらいない、上書きされて消滅したのだ。
ルーチェがその考えを曲げることはないだろう。
たとえ共に過ごした記憶を持っていようが、あの怪物は父ではなかったのだ。
ラドロを名乗り、ラドロに成り代わった別人。
だから殺したことに後悔はない。
しかし……。
(虚脱感が、あるなあ……)
立ち上がり、ぼんやりと天井を見つめる。
体中の血を拭く気力すらない。
そんなルーチェにワルトが歩み寄ると……タオルで体を拭ってくれた。
「……」
「よくやりきった、事の是非はお前が決めることだからオレは何も言わん、しかしだ……お前は自分で決めたことをやりきった、立派だよルーチェ」
抱きしめられ、ルーチェは目を細める。
もう父はいない、父は慰めてくれない、父は笑ってくれない、何も言ってくれない。
だが……ワルトがいてくれる。
きっとワルト以外は、誰に父のことを話しても「山賊をしていたなら自業自得だ」と切って捨てられただろう。
だが彼女だけはこうして親身になり、優しく抱きしめてくれるのだ。
そんな彼女を抱きしめ返し、涙を流しながら……ルーチェは思った。
ああ、これからもずっと……この人とだけは、離れたくないな……と。




