第四十二話 相まみえる剛剣と柔剣
「じゃあ……ありがとう、クリムゾンフレアさん、他の皆も……私、行くね」
「ああ、達者で……無理はするなよ」
手を振り、東部地区へと歩いて行くシュネー。
その姿を見送るクリムゾンフレア達に背を向け、彼女は一歩一歩、しっかりと雪原に足跡を作っていく。
彼女達の進む方向は、クリムゾンフレア達とは全く別だ。
東部地区へ向かう彼女は、北部地区でも東側にあるこの地域から南へと降りていく。
一方でクリムゾンフレア達が向かう先は北西の街……つまり、西側だ。
「良かったのかねぇ、別れちまって」
「しょうがないでしょ、あの子にはあの子のしたいことがあるのよ、軍の一員でもない小さい子にそれを無視してついてこいなんて言えるわけないわ」
行軍の先行きを不安がるケラスス、その隣でピーヌスは肩をすくめる。
彼女の振る舞いは、前世の記憶を思い出したということもあり、少しだけ母性的な面が増したように思えなくもない。
一方……その後ろでは、ソヌスとカントゥスがまた一方的な喧嘩をしていた。
「カントゥス、お前はやはりアタイ以上の天才だ、そう昨日証明された以上もっと普段からやる気を出せ!」
「ええ……めんど、世界を探せばもっと上はいるでしょ、本気出すのなんて本番だけでじゅうぶん……普段は燃え尽きてたいよ」
「ええい、上だ下だじゃない! お前にしか作れない物がある以上、お前はそれを作るんだよ! それが持つ者の義務だ!」
ワーワーと騒ぐ二人を、ヒルンドー軍楽隊のメンバーが諫める。
その姿を見ながら、ケラススもまた肩をすくめた。
何はともあれ、若いというのは良いことだろう。
24にもなれば、微笑ましいものとして笑いながら見る余裕も出てくるというものだ。
「ま……あの二人は置いといてだ、実際問題……次に吹雪を起こされたらどうするんでぇ、戦うつもりは無いって言おうにも、あっちは山賊と合流してる以上、罪人以外を害するつもりはないなんて言っても信じちゃくれねぇぞ」
「そうだな……そこは問題だ、如何にして吹雪を越えるか……」
吹雪をどう越えるか……その対策について一行は考え込む。
部隊を二分しようにも、この頭数でそれを行うのは避けたい。
南部防衛に人員を回さなくてはいけないとはいえ、少なすぎた感は有る。
一応その面を補うために、地元民に迷惑をかけている山賊を洗脳し配下にすることで人員を増やしながら、更には地元民に「山賊を改心させた恩人」として恩を売る腹づもりだったのだが……。
よもやその山賊を地元民が突如救出し、協力し合うなど何故予想できようか。
しかもまだ何もしていない、なぜ敵対されるのか一切理解できない状況でだ。
「とりあえず……人喰いの魔女を討ち、後継者という名の傀儡とされていた少女を救出、東部に送り返した……という実績を売り込めないだろうか」
「話せる距離に行く前に、また吹雪かなきゃいいがなぁ……」
確かにケラススの言うとおり、話をする前に吹雪を起こされ奇襲されれば、そのまま戦うしかないだろう。
飽くまで北部には平定を行いに来ただけであり、山賊の類いはまだしも真っ当な現地民とは敵対したくないのだが。
しかし、白旗のように遠距離で交戦の意が無いことを示すような便利な道具が無い限り、そうも言ってはいられないだろう。
どうすべきか、仕方がないので敵対するか……それか、何か他の方法を探すか……。
現地民のソヌス達には何か意見は無いのか、とクリムゾンフレアは彼女らを見る。
そして……楽器が目についた。
「楽器、か……」
「何か思いついたのか?」
「いや……音楽は一種の共通言語であり、超古代の時代にかの塔が崩壊する前の言葉が、形を変えて残っている物だ……という神話を思い出した」
クリムゾンフレアの言葉に、ピーヌスは前世の記憶をたぐり「ああ、バベルの塔ね」と腕を組む。
そして、口元に人差し指を持って行き考え込むと……。
ポン、と手を叩いた。
「そうよ! 北部文化圏! 音楽! それよ!」
どうやら何かを思いついたらしい。
ピーヌスはソヌス達に近寄っていく。
そして……彼女達の手を掴むと、にっこりと笑みを浮かべるのだった。
数時間後、北西の街ベンティスカでは……。
剣の手入れをしながら、ワルトが雪原を見つめていた。
視線の先にはまだ誰もいない。
果たしてそこから来るのが軍なのか、はたまた魔女なのか……。
お手並み拝見、といった心地だ。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか……」
「何も出なきゃそれが一番なんだがな」
あきれ顔で息を吐くレパード。
彼の言うことも最もだろう。
何も出てこず砦に帰り、山賊と街の者は互いを牽制し合う間柄に戻る。
略奪をするもされるも、討伐をするもされるも一時の間柄……。
そうなれば一番気が楽というものだ。
もしかすると一番怖いのは、ここで協力して軍と戦うことで互いに情が移ることなのかもしれない。
洗脳の危機から救われたという事もあり、協力を受け入れたが……レパードは街の者達と会議をしたりするうちに、そう考えるようになってきた。
情がわけば略奪がし辛くなる、逆もまた然り……情は裁きを鈍らせる。
略奪しなければ生きていけないのに、罪は一切消えないのに、互いに胸が痛くなってしまう。
そんなのは誰の得にもならないだろう。
だから今のまま互いに首を取られるのではと警戒しあって、そのまま別れた方がマシ……そう思っていた。
「……ん? 音がするな」
「音……おお、確かにこりゃ……楽器、か?」
ふと、二人の耳に音楽が聞こえてくる。
目の前に見える雪原……北東側からだ。
しかし、まだ音の主の姿は見えない。
音楽というのは存外遠くまで届くのだ。
「ずいぶん明るい曲だな」
「ああ……山賊は知らないだろうが、これは北部民謡だ」
「へっ……学がなくて悪うございました」
すねるレパードの隣で、ワルトは目を細めて音楽に聴き入る。
北部民謡、友愛と和睦のマーチ第3番。
かつての時代、戦争を終えた人々はこの曲を演奏しながら敵味方無く行進し、戦いの終わりを人々に告げて回ったという。
それ以来、この曲はノーサイドの象徴、友愛を伝える曲……などといった形で使われてきた。
治安悪化の一途を辿る現在はそんな使い方も忘れられて久しいが……。
しかし、ワルトのように歴史を勉強してきた者には、そういった内容も知られているのだ。
「お、見えてきたな……ありゃあクリムゾニア軍じゃねえか、なんで音楽なんかしてんだ?」
「交戦の意、無しか……しょうがない、総員警戒を解け、街へ招き入れるぞ」
「は、おいおい本気で言ってんのか!?」
「しょうがないだろう、これまでは問答無用の洗脳を喰らいかけたという報告を受け、我らもそうされるかもしれないから……という大義名分があったが、ああいった非戦アピールをしているところに攻撃するなど、山賊同様になってしまう」
レパードの言葉に、ワルトは肩をすくめる。
そして、レパードへと静かに視線をやった。
「チッ!」
言外の「やるなら山賊のお前達だけでやれ」という意図を感じ取ったのだろう。
レパードは山賊達を率いて出撃する。
だが、傭兵達もワルトも街の者も……後には続かない。
やはり山賊とそれ以外は相容れない存在なのだ。
「レパードおじさん……」
「……お前も行くか?」
「……」
レパードを心配そうに見つめるルーチェ。
彼女はワルトに問いかけられ、考え込む。
自分が行って何を出来るのか、という気持ちはある。
だが……もしあの軍が自分を追ってきたのだとしたら?
確かにあの時、クリムゾンフレアは追撃の必要など無いと言った。
しかし気が変わったとすれば?
その場合は、やはり自分の責任だ。
「行くなら力を貸そう」
「……ワルトさん……」
レパードへの視線とは違う、目をまっすぐ見る力強い瞳。
その瞳に、ルーチェは思わず見惚れそうになる、
だが同時に、一つの疑問も浮かんだ。
「……でも、私は山賊で、非合法な存在で、沢山の人を苦しめました……街の人達は口に出しませんでしたけど、親を実質的に殺されたことだって、自業自得だって思ってたはずですよ、なのにどうして……あなたはそんなに親身に?」
「……言っただろう、オレも親を喪う気持ちは知っているんだ、とてもよく……な」
見つめ合う二人の後ろで、鬨の声が響く。
戦いが始まった合図……。
それを聞きながら、ワルトは過去を思い返していた。
ワルトこと、ズワールト・メテオールは北部の小領地メテオール領の名家に生まれた令嬢だ。
寒冷な大地ゆえ、そこまで裕福では無かったが……それでもメテオール家は民と助け合い、手を取り合って生きてきた。
「いいかいワルト、知恵を付けなさい、沢山勉強していずれこの地に実りを授けられるように、そうした知識と手を取り合う心は、いずれ民を守る大きな力になる」
「うんお父様、私いっぱい勉強するね」
父は勤勉な人物で武力よりも知を重んじ、信頼によって人を治めてきた。
ズワールトはそんな父をずっと尊敬していたのだ。
だから、彼の言うとおり沢山の勉強をして、今も本を読む習慣がついている。
傍から見ても本人達からしても、彼らは幸せな親子だった、それは間違いないだろう。
だが……ある日のことだ。
今より15年前……ズワールトが11歳の頃。
大きな変化が、西部から訪れた。
「あれは……ブラエドの軍?」
北部地域でも南西寄りに位置するメテオール領は、ブラエドから北部に向かおうとすれば確実に当たることになる場所だ。
それ故に北部制圧を目論むブラエドは、真っ先にこの地へと来た。
「ワルト、ここに隠れていなさい」
「う、うん……」
「私は、少し話し合いをしてくるよ」
ズワールトに微笑み、父は交渉の場に立とうとする。
だが……。
「やれ!」
「な……!」
北部の民を蛮族と見下しているブラエド人は、交渉などしなかった。
馬上から槍を振るい、虐殺の限りを尽くし……。
知を育て、武を疎かにしてきたメテオール領は、あっという間に蹂躙された。
家々は崩され、作物は荒らされ、本は焼け、民は死んだ。
そんな中、ズワールトはただ震えているしか出来なかった。
「なんで、こんな……」
唯一生き残ったズワールトは民や家族を埋葬し、しばらくは呆然と廃墟で過ごしていた。
だがそんなある日、ブラエドの騎士達がボロボロになって逃げ帰るのを目にする。
直後訪れた行商人曰く、彼らは山賊に挑むも敗れ去り、逃げ帰ったという。
その話を聞いて、ズワールトはこう思った。
「私が誰も救えなかったのは、救いに行くことすら出来なかったのは……力が無かったからだ……お父様が殺されたのも、民が滅びたのも、みんな……力があれば、回避できた……」
失意は怒りに、悲しみは決意へと変わっていく。
強くならねば、最強になってこの地を守り、ここに眠る者達が安息を邪魔されないようにせねば。
そう決心した彼女は、財をなげうち一振りの剣を購入した。
真紅の剣、どこの国の物なのかマサーカー・シュヴェーアトと銘打たれた鋭い剣。
それを携え、彼女は一心不乱に修行を繰り返すようになったのだ。
最初は自主的な訓練から動物への狩り、その繰り返しだった。
怪我をしたことは何度もある、服の下など古傷だらけだ。
だが繰り返すうちに強くなった彼女は、やがて動物側から畏敬の念を抱かれるようになった。
道を歩けば動物が道を開き、彼女には決して手を出さない。
そんなオーラを彼女は身に纏うようになったのだ。
……そうなってから、しばらくの後。
「へへ……廃墟にしては色々有るじゃねえか」
街の跡地に、一人の墓荒らしが来た。
無論、それを見逃すズワールトではない。
彼女はあっさりと墓荒らしを斬首、街に眠る者達を守ったのだが……。
しかし彼は近隣の山賊団に所属していたらしく、同行していた斥候に見られていたズワールトは彼らに狙われるようになった。
人間相手の多勢に無勢、これでは逃げ回るしかない。
ズワールトは街の跡地を追われ、その時……父の墓が壊されるのを目にした。
屈辱だった、力不足で父を奪われ、次は墓すら奪われたのだ。
その出来事をきっかけに、ズワールトはより一層力を求め、修行を重ねた。
吹雪の中現れては、何人もの山賊を一人一人斬り伏せていく……。
そして一人斬っては吹雪に隠れを繰り返し、彼女は神速と言える速さを手に入れた。
いかなる弓も捉えられない、剣を当てたと思えば残像を斬るだけ……。
そんな圧倒的速さを得て、彼女は山賊団を皆殺しにしたのだ。
「……つまらんな」
だが、気付けば彼女はそう呟いていた。
速さを得て、圧倒的な差がついたことで山賊団は大した獲物ではなくなっていたのだ。
これでは更なる向上など望めない。
既に父の遺体はどこかへ消えた墓だが……それでも墓を建て直し、再度街を見守る状態に戻ったズワールト。
だが彼女は、胸中に確かな不満を覚えていた。
もっと斬り甲斐の有る獲物でなければ、成長は望めない。
成長しなくては、より強い者が来た時にまた逃げることになる。
もう何も奪われないためには、強くなるしかない。
その一心で彼女は剣の修行を続け……そして、人斬りとなった。
「死んで貰う……己が行動により導いた不運を嘆け」
山賊を斬り、傭兵を斬り、村へ侵攻しようとする者はとにかく斬り伏せた。
北部へ再侵攻しようとしたブラエド兵を、敵前逃亡した者を除き全員切り刻んだことは今でも良く覚えている。
そんなことばかりしていたからか、いつの間にか北の剣豪だの人斬りズワールトだのといった名が知れ渡っていたが……それで強者が挑みに来るのなら、悪くないだろう。
実際に挑戦者の数は多く……そうして知り合った剣士の中には、ケラススもいた。
「やるな……!」
「ふ……お前こそ……!」
珍しく真っ当な挑戦者だった彼女とは、互いに普段の獲物は封じ訓練用の剣で戦った。
しかしそんな縛りを設けていたからか、互角の戦いは三日三晩続き……。
やがて二人は、互いの奥義である「神速の五連柔剣」と「防御不能の剛剣」を編みだし相討ちで倒れたのだ。
「ふふふ……良い経験だった、東の……お前とはいずれ戦場でまみえ、死力を尽くしたい」
「俺は嫌だね、お前みたいな剣術バカと事を構えるなんて……もし雇い主様が北へ行きたがったら話は別だが……んなこと無いように祈るさ」
笑いながら二人は別れ、それぞれ別の道を歩み出した。
ズワールトは街跡を守りながら修行するために、ケラススは街で待機している姉妹と合流するために……。
そうしてまた、廃墟の守護者として生きる日々が始まり……。
人斬りを続けた先に、ルーチェと出会ったわけだ。
(ルーチェは過去のオレだ、無力だった頃のオレ……感情移入してしまうのも、無理はないな)
それに加えて、敵にはずっと戦いたかったケラススもいる。
心が躍る、と言わざるを得ないだろう。
故にルーチェが一緒に戦いたいというのならば、文句はない。
「どうする? お前が決めていい」
「……私は……」
二人はしばらく見つめ合う。
そして……。
ルーチェの口が、静かに言葉を紡いだ。
「者ども、かかれー!!」
「軍楽隊は後ろへ、剣闘士隊は最前に! 返報隊、天生隊は中列で抜けてきた相手を潰せ!」
互いの指示が雪原に響き渡る。
そんな中、ケラススは最前線へと移動し、山賊の一人を切り伏せた。
鎧ごと斬られた山賊は驚愕しながら倒れ伏し、ざわめきが広がる。
「まさか、非戦アピールをしているところに来るとはな! 山賊だけのようだが……山賊は所詮山賊か!」
「あ、あれは……!」
「俺の名はケラスス・スペルビア! 大罪の7姉妹長女、桜色の傲慢女王、東の剣聖! この名を恐れぬ者はかかってこい!」
ケラススという名に、その勇名を知る山賊達が……。
いや、知らない山賊ですら、今の一撃だけで恐れを抱く。
だが……次の瞬間、ケラススへと剣閃が飛んだ。
鋭く、速い……。
神速の神業だ。
「くっ……!」
剣で捌くが、五撃のうち一撃だけ頬に喰らってしまう。
そんな状態でケラススは数歩分、後ろへ飛び退いた。
こんな攻撃が出来るのは一人しか居ない。
そう思っていると……その通りと言わんばかりに、ワルトが目の前に現れた。
「衰えてはいないな、東の」
「くそっ、剣術バカ……! 山賊の味方なんかするか、普通!」
「山賊の味方? 違うな……オレは、お前達の帝に親を奪われた女……ルーチェの味方として、そしてお前を斬りたい一人の女として、ここにいる!」
つばぜり合いの状態になり、にらみ合う二人。
そのまま均衡が保たれるが……しかし互いにバランスを崩し、再度飛び退く。
そして……一瞬の沈黙の後、ワルトは剣を構え直した。
「北の剣豪、人斬りズワールト・メテオール……参る」
ケラススとは対照的に、静かな名乗り。
それと共に、再度斬り合いが始まる。
剣戟の音はまるで戦いのゴングだ。
剣と剣が触れあう金属音に押されるように、山賊達もクリムゾニア軍も、勢いを取り戻す。
こうしてここに、新たな戦いが始まった……。
剣と剣の戦い、賊と軍の戦い、仇と復讐者の戦い、そして……。
(父さんはどこ……? 何もかも変わって、別人として生きるなんて、そんな死んだも同然の生き方はさせない……今の父さんは己ならざる意志で動くゾンビみたいなもんなんだ、なら私が殺す……!)
親と子の戦いが……。




