第四十一話 前世の未練と現世の幸福
しばらくして、シュネーはなんとか泣き止んだ。
自分がモルモットだったこと、本来の記憶は別にあること。
何一つ整理はついていないが……。
それでも、落ち着きはしたようだ。
「私は……どこかから連れて来られた娘で、魔女の新しいボディだった……」
「……」
「私は、誰だったんだろう……」
息を吐き、震えるシュネー。
その隣で、何やらピーヌスは考え込んでいる様子だ。
一方……クリムゾンフレアから、何が起きたか聞いたケラススは、鏡を指さした。
「ようは、魔女は自分が誰だったのかを知ろうとして、魔法の鏡により自分の前世を知らされた……そして気が狂い、陛下を前世の娘と勘違いしたってぇわけだ」
「まあ……そういうところだ、部隊の者が見つけた書物曰く、この鏡は魔報の鏡……万里を見渡し知りたい情報を脳に直接放り込む鏡らしい」
「なるほど……しかし思ったんだが、その力を正しく使えば、シュネー……お前さんがどこから来たか分かるんじゃあねぇか?」
ケラススの提案はもっともだ。
前世すら教えられるほどの力を持つ魔法の鏡……それを使えば、記憶を弄られる前が何者だったかなどすぐ分かるだろう。
しかし……しかしだ、問題点はヴィトヒエンのように前世を見て、記憶の混同による錯乱が起きるのでは無いかということだ。
何せこの鏡は「自分が何者だったか知りたい」と言われて前世の記憶を見せるくらい判断が大雑把。
それではどんな手違いが起きるか分からない。
正直に言って、こんな鏡を使うのは分の悪い賭けと言わざるを得ないだろう。
(だが、それでもだ……この子が、自分の存在を知りたいなら……)
「シュネー、我は君が自らを知りたいのなら止めはしない、自分で考え……自分で決めるんだ、分の悪い賭けでもこの鏡に聞くか、それかこの鏡を壊すか」
「……うん」
クリムゾンフレアの言葉に、シュネーは静かに頷く。
自分で決める、きっとそれがシュネーにとって一番なのだろう。
シュネーはこれまで、自分の意志のつもりでヴィトヒエンに利用されてきた。
だからこれからは自分の意志で歩けるように、ここでまず一歩目を踏み出させる必要がある。
そこを歩くことが出来れば……歩いた先に待つものが喜びでも悲しみでも、シュネーは歩くことをやめずにいられるだろう。
「私……考えてくる」
「ああ、ゆっくり考えてくるんだ」
立ち上がり、部屋を出て行くシュネー。
その背中を見守り、息を吐く。
そして腕を組むとケラススに向き直った。
「今日はここで休むとしよう、これだけの豪邸だ……部隊も全員入ることが出来るし、対外気用防護膜も魔術暖房も完備している」
「おう、動物や不審者を警戒すれば、一日くらいは暮らせるな……で、明日は」
「ああ、シュネーを送りがてら街へ向かうとしよう、そうする以上交戦は無しだ」
そう告げ、クリムゾンフレアは旗を龍の軍旗から白旗に変えようとするが……。
ふと考え込み、ソヌス達に問いかけた。
「北部では、武力行使の意志無しをどう示す?」
「どうって?」
「旗とかで……色で意志を教えるといった文化はないのだろうか」
クリムゾンフレアの問いかけに、二人は「無かったと思う」と首を振る。
危うく、意味も無く白を掲げる変な者になるところだった。
しかし……こういった文化がないなら、いかにして武力行使の意志無しを伝えたものか。
悩ましい話だ。
「ええと……軍を円上に展開して包囲したうえで、話を聞いて貰うとか……?」
「それは普通に脅迫だろう」
「じゃあよ、クリム陛下が数名と一緒に、旅人に偽装して接近し、シュネーを預けたうえで話を聞いて貰うのはどうよ」
「それも手か……ピーヌスはどう思う? ピーヌス……?」
問いかけるが、反応がない。
どうやらピーヌスはまだ考え事をしているらしい。
ヴィトヒエンとの戦いが終わってから、ずっとこのままだ。
「……あ、ごめん、考え事してた」
「そうか、少し疲れているのかもな」
息を吐き、目を細めるピーヌス。
そんな彼女の隣で、クリムゾンフレアもまた息を吐いた。
「皆、続きは明日にするとしよう、今日は各々休んで英気を養うんだ」
「はいよ、じゃあ陛下の温情に甘えるとすっかぁ、いくぞお前ら!」
ソヌス達に声をかけ、ケラススが居間から退出していく。
クリムゾンフレアとピーヌスが二人きりになれるよう、気を利かせたのだ。
その背を見送りながら、クリムゾンフレアは「気を遣わせたな」と自嘲する。
「ピーヌス、大丈夫か?」
「うん……あのね、あの……クリムちゃん、一つ良い?」
「ああ、どうした」
「……リコって知ってる?」
突如向けられた問いかけ、リコという名をしっているか……。
その問いに、クリムゾンフレアは目を見開いた。
対するピーヌスは、そりゃそうよねと言わんばかりだ。
「クリムちゃんは、最初私をリコって呼んだもの、知ってるに決まってる」
「……何故その名を?」
「脳裏によぎるの、タツミ・ユウコって名前を聞くと……リコっていう人間の目でユウコちゃんを見ている記憶が……」
そう言いながら、ピーヌスは不安げに息を吐く。
これは大きな誤算だった。
ピーヌスが、松田莉子の記憶を取り戻そうとしている。
(前世の記憶は、滅多にきっかけがないだけで、きっかけがあれば目覚めるんだ……我やヴィトヒエンのように……)
きっと、ユウコが生への強い未練を抱いていたように莉子もユウコへの強い未練を持っていたのだろう。
だからユウコという名前を聞いて、思い出そうとしている。
これが良いことか悪いことかはクリムゾンフレアには分からない。
クリムゾンフレアはユウコと一つになることで龍として完成した身だ。
だがピーヌスには、莉子の記憶を思い出す利点があるのだろうか?
莉子はヴィトヒエンのような……ユウコの母のような狂った存在ではない。
だから人生を狂わされることはないだろう。
だが、それが無いからといって得が何かあるのか?
それは分からない。
「私の推察なんだけど……」
「……ああ」
「私の前世は、きっとこのリコなのよね……それで、私はユウコちゃんが大好きで大好きで、名前を聞いたことで彼女を思い出した」
ピーヌスはそこまで言うと、胸を押さえてうつむく。
その目には涙が浮かんでいるようだ。
「……悲しいわ、なんで……? 彼女が大好きなのに、何故か悲しい……」
「ピーヌス……」
悲しみを吐露し、ピーヌスはうめく。
そして、ゆっくりと顔を上げると……鏡を見つめた。
「私……聞くわ、この悲しみの理由を」
「……」
「止めないのね」
「……君の自由だ、したいのなら止めないよ」
クリムゾンフレアはピーヌスを抱きしめ、目を閉じる。
そんな彼女に、ピーヌスも体を預け……。
そして、改めて鏡に向き直った。
「鏡よ鏡……私に示して欲しい、私は何故ユウコちゃんという名前に悲しみを抱くの……?」
問いかけに応じ、光が広がっていく……。
それはピーヌスを……そしてクリムゾンフレアをも包み、二人に答えを見せ始めた。
何故悲しみを抱くのか、その答えを……。
松田莉子は、化学兵器による細菌の散布で被害を受けた子供達の一人だった。
それにより病弱だった彼女は、病院と外をよく行き来していたという。
正直な話、莉子は病院が好きではなかった。
退屈で、何もない世界。
つまらない場所……。
だがそんな認識は、あの日変わった。
「あ、どうも……あなたもこの部屋なんですね、よろしくお願いします」
重病者部屋で出会った彼女。
静かに頭を下げ、笑う女の子。
そんな彼女に、莉子は一目惚れしたのだ。
「わ、私、松田莉子……あなたは?」
「私は、辰巳ユウコっていいます」
二人はまさしく運命の出会い。
これまでは一目惚れなんて本当にあるのかと思っていた莉子も、一目惚れの存在を信じる位衝撃的な出会いだった。
「そういえば、ねえねえユウコちゃん、そのノートPCで面白いもの見れるのよ」
それからの日々は本当に楽しかった。
流行りのゲームを教えたり、そのゲームに一緒にキャラを作ったり……。
そうして二人は距離を深め、愛し合っていった。
それまで狭い世界だと思っていた病院は二人の聖域になり、つまらないなんて言葉はこの世に存在しなくなる。
本当に、心の底から至福の時だった……。
だがその幸せは長く続くものではない。
退院の日とはどうしても来てしまうものなのだ。
それでも莉子は諦めなかった。
電話番号を渡し、誓ったのだ。
「いつだって、また会いに来るからね」
再会の約束、それを果たすために莉子は何度もユウコに会いに行った。
本当は毎日会いたかったが……これでも必死に堪えたのだ。
何はともあれ、莉子は幸せだった。
会いにいけるだけで幸せ、共にいられるだけで幸せ。
だが……。
幸せは、存外長く続かなかった。
「……あれ、どうしたんだろう……」
世界が滅んだ運命の日より、1ヶ月前。
莉子は駅前で、一つの喧嘩を目にした。
どうやら親子が喧嘩をしているらしい。
普段だったら警察を呼んで静観していたかもしれないが……。
その喧嘩はあまりに酷かった。
喧嘩と言うには一方的に……父が娘を殴り、蹴り……虐げる。
正直、我慢ならない光景だ。
少女がユウコに少し似ているというのもあったのかもしれない。
周りが何一つ止めないのもあって、莉子は我慢しきれず父を止めに入った。
そして……。
「ちょっと……落ち着いた方が良いんじゃない?」
「なんだお前は! うるせえ!」
酒臭い男に顔をしかめ、莉子は嫌そうな顔をする。
その様子が気に障ったらしく、男は莉子を突き飛ばした。
そして……。
「あっ……!」
崩れるバランス、もつれる足。
そして倒れた体の先には……前時代的な、尖ったフェンスがあった。
「っづ……!! い、た……!」
腹が刺さり、血を流す莉子。
その姿に男は流石に正気に戻ったのだろう。
莉子に駆け寄ってくる……。
「わ、悪かった、すまねえ!」
叫びながら、莉子を抱え上げようとする男。
だが……彼には判断が足りなかった。
フェンスが抜けた腹から血があふれ出す。
その感覚に、莉子は目を見開いた。
「い、たい、いた、い……!」
「あ、ああ……!」
「あんたの、せいだ……なんで正しいことしたのに、こんなぁ……!!!」
血を吐きながら、男の胸ぐらを掴む莉子。
彼女は自らの死を悟り、少女に視線を移す。
そして……ユウコを思い浮かべた。
「ユウコちゃん、ユウコちゃん……また、会いたいよぉ……寂しい、やだ、あなたの遠くで死にたくない、やだよぉ……死ぬまで、ずっと、あなたと居たいよお……! やだ、やだ、あなたと、一緒に、一緒にぃぃ……!!!」
泣きながら、少女へと這っていく莉子。
だが少女はその姿を恐れ、逃げていく。
そして……莉子はそのまま、ユウコを思い浮かべながら命を落とした。
大量の血と涙を流し、目を見開いて、病院の方向へと這いずりながら……。
「……これが、過去……ああ、なんだか、思い出してきた」
「……ピーヌス……」
思えば、クルテルは病を得た子供達は誰一人救われなかったと言った。
なら、莉子も報われない人生なのは当然だろう。
だがそれでも、予想外だった。
自分が病院で最近莉子に会えないと落ち込んでいたとき、莉子は既に死んでいたなどと……。
いったい誰が予想しただろう。
「うん……確信した、クリムちゃん……あなたはユウコちゃんなのね」
「……そうだ、厳密にはクリムゾンフレアと辰巳ユウコの意志を混ぜ、不要部分を切り捨てた新しい存在……となる」
「だとしても、あなたはユウコちゃんでクリムちゃんで……そっか、私あなたに会いたくて、会いたくて……そして、あなたに会うために生まれてきたんだ」
目を細め、ピーヌスはクリムゾンフレアを見つめる。
そして……ゆっくりと、その胸に頭をくっつけた。
「なんか、落ち着く……」
「……我もだ」
前々世から、自分達はずっと一緒だった。
しかし共に生き死ぬことは叶わず、未練を残し……。
そして前世で再会した。
そこでは今度こそ、共に生きて死に……。
今、次の人生を生きようとしている。
ピーヌスはそう頭の中でまとめながら、指を絡め……。
二人の顔が近付いていき……。
「ただいま……」
「んわあ!?」
居間の戸が開き、ピーヌスが声を上げる。
どうやらシュネーが戻ってきたらしい。
「……? 他の皆は……?」
「あ、ああ……今は英気を養っているよ」
バクバクする心臓に手を当てるピーヌス。
そんな彼女に苦笑しながら、クリムゾンフレアは彼女の顔を見つめる。
その目は少し、決意の力がみなぎっている……そんな気がした。
「……決めたのか?」
「うん……私、この鏡を壊す」
「そうするの……? 私ね、今鏡の力で大事な事を思い出したの、これは結構使えるわよ?」
ピーヌスが問いかけるが、シュネーは首を横に振る。
そして、静かに鞄を床に置いた。
「あのね、私これからはもう一人だから……一歩目でいきなり頼ったら、もう自分じゃ歩けない気がするの」
「その荷物……旅に出るのか?」
「うん、それを壊したら、明日東部に行って自分のルーツを探そうと思う、お母さんが私をサーペンタインか、猫又之国か、独立地区か……どこで捕らえたのか知らないけど、長い旅になると思うけど……探してみる」
シュネーはそう言うと、静かに笑みを浮かべる。
クリムゾンフレアはその頭を撫でると……決意を認め、静かに頷いた。
「決心は分かった、応援するよシュネー」
「……ありがとう」
「だがな、いつか一人じゃ出来ないことが有ると思う、その時は誰かに頼ることを忘れずに……良かったら、これを東部独立地区に出来た国まで持って行ってくれ、クリムゾニアは君に力を貸すと誓おう」
国章の刻まれた杖、それをクリムゾンフレアは荷物からだして手渡す。
これさえあれば、クリムゾニアの関係者だと分かるだろう。
シュネーに良いアイテムを渡して、こっそりと旅の一助にするという意図も有る。
何はともあれ、シュネーは杖を受け取り……。
そして、微笑みながら力をためるのだった。
「……ありがとう!」
礼と共に放たれる魔法。
それは鏡の魔力に干渉し……。
そして、鏡が割れた……。
「……割れちゃったわね」
「そうだな……でもこれで良いのかもしれない、前世の記憶が誰にとっても……」
「そうね、誰にとっても私達のように、良い結果をもたらすとは限らないんだから……」
そう呟き、二人は見つめ合う。
前世の記憶は、ピーヌスの言うとおり必ず良い結果をもたらすわけではない。
そんな中でこうして互いに良い結果を得られたのは、凄く幸せなことなのだろう、きっと……。
そう考え、二人はシュネーの後ろでこっそりと口づけを交わすのだった。




