第四十話 毒リンゴと焼けた靴
「シュネー、君の村は結構遠いんだな」
「うん……かなり遠くに連れてこられたから」
「そうか、親はどんな人なんだ?」
「凄く……優しいお母さんだよ」
北東地域へと向かい、歩を進めるクリムゾニア軍。
彼らの行く先に、村はまだ見えない。
ソヌスとカントゥスは自分達の村の近くかもという推測が外れたようで、少し訝しげだ。
「こっち側に村なんて有ったか……?」
「どうだろう……正直私達……あんま外の事知らなかったからね……」
「だな、ったく……ヒルンドーの閉鎖的な土地柄が、恨めしいったらない」
恐らくヒルンドーという土地がある方を見ながら、カントゥスは息を吐く。
一方、ピーヌスはシュネーを肩に乗せて歩くクリムゾンフレアを、じっと見つめていた。
「ウロボロスちゃんが小さかった頃も、こんな感じだったのかしら……」
「ちゃん、ねぇ……姫サンがアンタの前世と親子だったってぇ話は聞いたが、まだ慣れねえもんだな」
「まあ、慣れるまで時間はかかるでしょうね」
談笑しながら一行は歩いて行く……。
その視界の先に、小さな村が見えてきた。
「ほんとにあったんだ……」
呟くカントゥス、その隣でソヌスが腕を組む。
本当に寒村といった様子の村だ。
正直、人が住んでいるのか疑わしい。
「あのね、この村は私とお母さんだけで……二人で、あの家に住んでいるの、大変だけど、助け合うの楽しいんだ……」
「そうなのか……二人暮らしにしては中々大きな家だな」
寂れた村の中にある洋館……一件だけ造りが立派なので、正直違和感を覚える。
だが、飽くまでここへは撤退ついでにシュネーを送りに来ただけなのだ。
中まで入る必要はないだろう。
確かにあわよくば潜伏も出来ればと思っていたが、それはこの村がしっかりした商店などの有る村だった場合だ。
潜伏するにもこの村は狭すぎるし、二人しかいないなら物資もないはずだ。
この人数では迷惑になってしまう。
「じゃあ我々はここで、元気で……もう山賊に近付いてはいけないよ」
シュネーを下ろし、頭を撫でてやるクリムゾンフレア。
だが、シュネーはその手を掴み、首をかしげる。
「家には来てくれないの? きっとお母さんもごちそう作ってくれるよ」
「いや……ええと……参ったな」
子供の対処は慣れているつもりだったが、こう言われてしまうとどうも弱い。
どう返答すべきなのか悩んでしまうのだ。
行かないと言えば泣かせてしまうかもしれないし、しかし全員で行けば迷惑……。
本当にどうすべき名のだろうか。
「ったく……陛下! んな悩んでんなって、ピーヌスと二人で家に行って、お袋さんと茶ぁしばいてくりゃ良いだろ、戻ってくるまでは外で警戒しててやらぁ」
「そ、そうか……? 分かった、ではそうしようか、シュネー、案内してくれ」
「うん! お母さんも、きっと喜ぶだろうな」
シュネーについていくクリムゾンフレアを見つめ、ピーヌスは笑みを浮かべる。
そんな彼女に、ケラススは肩をすくめた。
今の天気は人工的な吹雪もやんで、一気に晴天。
雪焼けするぐらいの日差しがあれば、凍えることもないだろう。
問題は、だ。
この村で時間をかけすぎて、夜になる……それはまずい。
なので早めに出てきて貰う必要があるのだが、まあクリムゾンフレアもその点は理解しているだろう。
雪中での野営は避けたいものだ、などと考えながらケラススは伸びをする。
そして、のんびりと剣を手入れしだすのだった。
「お母さん、ただいま」
「ああ……シュネー! 無事で良かったわ」
シュネーの声を聞き、一人の女性が降りてくる。
シュネーをそのまま大きくしたような……白髪に雪焼け肌の美女だ。
彼女は安堵顔だったが……クリムゾンフレア達を見た瞬間、その顔をしかめた。
そうなって当然だろう、行方不明の娘が龍に連れられてきたのだから。
「その人たちは……?」
「あのね、山賊に捕まっていたのを、この人達が助けてくれたの」
「そうでしたか、それはお世話に……私はヴィトヒエン、この家で娘と暮らしています」
頭を下げ、礼を言うヴィトヒエン。
そんな彼女にクリムゾンフレアは笑みを返す。
そしてシュネーの頭を撫でた。
「いえ、我々もシュネーには助けられました、今は行軍中なのですが……現地民に嫌われてしまったようで、人工的な吹雪を起こされて困っていたんです、ですがシュネーがあっさりと打ち消してくれましたよ」
「……!」
礼を返すクリムゾンフレア。
一方で、ヴィトヒエンが目を見開いたのをピーヌスは見逃さない。
何やら……声に驚いていた、そんな気がする。
クリムゾンフレアの声に何か覚えがあるのだろうか。
「ねえクリムちゃん、あの人……会ったこと有る?」
「ん……? 無いぞ、こちらへ来たのは初めてだからな」
クリムゾンフレアの返答に、ピーヌスは「そうよね」と呟く。
なら何故ヴィトヒエンはクリムゾンフレアの声に驚いていたのか。
その説明が全くつかないのだが……。
何はともあれ、答えが出ないなら考え込んでも仕方がないだろう。
ピーヌスは静かに頭を下げ、話を打ち切ることにした。
怪しげな部分が有る以上ここに長居するわけにはいかないのだ。
「では、私どもはこれで……」
「いえ、せっかくですのでリンゴだけでも食べていきませんか? 今朝採れたばかりのものがあるんです」
申し出に、ピーヌスは顔をしかめる。
だが……これはチャンスだとも思った。
もし彼女が何かしらの企てを持つ者ならば……その際は、懐に飛び込んだことを利用して一気に討てるのだ。
そう考えたピーヌスは、その旨をこっそりとクリムゾンフレアに耳打ちする。
「……分かりました、ではお言葉に甘えて」
小さく頷き、四人は奥の部屋へと歩き出す。
その後ろで、ドアが静かに閉まるのだった。
その頃、外では……。
「雪はしんしん降り積もり、今年も北から魔女が来る」
「魔女は子供を連れて行く、どこかへ一緒にいってしまう」
ヒルンドー軍楽隊の数名が、静かに歌を口ずさむ。
それを聴き、ソヌスは首をかしげた。
「なんだよそれ、どっかの民謡か?」
「ああ、そっか、北部の人は知らないよな、これは北から来る魔女っていう東部の民謡さ」
軍楽隊のリーダーと思われる男は、そう言うとリュートを弾き始める。
そして物語が紡がれ始めた。
「北の魔女はいつだって後継者を探していた、雪の中を自在に歩き、巧みに魔法を操る後継者を……けど、あまりに人さらいがすぎるから北の地では魔女は警戒され、どこにも行けない……だから東部に雪の季節が来るとそちらに行って探すんだ、後継者候補を」
男の話を聞き、ソヌスは考え込む。
雪の中を自在に歩き、巧みに魔法を操る者……その話は、故郷で少し聞いたことがある……気がする。
だが、中々思い出せない……。
何せ故郷を離れて久しいのだ。
考え込むソヌス……その隣で、カントゥスが手をポンと叩いて翼を広げた。
「そうだ、魔女の話、お母さんが寝物語に話してくれたんだ」
「どんな話だった……?」
「確か魔女はこの地のどこかにいて、大手を振って動けない自分の代わりに何も知らない後継者を使い、人を誘導して食べるって……」
そこまで言い、カントゥスは「あっ」と呟く。
一方で、ソヌスも全てを察して目を見開いた。
慌ててドアを開けようとするが……鍵がかかっているのか、開かない。
「おいおい、どうしたんでぇ」
「二人が危ねえ! この家は、魔女の家だ!」
「……! 下がりな!」
ソヌスの言葉を理解し、ケラススは剣を振るう。
東の剣聖……その真髄とも言える剛剣、あらゆる防御を突き抜ける重い一撃だ。
それにより、ドアはあっさりと破壊されるが……。
「……!? なんだこりゃ、見えねえ壁があるぞ!」
ドアの向こうには魔術による障壁が張られているらしい。
これでは通れない、剣も弾かれてしまうようだ。
「チッ……どうするか」
舌打ちをしながら目を細めるケラスス。
その時……急にカントゥスが荷物を漁り始めた。
「どうした、カントゥス」
「んーと……こないだ作った試作のやつ……それを使えば、いけるかもって……」
試作の奴、それが何かは分からないが、どうやら切り札があるらしい。
今はそれに頼るしかない、そう考えながらケラススは静かに祈る。
どうか無事でいてくれ、と……。
奥の居間に向かったクリムゾンフレアとピーヌス。
二人の前に子供でも食べやすいようブロックカットされたリンゴが出される。
新鮮で香り立つ……良いリンゴだ。
だが、ピーヌスはクリムゾンフレアを手で制すると、一つ掴んで香りを嗅ぎ始めた。
そして顔をしかめる。
「……ヴィトヒエンさん、私って何の龍なのか知ってますか?」
「いえ……特に知りませんが」
ピーヌスの問いに、ヴィトヒエンは首を左右に振った。
表情、声色、ともにごく自然だ。
本当に何も知らない、といった様子だ。
そんなヴィトヒエンにピーヌスは睨み付けるような目を向けた。
「私は毒龍なんです、毒のスペシャリスト……だからこのリンゴが毒入りだってことくらい分かります」
「……! そうですか……」
ピーヌスの言葉に、ヴィトヒエンが目を見開く。
その隣で、シュネーは首をかしげて自分の皿のリンゴを食べている。
何の話をしているか、理解していないようだ。
「よく気付きましたね、無味無臭の毒のはずなのに」
「いいえ、ブラフです……リンゴだけでも食べて行けなんて引き留められたら、普通怪しみますよ」
してやったり、とでもいわんばかりに笑みを浮かべるピーヌス。
そんな彼女に、ヴィトヒエンも笑みを返し……そして、机を力強く殴った。
シュネーが怯え、駆けてくる。
クリムゾンフレアはそんな彼女を抱きしめ、顔を隠してやった。
「何故こんな事を? 我々が何かしましたか?」
「……その声、覚えているわ」
声、ヴィトヒエンはそう言いながらクリムゾンフレアを指さす。
その表情は憎悪に満ちているようだ。
「私はこの地に住まう魔女……魔女は後継者をよそから狩り、やがて後継者に自らの記憶を与えて永遠を生きる存在……」
「ま、魔女……? それが何故、クリムちゃんの声を知っているの?」
ピーヌスの問いかけに、ヴィトヒエンは居間に飾られている鏡を指さした。
もやが立ちこめて、何も映していない奇妙な鏡だ。
「我ら魔女は、魔法の鏡に天啓を受けて後継者というモルモットを探し、そして記憶操作で子供にした後継者を育て、自らが老いたら記憶を転写し新たな魔女を作る」
「モルモット……シュネーが?」
「そうだ、我らはモルモットと魔女で一つのシュネーヴィトヒエン!」
「そ、それがどう関係あるのよ! クリムちゃんと!」
怒り散らすヴィトヒエンに、ピーヌスは引き気味に問いかける。
すると、ヴィトヒエンは再度机を殴りつけた。
「誰だって、自分の記憶が本物じゃないと知れば過去を見たくなる、だから鏡に頼んだのよ! 私が何者だったか知りたいって! そうして映し出されたのは……知らない世界で生きる辰巳という女だった!」
「……辰巳?」
「……クリムちゃん? 知ってる名前なの?」
辰巳という名に、思わず硬直するクリムゾンフレア。
そんな彼女にピーヌスが問いかけるが、返事はない。
「辰巳は三児の母だった、同時に医者で……病弱で役立たずな娘をモルモットに研究をしていたのよ!」
「……!?」
「使えないユウコ! ゴミみたいなユウコ! でも抗体を作る力には価値があった! だから不死の蛇を研究するために利用してやったのに、やつは恩を仇で返した!」
なおも硬直するクリムゾンフレア。
その隣で、ピーヌスはユウコという名前にどこか聞き覚えを感じていた。
ユウコ、辰巳ユウコ、知っている気がする名前。
懐かしさ、愛しさ、悲しさ……それらを思い出す……。
そんな名前だ。
「だが奴は、私が与えた道具のユウイチを殺した! それで勝手に希望を無くして体調を崩し、モルモットとしての機能を捨てやがって……! だから毒殺した!」
「……!!!!」
「あ、アンタ……子供をなんだと思ってるの!?」
「子供!? 子供は親に尽くすのが当然でしょう、だからモルモットに使ったのよ! 当然のことをしたのよ! なのにユウリの奴、わたしを射殺して……!」
怒り狂いながら「痛い、痛い」と腹をかきむしるヴィトヒエン。
その狂気に、ピーヌスは息を呑んだ。
同時に……クリムゾンフレアは、ユウコの知らない場所で起きていた出来事に驚きを隠せない。
「全てユウコのせいよ! そのユウコと、お前は同じ声をしている! お前はユウコなんだ、ユウコ! 私に罪をわびて死ね!!!」
「……!? いい加減に……!」
「……愚かだな貴様は……貴様が娘を大事にしなかったことが、世界に何を招いたかも知らず……」
ピーヌスの言葉を遮り、クリムゾンフレアがヴィトヒエンを睨む。
元々、両親は自分を愛していないということくらい知っていた。
それでも罪悪感くらいは持ってくれているのだろう、と思っていたのに……。
だが実際は、両親は自分を1ミリも愛してなどいなかった。
それを知り、クリムゾンフレアは心から彼女を軽蔑してしまう。
冷たい感情が腹の底からわき上がるのを抑えきれないのだ。
「お前に生きている価値はない、疾く死ね」
憎悪に身を任せ、クリムゾンフレアはブレスをチャージする。
それでも、腕の中で震えるシュネーは離さない。
だが……。
「甘いわ!」
「え……な、なに、これ……!」
ヴィトヒエンの声と共に、腕の中のシュネーが光り出す。
そして……突如家の中で吹雪が起きた。
「……!? シュネちゃん!? 何を!」
「わ、分からない、急に力が……!」
「ははははは!!! そいつは私のモルモット! モルモットは意のまま動く! 私とそいつのダブル吹雪は、貴様も動けまい! そのまま凍えて死ね!」
強さを増していく吹雪の中、二人は震える。
この状況を切り抜けるには、魔力が足りない……。
なら、切り抜ける方法は……。
(……シュネちゃんを殺すしか……)
シュネーが死ねば、シュネーの分の魔法が止まる。
だが……それを思いついたところで、できるかはまた別だ。
ピーヌスには、意志に反して動かされる幼子を殺めるなどできない。
クリムゾンフレアもまた同じだ。
一殺多生を受け入れているはずなのに。
それでも……敵意も罪もない、そして自分のように親と思っていた相手にモルモットとして利用されている少女を、腕の中で泣き叫ぶ少女を殺めることは出来なかった。
だが、そうなると八方塞がりになってしまう。
そんな中、一歩また一歩とヴィトヒエンが二人に近付く。
そして……。
「うっ……!?」
突如ヴィトヒエンが頭を押さえる。
唐突な頭痛……それを感じているのはヴィトヒエンだけではない。
クリムゾンフレアもピーヌスも、頭が痛くなってきた……。
よく分からない不協和音が聞こえてくるのだ。
何にせよ……これはチャンスだ。
「くらえ!」
叫びながら、ピーヌスは毒リンゴの皿を顔面へ叩きつける。
咄嗟の出来事に判断が追いつかなかったヴィトヒエンはリンゴを飲み込んでしまったらしく、床に倒れて悶えだす。
その姿を見ながら、ピーヌスは安堵の息を吐いた。
「が……! がはっ、が、ぐ……あが……! 死にたく、な……」
奇しくも前世と同じ事を言いながら、顔を真っ赤にしてもだえ苦しむヴィトヒエン。
焼けた靴、ヴィトヒエンがそう名付けた毒は、全身にまるで炎に包まれたかのような痛みをもたらすのだ。
その痛みに悶える姿を見下ろし……クリムゾンフレアは問いかけた。
「死にたくない、か……貴様は、辰巳ユウコやシュネーがそう言ったら、救ったか?」
「が、ぐ……! 救う、わけ……私は、モルモットより、上……! 何故、モルモットに、情けを……!」
「……そうか、なら我も……外道にかける情けはない」
冷たく見下ろすクリムゾンフレア。
その腕の中から出てきたシュネーが、ヴィトヒエンを見つめる。
するとヴィトヒエンは、シュネーに縋るように手を伸ばした。
「シュ……ネー……お、お母さんを……助けて……私達……ずっと一緒だったでしょ……いっぱい、一緒に食べて……お風呂も、入れてあげた……ほ、ら……」
「……」
手を伸ばすヴィトヒエンを、シュネーが見つめる。
その肩に手を置き、クリムゾンフレアは囁いた。
「救いたいなら、君の好きにしていい」
「……私は……」
クリムゾンフレアの言葉に、シュネーは涙を流す。
その様子にヴィトヒエンは安堵したような笑みを浮かべた。
そして……。
「モルモット、なんでしょ……? 私が死にそうなら、救ってくれないんでしょう……?」
「あ……」
泣きながら投げかけられた問いかけ。
それにより、ヴィトヒエンはシュネーに救う気が無いと理解する。
安堵から一転、絶望への転落……。
そのまま、ヴィトヒエンはその人生に幕を閉じた。
縋るように手を伸ばし、絶望に目を見開いて、口から唾液を溢れさせながら……。
「う、う……!」
自分は本当の子供ではなかった、モルモットとしてしか見られていなかった。
それを改めて噛みしめ、シュネーは静かに涙を流す。
そんな彼女をピーヌスは優しく抱きしめてあげるが、何も言ってあげることが出来ない……。
ただ、沈黙とすすり泣く声だけが続く。
そんな中、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「よう陛下! 無事だったか! おう、音楽止めていいぞ!」
「ケラスス……あの音楽は君達が?」
「おうよ、魔術のためのコンセントレーションを邪魔する妨害楽章第一……らしい、作りかけの曲を急ごしらえで形にしたが、上手くいったな……ところで、シュネーは……」
問いかけるケラスス。
そんな彼女に、クリムゾンフレアは首を左右に振る。
「今は……そっとしておいてやってくれ、精神の整理が必要なんだ、シュネーも我も……」
脱力し、へたり込むクリムゾンフレア。
その姿を見ながら、ピーヌスは静かに呟いた。
辰巳ユウコ……どこかで聞いた覚えがある、その名前を……。




