第三十九話 吹雪と少女
「大丈夫?」
「ああ、血は止まった」
治癒術を行使し、心配そうに顔を覗き込むピーヌス。
そんな彼女へ、手を開閉してみせながらクリムゾンフレアは笑う。
手傷を負ったが……心中には不思議な高揚感が満ちていた。
(手の平という鱗に包まれていない場所とはいえ……龍として完成した我が、こうもあっさり手傷を負わされるとは)
魔龍帝クリムゾンフレアとなって以降全能感に満たされていた自分に、こんな広い世界があると教えてくれたかのようだ。
その経験が、今はとても喜ばしい。
上がいるというのは、自分はまだ成長していけるという証明に他ならないからだ。
龍としての完成で終わりでは無い、まだまだ、もっともっと。
そうして強くなっていけばきっとブラエドを滅ぼし世界を救うことも出来ようもの。
(その為にも……ズワールト・メテオール……欲しいな、我が軍に)
顎をさすり、クリムゾンフレアは目を細める。
彼女を勧誘するならば、その為にもまずはこの吹雪を越えねばならない。
しかしどうすべきか……。
「都合が良すぎるタイミング、現地人が不審に思う強さ、山賊の砦へ導くような風向き……恐らくこれは魔術による吹雪よね」
「人為的な物、ということか」
魔術による、という言葉にピーヌスへと視線が集中する。
この中で一番魔術に長けているのはピーヌスだ。
クリムゾンフレアは龍言語魔法は使えるが他種族の魔法についてからっきし。
ソヌスとカントゥスはそもそも魔法が使えないし、ケラススも簡易的な補助を行える程度だ。
プロフェッショナルはピーヌスだけ……ということになる。
「ちょっと待って、考えてる間に……少し会議でもしてて」
「おう、ってぇも……どうするよ、歩いてまた変なところに送られちゃあ困る」
「うむ……飛んで周囲を見ようにも、こう吹雪いていては無理だな……」
今回は送られた場所が山賊砦だったからまだ良かったものの、例えば氷河に誘導されてクレバスに落とされるなんて事になれば大惨事だ。
現地住民の二人すら、自然な吹雪と勘違いして誘導されてしまうほどの風……。
ならば、迂闊な行動は自重すべきだろう。
そう考え、立ち往生しているその時だ。
ピーヌスは、ふと目を開いた。
そして、一つの方向を指さす。
東西南北すらもう分からないが……吹雪で埋もれつつある足跡があるので、恐らく街の方角だろう。
「魔力の線はあっち側ね……あっちから飛ばされた魔力が大気に干渉して、吹雪を起こしているわ……でも行こうと思うと逆風でまず無理よ」
「ふむ……」
龍言語魔法の炎やブレスでかき消せるような単純な事態なら良かったのだが。
しかし、こんな場所で炎など行使すれば何が起こるか分からない。
下手をすれば地崩れや雪崩が起きて大惨事だ。
「とりあえず……山賊砦は見える位置に有るんだ、アタイらは今んとこ動けない……って分かったことを収穫として、とりあえず中で休まねえ?」
「そうそう……中でなら、寝れるし……」
確かに、動けないという結論が出た以上いつまでも外にいるのは得策とは言えないだろう。
クリムゾンフレアは頷くと、中に入るよう号令を出した。
さて、山賊砦の中は防寒設備がしっかりとしているらしい。
北部では、冷気を遮断するために魔術で出来た膜を張るという技術が発展しているのだが……。
その膜や、魔術暖房と呼ばれる特殊な宝玉がしっかりとセットされていて、寒さ対策は完璧だ。
恐らく略奪により設備を完備させたのだろうが、今はそれが有り難い。
龍の身は……特にクリムゾンフレアみたいな火龍はそこまで寒さを感じないが、他種族はそうでもないのだ。
あまり寒さが続くようならば、明らかに今後の行動に支障が出ていた。
「奥に何か使える物が無いか、見てくるわね」
「ああ、分かった」
部下を伴い砦の奥へと入っていくピーヌス。
その背を見送り、クリムゾンフレアは静かに腰を落とす。
まだ課題は多いが……向こうも攻めてこない以上、今は休息するしか無いだろう。
他の面々も、警戒を部下に任せて休息、楽器の整備、装備の手入れなどを行っている。
外が吹雪いているとは思えないくらい、静かな時間だ。
そんな時間を、奥からの物音が断ち切った。
といっても……大きな物音ではない、立て付けの悪い金属戸を開けた音だ。
何か見つけでもしたのだろうか。
「ねえクリムちゃん、ちょっといい?」
「ん……?」
声をかけられ、クリムゾンフレアは振り返る。
そこにはピーヌスと、その部下と……そしてもう一人。
みすぼらしい格好をした、10歳くらいの少女がいた。
雪のように白い髪と、それとは真逆に雪焼けした肌が目立つエキゾチックな少女だ。
しかし服装は北部人とは思えないほどの軽装であり、見ているこちらが寒くなる。
「その少女は?」
「奥で捕らえられていたの、牢屋の前のメモを見るに……誰かへの人質だったみたい」
「そうか……君、名前は?」
問いかけるが、少女は答えない。
どうやら警戒されているようだ。
……ここで洗脳を使えば警戒を解くのは簡単だろう。
しかしクリムゾンフレアにも矜持は有る。
洗脳を使うのは、飽くまで敵対した者や山賊などの無法者のみ。
無辜なる者には使うまいと考えているのだ。
「我はクリムゾンフレア、君に害を与えるつもりはない」
「……」
「ここには我が軍と共に戦わないかと北部の民を説得するつもりで来てね、街へ行くつもりが偶然この砦に来たのだ、砦の主は説得しようとしたが、逃げてしまった、殺してはいないよ」
目線をしっかり合わせ、優しく語りかけるクリムゾンフレア。
この辺りは、病院育ちで年下の患者と話すことも多かったユウコの経験が生きている。
その様子に、少女も少しだけ警戒を解いたらしい。
「なんで……ここで休んでいるの……?」
「ん? 外は見ての通りの吹雪だ、我々はまだここに来たばかりで何もしちゃいないんだが……何故か現地民に警戒されたらしくてね、魔力で人工的な吹雪を起こされたらしい」
そう言いながら、クリムゾンフレアは目を細める。
そして、名案だと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「そうだ、君が現地の人達に声をかけてくれないか? 近くの街の子なのだろう?」
「……それは無理」
「……そうなのか?」
「うん、私……街の子、じゃないから……」
クリムゾンフレアの問いかけに、少女は首を振る。
しかし、外を見ると静かに……少し妖艶な笑みを浮かべた。
「でも、私……吹雪なら止められるよ……」
「そうなのか!?」
「うん……これくらいの魔法なら、打ち消せる……」
少女の言葉に、クリムゾンフレアは嬉々とした表情を見せる。
これを好機と言わずしてなんと言うのか。
逃げるにせよ攻め入るにせよ、これに勝る機会はない。
「良かったら……吹雪を消して貰って良いかな」
「うん、良いよ……でもね、条件があるの」
「条件?」
問いかけるクリムゾンフレアに、少女は目を伏せる。
そして……。
ゆっくりと口を開いた。
「村にね、遊びに来て欲しいの」
「ああ、良いよ、じゃあ……案内してくれるかな」
少女の申し出に、撤退し潜伏するにはちょうど良いと踏んだクリムゾンフレアは快諾する。
そして、彼女の手を握った。
「お名前は?」
「……私、シュネー」
「そうか、よろしくシュネー」
握手をし、笑い合う二人。
その様子をピーヌスやケラススは微笑ましそうに見つめる。
一方、ソヌスとカントゥスは少し疑問符を浮かべていた。
「この辺り、村なんてあったっけ?」
「もしかしたら、少し遠くなのかもな、アタイらの村くらいまで行くのかもしれない、あっちなら小村落がいくつか点在してただろ?」
話しながら、二人はじっとシュネーを見つめる。
どこかで見たような気がするが……。
いかんせん、パッと出てこない。
別に北部人としてはオーソドックスな見た目なのだが。
しかし、何かが引っかかる。
「あの服装かなあ……」
北部人とは思えない軽装、それでピンピンしている姿。
どこかでそんな話を聞いた気がする。
だが思い出せないので、二人はそのまま諦めてしまうのであった。
数分後、街では……。
「いづっ……!」
突如として、魔術師が悲鳴を上げる。
同時に、吹雪はやみ空が晴れてきた。
魔術が切れてしまったのだ。
「どうした、まだ解除は命じていないが」
「そ、それが……急に干渉を受けました……魔術が阻害されて……」
阻害により魔術が切れるというのは、謂わば全力で伸ばした腕を力強く撥ねのけられるようなもの。
そうなれば神経系にダメージがいき腕にしびれが出るだろう。
それと同じで、魔術を阻害された魔術師も、しばらくは上手く魔力が練れなくなる。
これでは吹雪はしばらく出せないはずだ。
「奴らはどこへ行った?」
呟きながら、ワルトはクリムゾニア軍の様子を見る。
北部人は雪原が続く土地柄上、視力に優れている。
特にワルトは、眼鏡は通常と逆に良すぎる視力を矯正するためにかけている、というくらい目が良い。
そんな彼女ならばクリム達の様子を見ることも容易いだろう。
「……? 奴ら、北東へ向かっているな……この街は北西側だというのに、足跡がこちらへ続いていることが分からないわけじゃないだろう」
「何? 北東?」
ワルトが口にした方角に、レパードが顔をしかめる。
一つ、北東に行く理由の心当たりがあるのだ。
「あの小娘に案内されたか……」
「小娘?」
「砦に捕縛してたんだよ、知ってるだろ北東の……」
北東の、そう言われてワルトも何を言いたいか合点がいったようだ。
どうやら北東には現地民に分かる何かがあるらしい。
ワルトはゆっくりと……試すような笑みを浮かべた。
「おい、何笑ってんだ! もしあいつらがあれと手を組んだら……」
「その時は、狩りがいの有る獲物というわけだ、逆に奴らがあの地で朽ちるならそこまでだろう」
そう言うと、ワルトは再度クリムゾンフレア達が去って行った方角を見つめる。
そして、腕を組んだ。
「さあ……見せてみろクリムゾニア軍、お前達がどの程度の存在か……野たれ死んでルーチェの溜飲を下げるか、それかオレに狩られにくるか……勝負だ」
ワルトの笑みなどいざ知らず、クリムゾンフレア達は少女についていく。
果たして、その先に待つものが何なのか……。
ソヌス達の疑問の答えとは……?
彼らはまだ、知る由もなかった……。




