第三十八話 北国に復讐の炎を灯して
ブラエドにとって予想だにしない二面攻撃を行うため、北部へ向かうクリムゾンフレア。
一方、北部ではクリムゾンフレアに恨みを持つ者により、東部独立地区への侵攻が計画されていた。
二つの軍が鉢合わせになるとき、戦火の火蓋が切って落とされる。
その先に立っているのは、北部側か、クリムゾニア軍か……。
彼らはどちらも、まだ知らない……。
「報告! 南方より、龍の旗を掲げた謎の軍勢!」
「何……?」
ワルトは、雇用した傭兵の報告を聞き、顔をしかめた。
まだ準備が済んでいないのだ、人員を集めきっていない。
東部独立地区へはこちらから攻め入るつもりだったので、まさかあちら側からやってくるなどとは予想していなかったのだ。
(ルーチェを殺しにでも来たか? しかしルーチェの話では、追撃はしなかったはずだ)
ならば違う理由があるのだろう、そう解釈しワルトは腕を組む。
そして……ゆっくりと、近場の砦を見た。
近隣住人には悪魔の砦と言われている……だが実のところなんて事も無い、ただの山賊の巣穴だ。
本来ならば斬る価値もない存在と、近寄らねば歯牙にもかけない相手だが……。
今は一つ、価値が生まれている。
(試すか、奴らを利用して……)
どれだけの実力があるのか、何を目的としているのか。
それを推測するのであれば山賊はちょうど良い相手だろう。
ようは当て馬に使うということだ。
当て馬として利用される側からすればたまらない話ではあるが、これも日頃の行いだろう。
(……山賊、か)
ワルトとて、ルーチェ達に非が無いなどとは思っていない。
地方平定のため治安を害する山賊を支配した……ということならば正義はクリムゾンフレアの側にあるのだろう。
だがルーチェは、親を実質的な死に追いやられて嘆いている。
ワルトにはそれが他人事には思えなかったのだ。
(……親を喪う気持ちは知っている、気が済むまで付き合ってやろう、その過程でオレが死ぬなら……オレの剣はそこまでだったということだ)
そう考えながら、進軍準備を進める傍らでワルトは傭兵に一つの指示を出す。
天災を起こせ、という指示を。
「天災を……ですか?」
「そうだ、お前の得意な風魔法と水魔法……それを使え」
風魔法、そして水魔法……。
それを雪原で最大行使すれば何が起きるか、それは簡単だ。
「吹雪を起こすのですか……?」
「そうだ、あの軍勢の進行方向に激しい吹雪を起こせ、そして風向きに指向性を持たせる……行く先は、山賊の砦だ」
吹雪による視界狭小。
そして風による行動方向の制限……それを行えば、ある程度進む方向を決められる。
地元民ですらない連中には尚のことだ。
それを利用し、山賊にぶつける。
潰し合いになり、山賊が倒れるならそれで良し。
謎の軍勢も同時に潰れたら尚のことだ。
もし片方が潰れなかったとしても、疲弊するのならそこを狙い、残った方を潰しにかかれるだろう。
「さて……お手並み拝見と行こうか」
目を細めるワルト。
その視線の先で、吹雪が起き始める。
その雪と風に、謎の軍勢……クリムゾニア軍が巻き込まれていく。
ここまでは予定通り。
そう思われているとも知らず、クリムゾンフレア達は行軍を進める。
「なんだ、この吹雪……この辺りは、そこまででも無かったはず……」
「なんか、おかしいよねえ……」
呟きながら、気候を怪しむ二人……。
だがこの雪原を越えれば、街に着く。
そう二人は確信していたが……。
吹雪が晴れてきたとき、見えたのは全く別のものだった。
「あれ、この砦……」
「嘘だろ、これは……悪魔の砦じゃねえか! 札付きの山賊団の居城だぞ!」
街には近いが、それなりに逸れた場所……。
そこに何故来てしまったのかと二人は目を開く。
その後ろで、ピーヌスは顎をさすった。
「恐らく、まっすぐ歩いてたつもりが強風と視野の狭さでこっちに来ちゃったのね……大した偶然だわ、私達ついてないのかも」
あきれ果て、息を吐くピーヌス。
その前で山賊達が砦から出てくる……。
一触即発の状況だ。
その状況で、クリムゾンフレアが前に出る。
「お初にお目にかかる、我が名はクリムゾンフレア……東部独立地区に新たに築かれ、サーペンタイン及び猫又之国と合併した新興国、クリムゾニアの皇帝だ」
「皇帝……? そんな野郎が、何の用だ! 戦争にでも来たのか!?」
山賊長が問いかける、だがクリムゾンフレアは首を左右に振った。
そう、今回は飽くまで戦争目的では無い。
已む無く戦うというのであれば戦うが……戦いは最低限で済ませたいのだ。
「我は、西のブラエドの悪事を知り、彼の国を打ち破るための同志を求めている、北にはその為の交渉に来た、この地を平定し共に事に当たろうと思っているのだ」
「ブラエドと……? 戦争に俺らを巻き込むってのか!?」
山賊達の問いに、クリムゾンフレアは静かに頷く。
ここを否定することは出来ないだろう。
「彼の国はやがて世界に滅びをもたらす、これは我が国だけの問題では無いのだ、世界全体の問題……故に、諸君らにも手伝って頂きたい」
「な、何を言って……俺達が手伝う、アンタをか……?」
「そうだ、そうすれば山賊としての罪を赦免してあげよう、この者達のようにな……」
クリムゾンフレアに促され、一人の怪人が歩いてくる。
メス熊の獣人にもみじの木が混じったような怪人……ラドロだ。
「ふふ、久しぶりね……不可侵条約を結んだとき以来だったかしら、私よ……ラドロよ」
「ら、ラドロ……!? 東方山賊のか!?」
「そうよ、ふふふ……見てこの体、私はクリムゾニアの一員になったの」
まるで新しい服を見せるかのように、くるりと回るラドロ。
その仕草の一つ一つが、かつてのラドロと同一人物とは思えない。
山賊長には、この事態が異常としか思えなかった。
「クリムゾンフレア様のお力は凄いわ、これを得れば無限の活力を得られる……そして、山賊としての罪を赦され栄誉有る国の一員になり、略奪などせずとも正当な給金として富を得られるの」
「お、おう……それ、は……」
言葉を聞く山賊長は、段々意識がぼんやりしてくるのを感じていた。
勿論これは、自然なことではない。
ラドロの背に生えている樹木……そこから発される花粉により、意識が阻害されているのだ。
この能力に覚醒したというのも、クリムゾンフレアの直属として登用された大きな理由だという。
動かせる人数に限りがある中で洗脳が通りやすくなるというのは、それだけで大きな利点なのだ。
「さあ、おいで……我らと手を取り合おう、それにより諸君らは罪を赦され、新たな命に生まれ変わる……」
「新たな、命に……」
ゴクリと息を呑み山賊長はクリムゾンフレアに歩み寄ろうとする。
だがその時だ……。
突如、風が吹き始めた。
それだけではない、激しい雪も吹き始めて吹雪が起きる。
そのことに驚き、クリムゾンフレアは術に集中できなくなってしまった。
「なんだ!?」
叫ぶ山賊長。
吹雪で冷やされ、流石に意識がハッキリとしたらしい。
そんな彼に気を取られていると……吹雪の中から、突如鋭い何かが飛んでくる。
「……!?」
「ほう、防いだか」
なんとか手で防ぐが、血が溢れている。
よほど強い一撃……いや、一撃ではない。
攻撃は一度しか飛んできていないはずなのに、一気に5つの攻撃が飛んできた、そんな感覚がある。
「こっちだ、来い」
「お、おう!」
声の主、一撃を食らわせた犯人……。
彼女に招かれ、山賊が走って行く。
追いかけたいが、こうも吹雪が凄くてはどうしようもない。
「その声……ズワールト!」
「ほう、東の……お前もいたか、良いぞ、斬り甲斐の有る獲物だ……」
声は段々と遠ざかっていく。
やがて吹雪が晴れたとき……もう全ては遅かった。
山賊は一人もおらず、もぬけのから。
完全にしてやられた……。
「くっ……!」
「落ち着いてクリムちゃん、足跡はあっちに有るわ」
足跡がある、そう言ったピーヌスが指さした先には複数人の足跡がある。
内一つは向きが逆だ。
つまり往復した者がいる……下手人はこちらから来たことがうかがえる。
「あっちは、街がある方向だな……」
「でもさあ……街の奴が、なんで山賊を助けるの……? いつも悩まされてるじゃん」
疑問符を浮かべるソヌスとカントゥス。
もしかすると、この足跡は何かしらの罠かも知れない。
そう考えると、慎重にならざるを得なかった……。
一方、その頃街では……。
山賊長もまた、疑問符を浮かべていた。
「何故、俺達を助けた……? 人斬りのズワールトが……」
「戦いになりそうに無かったからな、オレ達は奴らと戦う、その時にお前達まで敵になっては面倒だ、だから洗脳される前に救った」
「洗脳……俺たちゃ洗脳されそうだったのか、だがなんであんたはんな事知っている?」
山賊長の問いに、ワルトは無言で指を差す。
そこには、治癒術で凍傷を治したルーチェがいた。
「お前……ラドロの娘の!」
「ああ……レパードおじさん! 無事で良かった……」
涙を流しながら、山賊長レパードに抱きつくルーチェ。
その姿を見ながら、ワルトは微笑ましそうに目を細めた。
まだこうして抱きつける相手が残っている、それは羨ましくも微笑ましい……良いことだ。
「オレは北部の傭兵や魔術師を率い奴らと戦う、父を別人に作り替えられ殺されたルーチェのために、お前もルーチェを大事に思うなら手を貸せ」
ワルトの誘いに、レパードはうつむく。
しかしルーチェの顔を見ると決意を固めた。
「へっ……戦いにかり出されることから逃れたら、結局は戦いか、良いぜ! やってやる!」
「ふ……良かったな、ルーチェ」
「は、はい……あの、ワルトさん……本当に、ありがとうございます……でも本当に戦うんですか?」
「ああ、戦う、そうしなくてはお前も気に食わないのだろう? なら、気が済むまで戦ってやろう、それでオレが死ぬならオレはそこまでの剣士だった、それだけだ」
笑顔を向け、ワルトはゆっくり歩いて行く。
山賊達を助けるべく出撃したが、まだ交渉の最中だったのだ。
再度吹雪が吹き始めているが……あのタイミングが良すぎる吹雪で、これは魔術によるものと理解されてしまっただろう。
ならば何かしらの対策がとられないとは限らない。
一刻も早い会議が必要になるのだ。
「ワルトさん……」
そんなワルトの背中に、ルーチェは手を伸ばしてうつむく。
確かに、父の仇は取りたい。
しかし、そんな心に抱いた、口に出してすらいない願いがこうも多くを巻き込むなどとは思ってもいなかった。
このままで良いのだろうか、本当にこのままで良いのだろうか。
「ルーチェ、お前は何も考えんな」
「でも……」
「俺らに任せとけ」
レパードも優しく背中を叩き、歩き出す。
その背を見送り、ルーチェは更に憂いを深くするのだった。




