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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第一部 午刻の章 ―― 龍になった少女 ――
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第三話 水もしたたる

「ピーヌスくん、その山賊は……」

「もちろん私達で捕まえてきたのよ、まあもう一人いたけどね、クリムちゃん大活躍だったわよ」


 山賊を引き連れて街に戻ってきた二人、彼女達を出迎えたのは町長だった。

 その表情には驚愕と……若干の恐れが満ちている。

 街の自警団で相手取れなかった存在をたった3人で倒した、それがただただ恐ろしいのだ。


「で……彼らの処遇について一つお願いがあるのだけれど」

「お、お願い? 何だと言うんだね」

「ここに、首領の大将首があります……これで彼らへの罰を少しでも軽く……せめて死刑は免れさせて、償いをする機会を与えて欲しいんです」


 布に包まれた大将首を渡し、頭を下げるクリム。

 その姿に、町長は少し慄いてしまう。

 力があるならもっとその力で脅迫するようなことを言えばいい。

 なのに頼み込む姿はどこかアンバランスなものに思えるのだ。


「わ、分かった、少しは減刑されるよう掛け合うとしよう……衛兵!」


 衛兵隊が呼ばれ、山賊達が連行されていく。

 その内の一人は、いつまでも生首を眺めていたが……衛兵に殴られてようやく歩き出した。


「……山賊のリーダー、なんて名前でしたっけ」

「さあ、指名手配書には書いてあったと思うけど……もう思い出せないわね」

「私達が名前を忘れても彼らには忘れられない存在で、私達が知らなくても彼らは知ってるんですよね……名前だけじゃなくて、色々な面を」

「そんなものよ、生物は誰しも一面だけじゃ生きられないの、慕われる面も有ったからリーダーなんでしょ、でも他の一面で人を害しちゃえば終わるのよ、こういう風に」


 ピーヌスはそう言うと、小さく息を吐く。

 そして……ゆっくりとクリムにもたれかかった。


「ねえ……あなたは、どんな面を持ってるの?」

「え……?」

「私はもっと知ってみたいと思ったの、あなたはきっと礼儀正しい女の子って面だけじゃない、他の部分も持っている……だからあの時まるで……」


 クリムの顔を見上げながら問いかけるピーヌス。

 だがその時「うおっほん!」と咳払いが聞こえてきた。

 町長が暗に「放置するな」と言ったのだ。


「えー、では……君達への報奨金は我らニライカナイ議会から出そう、もう一人の友人と山分けしてくれたまえ」

「そうだ、ルーちゃんにも報奨金を渡してあげないといけないわね」


 10000、3人で割るには適さない金額。

 だとしても3人で協力したのだから山分けしないわけにはいかないだろう。

 ウェアウルフの貨幣が人間と共通しているのかは不明だが、それはそれこれはこれ、筋というものがあるのだ。


「あ、じゃあ私一番少なくて良いですよ」

「え、良いの?」

「はい、大丈夫です!」


 きっぱりと言い切り、笑顔で頷くクリム。

 そんな彼女にピーヌスは勢いよく抱きついた。


「もう、良い子なんだから! よし、明日は美味しいもの食べましょう!」

「はい!」


 笑い合い、美味しいものを食べると誓う二人。

 その様子に町長は「また私の目の前で……」と呆れるしかないのだった。


 そして翌日……。

 宿の部屋にて、二人は大したことのない食事を前に沈んでいた。


「まさか、体格に合わせた服と鎧でここまでかかるなんて……」

「誤算だったわ、宿のツケがこんなに溜まってたなんて……」


 今日の昼食はパン、ベーコン、トマト、以上。

 とてもではないが豪華な食事とは言いがたい。

 ただ代わりにクリムの体にはしっかりした鎧があつらえられており、インナーには体色にあわせた赤い服を纏っている。

 これならもう全裸を恥ずかしがる必要はないし、身一つの素寒貧などと言われることはないだろう。


「あ、でもこれも凄く美味しいですね……!」

「そう? 満足したなら良いんだけどね、でも何はともあれ……次の仕事を見つけないといけないわね」


 次の仕事、確かにそれは大きな問題だ。

 今回はちょうど山賊が問題を起こしていたものの……こういった事は常に起きるわけではない。


「ま、今後何をするか次第よね、最低限の路銀はまだ有るから旅に出るも良し、ここに滞在したいならそれも良し、私も宿のツケを返したから旅には出れるのよね」

「なるほど、今後次第ですか……」


 思えば、死の運命を越えると決めたものの具体的にどうするかの方針はない。

 5年後の戦争が人間の大国……山賊が出る原因にもなった西のブラエドとのものだというのは分かっているのだが。


(いっそ、ブラエドから遠ざかるのもアリかも、でもピーヌスちゃん着いてきてくれるかな……)


 不安に思いながら、クリムは顎をさする。

 その姿を見ながら、ピーヌスは笑みを浮かべた。


「ねえ、何なら私と一緒に旅をしない? と言ってもまあ、私もあてのない修行生活だから、特にどこに行くって方針はないのだけど」


 せいぜいこの後ウェアウルフの村に報奨金を届けに行くくらい、と言いながら肩をすくめてウインクするピーヌス。

 その姿を見ながら、クリムは思わず胸をときめかせる。

 観察眼を持つ彼女には何もかもお見通しということなのだろう、自分の不安を見抜いての発言……。

 相手が欲しい言葉をピンポイントで寄越すというのは口説きにおいて重要なことだというが、まさにその通り。

 クリムはすっかり、自分の不安を拭ってくれたピーヌスに強い信頼を感じていた。


「はい、一緒に旅しましょう!」

「OK! そうと決まれば、今日はこの街最後の日だし……ぱーっと遊びますか! お金のかからない手段で……」


 お金のかからない手段、そう言いながら意気消沈していくピーヌス。

 やはり宿のツケが思った以上に貯まっていたのがショックなのだろう。

 しかし何とか気を取り直すと、クリムの手を握って歩き出した。

 宿を出て路地を通り、門を越え……辿り着いた先は下流の川だ。


「せっかくだし、水遊びでもしていきましょ」

「え、水遊びですか?」


 水遊び、ようは泳ぐということだ。

 しかし病院育ちのクリムは泳いだことなど一切ない。

 水の中でどう体を動かせば良いかなど全然分からないのだ。


「すいません、私泳いだことがなくて……」

「そうなの? じゃあ……私が教えてあげるわ」


 優しく手を引き、水の中へクリムを連れていくピーヌス。

 そんな彼女に続いて、クリムもゆっくりではあるが水につかる。


「うわあ……水が動いてる……」

「川だもの、ふふふ……大丈夫、冷たくない?」

「あ、はい、龍玉が常に体温を整えてくれてるので、そこは大丈夫です」


 クリムゾンフレアが常に衣服に無頓着だったのは、衣服を纏わずとも体調を崩さないというところにもあった。

 それを思い出しながら、クリムはゆっくりと水中で足を動かしてみる。

 どうやら足はしっかりつくらしい。

 流石に200cmより深い……なんていうことはないようだ。


「足を浮かせてみて」

「こ、こうですか……?」

「そうそう、その状態で顔も水につけるの」


 体勢、息継ぎ、足の動かし方、泳ぎ方の基本を教わるクリム。

 龍の体の適応力か、はたまた14歳故の飲み込みの早さか……。

 なんとか、1時間もせずにバタ足で泳ぐくらいはできるようになっていく。


(凄い、泳ぐってこんなに気持ちいいんだ……!)

「楽しい?」

「はい、とても!」


 満面の笑みを浮かべるクリムに、ピーヌスは満足げな表情をする。

 そして、クリムにそっと顔を近づけた。


「思えばここだと、顔を同じ高さに並べられるのね」

「あっ……」


 ピーヌスとしては女同士の軽いスキンシップ感覚なのだろう。

 しかし親友の生き写しであるピーヌスに対して特別な意識を抱いているクリムは、どうしても緊張してしまう。

 そんなクリムの顔を、ピーヌスはじっと見つめた。


「うんうん、威厳が有ってゴツゴツしていて、強そうで……まさに龍って感じね、でも……その目は凄く優しくて、あなたの心根がよく出ているわ」

「ピ、ピーヌスさんだって……凄く頼りがいが有る感じの、しっかりした目をしてますよ」

「そう? ふふふ、ありがと」


 穏やかで、しかし少しドキドキする不思議な風景。

 そんな時を過ごしていても、やはり時間というものは流れていく。

 朝はやがて昼になり、昼はやがて夕方に、そして夕方は夜に……。

 楽しい川遊びもお開きになり、二人は宿へと戻っていった。

 ……だが、その夜。


(……気付かれてないよね、よし……)


 クリムはこっそりと宿を抜け出す。

 周りに人影はない、遠くに巡回の兵士がいるくらいだ。


「よし……」


 クリムは安堵しながら、翼を広げる。

 そしてジャンプし……勢いよく転倒した。


「痛い……」


 龍の体はこの程度で痛みを感じるほどヤワじゃないのだが、それでもつい癖で痛いと言ってしまう。

 だがめげずに立ち上がるともう一度ジャンプし……そしてもう一度転倒した。


「何が足りないんだろう……?」


 記憶の中のクリムゾンフレアは、確かにジャンプしてそのまま飛行していた。

 それと同じ事をしているはずなのに、何故か転倒してしまう。

 そのことに疑問を感じながら、クリムはもう一度ジャンプし……また転んだ。


「頑張れ……」


 そんなクリムを物陰から応援し、ピーヌスは部屋に戻る。

 こっそりと秘密の練習をしているなら、邪魔をしても悪いと考えたのだ。

 そんなピーヌスの背後で、クリムはまたも転び、またもジャンプし……を繰り返していた。


(上手くいかないことを一つ一つ潰したら、全てが上手くいくように……ならないかな)


 子供らしい想像と共に、繰り返される試行錯誤。

 ただジャンプをする、ジャンプしながら翼を動かす、三段跳びにする。

 助走を付けて跳躍しても、中々上手くいかない。

 しかし、基本的に睡眠を必要としない生物である龍には時間がいっぱい有るのだ。

 朝が来るまで頑張ってみよう、クリムはそう誓うのだった。



 翌朝……。

 結局クリムは飛べなかった。

 しかし実入りは有るには有ったようだ。


(とりあえず、翼の動かし方はマスターできたよね、あと尻尾も)


 これだけ完璧に翼が動くなら、背後の相手に一撃……なんてこともできるだろう。

 できることの幅が広がれば、当然できないことが少し減る。

 そうしていけば、やろうとしたことが成功する確率……というのも増えるかもしれない。

 すぐに飛べるようにならなくたって良い、まずは一つ一つできるようにして、その先で飛べるようになろう。

 そう決意しながら、クリムは満足げに笑みを浮かべていた。


「ふふ、上機嫌ね」

「え、顔に出てますか?」


 機嫌の良さを指摘され、少し恥ずかしくなり顔を引き締めるクリム。

 その隣で、ピーヌスも笑みを浮かべる。


「良いのよ、旅立ちなんて浮かれてるくらいで、私達は別に使命とか有るわけじゃないんだから」

「ふふ、そうですね」


 確かに死の運命を変えるという目標は有るが、まだすぐそこに迫っているわけでもないのだ。

 旅立ちくらい気楽な気分で行っていいだろう。

 満面の笑みで、二人は街を出る。

 その時……門番の衛兵が二人へ敬礼をした。


「……?」

「山賊退治の功績が伝わったみたいね」

「ああ、なるほど……」


 複雑そうな表情で、クリムは衛兵の隣を通り過ぎる。

 あの衛兵は、先日この西門から出たときに安堵の息を吐いた者だ。

 それが功績を収めた途端この態度……。

 若干、複雑な気持ちになる。


「手の平返して、って思った?」

「それは、その……」

「ふふ、まあそういうものよ、未知の存在は怖いって人がどうしても多いの、そしてそういう人は逆に分かりやすい事に弱いのよ」


 そう言うとピーヌスは、ゆっくり伸びをする。

 リラックスした様子だ……。

 この様子を見ていると、しかしピーヌスは最初から受け入れてくれていたのに、と思ってしまう。

 それは莉子がそう設定したからかもしれないが……それでもだ。


「私は受け入れてたのに、って顔してるわね、ふふ……だって私は研究の旅をする身……つまり未知を知るのが仕事だもの」

「未知を知る……ですか」

「ふふ……まあそんな気を落とさないの、少なくとも……沢山の人があなたを信じなくても、私はいつも理解者でいてあげるから」


 ピーヌスはそう言うと、クリムの手を握って微笑む。

 その笑顔を見られただけで、先ほどの衛兵の態度が変わった事も許せそうな気がした。



 オマケ その頃のルーヴ


「父よ、帰ったぞ」


ウェアウルフ達が住むルージュ村は、ニライカナイから南西の地点にある森の奥深くだ。

 その最奥に有る大きな木造建築……そこにルーヴは住んでいる。

 

「おお、お帰りルーヴ……無事で良かった、お前に何かあれば母さんに顔向けができん」

「杞憂だな、と言いたいが……実際、道中で同じ目的の者に出会わなければまずかったよ」

「ほう……旅の方が」


 父と呼ばれたウェアウルフの村長は、興味深そうに腕を組む。

 年老いた彼は長く生きてきただけ有って、人間から向けられる多くの偏見を目にしてきたのだ。

 それだけに、助けてくれる旅人という存在には興味がある。


「不思議な二人組だった、人間と龍人の旅人だ」

「龍人……? それは珍しい」

「赤い女の龍人だったな、人間で言うと14歳くらいの若い龍でとても強かったんだ」


 赤い女の龍人、そう聞いた村長は少し訝しげな顔をする。

 しかし、気のせいだろうと首を振ると笑顔になった。


「恩人なら、もてなしたいところだが」

「ああ、だから村に来たら歓迎すると伝えてある」

「ふむ……正確な場所は伝えたのかい? 方角くらいなら分かるかもしれないが」


 村長の言葉にルーヴはハッとなる。

 ルージュ村は森の奥深くにあるため、明確な場所を伝えないと中々辿り着くのが難しいのだ。


「忘れていた……しょうがない、ニライカナイまで伝えに行ってくるとしよう」

「あっ、ルーヴ! 気をつけていくんだよ!」

 

 思い立ったが早いと走って行ってしまうルーヴ。

 その背中を見送りながら、村長は「こういうところは母さん似だな」と耳を伏せるのだった。

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