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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第三十七話 雪原のふたり

「皇帝陛下、御出陣!」


 山間のクリムゾニア城に、兵士の声が響き渡る。

 その声に送られ、クリムゾンフレア達は歩き出す。

 目指すは北……危険地帯とされる地だ。

 南部防衛に隊数が割かれている以上、慎重な行動が必要となる。


「さあて……鬼が出るか蛇が出るか……」


 最前線を進むのは、ケラスス及び彼女がサーペンタイン滞在時に鍛えた部隊、スペルビア剣闘士隊だ。

 その後ろに、ソヌスとカントゥスが率いるヒルンドー軍楽隊が続く。

 彼らは皆、ルイン村の祭りで共に音楽を奏でた仲の旅芸人だ。

 ちなみにヒルンドーというのは、ソヌス達が生まれた土地の名前。

 曰く、その名を付けたのは音楽を認めなかった故郷への皮肉らしい。


「はー……部隊を率いてると、歩かずとも抱えて貰えて楽ちん……」

「甘やかすな! 甘えるな! 17歳だろうが!」

「ふふ……二人は旅行みたいね」


 喧嘩する二人……いや、一方的に怒るソヌスを見ながら、ピーヌスは笑う。

 勿論彼女も部隊を引き連れている。

 テルメ村の数少ない生き残りで構成された部隊、テルメ返報隊だ。

 返報には復讐という意味以外に、恩を返すという意味もある。

 つまりこの部隊名は村を滅ぼしたブラエドへの復讐を果たし、クリムゾンフレア達への恩を返すという意味を持つ名なのだ。


「こうして北へ行くことが、やがてブラエドを滅ぼすことに繋がる……ワクワクするぜ」

「そうよね、早くパパやママの仇達がみんな死ぬのを見てみたい……」

 

 構成メンバーは皆ピーヌスの魔力を受け入れており、人間を捨て有毒動物や昆虫の怪物に変わっている。

 彼らやここにはいないアラクネのような、魔力による生体改造を施された人間の呼び名をどうするかは、ちょっとした議論になっていた。

 通例に基づくなら、魔法により改造された生物は魔物と呼ぶべきかもしれないが……。

 何せ彼らは魔物と呼ばれる生物兵器とは違い、高等生物らしい思考能力を持っている。

 元人間だから当然と言えば当然なのだが、これは大きな違いだ。

 しかしキメラと呼ぶには、ウルス達のような手足耳だけ動物型といった存在とは違い、人外部分が多すぎる。

 そんなわけで、彼らの呼び名に迷った結果……呼び名は、怪人となったのだ。

 猫又之国に伝わる妖怪変化、それを人に落とし込んだかのような存在……という意味だ。


「ここより先は危険とされる未開の地、くれぐれも気を抜かないように」

「はっ!」


 クリムゾンフレアの号令に、兵士達が敬礼する。

 彼らはみな、テルメ返報隊と同じく人間をやめている者達だ。

 皇帝直属部隊、天生隊……。

 表向きは皇帝の人柄に惚れ込み、協力を誓った精鋭達ということになっている。

 しかし実際のところはそうではない。

 彼らの来歴は、カペル等の外的要因抜きでクリムゾンフレアがどれだけの洗脳を行えるか……というテストのため、挨拶回りの道中で支配下に置いた山賊達だ。

 アラクネは、曰くアルテューマ家が蜘蛛信仰を行っている家系らしくあの姿になったが、彼らはまた違う。

 猪だったり鳥だったり……山の生物をベースに、しかし真っ当な獣人とは異なる樹木などの山にちなんだ異形の要素が足された姿、といった塩梅だ。

 クリムゾンフレアの使う異形化魔法は相手の精神に応じた姿を与えるので当然と言えば当然だろう。


(山賊など、所詮は刹那的欲求に突き動かされし者……操るのも容易い、しかし……今回のことで分かったのは、我が力のみで操れるのはそういった矮小な存在のみということだ)


 山賊の中に、一人だけ確固たる意志を持っている者がいた。

 どんな理想があるのかは知らないが、かつてのバンディーを思い出させる目の者……。

 周りが赦免と延命をダシにすれば洗脳にかかった中、その者だけは洗脳が出来なかったのだ。

 その者には結局逃げられてしまったのだが……リーダーですらないたった一人の下っ端、そんな者に何が出来ると見逃した。

 もしかしたら、内心で洗脳にあらがう意志力への敬服でもあったのかも知れない。

 他者の上に立つ立場になった以上、そういった情動によるブレは無くすべきなのだが。

 この辺りは今後直していくしかない、要検討といったところだろう。

 そう考えながら、クリムゾンフレアは空を見上げる。

 一つの目的を片付ければ次の目的が出来る、なんと忙しいことだろうか。

 しかしその忙しさこそが生きるということなのだ。

 問題が山積みで、次から次にやることが増えて、しかし……だからこその人生。

 前を向いて乗り越えてやろう、そう考えながらクリムゾンフレアは目を細めるのだった。


 その頃……北部では。

 新たな問題が、一つ生まれようとしていた。


「はあ、はあ……!」


 一人の女が、息を切らせて雪原を走る。

 防寒具などは纏っておらず、如何にも急遽走ってきました、と言わんばかりの風体だ。

 女はそのまま、力尽きて雪原に倒れ込む。

 このままでは死ぬのは避けられないだろう。

 だが……そこで、女を見下ろす影があった。

 影は、無言で女を担ぎ上げて歩き出す。

 そして……次に女が目を覚ましたとき、彼女は暖かな部屋にいた。


「……? ここは……いたっ……!」


 ベッドから動こうとするが、全身が凍傷で痛い。

 幸い壊死したり、障害が残るほどではないようだが……。


「目が覚めたか」

「あなたは……」


 女の声に反応し、壁際の椅子で本を読んでいた女性が目を向ける。

 眼鏡をかけて、黒髪を首の辺りで切りそろえた……利発そうな人間の女性だ。

 だが一方でその目は射貫くかのように鋭く、腰に帯びている剣も相まってただものではないと感じさせる。


「オレはこの小屋の主だ、お前が雪原に倒れているのを見つけ運んだ、この辺りは街もなく賊も出る、良かったな見つけたのがオレで」

「あ、ありがとうございます……」

「土地勘も無い者……しかも獣人ですらない身で防寒具も無いのに歩くなど、そのような無茶は次からは控えろ」


 女性の言葉に、女はただただ謝るしか出来ない。

 そんな彼女を……女性はじっと覗き込んだ。


「名前は? オレはワルトだ、親しい者はそう呼ぶ」

「は、はい……私は、ルーチェです、ルーチェ・アウローラ……」


 名を名乗り、震え上がるルーチェ。

 まるで、ワルトの目が彼女の奥底を見つめているかのようなのだ。

 何か気に障ったのだろうか、そう考えて萎縮してしまう。


「ここで嘘をつくようなら締め出していたが……どうやら、荷物にあった名前をちゃんと名乗ったな」

「あ……た、試されていたんですね……」


 息を吐くルーチェから離れ、ワルトが窓の外を眺める。

 外は雪が降り続いており、殆ど何も見えない。


「あなたは……ここで何を? 街も近くにはないんですよね?」

「剣術を磨きながら、見守っている」

「見守る?」

「ああ、ここの外は所謂ゴーストタウンでな、オレはずっとここを見ている、誰かが荒らし回らぬように」


 そう言い、ワルトは何かをルーチェに投げ渡した。

 どうやら……ルーチェの荷物らしい。

 何やらマークの書かれた布きれだ。


「そのマーク、東方山賊だろう?」

「そ、それはその……」

「奴らは味方を識別すべくそのマークを身につける、何度も斬ったから知っている、ごまかしはいらん」


 強い言葉をかけられ、ルーチェは更に縮こまる。

 元より身長が高くないのに、更に縮こまるとまるで子供だ。

 そう考えながら、ワルトはベッドに座った。


「奴らは集団行動が基本、ならここへ盗掘に来たわけでもないだろう」

「は、はい……私は、私は……その……逃げてきました……」

「団に馴染めなかったか」


 ワルトの言葉に、ルーチェは首を振って否定する。

 馴染めない、なんていうことは断じてなかった、それは言い切れる。

 山賊は皆ルーチェに優しくしてくれた。


「なら、何故逃げた」

「それは……長くなります」


 ルーチェは元々10にも満たない頃に親を亡くした孤児だった。

 サーペンタインにも猫又之国にも属さない、テルメ村やルイン村等が有る独立地区の村に生まれた孤児。

 だが貧しい村には彼女を養う余裕などなく、近隣の村に存在する教会へと預けられたという。

 その教会で、ルーチェは下働きという名の奴隷生活を送っていた。

 掃除が遅ければ裏で殴られ、寄進が少なければよそでの労働もさせられる。

 寝る時間など殆ど無く、食事も禄にない毎日……。

 だが、周囲は宗教を信じ切り、ルーチェの言葉を信じなかった。

 むしろ、悪魔の子とまで呼び蔑んだのだ。

 本物の悪魔は、むしろ神が遣わした被造物だというのに、皮肉な話だろう。

 何はともあれ、彼女の生活は苦難に満ちていた。

 労働、暴力、偏見、差別……。

 そんな日々を送る中、彼女はある日呟いたのだ。


「もう嫌だ」


 口にしてしまうと、抱えていた不満は広がっていく。

 労働は正当な時間だけ行いたい、対価が欲しい、暴力は嫌だ、偏見の目も嫌い、差別なんてされたくない。

 そんな不満があふれかえり……。

 ルーチェは、神父を刺したのだ。

 神がこいつを裁かないなら、自分が裁いてやると。

 信徒へとご高説を説いているその時に。

 後ろから、勢いよく刺してやったのだ。


「し、神父様が!!」


 叫び、惑う人々。

 それもそうだろう、以前からこの神父は神の加護を受けている自分は死なないと言っていた。

 それが刺され、血だまりに伏しているのだから。

 だが、それで終わる神父ではなかった。


「や、れ……! この女……は……悪魔の、化身……! 殺せ……! 神のために……!」


 最後の最後に信徒を煽動し、神父は息絶えた。

 そしてルーチェは村中の者に追われ、山へ逃げたのだ。

 恐ろしかった、狂信者という存在が何より怖かった。


「やだ、やだ……生きたい……!」

 

 追われ、追われ、逃げ、逃げ……。

 三日間、地獄のような追いかけっこは続いた。

 しかし、食事すらままならなかったルーチェは先に力尽き、倒れてしまったのだ。


「悪魔の化身を捕らえたぞ!」

「焼け、浄化しろ!」


 口々に叫ぶ村人達。

 彼らはルーチェを貼り付けにし、火にくべようとした。

 だが……そこで、突如彼らは動きを止めたのだ。


「おう、ガキ相手に何してやがんだ」


 村長の頭に刺さる斧。

 刺したのは一人の男……山賊の長、ラドロだ。

 彼は村人達を斬り伏せると、そのままルーチェの拘束を解いたのだ。


「ったく、クソみてえな事しやがる」

「あ、あの、あり、がとう……あなたは、なんで……」

「娘に似てたんだよ、アンタはな」


 そう言い、ラドロは去って行こうとする。

 だがルーチェは、彼にしがみついた。


「私、行く当てがないの……だから、一緒に……」

「……そうか、じゃあお前も山賊になるか?」

「うん……私、生きたい……だから、行く」


 こうして、ルーチェは山賊の一員になったのだ。

 ラドロは彼女にとって父のような存在だった。

 当然ながら、決して善の人物でも潔白でもなかったが……。

 ルーチェにとっては、世界一の父だった。


「良いか、お前の故郷がお前をクソみてえな場所に送ったのも、全ては略奪なんかできないだの言って金の稼ぎ方を選んでたからだ」

「うん、お父さん!」

「だから、金は手段を選ばず稼げ! 奪い尽くせば貧乏なんざ怖くねえ、家族が死んで悲しむこともねえんだ! 何をしてでも生きろ!」


 二人は笑い合いながら共に生き、略奪の限りを尽くしたのだ。

 先日、あの怪物が来るまでは……。


「やあ諸君、我は魔龍帝(トイフェル・カイゼリン)クリムゾンフレア……この地の新たなる帝である、平伏せよ」


 突如現れた龍は、そう言って山賊を制圧した。

 圧倒的な力、今まで自分達は世界一の山賊団だと思っていたが、そんなのは井の中の蛙でしかないと思わせる力……。

 それに山賊団は恐れをなした、殺される、滅ぼされると。

 だが……意外にも、彼女から向けられたのは温情だった。


「忠誠を誓え、さすれば生かしてやろう、我が配下となり、人であることを捨てるのだ……生きたいならばな」


 彼女はそう言い、平伏した者達を次から次へと怪物に変えていく。

 生きたいという願いを利用し、洗脳していったのだ。

 変わった者達は皆、彼女に忠誠を誓った。

 まるでそれが自然であるかのように、神を崇めるような口調で……。

 そしてそれは……ラドロも例外ではなかった。


「や、やめろ……! 俺を変えるな……!」

「変われ、そうすれば生きられるのだ、死にたくはないだろう?」


 クリムゾンフレアが、黒い炎の灯った手を伸ばす。

 それが体に入ると、ラドロはもだえ苦しんだ。

 だが……すぐにその様子がおかしくなる。


「あ、あ、ああっ……! ん……! い、や……! 俺は、俺は、私は……! あああぁぁっ!!!!」


 筋肉質な体格は、豊満な胸を持つ女性のそれに。

 そして、体中には獣毛が生えていく。

 強固……しかして柔軟さも持つ熊の毛だ。

 そのままラドロは快感のあまり、咆哮を上げる。

 そして……メスの熊獣人になったのだ。

 真っ黒で、月の輪模様があるメスの熊……。

 だが、変化はそれで終わりではない。

 背中からはまるで、翼のように彼が好んでいた樹木、もみじの枝が生える。

 彼は熊獣人と樹木を混ぜたような怪物に変化したのだ。

 

「ああ、クリムゾンフレア陛下……これまでのご無礼を、お許しください……」


 すっかり高くなった声で、うっとりと囁くラドロ。

 彼が、いや彼女がクリムゾンフレアの足を舐めるのを見ながら、ルーチェは震えた。

 そして、こう思ったのだ。


「父さんが……殺された」


 変質し、別物になってしまう。

 それを実質的な死と言わずなんと言うのだろうか。

 しかし、ラドロだった怪物は首を左右に振ると笑った。


「死じゃないわ、私はクリムゾンフレア陛下に新しい命として転生させて頂いたの、おほほほほ……ああ、素敵な気分だわあ……さあルーチェ、あなたも来なさいな」


 笑いながら手を伸ばす怪物。

 だが、ルーチェはその手をはねのける。


「やだ!! そんなの、やだ!!」


 自分はまだ生きたい、死にたくなんてない。

 その一心で、ルーチェは身を翻す。

 非常用出入り口へ向かったのだ。

 その背にクリムゾンフレアが「待て!」と叫ぶ。

 すると頭が一瞬ざわついたが……だが、逃げるのをやめようとは思わなかった。


「申し訳ございません、私の娘が……! かくなる上は、この手で……」

「……追わずとも良い、それよりも……」


 かつて父だった存在が、自分を殺そうとしている。

 その声を聞きながら、ルーチェは涙を流していた。

 彼らのような存在は、自分をかつて殺そうとした狂信者と同じだ。

 そんな存在に強制的に変えられるのは死と同じだ。

 

(逃げなくてはいけない、どんな恥をさらしても生きるんだ、どんな手を使ってでも生きるんだ、絶対に……!)

 

 誓いを立てながら、ルーチェは走り続けた。

 教会時代に学び、山賊になってからは使わなかったヒーリングを使ってまで体力を維持し、何日も何日も……。

 生きるという確固たる信念を持って……。

 そうして逃亡を続けた果てに、彼女は北部雪原で倒れたのだ。


「そうか、中々の経験だったな」


 目を細めながら、ワルトはホットミルクを手渡す。

 それを飲みながら、ルーチェは涙を流した。

 美味しい、暖かい。

 自分は生きているのだと、改めて実感したのだ。


「……私は、また親を喪いました……」

「そうか……揃いだな」


 短く言い、ワルトは窓の外を眺める。

 そして、自身の分のミルクに口を付けた。


「あなたも、ですか?」

「ああ、ここで親を喪った」


 息を吐き、窓を曇らせるワルト。

 そんな彼女を見つめ、ルーチェもまた息を吐く。

 今だけは、辛いことも忘れられそうな気がする。


「しかし、人間を怪物にする龍か……斬り甲斐が有りそうだ」

「え……?」


 ワルトの言葉に、キョトンとするルーチェ。

 その頭を、ワルトは優しく撫でてやる。

 剣士特有の豆があるが、しかし細くて優しい手だ。


「親を殺されたのなら、仇を討ちたいはずだ、オレも斬り甲斐のある獲物に興が乗った……手伝ってやる」

「ワルト、さん……」


 目を潤ませ、ルーチェはワルトを見つめる。

 そんな彼女に笑みを返すと、ワルトは小屋の入り口へ向かった。

 片手には酒を持っている。


「ワルトさん、どちらへ……?」

「手伝いがいるだろう、少し離れているが街で人に声をかけてくる、この酒は交渉材料だ、ついでに夕食の材料も買ってくるとしよう」


 そう言い「ゆっくり休んでいろ」とドアを閉じるワルト。

 ルーチェは小屋に一人残された。

 だが、ミルクも暖炉もベッドも……全てが暖かい。

 満たされた気持ち……とでも言えばいいのだろうか。

 そんな温もりを感じながら、ルーチェはミルクを飲み干し、横になる。

 そして静かに寝息を立て始めるのだった。

 辛い現実を乗り越え、なんとか生を繋いだ喜びを抱きながら……。

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