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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第三十五話 死のための生、生のための死

 精神の海の中……クリムは、クリムゾンフレアと対面していた。

 だが今回はユウコの姿じゃない、クリムとしての……黒い龍の姿だ。

 クリムの精神がかつてより変化してきている、その証なのだろう。


「よく来たな、ユウコ」

「クリムゾンフレア……」

「君は、世界の真実を知った」

「ええ、私は貴女の前世だった……でもどうして? 他はみんな前世の記憶がないのに、私だけは記憶が有る……それも一つ前の世界では記憶なんてなかったのに……」


 クリムゾンフレアに問いかけるクリム。

 その問いに、クリムゾンフレアは静かに息を吐く。

 やはり、彼女は知っているのだろう。

 何故自分達の魂がこうなったのか……その理由を。


「元々、一つ前の世界の時点で、我は自分の前世が君であることを知っていた……というより、一つの肉体に二つの精神が共生していたのだぞ?」

「え……」

「覚えていないだろうが、君はその未練と憧憬故か強い意志を持ち、我が龍の世界からこの地に降り立ってからしばらく後に我の中で目覚めたのだ」


 クリムゾンフレアは、ユウコとの会話は意識下で行い表に出さなかった。

 故に、シャングリラ・オンラインでクリムゾンフレアの“視点”を見ていたクリムには、そんなこと知りようがなかったのだ。

 一応、ピーヌスとウロボロス、そしてミドガルズオルムには話しており、彼女達も“もう一人のクリムゾンフレア”としてユウコを等しく愛していたのだが……。

 シャングリラは意図的に、世界の構造を理解しかねないもの……遺跡の穴の中やユウコの魂に関する会話は見せなかったため、知らず終いだったのだ。


「ピーヌスが我の半身ならば、君は我にとってもう一人の我だった」

「あなたが、もう一人の私……」


 クリムゾンフレアがそう言ってくれたことを、クリムは心から誇らしく思う。

 だがクリムにはその記憶がない、それが口惜しい……。


「気にするな、我が1000年前の記憶を引き継いだ事も一種のエラーなのだ、本来はそうやって忘れてしまうのが普通だ」

「エラー……?」

「そう、死の間際に抱いた無念、悲しみ、それが奇しくも君と同じ強い未練になり、我は記憶を引き継いだ」


 記憶を自覚したのは、龍の世界からこの世界に飛ばされる瞬間のことだ。

 転移というのはその生物の存在を一度情報単位で分解し、そして転移先に再構築するという一種のカッティング&ペーストだ。

 その際に情報内に残されていた1000年前の未練、ユウコの魂、そういったノイズががエラーとなり、クリムゾンフレアは1000年前を思い出す。

 同時に、ユウコの魂が目覚めようとしていることにも気付いていた。

 だが、一つ問題があった。


「1000年前……我が国の民を実験動物としたことで彼奴らが悪しき文明を生み出そうとしていると知り、世界のために行った戦での敗因……それは我だった」

「え……?」

「我は他者を憎みきれなかった、憎しみに任せて父を殺めたトラウマは……1000歳を過ぎても乗り越えられなかったのだ」


 憎みきれない、それは一種の甘さだ。

 かつてクリムゾンフレアは、逆賊を憎みきれなかったことが敗因となり自らの世界を追放された。

 その甘さがこの世界でも作戦ミスと敗北を導き……ピーヌスを、多くの民を殺してしまったのだ。

 そして自分も……。

 この出来事を後悔したクリムゾンフレアは、転生の際に龍玉に残した自らの一部と分離した。

 それでも他者を憎むことのトラウマは拭えなかったのだ。


「最期の時、呪うようなことを言ったが……しかし改めて落ち着くとどうだろう、震えるのだ、憎む事への恐怖で……」

「クリムゾンフレア……」

「故に我は予定より早く君の魂を目覚めさせ……肉体の主導権を譲った、君の可能性を信じて」


 可能性、そう言われてクリムは胸に手を当てる。

 いや……胸にではなく、漆黒の龍玉にだ。

 自分は今、精神と肉体が大きく変調し黒き龍となった。

 不可逆の大きな変化……それにより、精神の姿すら龍となっている。

 それが可能性と言うことなのだろうか?


「君は我が娘が仕組んだ旅路の中で、多くの痛みに触れ憎しみを受け入れた」

「仕組んだ旅路……?」

「サーペンタインから、ニライカナイでの惨劇まで……そこは恐らく娘の計画なのだろう、ブラエドとの因縁、各指導者との面識……そして戦う理由、それらを作る為の」


 流石に予言で見えない範囲……テルメ村の事態は予想外だったようだが、と言いながらクリムゾンフレアは腕を組む。

 言われてみれば、初めてブラエドの悪事を知ったのはサーペンタイン領内、そしてそれによりウロボロスと知り合った。

 更に大罪の7姉妹と巡り合わせたのもウロボロスで、大罪の7姉妹をブラエドの悪事に関係する場所へとピンポイントで配属したのも一つ前の雇い主であるウロボロスだ。

 ニライカナイでの惨劇までは、戦争を5年早く起こすための予定調和だったということなのだろう。

 ニライカナイの無辜の民……その多くの死を伴う策ではあった。

 だが……こうしなければ世界が滅ぶのなら、責められまい。


「でも……私は正直、少し不安だよ」

「ほう?」

「私は、憎悪に任せて帝位を受け入れたけど……でも貴女と違い指導者の経験もない、社会経験すらない14歳の小娘だ」


 こうして冷静になることで、クリムの中に今更ながら不安がどっと溢れてくる。

 帝位、世界の命運、恋人の命……全てがあまりに重すぎる。

 本当に自分にできるのか、そう思ってしまうのだ。


「……だからこそ……我らは二つなのだろうな」

「え……?」

「我らは今までのような共生ではなく、真に一つになることができる、そうして不足を補い合うために、そして余分を捨てるために……二つとして生きてきたのだ」


 手を握りながら、クリムゾンフレアは語る。

 その内容にクリムは息を呑んだ。

 共生ではない真の融合、精神における不足を補い合い、そして同時に不要な部分を切り捨てる、究極の取捨選択。

 クリムゾンフレアの躊躇い、クリムの困惑。

 それらを捨て、指導者としての経験則やクリムの憎悪を混ぜ合わせる……。

 そうして迎えるのは、真なる龍帝(カイゼリン)の誕生だ。

 だがそうなれば……。


「そこに残るのは……」

「そう、我と君の記憶を持つが我でも君でもない存在、どちらよりも龍に相応しく、望むがままに力を振るえる存在……新たなクリムゾンフレアだ」


 かつて、ルージュ村で魂の最適化が行われたとき自分はどうなるのか、と考えたことを思い出す。

 その答えがこれだ。

 クリムゾンフレアでもクリムでもない、ましてや辰巳ユウコでもない。

 しかしてその全ての記憶を有する、新しい個我……。

 それこそが、真に最適化された魂なのだ。


「覚悟はあるか、愛する者のために全てを捨てる覚悟が」

「……覚悟……」


 今いる自分でなくなるというのは、実質的な死だ。

 愛する者のためとはいえ、それを自ら選択するというのは事実上の自殺だろう。

 今まで……生きたいという一心でここまで来た。

 その自分が、それを選べるのだろうか。

 クリムは少し悩んでしまう。

 そんな彼女を、クリムゾンフレアは優しく抱きしめた。


「我はな、これは死であると同時に……転生だと思う」

「転生……」

「君が我になったように、我が前の世界の我から今の我になったように……生まれ変わり、事を為す……ただ生きていくために」


 クリムゾンフレアの言葉を聞き、気分が少し楽になる。

 少しだけ……納得がいったのだ。

 ほんの少し、躊躇い、未練、そういったものはあるが……。

 だが、納得はできた。

 私はただ死ぬのではなく、死ぬことで生を全うするのだ。

 ただ生きていたい……だから、世界を長らえさせるために選ぶのだ、自らを捨てることを、他者のせいで強いられた死ではなく……今度は自らの意志で。

 生きて死ぬまでが人生だとしたら、世界のために死を選ぶことのなんと尊きことだろうか。

 死に方を決めるための時間こそが人生だとするなら、自分はどれだけ恵まれているのだろうか、想像もつかない。

 ただ一つ言えるのは……。


「分かった、私は……貴女と一つになる」

「……良いのか?」

「ええ、だって私は……」


 満足した。

 人災による難病……そんな酷い終着点で終わるはずだった自分の生。

 それがここまで続いた。

 自分の意志で納得のいく最期を迎えられた、そして本来つなげなかった命のバトンが紡がれる。

 それだけで……。


「私は、幸せだから、未練はあるし躊躇いもある、でも……納得はしたから」

「そうか……やはり、君はもう一人の我なんだな……」


 笑顔を浮かべながら、クリムはクリムゾンフレアに身を委ねる。

 クリムゾンフレアはそんなクリムを優しく抱きしめ……。

 二人は光となり、溶け合った。

 共に最後に、ピーヌスのことを思い浮かべながら……。


 そして、現実では……。

 精神世界での対話を終えたクリムの肉体が、また変異する。

 より大型化する体格、四本になる腕、四つになる瞳。

 翼も四つになり……まるで、二つの龍が融合したかのような姿になっていく。

 その姿で……彼女は、一筋だけ涙を流した。


「我は、生まれた……我は……ただ生きていたい」


 納得しながらも、最後に流した未練の涙。

 二人が二人として存在していた証。

 それを拭い、彼女は歩き出す。

 行く先は無論自らの居城だ。

 ここより、クリムゾンフレアの覇道が始まる。

 ただ愛する者と生きていくために、ただ世界を長らえさせるために。

 憎悪を武器に、忌まわしき国を討つ。

 龍帝の覇道が……ここから始まるのだ。

 その先に何があるのかはまだ分からない。

 だが彼女には覚悟があった。

 愛する者と世界のため、どんな手段であろうと用いてみせよう、という覚悟が。

 それを抱き続ける限り、彼女はきっと無敵だろう。

 いや、無敵でなくてはならないのだ。

 ニライカナイやテルメ村で失われた命のために、愛する者のために。


「……そうだ、我は最強であらねば」


 赤と金のオッドアイとなった四つ目で、クリムゾンフレアは空を見上げる。

 そしてゆっくりと……自らの道行きを確かめるように、ゆっくりと空へ飛び上がるのだった。

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