第三十話 颯爽! 西へとんぼ返り
さて、あれから一日後……。
テルメ村では、ピーヌスの母が脱力していた。
「……ああいう旅立ち方をして、一日でとんぼ返りする……?」
「しょ、しょうがないじゃない、西へ行くことになったんだから!」
母に向け、ピーヌスはブレスを吐きそうなくらい悔しそうに叫ぶ。
人間だったら顔が真っ赤になっている状態だ。
さて、何故こんな事になったかというと……。
話は前日、夕食の頃に遡る……。
クリム達が夕食を食べている頃、ルーヴとガットネーロは街でマルガリタ達と遭遇していた。
ルーヴにとっては予想外の友人と、知らない女。
ガットネーロからすれば予想外の世話焼きと、知らない人。
マルガリタからすれば探し求めた女と、そんな彼女が縋り付く誰か。
マキャベルからすれば、なんか居た友人といちゃついてるっぽい子。
少し沈黙が流れるが、それを打ち破ったのは案の定マキャベルだった。
「ルーヴくーん、久しぶりー!」
「あ、ああ……久しぶり……ってほどでもないだろ、そいつは……?」
「この子はねー、マルガリタくん、ブラエドの騎士なんだけどー、閑職に回されて今は山賊退治の恩人捜ししてるんだー」
山賊退治の恩人、そう言われてマルガリタはハッと正気に戻る。
うろたえている場合では無い。
恩人は猫又之国に向かったと聞いていた。
そして、その中にはルージュ村の跡取りもいるはずだ。
つまり……。
「もしや、貴女が山賊退治をしたというお三方の……」
「ん、ああ……今となっては少し懐かしいな、そうだ、ルーヴ・ルージュ……よろしく頼む」
「は、はい、マルガリタ・セバスと申します……よろしくお願いします」
尋ねるマルガリタに、ルーヴは手を伸ばして握手する。
対するマルガリタはどこかぎこちない、そして視線はガットネーロを向いている。
「あー、久しぶりッスねマルガリタさん、この人は……旅仲間でまあ、姉みたいなもんッス」
「そ、そうか……そういう仲なんだな」
マルガリタとしては複雑だろう。
ずっと気にかけても靡かなかった女が、他の女に縋り付いているのだから。
しかも、以前緊迫した表情で馬を走らせているのを見てかなり心配していたのにこれだ。
若干……嫉妬してしまう。
一方、ルーヴは自分に対して本音を見せていたガットネーロが、マルガリタには仮面を被り直しているのを見て、若干複雑な心境になる。
特別扱いを喜ぶべきか、それとも彼女がやはりまだ安心して感情を出せないことを悲しむべきか……悩ましい話だ。
「ねー、なんか空気重くない?」
「そういうお前は空気を読め……で、なんでお前がいるんだマキャベル」
「んー、なんかさー、激流でも走れる船の制御装置を作ったのねー、それを使ってコキュートス大河渡れって言うんだよこの人」
大河を渡らされ、以後も無理矢理連れ回され……。
口では文句を言っているが、マキャベルは楽しそうだ。
しかし視線の先にいるマルガリタはガットネーロしか見ておらず、ガットネーロはルーヴを見ている。
先ほど喜ぶべきか、悲しむべきかなどといった話があったが、一つだけ確実なことがあるようだ。
これは、喜んでいる場合では無い。
そういう経験の無いルーヴにだって分かる。
これは……明らかな修羅場だ。
それぞれがそれぞれの視線の先で相手が誰を見ているか気付いていないため緊迫程度で済んでいるが、誰かが気付けば一気に取り返しがつかなくなる。
そんなタイプの修羅場だ。
「……え、ええと……マルガリタさん、あなたはどういった用事でこの国に? こんな言い方は悪いのだが、ブラエドの方がここまで来る理由などそうそう無いはずだ」
「ああ、それは……貴女方を探していたのです、山賊退治の件で王が礼をしたいと……あと、その……ガットネーロが私の言葉を受けて故郷に行ってしまったそうなので責任を感じて……その……」
最後の方に行くにつれて小声になりながらだが、なんとか説明をするマルガリタ。
だがガットネーロは興味を持っていないらしい。
若干哀れみを感じてしまうのをこらえながら、ルーヴは小さく頷いた。
「なるほど、あなたの目的は分かった、では……他二人にも声をかけるとしよう」
「ああ、退治したのは三人というお話でしたね」
「ああ、あと二人龍人がいる」
「……? 一人は人間という話では?」
「いや……最近やめたんだ、人間を」
なんと説明したらいいのか分からないので、事実だけを端的に説明するルーヴ。
その後ろに、二つの大きな影がやってくる。
クリムとピーヌスだ。
「あ、いたいた、ルーヴさん、ガットネーロさん、ご夕食ですって」
「来ないからわざわざ探しに来ちゃったわよ」
その大きな姿にマルガリタは一瞬警戒するが、すぐに彼女達が龍人と気付いて警戒を解く。
そんな彼女にピーヌスは「誰あれ」と疑問符を浮かべ。
クリムはマキャベルを見て「あっ!」と声を上げている。
一方、ルーヴは人数が増えて修羅場状態が崩れたことに安堵している様子だ。
「どうも、マキャベルさん」
「おー、クリムくんだー、でそっちは……声からしてピーヌスくん?」
「あら、よく分かったわね」
和気藹々と話し出す三人……。
そんな中で、しょうがないことなのだがマルガリタが疎外感を覚える。
クリム達三人、ルーヴ達二人、そしてマルガリタ……完全なあぶれもの状態だ。
「あ、あの……説明をしてよろしいでしょうか……」
「あ、はい、すいません!」
半泣きの哀れなマルガリタに、クリムが思わず萎縮する。
大分気の毒な光景だ。
知り合いでない以上しょうがないのだが、こうでもしないと見ても貰えないのか。
内心、そう思い悲しくなってきてしまう。
「私はその……ブラエドから来た騎士でして」
「ブラエド……?」
ブラエドの名を聞き、露骨に二人が顔をしかめる。
二人としてはここのところブラエドに嫌な気分にされてばかりなうえ、クリムはちょうどブラエドと関わりたくないと考えたところだ。
しかしマルガリタはそんなこと知らないので、何故二人が不愉快そうなのか分からない。
なので萎縮しながらも、話を続けるしか無いのだ。
「え、ええと……実は王より、山賊を退治した方をお招きして欲しいと……お礼をしたいそうで」
「嫌です」
「あ、そうですか、嫌なんですね、ってえええ!?」
王族からの客としての呼び出し。
それを断るなどとはマルガリタは当然思っていなかった。
しかしクリムは、これがさも当然であると言わんばかりに不機嫌顔だ。
だが、そんなクリムをピーヌスが掴む。
そして、こっそりと囁いた。
「待ってクリムちゃん、王様に会いにいけるのはチャンスかも」
「えっ……なんでですか?」
「ブラエドの国外での不正な行い、リッちゃんの家への蛮行、それらを直談判するのよ……王様の耳に入れば、奴らもただでは済まないはず……ねっ?」
ピーヌスの言葉に、クリムは得心する。
確かに直接的に耳に入れてしまえば、無視も不正もできまい。
最上部まで腐りきっていなければ……だが。
(一種の賭け、だよね……)
人を信じるか、信じないか。
これはその賭けだ。
どうすべきかとクリムは悩む。
だが……このまま放置すれば、ラント村やリィ家のようなことがまた起きるのだろう。
それに、もし上も腐っていて秘匿しようとするなら……。
その時は、その場で潰すくらいできるはずだ。
潰すにせよ、密告が届くにせよ……。
これは5年後に生き残るための、大事なチャンスと言える。
「分かりました、向かわせていただきます」
「ありがとうございます!」
最後の手段を考えつつも、結局疑いきれず。
わずかな信じる心にかけて、クリムは招待を受け入れる。
これが運命をより良い方向に導くと、期待して……。
「ありがとうございます! では、先に報告に向かいますので、どうぞごゆっくり! さあ帰るぞ、マキャベル!」
「えー、観光したーい……」
「じゅうぶん食べたろう、太るぞ」
ルーヴと話し込んでいたマキャベルの首を掴み、自分の傍に寄せるマルガリタ。
彼女はそのまま歩き出そうとし、そしてガットネーロの方を向いた。
「ガットネーロ……また会おう!」
「え、はあ……どうも」
熱のこもったマルガリタの視線。
対してガットネーロはどうでも良さげな顔だ。
マルガリタはいつものことと思ったのか、そのまま歩いて行く。
そんな彼女に引きずられながら、マキャベルは手を振っていた。
「慌ただしい奴らだったな……」
「あんなに明るい顔をして……そんなに故郷に帰れるのが嬉しいんスかね」
「えっ、いや……そうじゃないだろ……? なあ、本気で言ってるのか……?」
「は?」
「いや、いいんだ……」
朴念仁丸出し、鈍感の世界チャンピオン、他者の感情に無関心な女。
そうとでも言わんばかりのガットネーロに、ルーヴは額を押さえる。
一方……クリムは名残惜しそうに周りを見つめていた。
せっかく来たのにすぐとんぼ返りとは。
惜しむらくは、もっと観光がしたかった。
それに、女王に明日に出ると伝えるのは中々心苦しいものがある。
クリムは、どう説明したものかな……と考え込んでいた。
それこそ、緊張でガチガチになって料理の味も会話の内容も覚えていないくらいだ。
だが……。
「そうでしたか、ではお気を付けてお向かいください……」
「え……いいんですか?」
食後、恐る恐る説明したところ……女王から返ってきたのは好意的な返事だった。
どうやら、別に引き留めようとは思わないようだ。
「ふふ……龍人様を引き留めようなどとは思いませんよ、むしろ無理に引き留めるなど……現人神であらせられるお二方に失礼です」
「……ありがとうございます、いずれこの国にはまた来ますので、その際にはまたよろしくお願いします」
「ええ、喜んで!」
固い握手を交わし、女王とクリムは見つめ合う。
こうして、その日は明るく会話を終え、翌日は彼らに見送られながら旅に出たわけだが……。
母とああでもないこうでもないと口げんかをするピーヌスを見ながら、クリムは頬を掻く。
確かに、あんな旅立ちをして一日後にはとんぼ返りはカッコがつかない。
しかし、だからといって中継地点にちょうどいいテルメ村をメンツのために無視するかとなると……正直、そちらの方がかっこ悪いだろう。
(がんばれ、ピーヌスちゃん……! 今だけの辛抱だよ!)
「だーかーらー!」
言い争いをするピーヌスを見ながら、拳を握りしめるクリム。
なんとなく……ピーヌスやその親を見ていると、信じられそうな気がした。
人の善意はきっとある、きっと直談判は上手くいく、と……。
一方その頃。
リィは宿の一室でぼんやりとしていた。
その隣には、ウルスもいる。
不安なのだ、ブラエドに戻るのが。
しかし、だからといって何ができるわけでも無い。
だからただただ、二人で寄り添いながらぼうっとしていた。
そんな二人の元に……足跡が数人分、近付いてくる。
「おう、入っていいかい?」
「あ、ケラススさん……どうぞ」
リィの返事を聞き、ケラススが中に入ってくる。
その表情はかなり真剣だ。
後ろには、ラクエウスとプラケンタもいる。
「ブラエドへの直談判……お前さんはどう思う?」
「え、それは……正直、不安ではあります……」
リィの返答に、ケラススは小さく頷く。
そして……ラクエウスが腕を組んだ。
普段のハイテンションではない、硬い面持ちだ。
「わたくし達もそう思いますの、ですから……教えてもらいに来たのですわ」
「な、何を……ですか?」
疑問符を浮かべるリィ。
それもそうだろう、教えて欲しいなどと急に言われても内容が分からない。
いったい何を教えるというのか。
「あのね、実は私……ラクちゃんのおうちで働いてたときに……見たんだ、王城に入るあなたを」
「お前さんは、ただ王族と婚姻関係があるだけじゃあない……もっと親密な……そう、ただの王侯貴族じゃ無い奴と関係がある……だろ?」
「そ、それが何を教えることと関係あるんですか……?」
リィには、彼らが何を言っているのかよく分からない。
確かにリィの婚約者はただの王族では無い。
王族にもピンからキリまでいて、リィの婚約者は王城暮らし……つまりピンに位置する存在だ。
なので王城にも足を運んだ経験があるが……それがなんだと言うのか。
「仕掛けるんですわ、いざという時のために……わたくし達の策を、ありったけ」
「その為には……王城に詳しいお前さんの力ってぇ奴がいるわけだ……」
語尾にハートマークでもついていそうな怪しげな二人に気圧されるリィ。
その隣でウルスはただただ困惑し、ラクエウスは「お手柔らかにしてあげてね」とおっとり笑うのだった。




