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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第一部 午刻の章 ―― 龍になった少女 ――
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第二話 大将首

「山賊のアジトはこの先だ、攻め込もうとしたんだが……逃げるしかなかった」

 

 憎々しげに言いながら、ルーヴは腕を組む。

 その視線の先には、山の上部まで続いている坂が有った。

 刺さっている矢からして、恐らくトラップが仕掛けられているのだろう。


「斥候どもは粗方殺したから気付かれていないはずだが、どうにもこの罠が頂けない……力尽くで抜けては、辿り着く頃には力尽きるだろう」

「なるほど、矢……ね」


 呟きながら、ピーヌスはじっと矢を見つめる。

 そして杖を掌にポンと叩きつけた。


「見たところ、毒が塗って有るみたいね」

「分かるのか……そんなこと」

「毒使いなのよ、私」


 ピーヌスは毒魔法使いのスキルと観察眼のスキルを持つ。

 それ故に、毒が仕掛けられている武器やトラップは簡単に見抜けるのだ。

 他にも治癒術、罠回避、四大属性魔法、ステータス看破などのスキルを持ち、クリムゾンフレアは常に彼女に助けられてきた。

 パラメータに振りすぎてスキルが不老と龍言語魔法しかないクリムとは、対極の多芸さと言えるだろう。


「まあ、ちょっと見てて……これくらいちょちょいと解除してみせるわ」


 そう言うと、ピーヌスは杖を取り出して念じ始める。

 そして、目を開くと「そこ!」と言いながら魔力の弾を発射した。

 罠を遠距離から壊したのだ。

 もちろん、発射した弾は一つだけではない。

 拡散して発射された弾は複数の罠を容易く破壊していく。

 これでもう毒矢も心配ないだろう。


「さて、じゃあこれで登れるわね」

「そうですね、行きましょうルーヴさん」

「ああ、そうだな……ん? 待ってくれ」


 ルーヴは二人を制止すると、鼻をひくひくと動かす。

 そして手に持っていた斧をアーマーの背中にあるホルダーに収め、代わりに腰のホルダーに付けてあった小型の斧……ハチェットを手に取る。

 そして、茂みに向けて勢いよく投擲した。

 するとどうだろう、茂みの中からは……物言わぬ死体となった山賊が転がり出てきた。


「あら、ルーちゃんよく気付いたわね」

「鼻が利くからな、索敵は任せてくれ」


 ガッツポーズをし、斧を回収するルーヴ。

 ピーヌスはその隣で、負けていられないと言わんばかりに遠距離のトラップを警戒しはじめる。

 圧倒的な多芸さだ、クリムは少し自信を無くしてしまう。


(私、戦闘特化だもんなあ……でも、戦闘になったら上手くできるのかな……)


 緊張で心臓がバクバクと高鳴る。

 しかし顔には何とか出さないようにして、とりあえず深呼吸。

 少しだけ落ち着きを取り戻すとクリムはゆっくりと歩き出した。


「それにしても……斡旋所で怒りのスイッチが入ってたときは一人で突撃するんじゃないかって不安だったけど、結構落ち着いてるのね」

「え、ええ……敵地ですからね」

「良いことだ、アタシもそうしないとな……一人だったら、熱くなりすぎてトラップにやられていただろう」


 感心する二人に、まさか「緊張で熱くなるどころじゃない」とは言えず頬を引きつらせるクリム。

 足で踏んだ木の枝にさえ、ハラハラするくらいだ。

 しかし、これも運命を変えるため……なんとか覚悟を決めて、歩いて行く。


(そうだ……私は運命を変えるんだ、臆してなんていられない……!)


 ブレスを出さないように気をつけながら深呼吸し、しっかりと前を見据える。

 そうこうしているうちに、どうやら山賊のアジトに着いたらしい。


「砦……結構立派な造りですね」

「ああ、ここは先の戦争でブラエドが東側の守りを固めるために使っていた砦なんだ、戦争が終わって手薄になったここを山賊が奪ったのさ」


 砦の概要を説明しながら、ルーヴは鼻をひくつかせ……中の音に耳を澄ます。

 敵の位置、人数などを探っているのだろう。


「なるほど……どうやら、ここを通ってすぐ……中庭で演説をしてるらしい、のんきなことだ、見張りが悉く死んでるとも知らないで」

「どうする? これは……やり方次第で一網打尽のチャンスにもなるし、圧倒的な不利にもなるわ」


 思案するピーヌス、彼女を見ながらクリムはクリムゾンフレアの戦い方を思い出す。

 龍の力を見せつけ、その強さで相手を圧倒し抵抗心をへし折るやり方。

 その上でまだ抵抗するなら殺し、そうでないなら生かす……。

 それがクリムゾンフレアの流儀だ。


(私も、クリムゾンフレアみたいにできるかな……)


 不安になり、息を吐く。

 しかしここまで来たのだ、ならばやれるかどうかではなくやるしかないだろう。

 そう考えたクリムは、二人へと向き直るのだった。


「私、自分の力を試してみたいんですけど……良いですか?」



 その日、山賊長の演説を聴いていた山賊達は……不思議な物を見た。

 砦の正門が開いたと思うと、そこから見知らぬ龍人が入ってきたのだ。

 赤い鱗を持つ、屈強なメスの龍人……。

 彼女はまるで、凱旋するかのようにゆっくりと歩いてくる。


「見張りはどうした!」

「見張りは既に、死にました」


 山賊長の言葉に、龍人……いや、クリムはきっぱりと断言する。

 この発言には自分が下手人であると誤認させ、相手の冷静さを欠くという意図があった。

 この龍人には気付かれずに見張りを皆殺しにするだけの力がある、と誤認させ恐怖を与えるのだ。


「なんだと……!?」

「彼らは抵抗した……故に死を迎えたのです、ですが……あなた達は抵抗しなければ、ニライカナイの自警団に突き出すだけで、殺さないと約束しましょう」


 ざわめく山賊達……明らかに、仲間の死に動揺している。

 そしてそこに、命を取らない道の提示。

 記憶の中にある旅路で行われていた、動揺につけ込むタイプの説得だ。


「投降だと!? そのようなことをすれば、私達は処刑されるのが関の山だ!」

「極力、減刑は申し出ます! 力があると示せば、向こうも少しは交渉に乗るでしょう!」

「そうなったところで、百叩きから何十年もの労役刑が待っている!」

「ですが、ここで私と戦ったところで待つのは死のみです!」


 戦いの果ては死のみときっぱり言い切り、睨み付けるクリム。

 そんな彼女に向けて、山賊長の後方にいる山賊が血気に逸ったのか矢を放つ。

 しかし、クリムの鱗は矢を完全に弾き傷一つ無い。


「矢が、効いていない……」

「矢も剣も、無駄です! 投降してください!」

「断る! 我々は大義のために、国に復讐をしなくてはならないのだ!」


 剣を掲げ、走り出す山賊長。

 それに続いて残りの山賊も鬨の声を上げる。

 その姿に、クリムは苛立ちを覚えた。

 いや、もしかするとクリムゾンフレアのようにもっと上手くやれない自分に苛立ったのかもしれない。


「何故……分かってくれないんですか!」


 苛立ちをぶつけるかのように、クリムが地面を殴る。

 すると地面にヒビが入り……山賊達がバランスを崩した。

 クリムゾンフレアがかつて行った攻撃の再現だ。

 だが、この攻撃はこれで終わりではない。


炎の(フラ・)(ヘクセ)……溢れろ(クリース)!」


 龍言語、龍にのみ使うことを許された特殊な言葉。

 この言語は、龍玉から発される魔力を込めることで魔法となる。

 それが俗に龍言語魔法と呼ばれるものだ。

 クリムゾンフレアはこのスキルを多用しており、簡単な言葉ならクリムもよく覚えていた。


「な、なんだ!? 炎が……!」


 地面の割れ目から出た炎が、山賊達へと向かう。

 まるで牢獄のように山賊達を覆う炎。

 クリムゾンフレアは、いつもこのまま相手を焼いていた。

 だが、クリムは……。


静止(スターン)!」


 炎を停止させ、息を吐く。

 そして山賊達をじっと見つめた。


「分かったでしょう、このまま戦っても死ぬだけなんです、無駄に命を落とすなんて馬鹿じゃないですか、そんなのやめましょうよ」

「だが、大義のためにも捕まるわけには……」


 山賊長は強情なことを言い続ける、だがクリムは首を左右に振った。


「大義を掲げるのは、罪悪感があるからなんですよね?」

「なに……?」

「だって、自分の行動が悪いと思ってないなら、理由を口にする必要なんてないじゃないですか、そうやって言い訳するのは……あなた達だって殺めた人に悪いと思ってるからなんだ」

「……」

「略奪して金銭を奪い間接的に殺した人にも、直接的に殺したウェアウルフの民にも……罪悪感を抱いているから、言い訳をする」


 罪悪感、そう言われた山賊達はバツの悪そうな顔をする。

 クリムの言葉を否定しきれないのだ。


「でも、そんなのおかしいですよ! 罪悪感が有るなら、逃げないでちゃんと罪悪感と向き合ってくださいよ! 命を奪ったならその分生きるのがあなた達の使命で、罪悪感が有るならそれと向き合うのが義務ですよ! なのに、いい年した大人が逃げて、逃げて……!」


 目に涙をためて、怒りを露わにするクリム。

 彼女の必死の叫びを聞きながら、入り口で見守っていたピーヌスは息を呑む。


「鞭打ちが辛いって、労役が嫌だって、復讐ができなくなるって、自分のことばかり考えて! 死んだ人はもう、辛いも嫌だも言えないし、復讐もできないのに!」

「……」

「お願いです、死んだ者に罪悪感が有るなら……あなた達に少しでも騎士だった者として誇りや高潔さが残っているなら、その炎に武器をくべて投降してください!」


 土下座をし、再三の投降勧告を行うクリム。

 その気持ちが通じたのか、はたまた死が怖くなっただけなのか。

 山賊達は次々と武器を炎にくべていく。

 その様子に、クリムは顔を上げて笑みを浮かべた。


消去(イーレ)

「……見事だった、私達の負けだ……命を大事にする気持ちは、よく伝わった」


 龍言語魔法の炎を消し、笑みを浮かべるクリム。

 そんな彼女へ、山賊長が歩み寄り……。


「だが、部下のためにもこうするしかないのだよ!」

「え……!」


 服の中からナイフを取りだし、クリムへ突撃する。

 しかし……。


「見事だった……か、アンタもだよ……山賊にしておくのは惜しいくらいだ」

「あ……」


 クリムの目の前で、斧が山賊長の首をはねる。

 血が噴き出て首が飛び、臭くて生暖かい血がクリムを濡らす。

 すんでの所でルーヴが山賊長の首をはねたのだ。

 勢いを制御するすべが無くなった首から下がクリムにぶつかる。

 クリムはそれを抱き留め、目を見開いた。


「な、何故……私は、ナイフなんて平気で……」

「……言ったでしょう、部下の為なのよ……極力部下が減刑されるように大将首を捧げたの、斬らなきゃいけない状況を作ったの、ルーちゃんは気持ちを汲んだだけ、責めないであげて」


 クリムはじっと死体を見つめ、その中にこもっていたはずの意思を確かめようとする。

 だがそこには意思などもうない、熱も段々と失われていく、ただの冷たい肉塊になっていくだけだ。

 クリムはそんな死体を、ただじっと見つめている。


「ショックを受けたのは、予想外の事が起きたからってだけなのね、死体は元の世界でも見慣れていたの?」

「……死は慣れてるんで、私のいた狭い世界には……沢山の死が溢れてました、だから外に出ればもっと死を目にするなんて、知ってました、知ってたんです」


 まるで自分に言い聞かせるかのようなクリムの姿、それを見ながらピーヌスは先ほど感じた引っかかりを思い出す。


「ねえ、クリムちゃん……あの殺人者の義務に関する話…………ううん、やっぱりいいわ」


 何かを言いかけて、そのまま口を閉じるピーヌス。

 その隣に、生首を布で包んだルーヴが並ぶ。

 そんな二人に見つめられながら、クリムはまだ死体を見つめていた。


(……知っていた、でも……この世界が楽園であると思いたかった、この世界にも困窮があって、争いがあって、死がある、そんなこと信じたくなかった……)


 全てを救うことができない、そんなことは昔から理解している。

 それでも……クリムは願わずにはいられなかった。

 死の運命を、極力減らしたいと。



「じゃあ、アタシは村に帰るよ、あとは人間の法に任せるとしよう」

「分かりました、ありがとうございましたルーヴさん、どうかお気を付けて」

「ああ、お前達も気をつけるんだぞ」


 下山したところで、ルーヴは村に帰還すべく列を離れた。

 ニライカナイまでは一緒に来ないらしい。


「お前達はもう村の友だ、是非遊びに来てくれ、盛大な宴を以て歓迎しよう」

「ええ、その時はよろしくね」


 握手を交わし、村へ戻っていこうとするルーヴ。

 しかし、途中で振り返るとクリムの元へ戻ってきた。


「そうだ、父に何があったか話す時に、二人の特徴を話したいのだが、田舎暮らしだとどうも種族というものに疎くなってしまうんだ、ピーヌスが人間なのは分かるが……クリム、お前がなんなのか教えてくれないか?」

「え、あ、はい、私は……龍人です、龍人のクリムゾンフレアです」


 龍人、そう言われたルーヴは驚愕する。

 そしてしげしげとクリムを眺めると、意外と言わんばかりに口を開いた。


「龍、そうだったのか……父に聞いていた龍は、古風で頑固で尊大な……悪く言えば偏屈者の集まりという話だったが、結構個体で違うんだな」

「たぶんクリムちゃんは若いのよ、ねえ?」

「え、あ、はい、人間換算で……ええと、14歳です!」

「若いな、アタシは今年で20で……ピーヌスも10代後半くらいだろう、最年少なのによく頑張ったよ」


 思わず正直に実年齢を言ってしまい、そのまま談笑するクリム。

 今だけは、説得が完璧とはいかなかったことも、手を縛られた山賊達が街道の死体を眺めながら目を伏せていることも、忘れられそうだった。

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