第二十八話 猫の国へとおこしやす
翌朝、ピーヌスの家でクリムが旅支度をしていると……突如窓がノックされた。
どうやらケラススが来たようだ。
「ケラススさん……どうかしましたか?」
「いや何、昨日の夜……たぶんお前さんは俺の故郷がどんななのか……疑問に思ってたろ?」
ケラススはそう言うとばつが悪そうに目を逸らして息を吐く。
やはり、あまり良い思い出はないようだ。
そんな故郷に対して興味を持っていることが少し恥ずかしくなる。
だが、ケラススは良いんだと言わんばかりに首を振って目を細めた。
「お察しの通り、良い国じゃなかったなぁ……気取り屋の貴族、文句を言うだけで変えようとしない民、蔓延する差別……腐った国だった」
「腐った国……」
「俺ぁ、そんなとこに居たら自分まで腐り果てちまいそうで……そこそこ付き合いのあったラクエウスとプラケンタを連れて飛び出したのさ」
どこかにもっと良い場所があるはず。
自分の居るべき場所はここではない。
そう考え、流浪の傭兵として使えるべき場所、人を探して旅をする日々。
その旅はいつの間にか、目的を共有する7人の旅になった。
ケラススの旅路を補佐し、その行く末を見届けたい次女クルテル。
歌で生計を立てることを許さなかった故郷を嫌い、歌が認められる場所を求めた三女ソヌス、四女カントゥス。
人生のやり直しができる場所を求めて、旅に同行した五女ラクエウス。
好きな料理を好きなだけ作れる場所を求めた六女プラケンタ。
愛するに足る人物・土地を求めて同行した七女カペル。
これが大罪の7姉妹の成り立ちだ。
「だから……俺には、お前さんが輝いて見えるよ」
「輝いて……?」
「愛する者を見つけ、第二の故郷を見つけた……そいつぁ素晴らしいこった、俺たちゃまだ模索の途中だからな」
第二の故郷を見つけた、そう言われてクリムは窓の外を見渡す。
この穏やかな小村が故郷となるのは、確かに行くべき場所を探している者には羨ましく思えるだろう。
クリムとしても、いつかここに住むとして何を仕事にするかは決めていないが……農夫になるか、酪農家になるか、温泉で働くか、雑貨屋か、いっそ主婦か……どの生き方も新鮮そのもの、想像するだけでワクワクしてしまう。
「へへ、本当にきらめいた顔しやがって、そのきらめく未来……大事にしてかねえとな」
「はい!」
どうやら、ケラススはこれこそが言いたいことだったらしい。
そのきらめく未来図はとても希少な物だ。
だから心から大事にしていけと。
それを理解すると……この村がより一層愛おしく思える、そんな気がした。
「じゃ、俺ぁ姉妹の元に戻ってるから、出発するときゃ言ってくれや」
「はい、分かりました、ではまた後で」
去って行くケラススを一礼して見送る。
そして握り拳を作り、クリムは空を見上げた。
この村に帰ってくるためにも、死を覆せるだけの力が欲しい。
今の時点でも、精神性が少しずつ龍に近付くことで力を得てきているとは思うが……。
それだけでは足りないのだろうか。
「何黄昏れてるの」
「え?」
「言っとくけど、それじゃ全然足りないから」
空を見上げていたクリムは、誰かに声をかけられて目を向ける。
そこにはクルテルがいた。
ものすごいあきれ顔でクリムを見ている……。
昨日の夜見た、ピーヌスの母がしていたあきれ顔よりも凄まじいあきれ顔だ。
その表情が、少しだけ癪に障る。
「でも……私、龍に精神が近付いて少しは強くなってきましたよ」
「それだけじゃまだ足りない」
「……じゃあ、やってみますか?」
クリムは苛立ち、窓から外に出る。
そしてクルテルと対峙して、右の拳を勢いよく放つ……。
と見せかけるが、途中で右拳を引っ込めると体勢を変えて左の拳を突き出す。
フェイントパンチだ。
しかしクルテルは受け止めるまでもないと超速で回避し……。
余裕の顔で笑みを浮かべる。
しかしクリムはその気配を読み、腹に向けて引っ込めた右拳をたたき込む。
流石に、気配を読んで対処をしてくるのは予想外だったらしい。
拳は腹に当たるが……しかし、クルテルはあきれ顔だ。
「それよ」
「えっ……?」
「何故爪じゃなくて拳なの? これが爪なら、人間相応にダウンサイジングした私はやられていたわ」
「だ、だって……」
「怪我をするから? 死ぬかもしれないから? 甘い、一殺多生を受け入れてるような顔をしてるけど……アンタは甘いのよ、手段を選んでいる……だからブレスも龍言語魔法も使わない、死力を尽くさない」
「手段を選ぶのは甘い……」
「その甘さがあれば勝てないわ、もっと感情をぶつけれるようになりなさい」
言うだけ言って、クルテルは頬をはたいて去って行く。
クリムはその背中を見つめるが……何もできずに脱力するのだった。
何も言い返せない、何も否定できない。
ただただ自分の甘さに苛立つ。
しかしこの苛立ちをぶつけては、ラント村での出来事と同じ……。
怒りのまま、考えなしに暴れるだけになってしまうだろう。
それだけは避けたい。
感情をぶつけ、手段を選ばず、しかし理性的でもなければ。
やることは多い……。
そんな複雑な内容に辟易し、クリムはため息をつくのだった。
「じゃあ、そろそろ行くわね、母さん、父さん」
「もう行くのか?」
「もっとゆっくりしていきなさいよ」
「そうしたいけど、一人旅じゃないし……それに居すぎても旅に出たくなくなるでしょ、大丈夫、また帰ってくるから」
龍の大きな腕で二人を抱きしめ、ピーヌスは頬ずりする。
その姿に、でっかくなっても娘は娘なのだと両親は感じていた。
同時に、強くなった娘ならばきっと今回と同じように帰ってくるだろうとも確信する。
その時、もしかしたらまたイタズラでもされるかもしれないが。
ならばまた怒ってやろう、そうして喧嘩をして笑い合って楽しく暮らすのだ。
クリムも加えた4人で楽しく……。
そう考え、両親は目を細める。
「クリムさん、娘をよろしくお願いします」
「大事にしてやってください!」
「はい、任せてください!」
二人に声をかけられ、クリムも思わず目を潤ませる。
こうして、新たな旅立ちは健やかに……そして穏やかに始まるのだった。
「さて、じゃあ行くッスよ」
「お、珍しく気合いが入ってますわ」
二日酔いが抜けて気持ちが良いのか、笑顔で手綱を握るガットネーロ。
その姿を見ながら、カペルは珍しいと目を細める。
確かに、心なしかガットネーロとルーヴは毛並みも良くなり……。
つやつや、と言った印象を受ける。
「ったく、忙しい奴らだ」
「ふ……そう言うな、それよりソヌス、何か演奏でもしてくれないか、今は気分が良い」
「何、演奏だと? 任せろ、アタイが完璧なバイオリンを聴かせてやる!」
二日酔いでグロッキーになったり、明るくなったり……。
極端な二人にソヌスは呆れかえっている。
だがそんなソヌスも、音楽をねだられたらあきれ顔から笑い顔だ。
その姿を見ながら、カントゥスは「そっちも忙しいじゃん」と呆れかえる。
こうして、新しい出発は賑やかな雰囲気で始まろうとしていた。
「それにしても、私達が来る少し前に道の封鎖が解除されていた……っていうのはちょうど良かったですよね」
「そうね、おかげで立ち往生していた旅人達も一気に出発して、村が普段以上にすいていたし」
空を飛び、笑い合う龍人二人。
その視線がふと、この間の遺跡に向く。
遺跡は修繕がされたのか、外から見る形は入る前とそうそう変わりないようだ。
「母さんが言っていたのだけれど、あの遺跡は猫又之国では宗教的な意味が大きい禁足地らしくて、安全確保の名目で修繕魔法の使い手が大勢で来るくらいの騒ぎだったらしいわ」
「そうなんですか? 悪いことをしましたね……」
「大丈夫よ、だって遺跡の側から私達を呼んだんだもの、それにそんな重要なところなのに監視の一人置かないあっち側もあっち側でしょ」
少し遠慮がちな表情をするクリム、一方でピーヌスはかんらかんらと笑う。
確かに遺跡の側からクリム達を呼んだ以上罪はないかもしれない。
だが、多くの人を動かしたことには少し罪悪感があるのだ。
「真面目ねえ……まあでも旅人はともかく、猫又之国の人間に私達が責められることは無いと思うわ」
「そうなんですか?」
「ええ、猫又之国は龍人を崇める風習があるから」
龍人を崇める風習。
その言葉通り、猫又之国にはそういった宗教がある。
なんでも、国造りの逸話に龍人により遣わされた蛇人が国を興すことに大きな協力をしたという伝承があるらしいのだ。
それにより、サーペンタインとは友好関係が強く、更に国の中では“余程の変わり者”を除いて龍人への信仰心が高いらしい。
「……ん?」
「どうした、ガットネーロ」
「なんか……馬鹿にされた気がしたッス、まあ気のせいか……」
龍人が遣わした蛇人、それが興した猫又之国……。
それ故に、ピーヌスは旅の最初の目的地にこの国を選んだという。
そんな猫又之国にまさか、自分が龍人として改めて訪れるなど一切予想はしなかったが。
これもまた運命なのだろうか。
「さあ、見えてきたわよ」
「あれが、猫又之国……」
黄金と温泉の国、東の秘境猫又之国。
理想郷、桃源郷と呼ばれる女系社会の国家……。
そう呼ばれる国が見えてくる。
「これは……」
瓦屋根といったいぶし銀で荘厳な和風建築が並び、南方は海と隣接する土地。
海には屋形船なども浮いており、寺なども存在する……言うなれば和風の国といった風体だ。
こうも日本に似た文化圏の国が存在することに、クリムは驚きを隠せない。
無論、クリムがもし西洋文化圏の生まれならば、今までの西洋系の建造物で驚いていただろう。
なので今更と言ってしまえばその通りなのだが。
だがこれまでの文化圏はシャングリラ・オンラインの画面を通して見たことがあった。
逆にこの国は今が完全に初見なので、驚愕が隠せないのだ。
そうして戸惑いながらも、地面へ降りるクリム。
そんな彼女とピーヌスの元へ……多くの猫獣人がやってくる。
崇拝対象である龍人が舞い降りたことに、みな戦々恐々といった様子だ。
だがそんな彼らが、突如海が割れるように左右によけ始める。
そして……奥から一人の猫獣人が来た。
華美で荘厳な服装の女性だ。
「龍人様、ですね……」
「え、ええと……」
「分かっております、貴女様方がどこから来たのか……」
女性は、そう言うと恭しく跪く。
そしてこうべを垂れて微笑んだ。
「お二人は、龍人様の遺跡からお出でになったのでしょう?」
「あー……私はそうね」
「やはり……! 左様でございましたか! 皆の者聞きなさい! やはり、このお方は伝承の通りのお方です!」
ざわめく人々に、女性が声を上げる。
その光景に、クリム達はただただ呆気にとられていた。
そんな中、クリム達の後ろからガットネーロ達が歩いてきた。
「女王様、お久しぶりッスね」
「む……? 貴女は、大臣の……」
「ええ、四女のシライ・ソラッス、あの……この方達は伝承の龍人じゃないッスよ、赤い方はクリムさん、人間換算14歳の若い龍で、紫の方はピーヌスさん、最近龍になったばかりの元人間ッス」
女王、そう呼ばれた女性にガットネーロが説明を始める。
どうやらガットネーロという名前は傭兵としての偽名らしい。
女王ともそれなりに近い仲のようだ。
「それは真ですか? まあいずれにせよ、龍人である以上歓迎をしないわけにはいきません、その旅仲間と思しき方々と共に、龍人様をお連れしなさい、ソラ……シライ大臣にもしっかり挨拶をするのですよ」
「はいはい……分かりましたよ」
頭を掻くガットネーロ。
その表情はうんざり……といった雰囲気だ。
そんな彼女を、ルーヴが小突く。
そして耳元で囁いた。
「なあ、親には捨てられたんじゃなかったのか?」
「捨てられたッスよ……実親には、大臣は便宜上の養子縁組をした相手で……」
「便宜上?」
「宮仕えに戸籍がいるんスよ……女王様に給仕として見出されたはいいものの、戸籍がない孤児じゃ雇えないから……って、まあ親でもなんでもないッス、あっちもアタシを愛してなんかないッスしね」
「愛されてなかったのか……?」
「そうそう、彼の家には部屋すら与えられなかったッスよ、給仕としての役職があった頃は宮暮らしができたッスけど、この国に役職がない今はもう完全な根無しッス」
肩をすくめながら、ガットネーロはのんびり歩いて行く。
それを聞きながら、ルーヴは「そいつも殴るしかないか……」と拳を握りしめる。
そんな二人に、残りのメンツもぞろぞろとついていき……。
最後に残ったクリムは、彼らの後をつけながら周りを見渡す。
未だに自分を見て、拝んでいる大量の猫獣人……。
その姿を見ながら、クリムは凄い国に来てしまった、と考えるのだった。




