第二十四話 尻尾の味
ルイン村に押し寄せる災禍。
村に滞在した者が、少しずつ記憶を失うという謎の現象……。
これを放置しては、近いうちに大きな事故が起きる。
きっとそれこそが、クリムゾンフレアの旅の中で見たルイン村の滅びの理由なのだ。
それを何とかすべく、クリム達は立ち上がった……のだが……。
「ヤバいわ……罠感知が思い出せない、どうやるの……?」
「え、ええと……クリムゾンフレアは、あの時……どこに手がかりがありそうって言ってたっけ……」
しかし、記憶の異変は思った以上に早く、クリム達にも現れたようだ。
ざわざわと、混乱するクリム達……。
そんな中、ケラススは頭を壁に叩きつけた。
「チィ……! 俺も魔力持ちの端くれ、どっかから魔力が飛んでんのは分かるが……」
「お姉様、頭に悪いからやめて」
「おう……クルテル、お前さんはどうだい」
ケラススに問いかけられるが、クルテルは首を左右に振って腕を組む。
どうやらクルテルにも異変が起きているらしい。
そんな彼女の隣で、カペルは顔をしかめた。
「あなた……ええっと、なんだっけ……特別な、あれじゃなかったの……?」
「神だって、自分を有機的生命体にダウンサイジングすれば……ええと、なんだっけ……とにかく、何かの干渉を受ける」
話が全く進まない。
会話がグダグダになってしまう。
少し記憶に異変が出るだけで、こうも恐ろしいことになってしまうのか。
クリムはそう考えながら、名前を思い出せない地下の彼女は頑張っていたのだなと思い返す。
「と、とりあえず……手当たり次第、怪しい奴を探しましょう……私はクリムちゃんと右に行くわ」
「み、右……どっちでしたっけ」
ピーヌスの提案に仲間達が頷く中、クリムだけは頭を抱える。
そんな彼女に、ピーヌスは少し考えた後、肉をフォークで食べる動作をした。
「ほら、えっと……フォーク持つ方」
「こっちですか?」
「あ、あなた左利きだっけ……じゃあ、そっちの逆!」
なんとか出発できたが、歩き出すだけでこの苦労だ。
早く何とかしなければ、大惨事を免れることはできないだろう。
そう考えていると……ふと、胸が痛くなってくる。
「う……!!」
「……? クリムちゃん?」
「胸が……」
発光する龍玉、薄れゆく意識……。
次に気がつくと、クリムは静かな海の中にいた。
かつてクリムゾンフレアと対話した、心の海だ。
「大丈夫か、ユウコ」
「クリムゾンフレア……」
ユウコの手を取り、顔を覗き込むクリムゾンフレア。
その顔を見ていると、現状に焦っていた心が少し落ち着く。
「よく心を落ち着かせるんだ、我らは龍……最強の生物、この程度の魔術的干渉、落ち着けば君とピーヌスならば大したことは無い」
「でも……」
「大丈夫だ、いいか……よく聞くんだ、我はかつて遺跡に手がかりがあるのではと踏んだが、それは間違いだった、実際は……」
手がかりは遺跡ではない。
この記憶の異変……その答えは……。
それを聞き、クリムは目を見開く。
そして……ゆっくり、意識が現実に戻っていった。
「クリムちゃん……?」
「う……」
ピーヌスの声に、クリムはゆっくり頭を振るう。
そして、山を指さした。
「あの山に……手がかりがある、みたいです……私の中で火の龍が言ってます」
「火の龍が……? とにかく、あそこなのね……じゃあみんなを呼ばないと、あれ……でもみんなって……?」
どうやらピーヌスは仲間の名前すら思い出せなくなってきたらしい。
これではみんなで協力する、等というのは難しいだろう。
しょうがないので……クリム達は二人で山に向かうことにするのだった。
その頃……。
ルーヴとガットネーロは、騒動のことなどいざ知らず。
二人で祭りを楽しんでいた。
「あれ、今何杯飲んだッスかね」
「どうだったかな、もう思い出せん」
記憶の異常も酒を飲んでいるせいで大して気にならないようだ。
二人の飲みっぷりときたら、煽るように……という言葉がよく似合うだろう。
ちなみに二人が今飲んでいるのは、先ほどのスパイス入りワインではない。
猫又之国から輸入された、米を原料とする酒だ。
そして、目の前にはおでんの皿もあり……。
雰囲気としては日本に近いものとなっている。
「しかし、猫又之国のおでんは美味しいな……」
「大根、いいッスよね」
「よく冷やさずに食えるな、あたしは無理だ……」
「痛覚が無きゃ熱くても平気ッスからね」
和気藹々と話しながら、酒を飲みおでんを食べる二人。
そんな中、ルーヴは少し鼻をひくつかせる。
そして山の方を見た。
そちらから流れてくる何かしらの臭いに気付いたのだ。
「この香りは……」
「ん?」
臭いに対して、何やら考え込むルーヴ。
彼女はそのまま少し黙り込み……。
「何の臭いだったかな!」
「もー、この酔っ払い!」
ガットネーロと二人、かんらかんらと笑い合うのだった。
さて、そこから遡ること少し前。
山に入り込んだクリムとピーヌスは、立ち往生していた。
「ねえ……私、何してたんだっけ……」
「ええと、どうでしたっけ……」
ここに来て記憶障害が悪化し、何をすれば良いか分からなくなったのだ。
そんな二人の後ろで、ガサガサと藪が揺れる……。
そして、そこから何かの影が飛び出した。
影はそのまま記憶障害で上手く動けない二人に向けて飛びかかり……。
「かかったな!」
一喝と共に、クリムの手が影を掴む。
そう、クリムはクリムゾンフレアの言うとおり、落ち着いて魔力に抵抗していたのだ。
記憶障害が続いているように見えていたのは、飽くまで犯人を油断させるための演技。
敵はそれにまんまとひっかかったということだ。
「ぐ、ぐ……」
「あれは……誰?」
腕を捻り上げられ、顔をしかめる少女。
その姿は痩せ衰えた人間族……。
褐色肌に白い髪で、ボロボロの服を着た10歳くらいのものだ。
だが、少し普通と違うところがある。
その手足と耳は人間のものではなく、白い熊獣人のようなものなのだ。
「……これは、ある人から聞いた未来の話です、よく聞いてください」
「みら、い……?」
クリムに語りかけられ、少女はたどたどしく言葉を返す。
もしかすると、言葉をよく知らないのかもしれない。
「あるところに、ブラエドの生物兵器研究所から逃げてきたキメラがいました」
「キメラ……それって……」
「キメラは自分に良くしてくれた貴族を連れて逃げてきた、そして追っ手から逃れるべくここに隠れたのです」
クリムの語りに、ガサリと茂みが動く。
もう一人……誰かがいるらしい。
もしかすると、それが話に出た貴族なのかもしれないが、出てくる様子は無い。
「二人は野を越え山を越え、とうとう路銀も尽きた頃……山の中の洞窟に迷い込みました、麓では祭りが開かれているようですが……追われる身では向かうこともできません、道中行商人から買った食べ物もだんだんと尽きていきました、勿論二人に狩猟なんてできません、野生動物を食べるなんて夢のまた夢でしょう」
「……」
「そこで二人はこう考えたのです、最後の手段として……貴族が持つ魔術の力で周囲の記憶を奪い、それでも山に入ってくるような者を追っ手と見なし、殺して食おうと」
クリムの言葉に、更に茂みがガサガサと揺れる。
そして腕を握られたままの少女がうなり声を上げた。
口からは鋭い牙が覗いている。
「ですがそれが間違いだったのです、貴族達にはどこまでが追っ手でどこまでがそうじゃないかなど分からなかった、そして記憶を失った人は目的をなくし、無為に山へ登って食われ……」
「そうすると、どうなるの……?」
「村から人が消え、料理に関する記憶が失せたことで放置された料理や、片付ける者がいない祭りの跡だけが残り……謎の消失事件となったのです」
クリムゾンフレアとの対話。
その中でクリムゾンフレアが見せてくれた記憶……。
その中には、確かにこんな内容が書かれている日記があった。
そして、その日記には……更に続きがある。
何故、今の時系列より先の記憶を持っているのかは分からないが……。
クリムには、これが正しいものであると分かる気がした。
それがクリムゾンフレアと肉体を共有しているからなのか、それとも別の理由があるのか。
そこまでは分からないのだが……。
何はともあれ、今は話の続きだ。
「ホラースポットとなり、誰も寄りつかなくなったルイン村……、しかし追っ手を恐れる二人はそこを離れられません、そして……キメラは最後の食料にと自らの腹をさばき、ですが貴族はそれを食べられず餓死したのです」
「餓死……」
「これがこの先に待つ未来です、分かったらこんなことやめましょう、ね?」
クリムの言葉に、移動したのか先ほどとは違う茂みが揺れる。
そして……そこから、一人の少年が出てきた。
大人しそうな、線の細い少年だ。
年の頃は12歳くらいだろうか。
「ごめんね、ボクの考えが間違っていたよ……!」
「うぅ……う?」
「良いの、攻撃することはないよ、大丈夫」
キメラをなだめる少年。
その姿を見ながら、クリムは手を離す。
だがそれは手を離して良いと判断したからじゃない。
そのことは、記憶への干渉がなくなって意識のはっきりしたピーヌスにもよく分かった。
(……クリムちゃん……驚いているの……?)
「ごめんなさい……謝ります、ですから許してください! まだ、誓って殺しはやっていません! 本当です!」
「う……」
土下座して謝罪する少年。
その隣でオロオロするキメラ。
一方、クリムは愕然と少年の顔を見つめたままだ。
(似ている……)
心中で呟きながら、クリムは過去を思い返す。
あまり良い思い出とは言えない、一人の少年との過去を。
「……お姉様」
「ユウリ……」
お姉様、病室のユウコにそう声をかけたのは利発そうな少年だ。
名前は辰巳ユウリ、ユウコの弟だが……あまり付き合いはない。
ユウイチと違い、あまり見舞いに来ることはないのだ。
それもそのはずだろう。
ユウリの頬には傷がある。
兄のように両親に期待を向けられ、兄以上に厳しくしつけられてきたのだ。
まだ幼いユウリがそれに耐えられるはずもなく、彼は病院に来る余裕など無かった。
だが……そのユウリが今日ここにいる。
「どうか……した?」
「……」
ぎこちなく問いかけるユウコに、ユウリがうつむく。
そして……静かに問いかけた。
「何故、お姉様はお兄様を殺したのですか」
「……!」
問いかけるだけ問いかけて、走り去っていくユウリ。
彼はユウイチを心から尊敬していたのだ。
そのショックは計り知れない。
恨まれているのだろう、ユウコはそう思っていた。
結局その後、ユウコが死ぬまで彼が見舞いに来ることはなく。
大した思い出もないまま……いや、むしろ辛い思い出ばかりの中、二人は死別したのだ。
「名前、は……?」
「名前、ですか……? 名前は……ユー・リィです」
「……そう、そっか……」
クリムは短く言うと、目を逸らす。
恐らくは弟の作ったキャラなのだろう。
それと今更であって、どんな顔をすれば良いのか分からないのだ。
そんな戸惑いをため息と共にぶちまけていると……。
突如、先ほどの茂みが揺れた。
「え……?」
「被検体21、覚悟!」
叫びながらキメラに迫る一人の男。
恐らく、これが二人が逃れようとしていた追っ手なのだろう。
茂みが二カ所揺れていたのはリィが移動したからではない。
この男も潜んでいたからなのだ。
「危ない……!」
叫ぶが、咄嗟過ぎて間に合わない。
このままキメラに刃が刺さるか……と思ったとき。
逆に、男の腹を何かが貫いた。
鋭く、堅い紫のもの……。
先端が尖り、毒腺となっているピーヌスの尻尾だ。
「が……!」
「出すべき時じゃないのに声を上げるのは……未熟な証拠ね!」
尻尾自体に、そこまでの殺傷能力は無い。
刺さりが深くなく、致命傷にも見えない傷だ。
だが……問題は毒だ。
尻尾から注入された毒は、男の全身を一気に蝕んでいく。
「あ、ああ、ああああぁぁぁ……!!!」
のたうち回り、もだえ苦しむ男……。
この毒はただの毒ではなく、毒魔法によるもの。
耐え切れたならば命を落とさないが……だとしても、回復魔法の応用により生まれた毒魔法だ、体には様々な後遺症が生まれるだろう。
何せ回復魔法は麻痺や毒など、様々なものを治す……それを反転させたものこそが毒魔法なのだから。
「毒龍の尾のお味はどう?」
そう言い、ピーヌスが舐めた尻尾は毒液で濡れて怪しい輝きを放っている。
男はその輝きを見ながら、まるで魅入られたように手を伸ばし……。
声も上げられずに命を落とすのだった。
「ふう……クリムちゃん大丈夫? らしくないわね……クリムちゃん?」
「……ごめんなさい、その……すいません、動揺してて、ごめんなさい……」
ピーヌスが声をかけるが、クリムは上手く返事ができない。
その視線は目の前の光景ではなく、その光景に震えるリィに向いたままだ。
その様子を見て……ピーヌスは、二人にかつて何かあったと察するのだった。




