第二十三話 ルイン村の災禍
「ははは、妹たちが帰ってきたと思ったら、まさか間違ってアンタらが向かってたとはなぁ、世の中分かんねぇもんだ」
「笑い事じゃあない、姉貴! 無駄な往復をする時間で、アタイらの練習時間が削れた!」
報酬を受け取りに詰め所まで来たクリム達……。
そんな彼女達を出迎えたのは、怒り狂うタカの鳥人と笑うケラスス、そして呆れ顔のコマドリの鳥人……といった面々だった。
中々に混沌とした状況だが……ここで、何故こうなったかを振り返ってみよう。
まず事の起こりはこの村に到着してすぐのことだ。
発掘員詰め所まで妹たちを迎えに行ったケラススは、親方に出会った。
「おお、アンタがあの有名なケラススさんか」
「おう、有名かどうかはしらねぇが……俺がケラススだ」
「実は、アンタを見込んで一つ頼みたいんだが……」
そこで親方は、ケラススにこう依頼したのだ。
遺跡の大穴の中を調べるべく、飛べる者を派遣して欲しいと。
今日までの契約である以上この村に一日は滞在することになるだろうと踏んでいたケラススは、今日だけと念を押して後で派遣すると伝えた。
そうして派遣要員に選ばれたのが、タカとコマドリ……。
三女ソヌス・イラと四女カントゥス・アカディアである。
「は? 姉貴マジで言ってんのかよ、そんな時間が有ったら歌の練習してえんだけど」
「……私は寝たい……」
「へへっ、まあこれも勉強ってぇ奴だ、音楽への情熱は認めるが、だがそれだけじゃ食えねぇ日がいつか来るかもしれねぇ、その時のためにやれることは増やしとけってことよ」
ソヌスは音楽に対して情熱的だが、それ故に他のことに興味が薄く時間の無駄に苛立つ性格。
そしてカントゥスは本番に全力を出しすぎるあまり疲れ果て、普段は無気力になってしまうという性質。
そんなベクトルは違えど音楽への偏りを見せる二人に、ケラススは何かしら経験を積ませてやりたいと思っていたのだ。
しかし、一つ問題があった。
二人は祭りのスタッフには顔が知れているのだが……発掘作業員達は多忙により祭りに参加できておらず、顔を知らないのだ。
村にいる以上知り合っているのではと思うかもしれないが、作業員は基本詰め所に泊まり込み。
祭りのスタッフとして楽屋に泊まり込んでいる二人は会う機会がまず無いのだ。
それ故に、同じくケラススの関係者であるクリム達が勘違いにより雇われるというトラブルが発生した。
そして、ケラスス達はクリム達が詰め所に来るよりも早く、親方の報告でそれを知ったわけである。
「ま、見事なまでのすれ違いってぇ奴だったな、次からはちゃんと種族も伝えとくさ」
「まったく……おいカントゥス、練習に戻るぞ!」
「……寝たい……」
まだ怒りながら、練習に戻っていくイラと引きずられていくカントゥス。
その姿を見届けながら、クリム達は改めて頭を下げた。
「すいません、勘違いしちゃって」
「いやいや、一番の原因は俺の伝達ミスだからなぁ」
「そういえば……あの二人は祭りのスタッフ詰め所で宿泊してるなら、なんでここで待ち合わせをしたの?」
「ああ、そいつぁな……ここにいるんだよもう二人、盗掘対策係と、炊事係で雇われてる妹がな」
そう言いながら、ケラススが指さした先……。
そこには一人のミノタウロスがいた。
ホルスタイン……といった毛並みのミノタウロスだ。
作業員達にケーキを配っているが、まさか原料は……と思わずにはいられない。
見た目からして、20歳くらいだろうか。
「あれがプラケンタ・グラ……うちの六女で13歳だ」
「13!? あの体つきで!?」
「ミノタウロスはでっかい種族だからな、まあそれを言ったらクリムだって14だし、お前も18だろ?」
13歳、そう言われたプラケンタは豊満かつ大柄な体格をしており、とてもではないが13歳には見えない。
20代と言ってようやく年相応に見えるくらいだ。
しかし外観や体格はさておいて、その立ち居振る舞いは中々に幼く、13歳と言われて納得がいく部分も少し有る。
無邪気さ……と言えばいいのだろうか。
年をとるにつれて無くなっていく純粋さが、どこか感じられるのだ。
皿を渡す際に、無邪気な笑顔を見せる姿。
一回一回全力でお辞儀する姿……辺りにだろうか。
「あとは五女がいるはずなんだが……見当たらないな」
五女、ラクエウス・アワリティア。
一つの罠で二つ以上の獲物を捕れ、をコピーとして掲げる強欲な罠使い。
金髪をシニョンにした褐色の少女で、15歳だというが……。
辺りにそれらしい姿は見えない。
どうやら今は留守にしているらしい。
「どこへ行ってんだかなあ……」
呟きながら、ケラススは頬を掻く。
その時……ドアが開いた。
勢いよく、まるで蹴破るかのように激しく。
開けたのは……先ほど聞いた特徴と合致する少女だ。
「大変ですわ!!!!」
「え?」
叫びながら、少女は中に走り込んでくる。
その隣に、ケラススが驚くほどの速度で駆け寄った。
「どうした! ラクエウス!」
「一大事ですわ……! わたくしとしたことが……トラップの場所を思い出せませんの!」
ラクエウスの言葉に、ざわめいていた周囲が「なんだ……」と離れていく。
だが、ケラススは愕然とした顔だ。
まるで、あり得ないことを聞いているかのように。
「お前の、その記憶力でか……?」
「はい、お姉様……わたくし、一ヶ月前の朝食すら忘れませんのに! その時お姉様がどんなワインを飲んでいたかすら思い出せますのに! この記憶力と才覚溢れるわたくしが! 物忘れなどあり得ませんわ!」
オーバーリアクション気味に頭をブンブン振るうラクエウス。
その様子にクリム達が圧倒されていると……プラケンタがやってきた。
その顔は、とても困った様子だ。
「お姉ちゃん……私も、ケーキの食べ方が分からなくなっちゃった……」
「食に貪欲な、お前さんが……!?」
「姉貴、アタイ達もだ、歌が歌えねえ……」
「なんか……もやが……」
「おいおいおい……なんだよそりゃあ、お前さんらは歌で生計を立てるんだろ……?」
頭を押さえながら、続々と集まる姉妹達。
しかし……クリム達や、残りの姉妹には特に影響が出ていない。
何かが思い出せなくなっているのは、皆共通して……。
「記憶が変になってるのは、この街にいた姉妹……?」
「……まさか」
呟くケラスス。
その視線が作業員達に向く。
彼らは普段通り作業をしているように見えるが……。
「なあ、この発掘工具どう使うんだっけ」
「馬鹿、お前それはな……どうするんだっけ」
彼らも段々、何かを忘れているようだ。
彼らの共通点、それはこの村にクリム達より早く来ていること。
つまり……。
「この村に長居した人が……」
「技術を忘れていっている……!?」
顔を見合わせ、愕然とするクリムとピーヌス。
その近くで、工具を持てなくなった作業員が工具を落としてしまう。
何故そうなるのかは分からない。
だが……今この村には、大きな危機が起きようとしていた。
その頃、蛇猫街道では……。
「はあ、まさかブラエド人だというだけで、捕縛されるなんて……」
「ほんと、白だって分かるまで長かったよねー……山賊退治の恩人さん達にしろ、ガットネーロちゃんだっけ……にしろ、もうだいぶ遠くに行ってるんじゃない?」
ラント村を後にして、マルガリタとマキャベルが息を吐いていた。
どうやら、サーペンタインの封鎖が解除されて旅路を急ぎだしたはいいものの、ラント村で捕縛されてしまったらしい。
あのような出来事があった後なのだ、ブラエド人というだけで警戒されるのはしょうがないだろう。
「それにしても、何故彼らはクレフティス家の関係者か聞いたのだろう……」
「出された羊肉を食べたときも、チラチラ見られてなんか嫌だったよねー」
「平気か? なんて聞かれて……美味しかったが、実は傷んでいたのだろうか」
自分が、肉の正体を知っているなら吐くはずと村に保管されていた元人間の肉を食べさせられたなどいざ知らず。
マルガリタは急ぎ足でと歩いて行く。
行く先は勿論、恩人やガットネーロの向かった猫又之国なのだが……。
そうして歩く二人を、一人の男が呼び止める。
服装、そして猫の獣人であることからして猫又之国の兵士だろう。
まだ領地の外のはずだが、派遣されてきたのだろうか。
「失礼、ここから先は通行止めです」
「え、またー!? なんで!? サーペンタインと猫又之国は通行止め回数の記録でも競い合ってるのー!?」
「こらマキャベル、失礼だろ!」
とがめる声を聞きながら、マキャベルが口を尖らせる。
そんな彼女に苦笑しながら、二人を止めた男は山の上を指さした。
「先日、あちらにあった遺跡が崩落するという事故が起きまして……安全が確認できるまで、この道は通れないんですよ、私はその告知のために派遣されまして」
「そうでしたか……しかしここは、どこの領地でもない場所では?」
「そうなのですが、テルメ村は小さい村ですからね、こういう時は已む無く猫又之国やサーペンタインの力を借りるのですよ」
「ふーん、そうなんだ」
「そういうわけで、猫又之国に向かわれる前に、よろしければそこに有るテルメ村で休んでください」
頭を下げながら、男はテルメ村を指さす。
サーペンタインを越えて、猫又之国まであと少しだが……。
どうやら、ここで一旦通行止めらしい。
二人は辟易しながら、テルメ村に休みに行くのだった……。




