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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第一部 午刻の章 ―― 龍になった少女 ――
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第一話 楽土に立ちて

「この山を下りると、麓に大きな街があるの、まずそこで装備を調えましょ、裸じゃ目に毒だわ」

「あ、はい、そうですね!」


 山を下り、麓の街へ向かう中……クリムはピーヌスの言葉でようやく自分が全裸だと気付く。

 元人間かつ、龍の存在しない世界の出身であるクリムにとっては龍の裸は言うなれば動物の裸のようなものだが、龍の存在する世界の者にとってはそうではないのだ。

 クリムゾンフレアはその辺りをとくに気にしていなかったが、クリムは違う。

 中身は14歳の少女なのだ。


(こっちの世界の常識とか、ちゃんと考えて動かないと……)


 急に恥ずかしくなり、手で胸を隠しながらピーヌスについていくクリム。

 傍から見れば異様な光景だろう、150cm程しかない少女の後ろを頭二つは大きい龍人がひな鳥のようについていくのだから。


「そういえば、あなたって飛ばないの?」

「え!? ああ、ええと、飛んでも道が分からないですから」

「そっか、それもそうね」


 まさか、飛んだことがないなどと言うわけにもいかないので必死でごまかすクリム。

 どうやらピーヌスは納得したようで、クスクスと笑っている。

 その姿を見ながら、クリムは「後で練習しとかないと……」と決意した。


 そんなクリムの苦心を知ってか知らずか、ピーヌスは軽快に山を下っていく。

 当然ながら舗装もされていない山道だ。

 軽装とは言いがたいローブ姿の魔道士なのに、実にたくましい。

 一方でクリムは、山など初めてなので何をするにもおっかなびっくり。

 龍である以上何を踏もうが痛くもかゆくもないのだが、それでも怖い物は怖いのだ。


「ま、待ってください……」

「え? ああ、ごめんごめん」


 すっかり距離が開いてしまい、一度立ち止まるピーヌス。

 クリムはその後ろで、体格が大きいということもあり慎重に木々の間を通り抜ける。

 その後ろで、茂みがガサガサと音を立てた。


「ひやっ!?」

「大丈夫大丈夫、ただの鹿よ鹿」

「し、鹿ですか……」


 ブレスを吹きそうになるのを必死でこらえながら、クリムは胸をなで下ろす。

 茂み、鹿、人間以外の生物。

 何もかもが初めての経験……。

 VRで見てきたものとは全然違う、生の感覚。

 クリムはただただ困惑しながら、恐怖と興奮が入り交じる感覚を味わっていた。


(これが……これが生きるって感覚なんだ……)


 既知しかない病院とは違う、未知が溢れる場所。

 広い、広い……広すぎる世界。

 それまで自分が味わえなかったもの。

 こうして歩く一歩一歩でさえ、ふと拾った石ころでさえ、まるで宝物だ。


「さて、そろそろ街に着くわよ」

「あ、はい!」


 街、今まで散策したいと願いながら一度もできなかった場所。

 その未知の響きにクリムは目を輝かせる。

 浮かれながら木々の間を抜け、山を下り……。

 その先に、ようやく街が見えてきた。


「見えた見えた……あそこがニライカナイ、この辺でも結構大きな街なのよ」


 山から流れる川の脇に作られた大きな街。

 あちこちに水路が張り巡らされたこの街が、ニライカナイだ。

 かつてのクリムゾンフレアは立ち寄らなかった場所のため、クリムにとっては完全に未知の場所となる。

 

(ニライカナイ……えっと、ネットで見たことの有る名前……確か、沖縄の死後の世界だっけ、シャングリラの運営さんはなんでこの名前を付けたんだろう)


 死後の世界は存在するのか、それが気になってネットを見ていたときの事を思い出す。

 様々な後世(ごせ)の伝承は不安に駆られた時の良い精神安定剤だった。


(でもまさか、死後の世界が本当に有って、しかもそれがシャングリラ・オンラインの世界だなんて思わなかったよね……)


 世の中何が起きるか分からない、そう考えながらクリムは息を吐く。

 息と言っても当然ブレスではない。

 そんなものを街に向けて吹いてしまえば大惨事だろう。


「そういえば……お金とか有る?」

「え!?」

「……わけないか、見た目からして素寒貧だものね」


 身一つの素寒貧、確かにその通りなのだが。

 改めて言われてしまうと少し悲しく思えてくる。

 異界から来たという設定を構築したことの弊害、と言えるかもしれない。

 もしかすると、内心で莉子への甘えが有ったから身一つでやって来て助けて貰うような設定を作っていたのだろうか。


(……ダメだよね、甘えてちゃ……)

「街に着いたら、稼ぎます!」

「お、良い心がけね、じゃあ仕事を何か探しましょうか」


 働く、その意気や良し、志高し。

 しかしてクリムは一つ問題を抱えている。

 ナリは1000歳のメス龍だが、中身は14歳なのだ。

 現世で言うなら中学2年生、それも人生のほぼ全てが病院暮らしで世間など一切知らない身だ。

 だがそこは14歳というべきか、この年頃特有の自尊心により、クリムは「龍に転生したんだから大丈夫」という謎の自信を持っていた。

 異世界という未知の環境に浮かれている、そんな面も有るのかもしれない。

 だが……。


「さ、着いたわよ! ここがニライカナイ!」

「わあ、凄い……! 街ってこんなに綺麗なんだ……!」

「ふふっ、どんな田舎の出身なの? あ、でも龍の世界なら色々違うのかしら」


 和気藹々と談笑し、街の入り口を見渡す二人。

 だがその時……ふと、背中に嫌な視線が刺さった。

 人間だった頃にも感じたことの有る視線を。


(あ……この視線……分かる、偏見に満ちた敵意……)


 振り返ると、そこには訝しげに自分を見る男がいた。

 睨んでいる、と言って相違ないだろう。

 龍が珍しい……というよりは恐れているのか、手は剣に伸びている。


(警戒されるのは嫌だけど、ああいう手合いは何言ってもダメなんだよね……)


 病院で吐血したとき、飛沫感染などの有る病ではないと医者が説明しても伝染すると延々怒っていた者が昔いた。

 そういった風に、人間は一度思い込むとそのまま思い込み続けるものなのだ。

 怖い、そう頭ごなしに考えて偏見の目で見るような者は何を言ってもそのままだろう。

 そんなことを考えていると、ふとピーヌスが足を止めた。

 どうやら、一人の男性が歩み寄ったらしい、眼鏡で小柄な中年男性だ。


「やあ、ピーヌスくん……山に朝から向かっていたと聞いたが、その子は?」

「ああ町長さん、この子はクリムゾンあーっと、なんだっけ……とにかくクリムちゃん、どっかから裏山に転移してきた龍人ですよ」

「ど、どうも、クリムゾンフレアです、異界より転移してきました」


 異界から、その言葉に町長と呼ばれた男は訝しげな顔をする。

 しかし、クリムに礼儀正しくお辞儀をされ、敵意はないと判断したのだろう。

 自らもまた一礼し、ピーヌスに向き直った。


「君が連れてきたんだ、信用のできる人柄なのだろうが……くれぐれもトラブルは避けてくれたまえよ」

(私にじゃなくて、ピーヌスちゃんに念を押すんだ……)


 暗にトラブルを起こせばピーヌスに迷惑がかかると言っているのか、はたまた信頼のないクリムではなくピーヌスに言っているだけなのか。

 町長はピーヌスに言うだけ言うと、一礼して歩いて行ってしまった。


「何よ失礼ね、これだから都会の連中は猜疑心にまみれてるって言われんのよ」

「ま、まあまあ……」


 肩を怒らせるピーヌスをなだめながら、クリムは苦笑する。

 失礼なことをされたら、された本人よりも怒ってくれる。

 そんな面まで莉子そっくりなのだ、ピーヌスは。


「私は気にしてませんよ、実際私、よそ者ですし……」

「だからって、と思うのだけど……でもまあ、あなたが気にならないなら私が気にしてもしょうがないわね」


 まだ少し不愉快げだが、それでも何とか切り替えるピーヌス。

 そんな彼女にクリムは少し安堵する。

 やはり苛立ちながら歩くよりも笑いながら歩きたいのだ。

 苛立ってもどうしようもないのだ、という諦めも少しは有るが……概ねは前向きな思考だろう。


「ま、いいわ、よそ者が嫌いなら……いっぱい働いて認めさせてやりましょ、私もそうして認めさせてやったんだから!」

「は、はい!」


 実体験を元に、当人よりもやる気の炎を燃やすピーヌス。

 そんな彼女の熱に、火を操るはずのクリムは思わず気圧されていた。

 これではどちらが炎を使うのか分からない。

 内心そう苦笑してしまう程だ。


「まずは街の職業斡旋所に行きましょう、そこで色々と仕事が貰えるはずだわ」

「はい!」


 街の正門を抜け、二度十字路を越えた先の建物。

 石造りの立派な場所、そこをピーヌスが指さす。

 どうやらここが職業斡旋所らしい。

 木造のドアを開き「たのも!」と入っていくピーヌス。

 その後ろに続こうとして、クリムは勢いよく顔面をドア上部の壁にぶつけた。


「うわっ!?」


 自分が今現在、身長200cmになっていることをすっかり忘れていたのだ。

 平均を下回る142cmから一気にここまで大きくなると、どうにも馴染むのに時間がかかる。

 なので逆に考えないようにしていたのだが、それが裏目に出たようだ。


「いてて……失礼します」


 頭を下げ、ドアの下をくぐるクリム。

 背の高い医者が「身長が高いとドアを通るときに頭を下げることになるから、礼儀正しい人だと認識される」という話をしていたのをなんとなく思い出す。


(翼も、尻尾も……よし、引っかかってない、良かった)

「こりゃまた……凄いのを連れてきたな、しかも素っ裸とは……」


 クリムの姿に息を呑みながら、受付がその威容を見上げる。

 しかしクリムはそれが恥ずかしく、自分が全裸だということを思い出して縮こまってしまった。

 もっとも身長200cmが縮こまったところで結局大きいのだが。


「で……どんな仕事を探してるんだ」

「とりあえず服がまだ無いから、何かしら制服支給の有る仕事が良いけれど……ねえクリムちゃん、あなたどんな仕事をしたことが有るの?」

「え……け、経験ですか!? すいません、無いです……」


 少しはごまかすこともできたはずだが、つい正直に社会経験は無いと言ってしまうクリム。

 そのまっすぐさにある者は感心し、ある者は呆れ、ある者は苦笑し、職業斡旋所に微妙な空気が流れる。


「……紹介できる仕事は無いな」

「そこに有るじゃない、未経験者歓迎ってやつ」

「それは人間向けだ、給仕なんて龍にできるか?」


 給仕なんてできるか、という問いに答えるかのようにクリムは出された木のマグを握り潰してしまう。

 そのことを謝罪するクリムに給仕係が「買い換え間近のものだから良い」と言うのを聞きながら、ピーヌスは眉をひそめた。


「まあ、誰でも最初は不慣れでしょ、実は凄い才能を秘めた金の卵かもしれないじゃない、先行投資よ先行投資」

「あのな、俺みたいな仕事は信用第一なんだ、斡旋した奴が失敗すればこの斡旋所に悪評が立ち、仕事が成り立たなくなるんだよ、分の悪い賭けはするもんじゃない」


 腕を組む受付、睨み付けるピーヌス。

 二人は「じゃあ商店!」「物壊すだろ」と押し問答を繰り返している。

 その姿を見ながら、クリムは自分にもできるものは何かないかと辺りを見回す。

 そして、一つの張り紙が目についた。


『WANTED 山賊団首魁 バンディー DEAD OR ALIVE 10000A』

(Aって確か、通貨だよね……アウルムだったかな、それで張り紙の内容は……ええと、指名手配の山賊長を討伐したら生死問わず10000……)


 物騒な仕事も有るんだな、と考えながら張り紙を見つめるクリム。

 しかし、ふと山賊長の肖像に見覚えを感じて目を細める。

 クリムゾンフレアの旅路は5年間にもわたる旅だったもので、少し曖昧になっている部分が有るのだが……。

 それでもこの顔は少し印象に残っている。

 山賊の長なんて厳つい称号とは無縁そうな美丈夫、それがクリムゾンフレアと戦っていた覚えが有るのだ。


「お、なんだあんた、そいつに興味があるのか?」

「え、あ、はい!」

「ふうん、まあアンタは強そうだしその仕事なら任せていいかもな」


 そう言うと、受付は山賊長がどんな人間なのかを語り出した。

 まず、このニライカナイは大陸の中心地に存在する街だ。

 それ故に交易に使われる場所なのだが、彼ら山賊団は西の交易路を阻害し、西との取り引きをできなくする事を主な目的としている。


「なんで西狙いなんですか?」

「ああ、それは……あいつらの出自の関係ね」


 西の大国ブラエドは、かつて10年間戦争を続けていた。

 長引いた戦争は疲弊と共に多くの粗製乱造された騎士を生みだしたのだが……。

 いざ戦争が終わってしまえば、そこまで騎士の数がいらなくなるのだ。

 需要のなくなった騎士は俗に言う尻尾切りの形で解雇され、職をなくした。

 更には戦争責任を押しつけられ、戦犯として非難され新たな職も得られない始末……。

 そうして食うに困った彼らは山賊となり、略奪と交易阻害による祖国への意趣返しを始めたのだ。


「ま、そういうわけで街の自警団程度じゃ敵わないうえに、交易路を塞いで迷惑してるんでね、倒してくれたら1万出すってわけだ」

「あのねえ、クリムちゃんみたいな控えめな子が戦いなんて……」

「……いえ、分かりました、やります!」


 クリムは、ようやく山賊長への見覚えの理由を思い出した。

 彼はクリムゾンフレアがかつて倒した相手なのだ。

 彼らの持つ剣では龍の鱗は通せず、クリムゾンフレアは無傷で彼らを始末した。

 その記憶が思い違いではないのなら、彼らを打倒するのは容易いだろう。

 それに……。


「私、命を脅かす行為は許せないんです」

「命を脅かす、ね……奴らは一応義賊を気取って、身包みを剥ぐだけにしてるらしいぜ」

「でも、路銀を奪われて路頭に迷えば人は死にます、義賊だなんだって……そんなの、直接手を下してないだけで人殺しには違いないじゃないですか」

「まあな、でも一応そうなるだけの理由はあるっちゃある」

「でも、死んだ人にだって生きたい理由はある、自分達の都合を押しつけるなら、彼らの都合にだって目を向けるべきでしょう」


 怒り心頭、といった様子で今にも火を吹きそうなクリム。

 その様子に受付は、何とかなだめようとするが……静かな怒りは収まらない。

 その様子を見ながら、ピーヌスは「よくないスイッチが入ったわね」と呟くのだった。



「さて、山賊の居場所は西の山ね」

「ですね……でも良いんですか、ピーヌスさんも一緒で」

「龍だからって一人でなんて行かせられないでしょ、無茶しそうだもの、さ……今日は休んで明日行くわよ」


 問いかけるクリムの脇腹を、ピーヌスが小突く。

 この街から歩いて行けば、山に着く頃は夜だ。

今日のところは、ピーヌスが滞在している宿屋に宿泊しようということになった。

 借りている部屋がちょうど二人部屋なので、問題なく宿泊できるらしい。


「ああ、ピーヌスさんおかえ……ええ……」

「友達よ、契約上は追加で一人連れてきても良いって話でしょ?」


 困惑する店主を正論でいなし、部屋へとクリムを連れていく。

 そして、ベッドに座るとパンをかじりだした。


「ん、うま……そういえば、クリムちゃんは本当に良いの? 何も食べなくて」

「あ、はい、龍は基本的に食事を必要としない種族なんで」


 クリムゾンフレアの記憶を辿りながら、クリムは今度こそぶつからないように気をつけて部屋に入る。

 ピーヌスは干し肉とパン、それとトマトを頬張っているようだ。

 正直なところクリムはあまり食事が好きではない、かといって嫌いでもない。

 病気により口の中には常に血の味が残っていてそれ以外の味覚が曖昧だったため、食事に対して何かしらの感情を持ったことがないのだ。


「……じっと見てるわね」

「え、そうですか?」

「やっぱりあなたも食べる?」


 問いかけと共に、トマトが投げ渡される。

 先ほど商店で買ったばかりのものだ。

 魔術による冷蔵保存がされているため、鮮度は現世と遜色ない。

 せっかく渡された以上断るのも悪いだろう。


「じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」


 鋭い爪でヘタを取り、そのまま口に放り込む。

 牙が入ったトマトは、その皮の内側から汁を溢れさせ……。

 そして、汁が下に触れた瞬間クリムは涙を流しながら口を押さえた。


「ちょ、ちょっと! 味……ヤバかった?」

「い、いえその……凄く、美味しくて……」


 血の味がしない、それだけでこうも食事が美味しく感じるのか。

 初めての経験にクリムは思わず感動してしまったのだ。

 食事を必要としない肉体になったが、それでも趣味として食事をするのも良いかもしれないと思うほどに。


「大げさね、一個10アウルムの安物よ、ああでも……今まで食事をしたことがない種族なら、カルチャーショックがあるのかしら」

「そ、そんな感じです……」

「そっか、じゃあ山賊を倒したら、得たお金で豪華なディナーでもしましょうね」


 豪華なディナー、その言葉にクリムは思わず唾液を飲み込む。

 負けられない理由が……一つ増えた。



「さて、じゃあ出発ね」

「はい!」


 翌朝、クリムとピーヌスは山へ向けて出発すべく街の門を出た。

 その後ろで、門番が安堵の息を吐く。

 得体の知れない龍人が街に滞在していて、気が気でなかったのかもしれない。

 失礼な話だが……一々怒っていてはキリがないだろう。


(山賊に勝てば、多少は信用が得られるよね……)


 恐らくは信用されても多少止まりだろうが、何の実績もない旅の龍人よりはしっかりとした実績が一つでもある方が良いに決まっている。

 そういうものに人は弱いのだ。


「にしても、普段は山賊の斥候がこの辺りにいるはずなんだけど、今日は全然見えないわね」

「そうなんですか?」

「ええ、いつもは西側に出るとすぐ街道を見張ってるのよ」


 警戒しながら、街道を歩くピーヌス。

 それに併せてクリムも周囲を見渡すが……人影はない。

 訝しみながら進んでいく二人。

 そして……クリムはふと、前方の山から漂う悪臭に眉をひそめた。


「この臭い……」

「うわっ……これ……」


 病院でいつも嗅いでいた臭い、まだ出たばかりの血の臭いだ。

 その悪臭がする方を見てみると……そこには、いくつかの死体が転がっていた。

 首や胸の辺りを、何やら鋭い刃物で斬られた死体だ。


「大丈夫? クリムちゃん」

「……ええ、血の臭いは慣れてるんで、それよりこれって……」

「山賊達は一応、直接的な殺しはしない主義よ、だからこれは……山賊の死体ね、服もボロボロになった騎士装束だし」


 ピーヌスは冷静に死体の分析をし、山を見上げる。

 そして……杖を握る手に力を込めた。


「既に、この山には誰かが攻め入っているってこと」


 その言葉に呼応するかのように、茂みがガサガサと音を立てる。

 そして……そこから、黒い影が飛び出してきた。


「ん……? そこの人間と大きいの、ここは危険だ! 逃げた方が良い!」

「あれは……ウェアウルフ?」


 黒い影、その正体は全身を黒い毛に包まれたウェアウルフの女性だ。

 赤い瞳と体の一部を覆うレザーアーマー以外黒一色のため、影が飛び出したと見間違えたのだ。

 手に持つ斧や毛皮には赤い血がこびりついているが、当人には怪我はなく返り血であることがうかがえる。


「あなた、ここで何をしているの? ウェアウルフの村はもう少し南よね?」

「山賊を退治しにきた、こいつらは毛皮のために村の者を殺めたからな」

「殺めた……? 奴らは義賊気取りで殺人をしないはずだけど……」

「それは人間に対してだけだ! まったく反吐が出る!」


 女性はそう言い、憎々しげに山を見つめる。

 どうやら怨恨により山賊を滅ぼしに来たらしい。

 その様子を見ながら……クリムは、何か引っかかりを覚えていた。

 クリムゾンフレアの旅路で、そんな話を聞いた覚えがあるのだ。


(……そうだ、ウェアウルフの村で村長が言ってたんだ、娘が山賊に仇討ちを挑んで殺されたって!)


 恐らくその娘がこの女性で、かつてのクリムゾンフレアの旅路とは違い、早くに山に来たことで襲撃時期が重なったのだろう。

 つまり……彼女はこのままでは死んでしまうのだ。


「とにかく、アンタ達はさっさと……」

「いえ、私達も同行します」

「……そうね、私達も山賊退治に来たのよ、協力しましょう、一人じゃ危険だわ」


 合理的な判断をするピーヌスの隣で、クリムは一つの決心をする。

 とても大事な、これからの運命を変えるであろう決心を。

 

(いずれ来る死の運命を変えるため……まずは、彼女の死を覆そう)

 

 一つ一つの死の運命を覆していけば、きっと自分もピーヌスも5年より先まで生きられるはず。

 そう考え、クリムは拳を握りしめる。

 そんな二人を見ながら、ウェアウルフの女性は小さく頷いた。


「……分かった、アタシはルーヴ・ルージュ、ルージュ村のルーヴだ、よろしく」


 肉球のある手を伸ばし、握手を求めるルーヴ。

 そんな彼女の手を握り返し、クリムは静かにその決意を深くするのだった。

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