第十七話 遭難そして遺跡
ルイン村、蛇猫街道から少し外れた場所にある小さな村だ。
この村は遺跡探索のために作られた開拓村で、できて二年の新興村落だ、発掘で有名になったのも一年前とまだ歴史が浅い。
それ故に、二年前に旅に出たピーヌスは立ち寄ることなく通り過ぎてしまったのだ。
そんな場所に行けるというのは嬉しいものだ。
「ちょうど、二周年祭りをやってるってぇのもあってな、それでうちの裏方組が呼ばれたってぇわけだ」
「お祭りですか!?」
お祭り……今まで行ったことがないもの、病院の窓から音だけを聞いていたもの。
楽しいことだけは知っている未知の存在に、クリムは心躍らせる。
(屋台とか有るのかなあ……美味しいもの……食べたいなあ)
思えばこのところ、味をゆっくり楽しむ余裕がなかった。
なので今日はしっかり味を楽しみたいなと考えながら、まだ見ぬ祭りを思い浮かべる。
そんなクリムの元へ、衛兵が駆けてきた。
どうやら何か報告があるようだ。
彼はクリム達の前に立つと、村の厩舎を指さした。
「村から接収した馬車がございます、よろしければ移動にお使いください」
「あら、ありがとうございます……でも、クリムちゃん乗れる……?」
乗れるのか、そう問われてクリムはハッとなる。
衛兵が指さした馬車は天幕付きのもので、とてもではないが龍人が乗れるサイズではないだろう。
無理して乗っても、天幕部分に大穴が開いてしまうのがオチだ。
しかし、自分が乗れないので他のみんなにも乗らないで欲しい……とは言えるわけがない。
「私、飛ぶんで大丈夫ですよ!」
「ええ、本当に大丈夫ッスか? ルイン村、結構遠いッスけど」
「はい、龍はスタミナがあるんで!」
スタミナがある、それは事実だ。
それはそれとして、一人だけ飛ぶことに思うことが無いかといわれるとまた別の話なのだが。
しかし、それで駄々をこねるほど物わかりが悪いわけでないのもまた事実。
世間知らずの若輩なれど、この程度の妥協はできる女のつもりだ。
「もう、クリムちゃんったら良い子なんだから……でも、話せないのは退屈でしょ?」
「ええ、まあそれはそうですけど……」
天蓋付きの馬車である以上、飛んでいるクリムとは視線すら合わせられないので会話不能。
確かにそれは退屈な話だ。
御者を担当する者は外に出ることになるが、そちらは集中する必要がある以上話しかけるなど以ての外だろう。
もし集中が途切れて大事故になってしまえば、それこそ大惨事だ。
自分一人の退屈しのぎのためにそんな出来事が起きてしまえば、クリムはショックで立ち直れないだろうことは想像に難くない。
「そうだ、私を抱き上げて一緒に飛びましょう!」
「え……!?」
腕を広げて笑みを浮かべるピーヌスに、クリムは思わず動揺する。
数人を乗せて飛ぶ経験は一度あれど、一人を乗せて飛ぶのは大分違うのだ。
気分で言えば数人の仲良しグループでドライブするのと二人きりでドライブするのの違いだろうか。
無論クリムにはそんな経験はないが、気分的にはだいたいこういった気分を味わっていた。
更に言うなら、抱きかかえて飛ぶというのはそれはもう密接にくっつくわけであり。
ピーヌスに対して特別な感情を向けているクリムは、当然緊張してしまう。
「そ、それは……」
「ダメ?」
見上げながら問いかけられ、クリムは息を呑む。
そんな仕草をされてしまえばもう拒否なんてできるわけがない。
首をかしげるなんて卑怯だ、そう考えながらクリムはピーヌスを抱きしめた。
「あ、熱くないですか……?」
「ええ、あったかくて気持ちいいわ、龍って体温高いのね」
恐る恐る……といったクリムの問いに、笑顔で答えるピーヌス。
その姿を見ながら、ガットネーロは「おー、熱い熱い」と言って御者台に座る。
ルーヴ達もみな座席に入っていくが、ごちそうさまと言わんばかりのリアクションだ。
言うなれば、バカップルを見る目。
衛兵ですらそんな目でクリム達を見ている。
彼からすれば、自分の伝達をダシにされた気分なのかもしれない。
(なんか、恥ずかしいなあ……)
恥じらいながらもクリムは地面を蹴り、魔力を身に纏う。
そして空へ飛び上がった。
馬車もそれに応じる形で出発したようだ。
下から、馬のいななきが聞こえてくる。
「やっぱり、飛ぶって凄い景色ねえ……私も覚えてみようかしら、飛行魔法」
「ピーヌスちゃんも……飛ぶんですか? 私みたいに?」
「そう、二人並んで飛ぶの、それって楽しそうじゃない?」
腕の中のピーヌスと言葉を交わしながら、広がる景色を楽しむ二人。
クリムには、この風景にどこか覚えがある気がしていた。
そう、どこかで……。
『ねえクリムゾンフレア、私もあなたと一緒に飛んでみたいの、良かったら魔法を教えて貰える?』
『ピーヌスも飛ぶのか? 我のように?』
『ええ、二人並んで飛ぶの、それって楽しそうじゃない?』
「あっ……」
突如脳裏にフラッシュバックする記憶。
これはシャングリラ・オンラインで見た光景ではない、五年間の中でこんな風景を見た覚えは無いのだ。
つまりこれは、クリムゾンフレアの記憶。
しかし……それはおかしいだろう。
クリムがこの世界に来た時点で、時系列はピーヌスと出会う前。
ならクリムゾンフレアがこの記憶を有しているはずがないのだ。
訝しみながら、クリムは飛び続ける……。
その腕の中で、ピーヌスは満足げに息を吐いた。
「私ね、あなたの夢を見ていたと言ったでしょう?」
「は、はい……」
「その夢はね、あなたとこうして旅をする夢だった」
「旅をする夢……!?」
「ええ、私は貴女と世界中を飛び回り色んな場所へ行くのよ、その果てがどんな結末だったかは忘れたけど……最後まで一緒、だったと思う」
夢が現実になっている、その充足感に震えるピーヌス。
そんな彼女を抱えながら、クリムもまた夢が現実になっている……その不可思議な現象に震え上がる。
ピーヌスは何故、予知能力者でもないのに先の夢を見たのか。
(いったい、何故……? 実は気付いていないだけで予知能力者だったの? でも、あの頃莉子ちゃんが見せてくれたステータスには、そんなスキルは……)
考えても答えは出ない。
なら、今考えても仕方がないだろう。
クリムはそう思うことにし、気を取り直して前を見る。
空は青く、雲は白い。
太陽は輝いて風は吹き……どんな世界でも空は変わらないのだな、と思える情景だ。
とても気持ちよく、美しい光景……なのだが……。
「はあ……綺麗ですね、世界って……」
「そうね、それは確かにそう……でもクリムちゃん、私達馬車を見失ってない?」
「え!?」
ピーヌスに指摘され、クリムは自分が考え事に集中しすぎて馬車を見失っていたことに気付いた。
このままはぐれてしまえば一大事だ。
今ならまだ、引き返せば合流できるかもしれない。
そう考えてクリムは引き返そうとする。
だが……。
「うっ……!」
「クリムちゃん……どうかした?」
「なんでしょう、龍玉が……変で……」
突如、龍玉が疼いて痛くなる。
どうやら、このまま飛び続けるのは難しいらしい。
龍玉が点滅し始めて、魔力が上手く練れなくなってきた。
(どこか、降りないと……)
フラフラと飛びながら、クリムは辺りを見回す。
どうやら……山の中に小さな遺跡があるようだ。
石造りの古ぼけた遺跡……。
建築様式は、ルージュ村の墓所と同じ1000年前のものだろうか。
しょうがないので、そこに降りていくことにした。
「ごめんなさい、ちょっとそこで休みます……」
「大丈夫よ、無理させてごめんなさいね」
体調不良で体が重い、龍になってから感じたことのなかった感覚。
それが今、蘇っている。
不安で不吉な出来事にクリムは思わずため息をついた。
龍は病気と無縁の存在、確か記憶の中のクリムゾンフレアはそう言っていたはず。
だがこの痛みは何なのだろうか。
体が大きくなった時の激痛とは全く違う。
例えるならば、何かがこの場所に自分を縛ろうとしているかのような感覚……。
(もしかして、この遺跡……中で何かが、私を……?)
振り返り、遺跡を見つめるクリム。
その隣で、ピーヌスは遺跡とクリムを見比べていた。
その表情は訝しげだ。
「遺跡から、魔力が伸びている……?」
「魔力が……?」
「ええ、ちょっと試しに遺跡の中に入ってみてくれる? 入り口でいいから」
ピーヌスに促されるがままに、クリムは入り口に少し入ってみる。
すると……体の不快感が引いていった。
例えるなら、体を無理矢理引っ張られ……強すぎる力で生じていた痛みが消えたような感覚だ。
「やっぱり、この遺跡……クリムちゃんを引き寄せているんだわ」
「それはつまり……」
「この問題を解消しないと、みんなと合流できない……っていうことね」
ピーヌスの言葉に、クリムは愕然としてしまう。
この遺跡に何があり、何故そんなことをするのかは分からないが……。
いずれにせよ、迷惑な話でしかないだろう。
(原因を見つけて、文句の一つでも言ってやらないと……)
そう考えながら、クリムは奥へと足を踏み出す。
その隣で、ピーヌスも後へ続くのだった……。
そんな彼らの隣で、壁のほこりが振動により剥がれる。
そこには一部分が欠けた古代語でこう書かれていた。
ここより、龍□の遺跡。
欠けた部分が何なのかは分からない。
龍族?
龍人?
はたまた、もっと別の何か……?
だが、この遺跡が龍に関係する何かなのは間違いなさそうだ。
「不安ね……」
「ですね……」
呟くピーヌスに、クリムも息を呑む。
最大限罠を警戒しているし、クリムの出した炎が灯りにもなっているのだが……。
いかんせん、大人数での行動に慣れたからか、不安が拭えない。
だが、クリムの記憶の中でクリムゾンフレアは常に威風堂々と進んでいた。
それこそ、ピーヌスと二人きりの時も、そうでない時も。
自分もそうなっていきたい、そう考えている……。
ならば、足を止めるわけにはいかないだろう。
虚勢だろうと進んでいく、そう誓いクリムは足を止めない。
その隣で、ピーヌスも慎重に足を進めていた。




