第十六話 ドキドキ間接キス
翌朝……メルクリアより衛兵が来るのを待つ間、一行は狩猟を行っていた。
何せラント村に備蓄されている食料は出所が分からない。
下手をすれば人肉のような異物が混入している……そんな可能性があるのだ。
ルーヴは「流石に麦酒ならば混入していまい」と飲んでいたが、それも楽観的な選択だと言える。
無論ウェアウルフにとって人肉は平気で食べられるので、使用されている麦が元人間だろうと気にならないというのはある、まあ思い入れのない相手には限るが。
何はともあれ、人肉を普通に食べるルーヴ、ガットネーロ、人間を見下しているクルテル、こういった顔ぶれを除くと人肉が無理な面々ばかりなので、こうして狩猟に勤しんでいるのだ。
「力入れすぎッスよ、龍人の力でそこまでしたら弦が切れかねないッス」
「え、あ、はい……!」
慣れない弓に苦心するクリムの隣で、ガットネーロは容易く鹿を射貫いていく。
その隣でピーヌスもおっかなびっくり弓を射るが……前方で、動物の追い立て役をしていたルーヴが吠えた。
「こら! 当たりかけたぞ!」
「あ、あら、ごめんなさい……難しいわねこれ」
素人の矢が当たった程度でウェアウルフは死なないが……それでも痛いものは痛い、怒られるのは当然だ。
思わず萎縮してしまうピーヌス。
普段から自信満々の彼女らしからぬ姿に、ガットネーロは肩をすくめた。
「だから言ったじゃないッスか、二人は休んでこっちに任せれば良いって」
「だって……やってみたかったんだもの……」
「……右に同じく……」
純粋な興味から弓を触ってみたかったピーヌス。
そして、できることを広げるというのは自分の可能性を広げるということ、そうすればもっと死の運命の遮り方も増えるのではないか、と考えたクリム。
やはり二人は17と14の子供なのだ……ということがよく分かる一面だ。
「しょうがない……私達は戻って、仕留めた鹿で料理でもしましょ」
「えっ、あ、はい!」
ピーヌスに言われ、鹿を担いで歩き出すクリム。
残念だが、怒られた以上仕方がない。
とはいえ……料理をするにも一つ問題があった。
「あの……私、料理したことないんですけど……」
「大丈夫よ、私が教えるから」
不安げなクリムにピーヌスがウインクをする。
その優しさにクリムは心癒やされるのだった。
その頃、メルクリアでは……。
マルガリタとマキャベルの二人が、宿からチェックアウトしていた。
しかしその表情は明るいとは言いがたい。
「なんか、変な宿だったねー、さっきブラエドから来たって言ったら凄い顔されてたじゃん」
「だな、それに部屋も一つ封鎖されていた、何かブラエド人とトラブルがあったのかもしれない」
世間話をしながら、二人は蛇猫街道へと歩いて行く。
だが、そんな彼女達の道を衛兵が塞いだ。
訝しむ二人に、衛兵が頭を下げる……。
「失礼、この先は現在封鎖中です」
「えー、また封鎖ー? 何かあったのー?」
「ええ、詳細はお伝えできませんが事件が起きています、日を改めてください」
事件が起きた、そう言われてしまえばガットネーロは心配だが、引き下がるしかない。
大人しく街に戻りながらマルガリタは息を吐いた。
「どうするマルガリタくん、これじゃー追えないよー?」
「どうするも何も……待つしかないさ、しょうがない……ガットネーロを追うのは諦めて、恩人殿を探そう、まだ猫又之国側に出発していなければ良いんだが」
恩人殿……つまりクリム達も向こうにいるのだが、当然マルガリタはそんなこと知らない。
こうして徒労に終わる捜索が始まるのだった。
「ほら、ナイフはこう使うの」
「こ、こうですか……?」
その頃、クリムは村長宅のキッチンを使いながらピーヌスに料理の手ほどきを受けていた。
今日のメニューは極めてシンプル。
鹿肉をスライスしたものを鉄板で焼き、道中で取ってきたフルーツを乗せただけのもの。
しかしその程度のメニューを作るだけでも、料理初体験のクリムには一苦労だ。
まずナイフを握るのが怖い。
そして恐る恐るナイフを動かせば、肉が上手く切れずに指や手に当ててしまう。
無論、龍人の強固な体がその程度で傷つくわけはないのだが、それでも驚きは有る。
「わわ……」
「ほら、落ち着いて落ち着いて……大丈夫、一回で切ろうとせずに、ゆっくり何度もナイフを往復させるの、力を入れすぎないで」
「は、はい……」
力の入れすぎ、それは弓でも指摘されたことだ。
なんとか力を抜き、自然体で切るよう心がけていく。
そうしてできたスライスは、不格好だが……一応スライスの範疇に収まるものだろう。
「よし、よくできました! じゃあ次は鉄板で焼きましょうか」
「は、はい!」
鉄板、そしてそれを置くためのホルダー。
こんな寒村には不釣り合いな、明らかに不正に得た金で交易商から買ったであろうもの。
クリムはその下にブレスを噴き、薪に火を灯す。
(最初のブレスの使い方がこれかあ……)
そんなことを考えながら、肉を焼いていく。
ルージュ村で旅のお供にと渡された塩を振り、表に裏にと付けられていく焼き目。
肉が焼けて肉汁が飛び散ると同時に、辺りにいい香りが漂う……。
その様子を堪能するクリムの隣で、ピーヌスは「そろそろね」と肉をフォークに刺した。
「はい、あーん」
「え、ええ!?」
「ほらほら、遠慮しない」
遠慮ではなく恥ずかしがっているのだが、ピーヌスは気付いていないのか……はたまた気付いてこうしているのか、肉を向けるのをやめない。
しょうがないのでクリムは、彼女のフォークから肉を食べることにした。
(う、うう……緊張して味がよくわかんないよ……)
口を動かし、肉を飲み込むクリム。
彼女は仕返しと言わんばかりに、自分のフォークに肉を刺した。
「ピ、ピーヌスちゃんも……ほら、あーん……」
「あら、積極的! ふふふ……あーん」
肉を差し出されたピーヌスは、顔を赤くしながらも特に問題なく肉を頬張る。
これではむしろ、こちらが恥ずかしい。
思わず龍玉が紅く明滅するくらいだ。
「ふむ、アタシ達もああいうのをしてみるか? 姉妹らしく」
「いや、あれは姉妹のやり取りじゃないッスよ……」
帰ってきたガットネーロ達の話し声にも気付かず、クリムは緊張し続ける。
そのままフォークに再度肉を刺し、今度は自分で食べ……。
次の瞬間「あれ、これって間接キスでは?」と思い至り、恥ずかしさから虚空へとブレスを噴くのだった。
「で、俺が寝てる間に村長宅の屋根に穴が開いたってぇわけかい」
「す、すいません……」
「ククク、いや何も責めちゃあねぇさ、どうせ悪質な金で改築した家なんだろ、良い薬ってなぁ」
屋根を見ながら笑うケラスス。
その後ろでは、派兵されてきた衛兵がルーヴの報告書を確認している。
ここに書かれていることは事実だ、と認める村長のサイン付きであるしっかりとしたものだ。
「これより、主犯を搬送しこの村を監視下に置きます!」
「おう、任せたぜ」
報告書を読み終えた衛兵が、村長含む代表格を引き連れて歩いて行く。
その後ろで、拘束下から監視下に変更されたことで捕縛の解かれた娘が父をじっと見つめていた。
何かを言おうと口を開くが……
しかし父が犯罪に手を染めたせいで、直接の関与してもいなかった自分が腹を蹴られ毒を吸い、挙げ句の果てには龍に殺されかけ、死ぬほどの恐怖を味わったことを思い出す。
もう何を言っても恨み言にしかならなそうだったので、少女は何も言わず父を見守ることすらやめてしまった。
「……」
その姿を見て、村長は子供達の未来のためにと始めたはずの金稼ぎは、娘に望まれない蛮行に変わっていたのだと再度思い知る。
しかし、そのことの弁明をどれだけしても無駄だろう。
もはや関係は冷え切った、どんな言葉も無意味なのだ。
待つのは死罪のみ……だが娘はきっと悲しまない、かつてなら悲しんでくれただろう、だがもう悲しんでくれない、それも自分のせいで。
それを心に刻みながら、村長は連行されていくのだった。
「さぁて……ここでの仕事は終わりだ、手間ぁかけたな雇い主様」
「い、いえ……では次の村に」
「おう、次の奴と合流だな、次は……蛇猫街道から少しそれた先のルイン村だな」
ルイン村、その名前にピーヌスが目を輝かせる。
どうやら余程興味がある場所のようだ。
「あの、遺跡群があるっていう!?」
「おう、そのルイン村だ」
ルイン村の遺跡群は遺失技術の時代より後、魔法文明ができてからの遺跡で時代的にはルージュ村の墓所と同じ……1000年前くらいのものだ。
魔術関連のアーティファクトがよく発掘される場所でもあり、ピーヌスは前々から立ち寄りたいと思っていたのだ。
「一応、俺んとこの残る姉妹は、そこで発掘団の補佐をしてるのさ、盗掘家へのトラップ張り、音楽による慰労、炊事係ってなぁ」
「へえ、本当に多芸なんですね……」
傭兵団と言うよりは、まるで何でも屋のような業務内容だ。
しかしそこまでできるというのは、やはりそれだけの才覚がある集団ということだろう。
「多芸と言うより……全員一芸にばかり特化してますの」
「それ以外は、あまり頼れない」
あきれ顔のカペル達に、ケラススが笑みを浮かべる。
まるで「それでこその俺らだろう?」と言わんばかりだ。
「ま、何はともあれルイン村で合流完了ってわけだ、契約期間は明日までなんでなぁ、明日までルイン村で休んだら、一直線にテルメ村と猫又之国まで向かうとしようや」
もうすぐテルメ村、そう聞いて遺跡に興奮していたピーヌスがハッとなる。
そして腕を組むと、村長宅から出て街道の先を見つめた。
「もうすぐ故郷……なのね」
呟き、クリムをじっと見る。
親に会う以上クリムを紹介したいのだ。
だがどう紹介したものか、と少し悩ましくはある。
まあいずれにせよ、全ては村に着いてからだ。
そう考えながら、ピーヌスは頬を赤らめるのだった。




